最終話 徳島編ボス登場。決戦は祖谷の武家屋敷
「ここ、何度見てもええ眺めじゃ」
「あたし紅葉の時にまた来たーい」
「なんか岩の形がもの凄いよな」
「自然の神秘を感じるわね」
「リアル大歩危もなかなかの迫力♪ 来てよかったじぇ」
「私はちょっと恐ろしくも感じるよ」
みんなは峡谷美豊かな川を楽しそうに見下ろしながら、道の駅大歩危に向かって歩いていると、
「いっぱい来たな。みんなおどろおどろしくて強そうだ」
前方から近寄ってくる、この地ならではの敵キャラの姿が計七体。和之のわくわく気分が高まった。
「さすが妖怪の里と呼ばれてるだけはありますね。ボスの巣食う近場の敵に相応しいわ」
「大昔の妖怪絵巻風なデザインじゃね。お小遣い、めっちゃ増えそうじゃ」
鈴恵と絵里子は楽しそうに微笑む。
「妖怪○ォッチの妖怪さんはかわいいけど、あれはリアル過ぎてすごく怖いよぉぉぉ~」
星音は絵里子にぎゅっとしがみ付いた。
「星音、よく見るとそんなに怖くはないよ。私は戦いたくはないから、和之くん達で、なんとかしてね」
由利奈はちゃっかり和之の背後に逃げる。
「あの閻魔、風貌的にボスっぽいけど違うのか?」
「徳島編のボスは児啼爺じぇ。あわの閻魔は体力90あるけんど見た目ほど強くないじぇ。右から順に鬼うば、あわの閻魔、山じち、蛇殿、狸火、祖谷の河童妖怪エンコ、からす天狗じぇ」
「河童が一番弱そうじゃ。和之お兄さん、最強っぽい閻魔頼むわ」
「了解」
「星音さん、狸火は水鉄砲で一蹴出来そうよ」
「あたしは怖いから戦わなーい」
星音は由利奈の背後に隠れた。
「あらら。星音さんわたし以上の戦力なのに」
鈴恵、和之、絵里子はさっそく立ち向かっていく。
「姫殿、これから剣山へドライブ行かぬか?」
「お兄さん、イケメンに化けてもワタシは誘惑出来へんじょ」
絵里子は顔を大蛇からイケメンの若殿に化けさせデートに誘って来た、背丈一七〇センチほどの丁髷に袴姿な蛇殿をカッターで切り付け、すかさずマッチ火を投げ苦戦することなく退治。
「やはり風も弱点のようね。もう、服溶かして来ないで下さいっ! エッチな火ね」
宙をゆらゆら漂う狸火は、鈴恵が扇子でパタパタ仰ぐと次第に消滅。ブラとショーツが少し露になり一部焦げてしまった服も元に戻った。
「斧攻撃も余裕でよけられたし、思ったより弱かったじょ」
絵里子は次に立ち向かった鬼うばには手裏剣を三枚投げつけて消滅させた。
「絵里子様、後ろ危ないじぇ」
直後に眞智から警告。
「きゃんっ。もう、このエロ河童ちゃん。尻子玉抜こうとしたんか?」
絵里子は水玉ショーツをずるりと脱ぎ下ろされたが、河童をあっさり掴んで地面に叩きつける。これにて河童も消滅した。
「棍棒攻撃けっこう強いな」
和之は、あわの閻魔に腹部などを殴られ大きなダメージを食らわされるも、攻撃の手をやめず見事勝利。
「きゃあああっ、あの、助けて下さい」
鈴恵は背丈三メートル以上はあるだろう山じちに扇子で攻撃しようとしたところ、片手で持ち上げられてしまう。
「この爺ちゃん、やけに嬉しそうじゃね」
絵里子はバットとカッター、
「エロ妖怪だな」
和之は竹刀で立ち向かっていく。
「きゃっ、からす天狗が襲って来たぁ~」
「ぎゃあああっ、こっちくるぅぅぅ! 和之お兄ちゃん助けてぇぇぇーっ!」
その間に由利奈と星音の方へ羽ばたいて襲いかかろうとする、からす天狗。
「絵里子ちゃん、山じち頼んだ」
「了解じゃ」
「こら、待て」
間一髪のところで追いついて和之は竹刀を思いっ切りすばやく振って羽にダメージを与える。会心の一撃が決まったか、あっさり消滅。
「ありがとう和之くん」
「和之お兄ちゃん、ありがとう」
由利奈と星音は嬉し涙をぽろりと流す。
「二人とも無事でよかったよ」
和之はちょっぴり照れくさがった。
「山じちも退治したじょ。攻撃のスピード遅いし楽勝じゃった」
絵里子は嬉しそうに伝えてくる。
「胸、めちゃくちゃ揉まれちゃいました」
鈴恵はしょんぼりした気分だ。
ともあれようやく全滅。
「道の駅で売ってるリアルなやつよりも美味いな」
和之は妖怪達が残していった、焼け石のように真っ赤な激辛団子を食して体力を全快させた。
「和之様達、お見事じゃったじぇ」
見守っていた眞智はパチパチ握手する。
「千円札四枚も増えてるし、また妖怪と戦いたいじょ。もっと来んかなぁ」
絵里子は周囲をきょろきょろ見渡す。
「妖怪怖ぁい。早く大歩危から出よう」
星音は苦虫を噛み潰したような顔で、びくびくしながら大歩危駅へ戻ろうと来た道を急ぎ足で引き返していく。
「きゃあっ、びしょびしょになっちゃった」
するとどこからともなく現れた新たな敵キャラにお顔を攻撃されてしまった。
「これ、あたしが倒したーい」
あの部分からの放水を直撃された星音は笑ってしまう。
妖怪ではなく、小便小僧がモンスター化したものだったのだ。尚も放水しながら空中をぐるぐる飛び回っていた。
「ひゃぁんっ! ダメだよ、イタズラしちゃ。勢いすごい」
由利奈も顔にぶっかけられてしまい、堪らず和傘を広げて防御した。
「風呂ノ谷のやつがモンスター化したものなんだろうけど、ここでも出るんだな」
「空飛んで自由に移動出来るけんね。祖谷の小便小僧くんの体力は75。放水攻撃と頭突きは強烈じぇ」
「飛び道具の方が良さそうだね」
星音は祖谷の小便小僧くんに手裏剣を投げつける。
直撃はしたがまだ倒せず。
「小便小僧、嬉しそうに笑いよるね」
絵里子がバットであの部分を思いっ切り攻撃すると、祖谷の小便小僧くんは涙目に変わった。放水もぴたりと止まる。
「見た目通り硬い敵ね。まだ消えないわ」
鈴恵は背中を扇子で、
「おっと、危ねっ」
和之は竹刀で頭突きをかまして来た祖谷の小便小僧くんのお顔を容赦なくぶっ叩いた。
まだ消えず。
「防御力めちゃくちゃ高い敵だね」
星音が生クリームと水鉄砲をぶっかけ、ようやく消滅した。
みんな大歩危駅へ向かってさらに歩き進んでいると、
「ぐわっ! 川から何か飛び出て来たぞ」
和之は突如何者かに顔と足を直撃された。
「魚じゃ。アユと、アマゴかな?」
「その通りじぇ絵里子様。祖谷のアユ・アマゴ。ゲーム上でもセットで襲ってくるじぇ」
「大歩危・小歩危みたいじゃね」
絵里子はにっこり微笑む。
「ちなみに体力はアユが52、アマゴが55。小遣い稼ぎ用の雑魚じぇ」
「陸に上がった生きてるお魚は、ビチビチ跳ね回るから雑魚でも怖い」
由利奈は和之の背後に隠れる。
「由利奈お姉ちゃん、お魚で怖がっちゃダメだよ」
星音は楽しそうにヨーヨーで体長五〇センチほどのアユの方を攻撃し、見事一撃で消滅させた。
「こいつもリアルのより巨大化しよるね。記念に魚拓にしたろうかな?」
絵里子は残った体長七〇センチほどのアマゴに黒インクを投げつけて、真っ黒にした。
「ぐはっ、仕返しされたじょ」
アマゴはダメージは食らってないようで、絵里子の顔面に体当たりを食らわした。
絵里子の顔も真っ黒になってしまう。
「塩焼きにして囲炉裏で味わいたいですね」
鈴恵がマッチ火を投げつけて、消滅させた。
「大歩危の敵キャラ、なかなか戦いがいがあるじょ」
インクの汚れも同時に消え、絵里子は満足げだ。
☆
その後は敵に遭遇することなく大歩危駅前へ戻れたみんなは、しばらくしてやって来た路線バスに乗車した。
二五分ほどで到着した、かずら橋付近は大勢の観光客で賑わっていた。
シラクチカズラで編まれた幅二メートル、長さ四五メートル、川面からの高さは十四メートル、国の重要有形民俗文化財にも指定されているそんな知る人ぞ知る吊り橋だ。
「皆様、渡れば経験値が上がるじぇ」
「そうでなくても渡るつもりだったじょ」
「あたしも渡るぅ。これスリルあってめちゃくちゃ楽しいよね」
「わたしも渡りますよ」
「俺は、いいや」
「私もいいよ」
「和之お兄さん、男らしくないじょ。あそこ見てみぃ。幼稚園児くらいの子ぉでも堂々と渡りよるじょ」
「……しょうがない、渡るか」
「和之くんが渡るなら、私も渡るよ。和之くん、こけそうになったら後ろから支えてね」
結局みんなで渡ることに。
通行料を支払って絵里子を先頭に鈴恵、眞智、星音、由利奈、和之の順に渡り始める。
「みんな、こんな足場の悪い所、よくすいすい進めるね。やっぱり怖いよぅ」
「由利奈ちゃん、肩掴まないで。俺も進めなくなるから」
「和之お兄ちゃん、由利奈お姉ちゃん、後ろの人がつかえちゃうよ。早くぅ」
「星音ぇー、揺らさないでぇぇぇー。落ちちゃいそう」
橋の真ん中付近で動けなくなっていた由利奈と和之を見て、ゴール間近の星音は笑いながら楽しそうに手すりを揺らす。
ともあれ由利奈も和之もそれから三分ほどかけて無事渡り切ることが出来た。
「私もう二度と渡りたくないよ」
「俺も。レベル上がってもこれは平気にはなれんみたいだな」
「皆様、これでレベルがまた1上がったじぇ」
「ここは、敵全然見かけんね。早く戦いたいじょ」
「一般人が多いけんね。ちょっと外れた所に行けばいっぱいうろついとると思うじぇ」
みんなは近くの食堂で昼食を取った後、この周辺の人気の少ない所を散策していると、
「ひゃぁんっ! きゃあああああっ!」
由利奈が何かに全身に絡み付かれてしまった。
「かずら衛門だ。こいつは身動き封じてくるけん厄介じぇ。体力は83。弱点は他の植物型モンスター同様、炎じぇ」
「見た目通りね。マッチで。きゃっ、きゃぁっ!」
鈴恵も全身に絡み付かれてしまう。かずらの形をしたモンスターだった。
「あーん、私のパンツに蔓(つる)入れないでぇ~」
「いやぁっ、このかずらさん、ぬるっとした樹液出して来たわ。いたくすぐった気持ちいいです」
数十本に分かれた蔓を自由自在に動かすことが出来ていた。
「こうなったら炎使えないな。俺に任せて」
和之は巻き付き攻撃に注意しつつ、かずら衛門を竹刀でぶっ叩く。
「一撃じゃ無理か。うぉわっ!」
攻撃し返され、蔓でバチンッと頬を引っ叩かれた。スパッと切れて血が少し出てくる。
「和之くぅん、早く回復して」
「これくらいノーダメージと同じだよ」
和之は怯まず竹刀でもう一撃。
まだ倒せず。
「くらえーっ!」
星音はヨーヨー攻撃を食らわせた。
「十八禁同人誌みたいなことしやがったエロかずら、これでどうじゃっ!」
絵里子のバット攻撃でもまだ倒せず。
「しぶといな」
和之が竹刀でもう一発ぶっ叩いてようやく消滅させれた。
「みんな、ありがとう」
「ありがとう、ございます」
解放された由利奈と鈴恵はかなり疲れ切っていた。
「なかなか倒せんかったんは、由利奈様と鈴恵様の体力を吸い取って自身の体力回復させとったからじぇ」
眞智は得意げに解説する。
「鈴恵お姉ちゃん、由利奈お姉ちゃん、これで回復させてね」
星音は麦だんごを二個ずつ与えて全快させた。
「ここの敵、本当に手強いな」
あまりダメージのない和之はすだちジュースで全快させることが出来た。
さらに付近を散策してると、
「うわっ、危ねっ!」
どこかから槍が飛んで来た。和之は寸でのところでかわし、ダメージ回避。
「ぎゃあああああああっ! えっ、絵里子お姉ちゃあああああっん」
星音は妖怪もびっくりするような大声で叫び、絵里子の背中にぎゅぅっとしがみ付いた。
「星音、あれ、そんなに怖いかな?」
絵里子はにこにこ微笑む。
「怖いよ、怖いよ」
星音はだんだん泣き出しそうな表情に変わっていく。
「あれは確かにめちゃくちゃ怖いよ。夢に出て来そう」
由利奈は同情してあげる。
「こんな敵まで出るなんて、さすが平家落人伝説が残ってる地なだけはあるわね」
鈴恵はちょっぴり感心していた。
みんなの目の前に現れたのは、頭に槍が刺さり鎧を付けた落武者の亡霊だったのだ。
「祖谷落武者亡霊の体力は86。弱点は水じぇ」
「星音、倒してあげたら?」
絵里子は楽しそうに勧める。
「怖い、怖い」
星音はそう言いつつも、勇気を振り絞って絵里子の背後から少し顔を出して狙いを定め、水鉄砲を発射した。
ぐおおおぉぉぉぉ~。祖谷落武者亡霊は苦しそうな叫び声を上げる。
「まだ消えないよぉぉぉ~」
「星音様の今の攻撃力なら、もう一発できっと消えるじぇ」
「消えて、消えてぇぇぇ~」
星音は涙目でもう一発発射した。
ぐわあああああぁぁぁ~と祖谷落武者亡霊は断末魔の叫び声を上げ、ついに消滅。祖谷そばかりんとうを落としていった。
「怖かったよぉ~」
ぽろりと涙を流す星音。
「星音、よく頑張ったね」
由利奈は優しく頭をなでてあげた。
「うわぁっ、おい、やめろっ! あっつぅぅぅ!」
和之が突如、背後から襲われる。
「和之くぅん!」
由利奈は深刻そうな面持ちで叫ぶ。
「おう、和之お兄さん緊縛プレーされてるぅ。これは萌えるじょ」
絵里子は嬉しそうに携帯のカメラに収めた。
「えっ、絵里子ちゃん、撮るなよ」
丼から伸びて来たそばの麺で全身絡み付かれたのだ。
「祖谷そば次郎、体力は81。熱々の絡みつき攻撃が得意なんじぇ」
「和之お兄ちゃん、今助けるよ」
星音は遠くから手裏剣で丼側面を攻撃。
見事命中。
「これは接近し過ぎたらやばいね。かずら衛門で学んだじょ」
絵里子も手裏剣で丼側面を攻撃した。
「和之さん、お任せ下さい」
鈴恵はマッチ火を和之に当たらないように投げつけた。
これにて消滅。祖谷そばの生麺を手に入れた。
「めっちゃダメージ食らってしまった」
和之も解放される。彼はぶどう饅頭を食して全快させた。
「きゃぁんっ、雉に襲われちゃいましたぁ」
「和之くん、絵里子、星音、助けてぇーっ!」
直後に鈴恵と由利奈の悲鳴。ケェェェン、ケェェェンと鳴き声を上げつつ羽を激しくバタつかせる雉型モンスターに追いかけられていた。
「祖谷雉、体力は79。祖谷の敵では弱い方じぇ」
眞智はそいつに完全スルーされていた。
「でかいな」
和之はその敵の姿に驚く。体長二メートルくらいはあったのだ。けれども怯まず竹刀を構えて立ち向かっていく。
「お肉美味しそう」
星音も楽しそうに敵に立ち向かっていった。
「ワタシも戦うじょ。あっ、ちっ、ちっ。上からなんか黄色いのかけられたじょ。これ、ゆず味噌だれじゃ」
髪の毛からお顔にかけてぶっかけられた絵里子はとっさに木の上を見る。
そこにいたのは、郷土料理【でこまわし】のモンスターだった。長さは一メートルほど。巨大な里芋・こんにゃく・豆腐付きの串を枝に刺すようにして留まっていた。
「でこまわしんのすけ、体力は76。体を高速回転させてゆず味噌だれの散布攻撃してくるけん接近戦は危険じぇ」
「木の上からぶっかけ攻撃してくるなんて秘境だけに卑怯過ぎるじょ」
絵里子はすばやく手裏剣を投げつけた。
命中して、でこまわしんのすけは木の上から落っこちる。
「さっきの仕返しじゃ」
絵里子は今度は黒インクを投げつけ、休まずマッチ火を投げつけて消滅させた。
ぶっかけられた柚子味噌だれも同時に消滅する。
「絵里子お姉ちゃん、パワーアップしたね」
「一人で圧勝してたな」
祖谷雉を協力して倒した星音と和之は感心する。
「祖谷の敵もそんなに強く感じんじょ。これはボス戦自信沸いて来たじょ」
絵里子が余裕そうな笑顔で呟いた直後、
「おまえら、おいらの存在に気付けないなんて灯台下暗しだな。おいら、おまえらが大歩危であわの閻魔とかと戦ってた時からすぐ近くで見てたんだぜ」
こんな声と共に、木の裏側から白い布のような物体が現れた。
長さは十メートルくらいはあった。正体は一反木綿だった。
「捕獲成功♪ おいらの仲間を退治した仕返しだ」
「みんなぁぁぁ、たーすーけーてー」
「離してや。痛いじぇ」
「あの、やめて下さい。離して下さい」
由利奈と眞智と鈴恵はあっという間に強く巻き付けられてしまった。
「おい、一反木綿、よくも由利奈ちゃんと眞智ちゃんと坂東さんを」
「由利奈お姉ちゃんと眞智お姉ちゃんと鈴恵お姉ちゃんを返せーっ!」
「ワタシ達と戦って欲しいじょ」
和之達は急いで駆け寄って行くも、
「返して欲しかったら、ここの武家屋敷まで来いよ。ボスの児啼爺といっしょに楽しみに待ってるぞよ」
一反木綿はそう伝え、地図が描かれた紙を落として由利奈達を巻きつけたまま空高く舞い上がってしまった。
「離して下さい。怖いです。わたし、高い所苦手なんです」
「みんなーっ、絶対助けに来てねーっ!」
「あなた、鹿児島編の敵キャラじゃない。徳島編に現れるなんて反則じぇ」
鈴恵と由利奈と眞智は懸命に叫ぶ。
「本来主人公一人で攻略すべき徳島編を、こんな大人数で攻めてくるおまえらの方がよっぽど反則であろう」
一反木綿はこう主張して、さらに高く舞い上がりスピードを上げた。
「ここからそんなに遠くはない。路線バスですぐに行けるな」
「ワタシますます闘志が湧いて来たじょ」
「姫様の救出劇みたいになるね。急ごう!」
和之、絵里子、星音は最寄りのかずら橋バス停へ向かって走っていく。
途中、祖谷落武者亡霊に三体行く手を阻むように遭遇してしまった。
「こんなやつらに時間食ってるわけにはいかない。おっと、危ねっ」
和之は槍をひらりとかわすと、すかさず竹刀でぶっ叩き、一撃で消滅させる。
「星音、水鉄砲で一蹴しちゃえ」
絵里子は攻撃される前に手裏剣を一発投げつけ消滅させた。
「うっ、うん」
星音は怯えつつも狙いを定めて発射。今度は一撃で倒すことが出来た。
和之達はバス停へ向かってまた走り出そうとしたら、
「うぉはっ! 誰だ一体?」
「きゃんっ、くすぐって来やがったじょ」
「ひゃぁんっ、やめて。あたしくすぐられるの苦手なの」
何者かに背後からしがみ付かれ、わき腹などを激しくくすぐられた。
「見たことない敵じゃ。ひゃぅっ!」
「この赤い髪のちっちゃい女の子、赤シャグマかな? きゃっはははっ、やめてー」
「俺もそうだと思う。言い伝えだと足の裏をくすぐってくるみたいだけど、この赤シャグマは部位関係ないみたいだな。眞智ちゃんいないからどのくらいの強さが分からないけど、風貌的に大したことなさそうだ」
和之は自身をくすぐって来た、背丈一メートル十センチくらい、赤いちゃんちゃんこを身に纏ったおかっぱ頭の妖怪赤シャグマに鮮やかな一本背負いを食らわしたのち、マッチ火を投げつけ一体を消滅させる。
「和之お兄さん、やるねえ。ワタシのも引き離して。振り解こうとしても離れてくれんのじょ。あっひゃ。もうやめて欲しいじょ」
「きゃはははっ、和之お兄ちゃん、あたしのも早くお願ぁい」
「こいつめっ、離れろっ!」
和之は星音をくすぐっている方から両手で引き離してあげ、地面に叩き付けるとすかさず竹刀で攻撃を加えて消滅させる。
すると、絵里子をくすぐっていた残り一体の赤シャグマは自ら離れてどこかへ走り去ってくれた。
「和之お兄さんの強さにびびったみたいじゃね」
「そのようだな。かなり弱かった」
「和之お兄ちゃん、さすが主人公だね。あたし達の中で最強だよ」
「そうかなぁ? 素早さは絵里子ちゃんと星音ちゃんの方が俺より上だと思うけど。うをあっ! 今度は何だ?」
「ひゃっ、地面が盛り上がっとるじょ、きゃんっ」
「きゃあああっ!」
三人は下から突き上げられる形で弾き飛ばされ、けっこうダメージを受けてしまう。
なんと地面から新たに見る妖怪型の敵が現れたのだ。一つ目で、二本の角とあごひげの生えた鬼っぽかった。手には巨大な鎌を持っていた。
「きっと夜行(やぎょう)さんだな。こんな登場の仕方までする敵もいるとは」
和之のマッチ火、
「夜行ちゃん、道路破壊したらあかんじょ」
絵里子の手裏剣、
「あたし達急いでるのにっ!」
星音の怒りのヨーヨー攻撃三連発で攻撃の隙を与えず消滅させた。
壊されたアスファルトも元に戻る。
それからすぐに、鬼うばが五体襲い掛かって来たものの、
「おう、あっさり倒せたぞ」
「一発で消えるとは思わんかったわ」
「すごく弱く感じるね。あたし達またレベルが上がったんだね」
和之の竹刀、絵里子のカッター、星音のヨーヨー攻撃で、空振りすることなく全種一撃で倒すことが出来た。
再び走り出した和之達、ほどなくまた行く手を阻まれてしまう。
背丈四メートル以上はある、柱のようなもので支えられた首長のお爺さん型妖怪だった。
「ノビアガリか。言い伝え通り、見上げるほどでかくなってくな」
和之が姿を見上げ始めてから十秒足らずで背丈十メートルを超えるくらいまで伸び上がっていた。
「ほなけど攻撃してくる気配無いね」
絵里子のマッチ火攻撃、
「顔見えないから怖くないよ」
星音は柱っぽい部分へヨーヨー攻撃を食らわす。
「物理的攻撃はして来ない脅かし系の敵みたいだな。体力値と防御力以外はすだちこまちより弱いんじゃないか」
和之はバットでさらに同じ箇所を攻撃した。すると、
「うわっ、危ねっ!」
「倒れて来たじょ」
「きゃあっ!」
和之達のいる方目掛けて倒れかかって来たのだ。十数メートルにまで伸び上がったノビアガリはドシィィィンと地面にうつ伏せに激突したのち、瞬く間に消滅する。
「危なかった。倒した後に大ダメージ与えてくる自爆系の敵かよ」
「まともに当たってたらやばかったじょ。ワタシ達全滅しちゃってたかも」
「大木みたいなお爺ちゃんだったね」
和之達はなんとか避けれダメージ0。
これ以降は敵に出遭わず、かずら橋バス停へ辿り着くことが出来た。
「バスたった今行ったばかりか。敵にさえ遭ってなけりゃ間に合ったのにな。次の来るのを待つまで走って行った方が速さそうだ。また敵と戦う羽目になりそうだけど」
和之は時刻表と携帯の時計を照らし合わせる。
すでに予定時刻を三分ほど過ぎていた。しかし、ほどなくバスがやって来たのだ。
「予定より遅れたみたいだな。ちょうどよかった」
「ラッキーじゃ。運が味方したね」
「バス乗ってる間に体力全快させておこう」
和之達が久保行きのバスに乗り込んだ頃、
「痛いじぇ」
「締め付け弱めて、っていうか、離して下さい」
「私、おしっこしたくなっちゃった」
鈴恵と眞智と由利奈は、武家屋敷内の和室隅でかずらで全身を拘束されていた。
「縛られた女子(おなご)を眺めながら飲むリアル宍喰の寒茶はじつに美味いのう」
「そうですね、児啼爺」
背丈一メールにも満たない児啼爺と、一反木綿は彼女達のすぐ側で茶を啜っていた。
「きゃっ! パンツ捲って来たよ」
「いやらしいじぇ」
「なんともエッチなかずらさんですね。かずら衛門、こんなに強かったっけ?」
縛られた三人は必死で振り解こうとするも、なすすべなし。
「こいつは福井県池田町のかずら衛門じゃからのう。祖谷のかずら衛門よりも五倍は強いぞよ。ホホホ、いい肉がとれそうじゃのう」
児啼爺はにやりと微笑む。
「ぼたん鍋といっしょに煮込むとより美味しくなりそうですね」
一反木綿も微笑む。
「私達、食べられちゃうの? 私、脂肪と贅肉だらけだからすごく不味いよ」
「わたしも同じく不味いです。ムダ毛も多いですよ。食べないで下さい」
由利奈と鈴恵の顔が青ざめる。
「由利奈様、鈴恵様。冗談で言っているのだと思うじぇ」
眞智は笑っていたが、やはり恐怖心を感じていた。
「さてと、そろそろ調理を始めようかのう」
「児啼爺、出刃包丁持って来ましたぜ。まずは一番美味そうな太ももから裂いていきましょうや」
一反木綿は自身に巻き付けて運んで来た。
「いやぁぁぁ~、やめてぇぇぇーっ!」
由利奈は恐怖心で目から涙からこぼれ出た。
「本当に、やる気なのですか?」
鈴恵の表情も引き攣る。そんな時、
「みんなーっ、助けに来たよ」
「お待たせ。ボスバトル、張り切るじょ。おう、児啼爺、大歩危の像にそっくりじゃ」
「みんな無事か?」
和之達、到着。
「和之くん、星音、絵里子。来てくれてよかったぁぁぁ」
「和之さん、星音さん、絵里子さん、わたし達が犠牲になるまでに間に合うと信じていましたよ」
由利奈と鈴恵は嬉し涙をぽろりと流す。
「和之様、星音様、絵里子様。健闘を祈るじぇ」
眞智はホッとした笑顔で伝えた。
「ホホホ、よく来たな」
「おまえらに勝てるかな?」
「みんなを早く解放してやれ」
和之は険しい表情で訴える。
「わしらに勝てたら解放してやろう。わしが出る幕もないと思うがのう」
児啼爺がそう言うや、後ろの襖がガラリと開かれた。
「おまえら、おれっちが片付けてやるぜ」
そして別の敵キャラが登場する。
「おう、あなたは昨日の男の娘! 今日は服装もかわいいじょ♪」
絵里子は満面の笑みを浮かべた。
「根暗っぽい姉ちゃん、昨日はよくもやってくれたな。今日のおれっちは本気モードだぜ。仕返しだぁーっ!」
花柄チュニックに水玉ミニスカートを穿いた男の娘姿の六右衛門狸はそう言うや、絵里子に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。
「こっ、こら。おっぱい揉まないで。力抜けちゃうけん」
予想以上のすばやい動きだったため、絵里子はちょっぴり動揺してしまった。
「それそれそれーっ」
「あぁっん、もうやめて欲しいじょぅ」
優しく揉まれるごとに、絵里子のお顔はだんだん赤みを増していく。
「おいっ、やめろっ!」
和之は六右衛門狸の後ろ首襟を掴んで引き離そうとした。
「動き遅過ぎ♪」
しかし余裕でかわされた。
「きゃんっ!」
弾みで和之の右手が絵里子の胸に服越しだがしっかり触れてしまう。
「ごっ、ごめん絵里子ちゃん」
和之は反射的に右手を引っ込めた。
「いや、べつにええじょ」
絵里子は照れ笑いする。
「みんな頑張れーっ!」
「うち、期待してるじぇ」
「和之さん達なら絶対勝てると信じてますよ」
由利奈と眞智と鈴恵はきつく縛られて苦しそうにしつつも、温かいエールを送ってくれた。
「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、くらえっ! フラーッシュッ!」
星音はポケットからデジカメを取り出し、六右衛門狸の写真を撮った。
「ぎゃっ、目がくらんだ。卑怯だぞおまえ」
怯む六右衛門狸。
「卑怯じゃないもん」
星音は続いて水鉄砲を取出し、六右衛門狸の顔面目掛けて連射。
「うひゃぁぁぁっ!」
けっこう効いたようだ。
「六右衛門狸、動き鈍ったな」
和之はすかさず竹刀で六右衛門狸の腹をぶっ叩く。
「いってぇぇぇ。こうなったら……」
六右衛門狸は本来の姿に戻るや、口から糸を吐き出した。
「ん? うわっ!」
和之は体中を巻きつけられてしまった。
「どうよ、奥義、狸の糸車♪」
六右衛門狸は得意げに笑う。
「身動きとれねえ。うわっ」
和之、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。
「和之お兄さん、ワタシがほどくじょ」
「あたしも手伝うぅ」
絵里子と星音は和之の側へ駆け寄っていくが、
「おまえら油断し過ぎ。それぇっ!」
「うわっ、引っかかっちゃった!」
「しまった。油断したじょ」
六右衛門狸に和之と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。
「これで攻撃し放題だな」
一反木綿はにやりと笑う。
「おれっち、絵里子っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい。おれっちに猥褻なことした仕返ししてやるぅっ!」
六右衛門狸は男の娘姿に戻り、にやにや笑いながら絵里子の方へ近づいていく。
「くっそ、糸さえほどければ」
「ワタシ達、大ピンチになっちゃったじょ」
「ほどけないよぅーっ」
和之、絵里子、星音。自分で糸をほどこうとするがほどけず。
「和之くぅん、星音ぇ、絵里子ぉ。助けてあげられなくてごめんねー」
「うち、何も出来ないのが甚だ悔しいじぇ」
「わたしも同じく」
由利奈と眞智と鈴恵は心配そうに見守る。
「姉ちゃんのお尻の穴無理やり広げて自然薯プスッて突っ込んでやろうか。ちょうど持ってることだし。それからなわとびの鞭で十発くらい叩こうかな?」
六右衛門狸はにやにやしながら絵里子の側でしゃがみ込む。
「あーん、屈辱じゃぁ」
絵里子は頬を火照らせ照れ笑いする。
「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃないか。ひょっとして姉ちゃん、マゾ?」
「いやぁ、嬉しくはないって」
「ほんまかよ? 絵里子って子、おれっちは心優しいからお尻に突っ込む前に痛くないようにガマの油を塗ってあげるからね。そうしないと入らないだろうし。ついでに姉ちゃんのアンダーヘアーも観察してあげる。剣山の原生林かな? それとも田井ノ浜海水浴場か? 楽しみ♪ さてと、まず手始めに姉ちゃんのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃないか」
六右衛門狸はそのことにたった今気付いたようだ。
「六右衛門狸ちゃんったら、ドジッ娘じゃね」
絵里子はくすっと笑った。
「こうなったら、スカートの周りだけ糸外してやるぅっ!」
六右衛門狸はむきになってスカートポケットから鎌を取り出した。
「きさまの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」
「おーい、俺の尻見たって何も得しないぞ」
和之は呆れた表情で主張した。
「ワタシも和之お兄さんの生尻見たいじょ! 化け狸の六右衛門ちゃん、ワタシにも見せてね」
「いいぜ。まずおれっちが拝見してからね」
「よっしゃぁ!」
「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」
和之はいらっとした表情を浮かべていた。
「あたしは和之お兄ちゃんのお尻、昨日見たばっかりだよ。いっしょにお風呂入ったもん」
星音はにこにこ顔で伝える。
「星音ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」
和之は穴があったら入りたい気分だった。
「羨ましい! どんな感じだった?」
六右衛門狸は興奮気味に質問する。
「パパのお尻よりは小さかった」
星音はにこにこ顔のまま答えた。
「そっか。まだ成長途中だもんな」
「ワタシが最後に和之お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」
絵里子はにやついた表情で呟く。
「おまえら、いい加減にしてくれ」
和之、ますます居た堪れない気分に陥る。
「姉ちゃんも見たことあるのかよ。ますます許せなくなったぜ。こちらの星音っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげるよ」
六右衛門狸はそう伝えてパチッとウィンクした。
「ええーっ、それは嫌だなぁ」
星音は苦笑い。
「絵里子ってやつ、大人しくしてろっ! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鎌はめっちゃ切れ味良いからね」
六右衛門狸は絵里子のスカートに接している糸の結び目部分をスパッ、スパッ、スパッと三箇所切る。
「これでスカートずらせる」
六右衛門狸がにやついた表情でそう呟くや、
「スカートずらせるだけじゃないじょ、六右衛門ちゃん」
絵里子はガバッと立ち上がった。
「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」
目を大きく見開き口をあんぐり開けて唖然とする六右衛門狸。
「そうみたいじょ。化け狸ちゃん、やっぱドジッ娘ね」
絵里子はにっこり微笑む。
「絵里子お姉ちゃん、自由になれたね」
「六右衛門、自滅したな」
和之と星音は安堵の表情を浮かべた。
「こうなったら、実力で」
六右衛門狸はまた本来の姿に戻り、絵里子に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして絵里子のお腹にパンチを食らわそうとしたが、
「ワタシ、昨晩よりはレベル上がってるけんそう上手くはいかんじょ」
絵里子は余裕で六右衛門狸の体にガバッと抱きついた。
「あれ? なんでそんなに動きいいの?」
「さっきのは演技じゃ。よっと」
「わーん、おーろーしーてー」
そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま星音のもとへ。
「星音、じっとしててね」
「うん」
もう片方の手で地面に落ちた鎌を拾い、星音の体に接している糸の結び目を何箇所か切る。これで星音の体は自由になった。
絵里子は同じ要領で和之の体に絡み付いている糸も、
「この格好のままの和之お兄さんもなんか萌えるけん、そのままに」
「こらこら絵里子ちゃん。早く切れって」
「絵里子、和之くんで遊んじゃダメだよ」
「絵里子お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」
「冗談、冗談。ごめんね和之お兄さん」
一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。
「絵里子ちゃん、ありがとな」
「どういたしまして」
「さてと、こいつをなんとかしないとな」
和之は竹刀を持って、六右衛門狸の側へにじり寄る。
「やめて下さい。おれっち、反省します」
うるうるした瞳で言われるが、
「許さない」
和之は容赦なくぽっこりふくれた腹を竹刀でぶっ叩き、消滅させた。
「やったね和之くん」
由利奈は嬉しそうに微笑んだ。
「やりよるのう」
児啼爺はちょっぴり感心しているようだ。
六右衛門狸が消えた後には、柄の違う水玉ショーツが二枚残されていた。
「由利奈お姉ちゃん、これ、昨日盗まれたやつでしょ?」
「うん、それだよ。戻って来て良かった♪」
「よかったね由利奈お姉さん。なんか、よだれでべっとりしとるじょ」
絵里子は手で掴もうとしたが、思わず引っ込めた。
「じゃあ、もういらなーい。捨てといて」
由利奈は嬉しそうな笑顔から悲しげな表情へと変わった。
「変態狸だな」
和之は呆れ笑いする。
「あいつはゲームの中でも人間の女によくエロいイタズラしてるぞよ。妖怪のくせに妖怪の女には全く興味ないそうだ。さて、おまえら、次はおいらと勝負だっ!」
一反木綿は和之達に立ち向かって来た。
「一反木綿なんて所詮布じゃろ?」
「うわっ、しまった」
絵里子はカッターで一反木綿をズバッと切り付けた。一反木綿の体に切れ目が入る。
「水が弱点なんだよね?」
星音は水鉄砲を命中させた。
「ぬぉぉぉっ」
一反木綿、ぐっちょり濡れて弱る。
「俺が戦うまでもなく勝てそうだな」
そんな無様な姿を見て和之はにこっと笑った。
「こいつ、思ったより弱いじょ」
「絵里子お姉ちゃん、いっしょにとどめ刺そう」
絵里子は黒インク、星音はヨーヨーを一反木綿に向けた。
「こうなったら」
一反木綿は目をきらっと輝かせる。
するとなんと、
「えっ! 嘘?」
「ありゃ?」
深刻な事態へ。
星音と絵里子はあっという間に石化されてしまったのだ。
「あっ、星音ぇっ! 絵里子ぉ!」
「星音さん、絵里子さん!」
由利奈と鈴恵、予想外の光景に思わず叫んだ。
「魔法は、使えないはずじゃ」
唖然とする和之に、
「これは妖力じゃからな」
児啼爺は得意げに言う。
「絵里子と星音が、石になっちゃったぁぁぁ~」
由利奈は嘆きの声を漏らし、悲し涙をこぼす。
「心配しないで由利奈様。石化を解く粉を使えば、つまり一反木綿を倒せば、手に入って元に戻せるじぇ」
「本当?」
「はい。一反木綿、徳島編の敵では使って来ん妖力使うなんてますます卑怯じぇ」
「卑怯なのはおまえらの方もだろう」
一反木綿はフフフッと笑って得意げに反論する。
「なんだ。急に体に異様な疲労感が」
和之はハァハァ息を切らす。
「おいらの妖力できみの体力吸い取っちゃった♪」
一反木綿は完全復活してしまった。
「そんな技まで使えるのかよ」
和之は祖谷そばかりんとうを食して、体力を八割方回復させた。
「おいらじゃ男には石化攻撃は効かんっていう謎設定は納得いかんがのう」
一反木綿は少しやさぐれた表情で言う。
「ほほほ、わしとこいつ、きみ一人で倒すしかないぞよ。まあ無理じゃろうけど」
児啼爺は勝ち誇ったようににこにこ微笑む。
「本気で行くぞっ!」
和之は怒りに満ちた表情を浮かべ、竹刀を児啼爺の脇腹めがけてすばやく思いっ切り振りかざす。
「ぅおん、いっ、痛いぞよ」
見事直撃し、児啼爺は甘い声を漏らした。
「和之様、ええ振りじゃね。乗り気なようで嬉しいじぇ」
「みんなを救うために、本気になってくれてるね」
「和之さん、主人公らしい活躍振りですね」
眞智と由利奈と鈴恵は賞賛する。
「やりおるのう。ここからは相撲勝負じゃ。はっけよぉい、のこった!」
児啼爺は和之の体にガバッと抱きつくや、彼のジーンズの裾を両手でがっちり掴む。
「しまった! 早く振り解かないと」
児啼爺の特性を知っている和之は焦りの表情を浮かべる。
「やったぁっ! いい形だ児啼爺」
一反木綿は布で出来た両手でガッツポーズを取った。
「それっ!」
児啼爺は和之に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。
「うっ、動けねえ。重いっ。俺より小柄なのに、なんてパワーだ」
「どんどん重くなってくるぞよ♪」
「ぐあああぁぁぁぁっ!」
和之は必死に振り解こうとするが、どうにもならず。
「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」
一反木綿はにこにこ顔で呟いた。
「和之くーん、頑張ってー」
「和之様、早くやっつけちゃって下さい。長引くとまずいじぇ」
由利奈と眞智からそう言われるも、
「そうは言ってもなぁ……」
和之は何も活路を見い出せなかった。
「それっ、縦四方固じゃ」
児啼爺は柔道の技を用いてさらに強く圧し掛かってくる。
「いってててぇーっ!」
苦しがる和之。
「そろそろ参ったって言った方がいいんじゃないかい? きみの体、一反木綿みたいにぺっちゃんこになっちゃうぞよ♪」
児啼爺は嘲笑う。
「まだ降参はしない。振り解いてやるっ!」
「和之様ぁ、もう降参して下さい。体力が0になっちゃうじぇ」
「和之さん、もう無理はしないで。これはゲームなんだから」
「そういうわけにはいかない。俺は、主人公、だから」
和之は非常に苦しそうな表情で伝える。児啼爺を自分の体からなんとか引き離そうと懸命に力を込めて続けてみるも、児啼爺はびくともせず。
「わしはまだまだ重くなれるのじゃよ」
児啼爺はにっこり笑って余裕の表情だ。
「関係ない。俺は、全力を、尽くす、だけだ」
「ほほほ、起き上がれるものなら起き上がってみろ」
「ぐぁっ、ダメだ。こいつ強過ぎる。くっそ。もう少し、レベルを、上げて、いれば……」
和之の意識は徐々に薄れゆく。
「和之くぅん、しっかりしてーっ」
「申し訳ないです和之さん、わたし達は無力でした」
「和之様、今のレベルじゃ勝ち目はないじぇ。降参して、もっとレベルを上げて再チャレンジしましょう」
由利奈、鈴恵、眞智の三人は涙をぽろりと流しながら伝えた。
「いや、それは……」
和之は朦朧とした意識の中で懸命に呟く。
「わしの勝利ってことでオーケイじゃな?」
児啼爺は満面の笑みで勝利宣言。
「主人公もまだまだレベルが足りんな」
一反木綿も嘲笑う。
その直後だった。
驚くべきことが起きた。
「あれ? ワタシ、どうなってたんじゃ?」
「あたし、動けるようになってる」
絵里子と星音が石化から元の状態へ完全回復したのだ。
「絵里子、星音。よかったぁ!」
「二人とも、戻ってくれてよかったです」
「おう、奇跡が起きたじぇ。あっ、あれ?」
さらに由利奈、鈴恵、眞智も絡み付いたかずらが解かれ自由の身になった。
「なっ、何ゆえ?」
「そんな、バカな。なぜじゃ?」
一反木綿と児啼爺もあっと驚く。
「児啼爺、軽くなったな」
「んぎゃっ! しまった。つい力抜いてしもうた」
和之は児啼爺を突き飛ばし、すっくと立ち上がった。
「和之様も完全復活じゃね」
「和之くん、よかったぁぁぁっ!」
由利奈は歓喜の叫びを上げ嬉し涙を流した。
「どういうわけか、体力も全快したみたいだ」
和之は元気溌剌とした声で伝えた。
「なぜじゃ?」
児啼爺が呆気に取られた様子で呟いた。
その直後、
「こりゃぁっ! 一反木綿、児啼爺!」
老婆の怒鳴り声がこだました。
「この声は、砂かけ婆様?」
「おい、砂かけ婆。なっ、なぜここに?」
一反木綿と児啼爺はびくりと反応した。
「ゲームの外に飛び出して何やってんだい?」
声の主はみんなの目の前についに姿を現す。
「おう、なんかイメージのより若くて美人じょ。声はしっかり老婆やけんど」
「本当に砂かけ婆なの? 顔が全然怖くない」
「歴史上の有名な人物のように、美化されたデザインをされてますよね」
絵里子と星音と鈴恵は不思議そうにじっと見つめる。
小柄で長い白髪、和服姿なのは一般的なイメージ通りだったが、ぱっちりした瞳で小皺はほとんど目立っておらず、穏やかそうな雰囲気を醸し出していた。
「砂かけ婆は姿形は不明やけん、どんな風にデザインしてもええじゃろうという製作者の考えでこんな萌え系のデザインになったみたいじぇ」
「それは初耳だな。お主ら、おらの妖力で石化を解除して、かずら衛門も瞬殺しておいたぞ。あと和之とかいう男の体力も回復させておいた」
砂かけ婆はハキハキした声で得意げに伝える。
「そんな能力が使えるとは、相当強い敵なのでしょうね」
鈴恵は感服したようだ。
「奈良のご当地妖怪砂かけ婆は、奈良編の量産型の雑魚敵で体力は1500以上あるじぇ」
「雑魚で1500超えって! 徳島の次に進むべきステージが、奈良じゃないってことは確かだな」
和之もちょっぴり恐縮してしまう。
「ありゃ? 痺れて動けない」
「おいらもだ」
「おらが痺れの妖力をかけておいた。お主ら、今のうちに倒しておけ」
砂かけ婆はほんわかした表情で勧めて来た。
「それじゃ、遠慮なく。児啼爺、覚悟しろっ!」
「ぐぇぇぇっ!」
和之は児啼爺を竹刀で何度も攻撃しまくる。
「一反木綿、ワタシを石化したお返しじょ」
「一反木綿のおじちゃん、覚悟してね」
絵里子は黒インク、星音は生クリームと水鉄砲を用いて攻撃する。
「うぎゃっ!」
真っ黒け、クリーム塗れでふやけてしまった一反木綿に、
「ボスの児啼爺さんは、主人公の和之さんが一人で倒した方が良さそうですね。わたしが一反木綿さんにとどめを刺すわ」
鈴恵はマッチ火を投げつけた。
「ぐげぇぇぇ。あっ、ちっ、ちぃっ」
一反木綿、苦しそうに跳ね回る。
「なんか、かわいそうになって来た」
心優しい由利奈は同情してあげた。
「もう、やめてくれ。おいら、ゲームの中に戻るから」
「わしもじゃ。降参じゃ、降参。わしを痛めつけるのはやめて、お願いじゃ。オギャァァァ、オギャァァァァァッ!」
一反木綿と児啼爺は怯えた様子で懇願してくる。
「ワタシ、もう満足したけんええじょ」
「あたしも許してあげるよ」
「わたしも、許しますよ」
「皆様心優し過ぎるじぇ」
「俺は許したくないけど、これで俺達の勝ちってことでいいな?」
和之が確認を取ると、
「うむ、わしらの負けじゃ」
「おいら達の負けでいいよ」
児啼爺と一反木綿はあっさり負けを認めた。
「和之様、最後は主人公らしく締めましたね」
眞智は満面の笑みを浮かべる。
「和之くん、ありがとう。すごく格好良かったよ」
「和之さん、処女喪失の危機にあったわたし達を救って下さり、誠にありがとうございました」
由利奈と鈴恵は和之の手をぎゅっと握り締めた。
「いや、べつに当たり前のことをしただけだから。礼なら絵里子ちゃんと星音ちゃんと砂かけ婆の方に言って」
和之はかなり照れてしまう。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、和之の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。
「和之お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定じゃね」
「これでリアルな徳島編クリアだね」
絵里子と星音は満面の笑みを浮かべる。
「お主ら、一反木綿と児啼爺が多大なご迷惑をおかけして本当にすまんのう。二度とリアル世界に飛び出て悪さしないよう、しっかり懲らしめときますので。一反木綿、児啼爺、みんなに謝りな」
「いっ、て、て、てぇ。ごめん」
「すまんのう。オギャァァァァァァァ~ッ」
砂かけ婆はみんなに向かって深々と頭を下げて謝罪。一反木綿と児啼爺も無理やり下げさせられていた。
「いえいえ。うち全然気にしてないけん」
眞智は苦笑いを浮かべる。児啼爺のことを少しかわいそうに思ったようだ。
「和之というお方、おら達、ゲーム内に帰るから、今から出すテレビにゲーム機を繋いで例のゲームを起動させてくれんかのう」
砂かけ婆はそう言って畳に砂をばら撒くと、四八インチ液晶テレビが現れた。
「おう、魔法じゃ!」
「砂かけのお婆ちゃん、すごーい」
絵里子と星音はパチパチ拍手する。
「絵里子という子、魔法ではなく妖力なのじゃよ」
砂かけ婆はホホホッと笑った。
「あの、俺の部屋のテレビじゃないと、飛び込めないと思いますけど」
「そこはおらの妖力で何とかする。児啼爺をゲーム内に戻せば、残る雑魚敵達も皆二、三日中には現実界から完全消滅して、ゲーム内に戻るようになっておるぞ」
「そうなんですか。じゃあ繋げますね」
和之は準備が整うと眞智が飛び出て来た続きからのデータを選択。眞智のいない茶店内部の画面が映る。
「ほら一反木綿、児啼爺、帰るよ」
「嫌じゃぁぁぁ。オギャァァァ、オギャァァァ」
「痛いよ砂かけ婆様、頬引っ張るなって」
児啼爺と一反木綿は砂かけ婆に無理やり引き摺られていく。
「お主達、もっともっとレベルを上げて、ゲーム上でいつかおらに挑んで来い。奈良編で待っておるぞよ」
砂かけ婆はこう言い残し、児啼爺と一反木綿を掴んだまま画面に入り込んでいく。
「リアル祖谷もなかなか居心地よかったぞよ。ゲームの中に帰りたくないぞよ。オギャァァァ、オギャァァァ、オギャァァァァァ~」
児啼爺は名残惜しそうに捨て台詞を吐いた。
テレビもその約一秒後に消滅した。畳に付いた黒インクなどの汚れもきれいに消える。
「敵キャラはまだおるってことじゃね。帰りも倒しながら進んで行こう! まだ四時前じゃし」
「賛成! あたしもまだまだ戦いたぁーいっ!」
「わたしも同じく」
「俺も、もう少し戦い楽しみたい」
「みんなぁ、タクシーここに呼んでなるべく外出歩かないようにして帰ろう」
「ご安心下さい由利奈様。皆様の今の力なら徳島編の雑魚敵はどれも楽勝出来るじゃろうけん。あのう、じつは、敵キャラ、うちがわざと飛び出させたんじぇ。皆様にリアルRPGを体験してもらおうと思って。徳島編の敵なら、ごく普通のリアル世界の高校生以下の子でも何とか出来るじゃろうと見込んでたんじぇ。それにうち、リアル徳島県も探検したかったし」
眞智はえへっと笑って唐突に打ち明けた。
「えっ! 本当なの? 眞智ちゃん」
「そうだったのですかっ!」
「眞智お姉ちゃんが仕掛けたんだね」
「眞智ちゃんもなかなかのエンターテイナーじゃね」
「おいおい、俺のせいじゃなかったわけか」
他のみんなは当然のように面食らったようだ。
「一昨日の夜に伝えた時は、じつはまだ敵キャラ飛び出してなかったんじぇ。和之様がぐっすり眠っておられた真夜中にこっそり飛び出させたんじぇ」
眞智はさらにこんな秘密も打ち明け、てへっと笑う。
「電源切ってたのに、出れたのか?」
和之は驚き顔。
「テレビの電源切られてても、ゲーム機が繋がれてあのゲームが中に入ったままじゃったけんね」
「そうか」
「それもまた不思議な仕組みですね」
「眞智お姉ちゃんは、敵キャラとお友達なの?」
「一部はそうじぇ」
「眞智ちゃん、また新しい敵、どんどん飛び出させてや。今度はのちの敵からの援助なくワタシ達だけの力でボス倒したいじょ」
「絵里子、私はもう戦いには絶対参加しないよ」
「由利奈お姉さんは今回もほとんど戦ってへんかったやん」
「痛い思いしたくなかったんだもん。結果的に何度もしちゃったけど。私、おトイレ行ってくる」
先ほどから尿意を感じていた由利奈は、玄関横のトイレに駆け込んだ。
「……えっ! 和式の、ぼっとん!?」
※
結局みんなは帰り、脇町のうだつやぶどう饅頭、佐那河内村のももいちご型モンスターなどなど、行く時と違うコースを通って新しいご当地敵キャラとも出遭い、楽しく戦闘をしながらそれぞれのおウチを目指して進んでいったのであった。
☆
みんなが帰宅したのは午後八時過ぎ。
「リアル徳島土産いっぱい買えてよかったじぇ。ほな和之様、おやすみー。また近いうちに出してね」
「おやすみ眞智ちゃん」
和之は玄関を抜けると、母に見つからないよう注意して眞智を自室へ連れて行き、あのゲームを起動させて眞智をゲーム内に戻してあげた。
同じ頃、紅露宅では夕食の団欒中。
「徳島県内で多発してる怪奇現象、みんなは遭遇しなかった? 夕方の県内ニュースで特集やってたわよ。今日のお昼過ぎからはだいぶ報告が減ってるみたいだけど」
母のこんな質問に、
「そんなのがあったの?」
「ワタシ全然知らないじょ」
「あたしもーっ」
三姉妹は一応知らないふりをしておいた。
「そっか。母さんも目撃してないけど、空飛ぶ鯛を見たとか、大塚国際美術館の絵の中のモナリザが声を出して笑ってたとか、お遍路さんが壁をすり抜けたって目撃情報もあったみたいよ」
※
翌日の敬老の日、和之と三姉妹は旅の疲れを癒すため、一日中家でゴロゴロしてしっかり休養を取った。
鈴恵はその日、午前中は徳島市内のゲーム販売店であのゲームを探し回ったが見つからず、午後から母運転の車で神戸まで遠征して、
「やっと見つけたぁっ! 家帰ったらやりまくるよっ!」
「そんなにはしゃぎ回る鈴恵、久し振りに見たわ」
日も暮れて来た頃に一本だけ投売りされていたのをやっと見つけて購入したのだった。
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