第19話 初日(3) 天眼の軍師の計略

 双月の騎士と黒狼卿の戦いに誰もが見入っている。

 特に帝国軍の兵士たちは、信じられないといった様相だ。

 あの黒狼卿相手に、堂々と渡り合える存在がいることがありえないと。

 まるで神の祝福を受けた御使いでも見ているかのよう。


 逆に言えば、それだけ黒狼卿という存在に畏怖しているのだ。

 化け物として、死神として。


 だからこそ天眼の軍師は、その黒狼卿という存在をここで討ち破る必要がある。


『カリナ』

「了解」


 フォウの隣に立つカリナが腕を振るう。

 すると三人の戦いを見入る帝国軍の後方にいた一軍が、ゆっくりと動き出した。


   ***

 

 中央で刃を交える、双月の騎士たちと黒狼卿を挟んで、草原の両端に布陣する帝国軍4000と黒狼軍500。


 黒狼軍の中で、まず最初にその変化に気づいたのはルゥだった。


「ロウタ副官。帝国軍に動きがあるの」


 ルゥの指摘に、草原中央の戦いに見入っていたロウタが、視線をズラす。


 確かに草原の反対側にいる帝国の布陣の後方で、軍が静かに動いている。

 それられは草原を囲む森の中へと入ると、そのまま草原を迂回するように軍を進めようとしている。


「この状況で別働隊か。さてどうするか?」


 瞬時に思考を巡らせるロウタの前で、ノートンを大きく弾き飛ばした黒狼卿が黒馬の頭を一回転させるようにして、こちらを向き、黒い長槍をそちらに向ける。


 ロウタたちと同様に別働隊に気付いた黒狼卿が、そちらを抑えるようにこちらに指示を送ってきたのだ。

 そんな黒狼卿を見て、ロウタがニヤリと笑う。


「『ここは俺に任せておけ』ってか。分かったよ。……ルゥ。黒狼軍を動かす。お前は騎馬兵50と騎馬弓兵の50でここに残れ。折を見て、ヴィンセントに合わせて行動しろ。俺は残りを連れて、敵の別働隊あっちを片付けてくる」

「分かったの」


 ロウタは黒狼軍に指示を出し、草原から移動を開始する。


  ***


 黒狼軍のこの対応を確認して、帝国布陣内のフォウは鉄仮面の下で不敵に笑う。


『カリナ、次の指示を』

「了解」


 双月の騎士と黒狼卿の戦いの向こうで、黒狼軍が動き出したことに気付いた帝国兵士たちもいる中で、帝国軍全体に伝令が回る。


 戦いの最中、黒狼卿の部隊が動き出した。これに対し、すぐに別働隊を出して対処に充てるが、全軍、警戒せよ。



 ――この時、実際に起こった順序とそれを認識する側の認識には、差が生じていた。

 実際は、帝国軍の背後で動きがあったから黒狼軍が動いたのだが、帝国軍じぶんたちの背後で、、まず動いたのは黒狼軍に見えた。

 そしてそれに合わせて、別働隊が動いているのだと知り、帝国軍兵士たちは、草原の戦いに再び目を戻した。


 だがこの時、帝国軍の兵士たちの頭に過ったのは、黒狼軍の不意打ちの可能性である。

 なぜ絶対強者である黒狼卿がいる黒狼軍が不意打ちをするのか?

 そんな疑問が微かに頭を過る。


 そしてそれこそが、天眼の軍師が行っている計略の一つであった。



 此度の天眼の軍師の計略の標的、それは敵対する皇国軍でもなければ、黒狼卿でもない。


 双月の騎士と黒狼卿の対決を見守る、なのである。


   ***


 天眼の軍師フォウの指示に従い、500の兵を連れて草原を離れる老将バラクーダは、移動を開始。

 そのまま草原を迂回するようにして、森の奥へと移動する。

 するとほどなくして、こちらを追いかける一団があるという報告を受けた。

 どうやら黒狼軍が、じぶんたちに食いついたらしい。


「さて、ゆるりと行こうか」

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