第37話 四日目(2) 陥落
偵察からの報告により、帝国軍がマルデュルクス砦に向かって真っすぐに進軍を開始したことを知った黒狼軍。
「そう来たか」
潜伏する森の中で、広げた地図を覗く、ヴィンセント、ロウタ、ルゥの三人。
そこにはその辺で拾った小さな小石がそれぞれの軍に見立てて置かれている。
「となると、俺たちが取るべきは第二計画か」
予め赤竜卿ブラームスが定めた複数の計画を思い出し、ヴィンセントがそう呟く。
「そうなるとなるべく俺たちの動きは気取られないようしないとな」
地図から顔を上げたロウタが周囲を見渡す。
しかし黒狼軍が隠れている森は静かなもので特におかしなところは何もない。
「やっぱり視線を感じるか?」
ロウタの問いに、ヴィンセントとルゥが頷く。
「たぶん二人なの」
人数まで言い当てるルゥの言葉とそれに同意するヴィンセントの姿に、ロウタはただただ呆れるしかない。
「まったくとんでもない奴らだよ、お前たちは。……まあなんにしても、そろそろ準備を始めるか」
ロウタの合図で休息していた黒狼軍が慌ただしく動き出す。
偵察からの報告で、潜伏する黒狼軍と反対側にいるタイラー軍の間を帝国軍が通過したという報告を受け、黒狼軍は動き出す。
「では手筈通りに」
ヴィンセントの言葉に頷く、二人の副官。
そして黒狼軍は、三つに分散し、周囲の森へと姿を消した。
***
時を同じくして、帝国軍の左側に潜むタイラー率いる1200の皇国軍も動き出す。
歩兵が大半のタイラー軍もまた、複数に分散するようにして進軍を開始する。
「ここからは時間との勝負だ。各自迅速に行動せよ」
***
潜伏する皇国軍の二つの部隊がそのような行動を起こしているとは知らない帝国軍は、それからさらに一時ほどして、ようやくレイべ山脈の合間を塞ぐ石壁の砦を目で捉える。
入り組んだ地形を抜け、斜度のある勾配の上に見えるマルデュルクス砦までの視界が一気に開けている。
フォウは合図を出し、この場所でバラクーダ率いる1500の右軍と帝国将が率いる1000の左軍に反転を命じる。
両軍が踵を返し、この場所に防御陣形を敷いていく。
これで背後から襲い掛かってくる黒狼軍と帝国軍を迎え撃つ形が整った。
その最中にもノートン率いる主力部隊は皇国軍の砦へと突き進み、そして遥か天に聳えるレイべ山脈の隙間を塞ぐ、その石壁を眼前に捕らえた。
2500の主力部隊が慌ただしく準備を進める中、マルデュルクス砦の石壁の上に皇国軍兵士たちも姿を現し始めるも、その数は明らかに少ない。
主力部隊後方からそれを見て取ったフォウは、後ろを振り返る。
右軍と左軍はすでに布陣の展開を終えている。
その先に広がる入り組んだ地形に目を向けるも、まだ黒狼軍たちが姿を見せる気配はない。
「フォウ様、ノートンから準備完了との知らせがきました」
隣に控えるカリナの言葉にフォウは『分かった』と頷く。
「当初の予定通り、普通の攻城戦でいいんでしょ?」
『ああ。この分であれば奥の手を使う必要はなさそうだ』
そう零すフォウには、この石壁攻略の秘策があった。
それを使えば、目の前の石壁をあっさりと破壊することができる。
しかしそれは奥の手であり、使わないで済むのであれば使わないほうが良いとも思っていた。
現状の様子から見ても、普通の攻城戦で十分に攻め落とす見込みがある。
『ノートンに砦への攻撃を開始させろ』
フォウの命令に、カリナが合図を送る。
それに合わせて、マルデュルクス砦の石壁の前に整列していた帝国軍が一気に襲い掛かる。
石壁の上の皇国兵たちに向かって矢を放ち、予め準備しておいた攻城戦の木槌を持って正面の門を責め立て、梯子を使い石壁を乗り越えようとする。
その様子を見ながら、フォウは満足する。
初動はいい。やはり敵の数が少なすぎるために、まったく対処が追いついていない。
上手くすれば一時もかからずに陥落できる。
『カリナ、背後に潜む黒狼軍の様子は?』
背後の傾斜を見下ろすカリナが遠目に見ているのは、周囲に展開させた天眼衆たちからの情報だ。
今朝、草原の布陣から出立する前から潜伏する二つの部隊をマークしている。
さらにこのマルデュルクス砦から半円状に天眼衆を配備しており、後方にいる奇襲部隊がどう攻めてきても分かるようになっている。
……そのはずなのだが。
「ごめんなさい。ちょっと妙なの」
『妙とは?』
いぶかしむフォウに、遠目を見ながら視線を細かく動かすカリナが呟く。
「黒狼軍と皇国軍を見失ったみたいなの」
『どういうことだ?』
「私たちが潜伏する両軍の間を通った辺りまでは動きはなかったみたいなのだけれども、その後、両軍とも複数に部隊を分けて、周囲に散ったそうよ」
『周囲に、散った?」
「でも安心して。この周辺にはすでに天眼衆を広く配置している。どこから攻めてきても即座に対応はできる」
何か奇妙な違和感を感じながらも、カリナの言葉を信じ、フォウは正面に目を向ける。
やはり石壁の砦からの反撃は弱い。
陥落はもはや時間の問題だろう。
そして、それから一時ほどしない内にその報告がもたらされる。
「申し上げます! 皇国の砦よりの攻撃が止みました!」
『止んだ、とは?』
「こ、言葉通りです。皇国軍の攻撃が一切止みました」
ノートンの指揮の元、攻城戦を仕掛けていた帝国兵たちもが一時手を止め、戸惑っている。
『急ぎ、斥候を出して中を調べさせろ』
フォウの命令に、身軽な兵士が石壁を登っていき、その向こうへと姿を消す。
そしてすぐに石壁に囲まれたマルデュルクス砦の門がゆっくりと開いていく。
開いたのは、侵入した斥候部隊だった。
「申し上げます。砦の中には、誰もおりません!」
――皇国軍がマルデュルクス山道を制圧してから半年以上。
黒狼卿の活躍によって難攻不落と言わしめられていたマルデュルクス砦は、この日、驚くほどあっさりと陥落したのだった。
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