忍び寄る影

相変わらず暗い店内には、アンドレアが一人きり、椅子に座って酒場の親父と話をしていた。店内のライトがふと燃え尽き、親父がすかさず油を足す。グレイプニルは別の仕事でアンドレアから離れていた、一人きりで引き受けた仕事はあまりにも危険すぎた、一度は捨てようとおもったナイフが今では心のよりどころとなっていた。そのナイフを研ぎに出していたので不安が募るいっぽうであった。


「アンドレア、あんたに大事な話がある」


油を足していた親父が振り返りもせず話しかける。


「じつは先日の仕事は麻薬密売組織とかかわりがあった、

誰か尊いお方が影武者として、お前を指名したようなんだ、

これからも同じ方がお前を指名するだろう、でも大変に危険だ、

お前はこれからどうする」


「もう引き下がれないよ?」


震える右手を左手で押さえながら強くアンドレアは答えた。

勘違いでなければ、あれは昔の仲間たちだ。労働をしていたのではない。

犯罪に手を染めていたのだ。

そしてオレを見て違うといった。だから命があった。

あいつらは知っている。俺がやってきた様々な悪事や、淫売の子だということも。


「随分怖い目にあったみたいだな、クスリだなんてお前やオレたちには何の関係もないからな、おっと」


油を注ぎすぎて、溢れかえったオイルをすかさず雑巾で拭いた。やれやれと親父は火をつける。店内はすこしばかり赤くなった。


「おっと人がいたのかい」


二人だけだと思われたその店内にはフードを深く被った男がいた。

性別も年齢もわからないスレンダーな人間で、何も注文せず、頑なにアンドレアを見つめていた。


「あなたがアンドレア様ですね?」


「そうだけど」


「先日危険な任務を遂行していただけてありがとうございます」


「あんたが依頼主」


「そうです」


「尊いお方がじきじきに褒美をくださるそうです、西の宮殿に私と一緒に」


そこまでフードを深く被った男は言って、さらに近づいてアンドレアの顔をみた。


「似ていますね」


まさかそのお方というのは王弟殿下なのでは?

アンドレアは、研ぎ師からナイフを受け取って男と一緒に馬車に乗り込んだ。

遂にあの王弟殿下にお目通りがかなうのか。

ぼろ馬車はだんだん田舎道の方向へと急いで、

がたがた揺れた。

急に馬が鳴いて、馬車が止まった。

またあのときの夜のように誰かが囲んだのである。


「アンドレア様!身を守ってください!」


男たちと白刃戦が始まり、フードの男はつぎつぎとその男たちを身軽にかわし、

鈍器のようなもので殴っていった。


「しね!ディアル!」


アンドレアの後ろから知った声が響いた。


アンドレアがすかさず身を引いて、ナイフが心臓を貫いた。


少年はばたりと血を流して倒れる。


「あ・・・あ・・ピエール・・・」


「アンドレア様!呆然としている場合ではありません!」

激しい声がして、アンドレアの身に何が起こったのか、男はわからないようだった。

この親父の形見の剣が初めて人の血を吸った。

しかも、昔の仲間の、まだ少年の。アンドレアは華やかな宮殿にたどり着くまで、

返り血を浴びたナイフをひたすら白い布で拭いていた。


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