角砂糖

 私の祖母は和装で過ごす人でした。

 幼少の頃に他界したせいもありますが、祖母との思い出はほとんどありません。なにせ、子どもを子ども扱いせず大人と同じように接する人でしたので、幼い私と弟には近寄りがたく、『どこか距離を感じる』と思っていたものです。

 

 ですが、たった一つだけ、祖母を思い出すものがあります。

 それは、角砂糖。

 ただし、よく喫茶店などで見かける白や茶色の四角いものではありません。祖母が小さい壺に隠し持っていたのは、花の形をした角砂糖でした。

 ただ、砂糖全体が花の形をした和三盆のようなものなのか、それとも白い角砂糖の上に花がアイシングされているものかはうろ覚えなのです。すみれ色もあればピンクもあったような気はしますが、確かな記憶ではありません。


 しっかり覚えているのは、幼い日の私と弟は、それをよくつまみ食いしては祖母に叱られたということです。

 口の中に入れるとほろほろ崩れ、やがてふんわり広がる甘さは、ただの砂糖といえども美味でした。今思えば、こっそり食べるスリルも隠し味になっていたのでしょう。

 そのせいか今でも和三盆が大好きですし、甘いものは贅沢だという感覚が染み付いています。


 今思えば、山間の田舎に住んでいた祖母がどこでそんな粋なものを購入していたのか不思議でなりません。ほとんど来客のない家でしたので、お客様用に用意する必要もなかった上に、祖母はコーヒーや紅茶を嗜まない人でした。日本茶ばかり飲んでいた彼女が何故に角砂糖などを持っていたのか謎は深まるばかり。


 けれど、あの小さく儚い甘い花をこっそり愛でることを楽しみにしていたのかもしれないと思うと、いつも凛と澄ました祖母が一気に可愛らしく思えるのです。

 人は誰しも、どこかにひっそりと角砂糖のように脆くて甘い部分があるのかもしれません。

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