四月二十八日(火)

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「ふ~ん、なるほど、そのプログレ部部長ってのが凄い占い師なんだ」

 俺は部室塔の廊下の先をぼ~っと眺めて歩きながら隣の一馬に聞く。

「プログレッシブ・ロック研究会、あと占い師じゃなくて魔女ね」

 一馬も前を向いたまま返事をする。

「なんだか怪しい部に入ったもんだと思ってたけど……で、結局何をする部なんだ?」

「え、何するって言われても、部室で音楽聞いて、今のギターソロのエフェクターの使い方がどうだとか、このバンドのロック史的な位置付けはどうだとか語ったり――後はそうだな~、プログレ・ドンジャラしたりとか……」

「何それ最後の、気になる」

「プログレ・ドンジャラ? 部長のお手製でね、牌にプログレ系アーティストの名前が書かれてるんだけど、うまくバンドの形に出来たら上がりなの」

「楽しいのか、それ」

「うん、四人がそれぞれキングクリムゾン(第一期)、EL&P、エイジア(第二期)、エマーソン・レイク&パウエルを作ってるのに待ちは全員グレッグ・レイクだったりすると楽しいよ。ああもうグレッグ! 落ちつきのない子だね、この子は! って」

「なんかもう色々と敷居の高い遊びだな」

「禅も入ればいいのに、洋楽好きでしょ」

「俺はお前が聞け聞け言って持ってくるのを聞いてるだけだから、好きとか嫌いとか言うレベルじゃないです。そもそも音楽なんて聴き始めたのは人生でこの半年ばかりだし。それ以前はそれこそ、そんなもん聞いてる余裕なんか無かったしな」

「駄目だな~、人生には適度な遊びとか、余裕が必要なんだよ~」

「余裕が無かった主な理由は、お前が毎週の様に送って来た刺客のせいなんだけどな」

「今では懐かしい昔話だよ~。ちなみに僕は禅と違って報告待って最後に『おのれ功刀禅!』ってコブシを利かすの主な仕事だったから、待ってる間暇でさ~ 『敵である人類の研究』と称して音楽とか映画とか見まくってたよ。『24』トゥエンティーフォーシーズン8まで三周とかしたもん」

 相当なレベルだな。

「で、話戻るけど、どう『プログレ研』。禅も入ってみない?」

「うーん、プログレばっかじゃなあ、イエスとかピンクフロイドとかだっけ?」

「ううん、研究会として認めて貰う際に、ハクづけとして、一番難解そうな響きのプログレッシブ・ロックを選んだだけみたいだよ。別になに聞いても大丈夫」

「ふーん。ところで、どうでもいいけど、研究『会』なら『部長』じゃなくて『会長』なんじゃないのか?」

「本人がそう呼べって言うんだもん、なんか会長より部長のが若いっぽくていいんだって」

「女心……なのか?」

「知らない。『会長』という単語からは死臭しか感じないんだってさ」

 相当変わった人そうだな。さて、プログレ部の活動内容についてはこんなもんでいい、今問題なのは、その魔女部長の占いの方だ。

「しかし占いねえ……そんなもん本当に当たるのか?」

「シャーリーねえさんの占いは特別なの。『当たる』『当たらない』じゃなくて『絶対外れない』って言われてるくらいなんだから」

「そうなんですか~、そりゃあ大変だ~」

 そもそも占いとかのろいとか幽霊とかいう良く分らない超常的な物がおしなべて苦手な俺は、昼休みに一馬が紹介してくれるというその魔女に会う為、部室塔の廊下を歩く段になっても、未だにどうにも気乗りしないでいた。

「も~、ここまで来て何言ってんのさ、ワラにもすがる状態なの忘れたの?」

「分ってるよ~、分ってますとも~、だがね一馬君~、人は~、感情の生き物なのだよ~」

「ひょっとして……ビビッてるの?」

「そんなにハッキリ言っちゃあいけないよ一馬君~、だってだよ君、絶対外れない占い師に『あなた……死にますね、明日』なんて言われたら……ぼかあどうしたらいいんだね」

「大丈夫、そういうのは、見えてても本人には内緒にしておくものらしいから」

「どうしてそういう事を言うのかな~」

「も~、いいからほら、行った行った!」

 追い立てられる様に歩いて行くと、目的の部室が見えて来た。『プログレ研究会』と書かれた小さな看板の付いたドアの前に立つと室内から流れ出て来る音楽が俺達を出迎える。

 一馬がドアに手をかけ、勢い良く開けると、大音量と共に部屋の奥から一匹の白黒ぶち猫が飛び出して来て、一馬に駆け寄りよじ登った。

「あいたた、爪立てないで、ルルベル四世……よいしょっと」

 一馬は猫を腕に抱え上げると、改めて部屋のあるじを大声で呼んだ。

「シャーリー姐さ~ん! 友達連れてきた~! ボリュームちょっと下げて~!」

 部屋の奥でピンクのエレキギターストラトキャスターを担いでストレッチをしていた金髪美女はこちらを振り向き一言。

「入部希望か?」

「違うよ~! 禅だよ、いつも話に出て来るでしょ、今日はねえさんの占い希望~」

 姐さんと呼ばれたジーンズ姿の金髪美女は、デジタルアンプのボリュームを下げると、目を見開いてこちらを一喝した。

「お断りだよ! この間みたいなのは御免だからね」

 ネックをつかんだギターをドン! と乱暴に地面に下ろす。

「許してよ~、今回は真面目な用件なんだから~」

 一馬はぶち猫を頭に載せた姿で両手を合わせて拝む様に哀願する。

「ふん、どうだかね」

 彼女は、ゴチャゴチャと積まれたCDやアナログレコードの山を避けつつ部屋の奥から出てきた。身長175センチはありそうなスラリとしたモデルの様な白人女性。歩く度にキラキラと揺れるストレートの金髪が腰まで延びている。

 俺達の前まで来た彼女は俺の顔をじろじろと値踏みするかの様に見回し、

「……あんたが功刀の坊やかい? 一馬からいっつもあんたの話を聞かされてたが、会うのは初めてだね。あたしがシャーリー・ヴァリアンテだ」

 金髪の中に浮かぶビックリするくらい小さな顔に、俺は少し気押されつつも。

「コリャどうも、始めまして。なんでも凄い的中率の占いをされるそうで、うちの連れが何度もお世話になってるとか」

「ふん、あたしゃ気に入った人間しか占わないんだ。どうしてもって言うなら試験にクリアしてもらわないとね…洋楽クイズー!!」

「ドンドンドンパフゥ!」

 突然声を張り上げるシャーリー姉さんと合いの手を入れる一馬。

「なんだなんだ突然」

「世界三大ジャケットアーティストと言えば~」

 俺はとっさに脳内検索機能をオン。

「え、えーとヒプノシス――」

「ヒプノシス、ロジャー・ディーン、キーフですね、ここまでは一般常識ですが――」

 そうなのか!?

 数歩歩いて廊下側の壁の前に立つ姉さん。その壁にはすだれを利用して作られた和とも洋ともつかぬ奇妙なCD陳列ラックが据付られている。いかにも日本好きの外国人の趣味といった風情だ。

「さて、その中のキーフ。キーフといえば『コレ』と代名詞的に語られるのが、こちらの『アフィニティー』ですね」

 姉さんはその何十枚ものCDジャケットの中の一枚を指で指し示した。

「彼の美しいジャケットアートと生産枚数が極めて少なかった事で後に伝説の一枚となったこの『アフィニティー』のファースト・アルバム。池のほとりで女性が体育座りしているだけの写真なのですが、写真加工による独特の色合いと女性のさしている『和傘』が奇妙にマッチしてなんとも不思議な雰囲気を醸し出しています。さてここからが問題。この和傘、どうやら彼のお気に入りだったようで、キーフデザインの別のバンドのジャケットにも登場しています。そのバンド名とアルバム名を――答えなさーい」

 姉さんは最高に性格の悪そうな笑顔を浮かべると突然タンバリンを打ちながらカウントダウンを始める。

「お、おい一馬。俺の心のグ●グル先生が悲鳴をあげてるんだが、これはある程度のロック好きなら普通に答えられるレベルの問題なのか」

「えーと、そうだな~。10段階で言うと9.5くらいかなー」

「わかるかそんなもん!!」

「はーい、そこ小声で相談しなーい。残り5秒ー、4、3、2」

 そんな、俺のインターネッツが敗れるというのか! ど、どうする俺? どうする?

 俺は絶望をかみ締める様に正面のCDたちを凝視する。もはやここまでか! あれ?

「はい、タイム・アーップ! 正解をどうぞー」

 俺はこほんと咳払いを一つして、言った。

「ベガーズオペラ・アクトワン」

「ぬお!? この問題に答えるとは! 貴様只者では無いな」

「禅、すごーい!」

「いや、ほらその壁のラックの、例のCDの真上に飾ってあったから…」

 ……三人の間に流れる微妙な沈黙。

「ま、いいや合格」

「いいのかよ!」

「多分次の問題を考えるのが面倒くさいんじゃないかな~」

 彼女はくるりと踵を返すと窓際にある黒革のソファに向かい、どっさりと腰を下ろした。

「それで? 何を占いたいんだい」

 傾きかけた日ざしをバックにふんぞり返ったシャーリー姐さんが俺達に問いかけて来る。

 のっけから呑まれていた俺はハッと我に返って尋ねた。

「そ、そうだ。何者かに奪われたロボットを取り戻す為の方法が知りたい。クトゥルーって名前のロボットなんだ」

「海の底のルルイエ神殿は探してみたかい? クトゥルーなら大概そこに――って、フフフ冗談だよ、そんな顔しなさんな。詳しい話を聞かせてくれるかい?」


「ふ~ん、成る程、そういう事ならね、占わない事も無いけどさ、肝心のそのロボットを盗られたって娘は何処どこにいるのさ」

「え? ――寮の部屋、だな」

「連れて来な、この部屋に。そうでなきゃ占えないよ」

「で、でも、あいつ、引きこもりなんだぜ」

「知らないよ、その娘に何が何でもそのロボットを取り戻したいって強い意志が有るのならそれくらい出来る筈さ」

「しかし、いきなり電車に乗って通学なんて高いハードルをクリア出来るかどうか……」

 シャーリー姐さんは『やれやれ』というポーズを取ると、

「こりゃまた、とんだ過保護兄貴だよ」

 彼女がそう言い捨てながら、脇のゴチャゴチャ物の置かれたテーブルをグイと引きずって避けると、その下から三角形を二重丸で囲んだ様な奇妙な図形が姿を表した。

「これは、確か前に一馬から教わった――」

 ハマると時の旅人になるというアブないテレポート魔法陣。

「寮に繋がっている魔法印章さ。さ、付いといで」


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「――わっ!?」

 ドサドサ! 俺は薄暗い室内で何か積まれた物につまずき崩壊させてしまった。

「ああ、散らかってるから気を付けな」

 先に言ってくれ。俺達は寮の備品倉庫の中に出たようだ。

 姐さん先導のもと、こっそり女子寮内に進入し、アリスの部屋に向かう。

「でもあれだな、テレポートって、考えてたよか一瞬だったな」

「禅、ドラえもんのタイムマシン空間みたいなの思い浮かべてたんだろ?」

「なぜ分かる、そう、ああいうニョ~ンニョ~ンての想像してた」

 俺たちの前を歩くシャーリー姐さんは前方を向いたまま、

「問題が無ければあっと云う間さ、逆に長々かかる時はどっかに引っ掛かってる時だね」

 そう言って振り向き『フフッ』と微笑む。う~ん、やっぱり怖ええ。

「さて、この部屋だね」

 ほれ、と俺に手を向けて来る姐さんと代わってアリスの部屋の前に立った俺は、ひと呼吸入れたのち、コン、コンと二回ドアをノックした。

「声かけても大丈夫だよ、この時間なら寮には誰も居やしない」

 そう言うシャーリー姐さんに俺は頷き。

「アリス、俺だ。功刀だ。出てきて話を聞いてくれ」

 程なくしてガチャリとドアを開け、チェーン越しに顔を出したアリス、だが俺の後ろの一馬とシャーリー姐さんの存在に気付くなり慌ててドアを閉めてしまう。

「し、知らない人がいる……」

 ボクはドアを背にして座り込む。心臓が激しく脈打ち、額に嫌な汗が浮かぶ、怖い。ううん大丈夫、功刀先輩もいるんだ、どうって事ない筈なのに!

「アリス、彼等はお前のクトゥルー捜索に協力してくれる人達だ」

 功刀先輩の声だ、ボクはホッとする、ほら大丈夫……大丈夫。

「一馬は一回会った事あるだろ。こちらの女性はシャーリー姐さん。クトゥルーを取り戻す為の方法を占ってくれる、魔女だ」

 突如発せられた妖しい響きの単語に、落ちつきかけた心臓が再びドクンと音を立てる。

「――魔女ウィッチ?」

魔女術士ウィッカン、と言って貰いたいね」

 先程見えた、背の高い白人女性の物と思われる声が聞こえて来た。

ほうきに乗って空を飛んだり、悪霊を呼び出して呪ったりはしないから安心おし」

 ウィッカンという単語は聞いた事がないけど――どうやら彼女は普通の魔女扱いされるのが嫌いな様だ。続いて功刀先輩の声が聞こえて来る。

「この間はでかいこと言っちまったが、残念ながらクトゥルー捜索は難航中だ。アリス、シャーリー姐さんの占いを受けてくれないか? 彼女の決して外れないと言われる占いなら、クトゥルー捜索の糸口がつかめるかも知れないんだ」

 ボクは事情を理解した。功刀先輩の声からいつもの飄々とした余裕が感じられない。先輩も切羽詰まっているんだ。ボクは、どうしたら――

「だがそれには、お前が直接彼女の占いを受ける必要がある。どうだろう、この間みたいに中に入れてくれないか?」

 ギクリ、ボクは再び心臓が早鐘を打つのを感じながら、かろうじて返答する。

「こ、この間は……知っている二人だったから……」

 更にシャーリー姐さんも後ろから俺に言って来る。

此処ここじゃあ駄目だよ、占い師ってのは誰しも占いに適した場所や空間を持ってるもんだけど、あたしにとってはあの部室がそうなんだ、あそこ以外では的中率が下がる」

「そ、そうなのか?」

「ああ、この娘が来ないなら、あたしは占わないよ。しっかし……ちょっとあんた!」

 痺れを切らしたシャーリー姐さんが俺を押し退けてドアの前に立つ。

「この坊やがあんたとの約束を守ろうと走り回ってるって云うのに、あんたは何もしないで部屋の中でそうして縮こまって、誰かが何とかしてくれるのを震えて待ってるのかい?」

 ボクはあまりに正論な彼女の物言いにカッとなる。そんな事、そんな事分かっている!

「ね、姐さん、そんなにキツい言い方しなくても――」

 ボクはやれる、ボクは弱虫のアリスなんかじゃない、ボクはデュエイン、デュエイン、そうボクはデュエイン・アルバーンだ。最強の戦士だ。戦場の恐怖の対象。天才だ。怖くない。ボクはやれる、ボクは――

「ふん、とんだ腰抜けだ、どうやら何を言っても無駄な様だね。もういいや、あたしは帰るよ、あんた達も諦めな」

「あっ、ちょっと待って姐さん!」

 身を翻して帰ろうとする姐さんに俺が追いすがると、『あっ』という一馬の驚く声と共に背後で乱暴にドアの開く音が響いた。

 俺が振り向くと、そこには扉の前に突っ立つアリスの姿。その足は微かに震えている。

 彼女は、か細い声を振り絞るようにして姐さんに問う。

「ほ、本当に、クトゥルーの居所を占えるの?」

「――あんたが、そう望むならね」

 姐さんは肩越しに首だけ振り向いてそう言う。

「ボ、ボクは、腰抜けじゃない……占いなんて迷信、信じられなかっただけだ」

 白い顔をますます青白くさせたアリスは目だけは力強く姐さんを睨む。

「が、学園に行けばいいんだろ、いいさ、そのくらい、別にどうって事ないよ」


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「じゃあ、お嬢ちゃんが質問者だね、さあ、そこにお座り」

 促されてアリスは姐さんの正面の席にチョコンと腰を降ろす。

 俺と一馬がその左右に立って様子を見守る。黒革のソファに座ったシャーリー姐さんはヒョイと背後を振り返り、棚に置かれていたカードの束を手に取った。

「さあ、これを台の上でシャッフルしな」

 シャーリー姐さんは裏返しにしたトランプより一回り大きなカードの山を無造作にテーブルに散らばした。見たことあるぞ、タロットカードという奴だ。

「あたしの師匠は『正式な英国魔女の占いはトランプを使うべき、タロットなんて邪道』って言うんだけど、あたしにはこっちのが合っててね、まあ人それぞれって所さ」

 シャーリー姐さんは俺を見ながらそう言うと、またアリスに視線を戻し、

「占いたい内容を頭に思い浮かべながら混ぜるんだ。カードの上下に意味があるから、そうそう、そんぐらい念入りに」

 アリスは真剣な横顔で、カードを混ぜ合わせている。

「気が済んだら、山にまとめてこっちに渡して」

 言われた通りに山にまとめたアリスは、カードをテーブルの向こう岸につつと送った。

「はい、確かに」

 受け取ったシャーリー姐さんは、そのカードの山をヒョイと半回転させると、テーブルに一枚づつ手際よく並べて行く。テーブルの真ん中に一枚。その上に横にした一枚を重ねる。更にその周囲に十字の形にカードを並べ、最後左側に更に縦四枚のカードが並べられると姐さんはテーブルから手を離した。

 こちらを見てニヤリと笑う。

「じゃあ始めるよ……」

 全員がゴクリと息を飲む。姐さんは中心の一枚から順にカードを置いたのと同じ順番で横向きに開いて行った。

「現在――『太陽の逆位置』。虚しさ、喪失感、最悪の状況から脱け出す策が見付からない事を意味する」

 アリスがビクッとして姐さんの顔を見る。姐さんはまたニヤリと笑った。

「影響力――『皇帝』。自信に満ち溢れた歳上の男性が浮かぶね」

 アリスがチラッとこっちを見る。お、俺の事なのか?

「遠過去――『月』。嘘をつく事、又は誰かの裏切りに合う事。超常的な現象の暗示も」

「近過去――『悪魔』。浅はかさ、虚栄心、自分の演じるべき役柄から引きずり下ろされる事に対する恐怖……それに囚われる事により正常な判断が出来なくなる――」

 アリスの顔がどんどん青ざめて行く。

「起こりうる未来――『戦車』。暫定的な勝利。訓練によって困難を克服する手段を手に入れる事」

「差し迫った未来――『塔』。困難、試練。隠されていた真実がさらけ出される事」

「そして最終結果――『吊し人』……吊し人かぁ……」

 姐さんは残念そうな声を上げる。

「大切な物を諦める事、優先順位の変更……こりゃあ望み薄だねえ」

「そんな!」

 アリスは声を上げてイスから立ちを上がる。

「まあ待ちな、まだ望みはゼロじゃない、起こりうる未来に『戦車』が出ているだろう?」

 シャーリー姐さんの指差すカードに皆が注目する。

「『戦車』のカードは『皇帝』と関連があるんだ。どちらも現実世界での勝利者を表すカードだからね。『皇帝』と言えば――影響の所で出てきたろ」

 アリスが再び俺の方を向き、釣られる様に全員の視線が俺に集まる。

「選手交替、ほれ、あんた座りな」

 シャーリー姐さんはビシッと俺を指差す。

「お、俺?」

「話の流れ的に、あんた以外いないだろ」

 アリスが席を立って譲って来るも俺はイマイチ気乗りしない。

「……えっと、その、呪われたり、しない?」

 ギロッ……睨む姐さん。

 はいはいスワリマスよ、そんなに怒らなくったっていいじゃない、ねえ。

「ほら、さっきの見てただろ、同じ様にシャッフル――ああもうそんなもんでいいや」

 シャーリー姐さんはゴチャゴチャのカードをジャッとまとめるとパッパと勢い良くテーブルに置いて行く。

「おい、なんか、さっきより大分適当じゃないか?!」

「気のせい気のせい……う~ん、しかしこれは」

 唸るシャーリー姐さんに、俺は急に不安になり。

「え、なんか悪いの出た? 明日死んだりしない?」

「そんなこたぁ無いけどさ、いやいや、なるほど……体育祭で水泳に出るんだ?」

「なぜそれを? いや、そんな事よりそれがどうしたんだ?」

 彼女は納得した様にふんふんと頷くと、俺の目を見てまたニヤリと笑い。

「あんたが水泳それで一着を取ったら――何もかも上手く行くみたいだよ」


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「お~い、鎮目こっちこっち」

 トレイにドリンクを乗せてキョロキョロしている鎮目を呼び寄せる。

 疲れの見えたアリスを寮に送って行き、落ちつかない午後の授業を過ごした俺と一馬。

 俺達は極めて重要な作戦会議を決行すべく、放課後に捕まえた鎮目とイシャを引き連れて隣駅のハンバーガーショップに来ていた。

「あれ? イシャはどこ行った?」

 俺の前のイスに腰かけ、アイスティーにガムシロップを入れながら、鎮目が答える。

「表で野良猫見つけたって、チキン買って行っちゃったわ」

「なんだそりゃ、餌付けか?」

「趣味なのよ、あの娘の、一生懸命食べてんの見るのが楽しいんだって」

 ん? なんかデジャヴったけど気のせいか?

「まあいいや、え~、それでは、こんな騒がしい場所でなんですが、これより作戦会議を始めたいと思います」

 俺は皆の顔を見回しつつ、司会進行風に話を進める。

「騒がしい場所って、アンタが『ワック行こ~ワック~』ってうるさいから来たんじゃない」

 文句を垂れる鎮目をなだめるように、俺は、

「まあまあ許せ、『多少ヤバイ手段を使ってでも功刀君を体育祭で勝たせる手段を考える会議』だからな、校内や寮ではしづらいんだ」

「だから、何でそれにアタシを巻き込むのよ、アタシが風紀委員だって忘れているんじゃないの?」

「おい一馬、ポテトくれポテト」

「聞け!!」

 そうこうしているうちにイシャがフワフワ戻ってきた。

「おう、イシャ、どうだった、餌やりの首尾は」

「はい、ネコさまはチキンを咥えて去って行ってしまわれまシタ。出来ればお食事風景を拝見させて頂きたかったのデスガ、残念デス。ですがふたナデ程させていただきまシタ」

 嬉しそうにニコニコしているイシャの頭を、鎮目が、なんだか複雑な笑顔でヨシヨシとなでている。

 空気が和んだ所で、俺達はカナヅチの功刀君に水泳で一着を取らせるという不可能インポッシブルなミッションについての真剣なブレインストーミングを開始した。

「プールに毒を入れる」

「いきなりね、神門。真面目に考えないと帰るわよアタシ」

「真面目だよ~、禅は毒なんて効かないから平気だし~」

「ルール以前に法に触れるから却下」

「立証出来なければ……OK?」

「いいから却下!」

「ちぇ、じゃあ例えば? 鎮目さんのアイデアも聞かせてよ」

 一馬は『ブウ』と唇を尖らせて鎮目に意見を求める。

「アタシ? そうねえ……たとえば、ボクサーとかスポーツ選手が、プールの中を歩いてトレーニングするのがあるじゃない。あれを全力でやって見たらどう? 競歩の要領でさ」

「バカ、水の抵抗を考えろ、本気出した瞬間に五体バラバラになっちまう」

 俺は慌てて鎮目の案を却下する。鎮目は一瞬『むう』と不満げな顔をするも、すぐに気を取り直して話を続けた。

「ねえ、イシャは? 何かアイデア無い?」

「そうデスネ――それでは、例えば、一度も水面に出ずに、水面下を這って行ってみてはいかがでしょウカ?」

「むっ、這うか……前面投影面積が少ない分水中を走るよりは抵抗が少なそうだな」

「うん確かに、普通の人間だと、浮力で踏ん張りが利かないだろうけど、ナチュラルにバラスト付きの禅が、プールの底を指でえぐるくらいの覚悟で行けば、結構いい線行くと思うよ。さすがに水泳部とかには敵わないだろうけど」

「一度やってみないと何とも言えんが、確かにいい線くらいは行けるかもな」

「問題はあくまで一着でなきゃ駄目って所だね」

「そうだな、だが対戦相手のオーダーは当日まで分からないんだ、現時点でのベストを尽くすしかあるまい」

「でも、そうなるとさ、リハというか実際に一度試してみたほうがいいんじゃない?」

 一馬のもっともな意見を受けて、鎮目が俺に聞く。

「ふ~ん、水泳部に知り合い居るけど、紹介しようか?」

「水泳部――あの部員全員が水辺限定キャラという恐怖の水泳部か……むぅ」

「どうしたの?」

 渋い顔をする俺に鎮目が疑問を呈して来る。

「あはは、禅、昔水中に引きずりこまれて以来、水辺キャラが苦手なんだよね」

「別に、普段は何ともなく付き合えるんだぞ、川村とか普通にイイ奴だし。只、あいつらの練習してるプールサイドに立つとな……これから人食いザメの群れに放り込まれる鶏肉の気分というか……船幽霊に囲まれてるかの様な、嫌~なプレッシャーを感じるんだよな」

「何よ、なっさけないわねー、切羽詰ってんでしょ、気合い入れなさいよ!」

 鎮目に叱咤された俺は、

「むっ、いいだろう、そこまで言われたら引き下がれん。いざとなったら俺のプラズマハンドでプールごと沸騰させてやる」

「ホントに止めてよね、そういうことするの」

「ホントにはしないよ」

「だって逆切れしてやりそうじゃない、バカだから」

 バカって言う方がバカなんだから~!

「それじゃ、水泳部の知り合いにアポ取っとくから、明日は休日だから木曜ね、放課後ちゃんと開けときなさいよ、バカ」

 バカって言う方がバカなんだから~!

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