第6話

 一ヶ月後、俺はシールの葬式を遠くから眺めていた。地面に開いた穴の前に、参列者達が立つと花を投げ入れる。むせび泣き、悲しみに暮れながら。その穴で横たわっているであろう、偽の死体に向かって投げ入れる。

 シールの母がそうだったように、シールの死体も偽装だった。魔核を取り出された遺体は、見るに耐えないものになる。それの死因をどう遺族に伝えることができようか。だから、はじめから綺麗な死体をでっちあげて遺族に渡す。それが、機関のやり方だった。

 だから、俺は本当のシールの遺体を探すことにした。そう、遺体だ。彼女はどんなに楽観的に見ても、とっくに死んでいる。それだけの時間がすでに経っていた。

 俺は体の大半を魔導石に置換することで、命を長らえた。しかし、その手術の影響で、俺は一ヶ月近く眠っていた。正直、手遅れだ。何のために生き延びたのか、これでは分からない。

 その時、俺はせめて彼女の遺体を見つけ供養しようと思った。彼女の遺体がゴミのように捨てられているとしたら、それこそ耐えられない。

 俺は調査を始めた。暗部時代のこねを全力で使って、シールの痕跡を辿った。

 だが、調査を進めていく内に奇妙な事を聞いた。それは青い髪の少女の話だった。俺の元従者であるグロウからの情報だ。もしかしたら、生きているのかもしれないと、グロウは言っていた。

 そうだとしたら、何の思惑かシールの母のように、シールも紛い物を体内に入れられ、無理に生かされているという事になる。

 魔核を抜かれた時の母の姿を思い出すと、吐き気に襲われた。あれは生きているとはいえない。シールもあの死霊のような姿で、さまよっているのだろうか。それを想像すると、胸が詰まる思いだった。

 その後、一人の人物に行き着いた。ルイアという勇者だ。奴はあろうことか、人身売買を副業にしていた。勇者という肩書きを駆使して、女を拉致すると、それで大枚を稼ぐというのだ。そして、そのクソ野郎が売りに来た女の中に青い髪の女がいたというのだ。

 後は簡単だった。購入者を片っ端から調査し、遂にその青い髪の少女にたどり着いた。


 荒廃したスラム街。そこにいる人間は誰もが焦点の定まらない目でぼんやり道ばたに座っている。そんな薬物中毒者しかいない場所だ。

 俺は一つの家の中に入る。中は惨憺たる様で、人が住んでいるとは思えない荒れようだった。今回も外れかと、立ち去ろうとしたとき、隣の部屋から物音がして見に行った。

 そこにいた。青い髪の乞食が。腕は骨のようにやせ細り黒ずんでいる。風化したようなぼろ布を被って、台所に散見するゴミくずのようなものを貪っていた。正直、性別を判断することすら難しい。

 心臓が早鐘を打ち、手が震えた。目の前にいるのがシールなのか。これがあのシールなのか。

 俺は震える手を握りしめながら必死に言った。


「少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 そして、そいつ――いや、彼女は振り向いた。

 痩せこけた頬。抜け落ちた歯。だが、その透き通った瞳だけは健在だった。


「シール……」


 俺は自分の声が恐ろしく震えていることに気づいた。俺は恐れているんだ。目の前にいる愛しいはずの彼女に。

 彼女は俺の方をじっと見ている。だが、なにも言葉を返さない。俺を俺だと認識できていないのだろう。物珍しそうに見ているだけだ。

 俺は途端に涙が溢れてきた。今まで、もしかしたらどこかで、まだ彼女は昔のまま生きていると、期待していた。昔のように愛を育めると思っていた。

 だが、その期待は容赦なく崩れ去った。残酷すぎる現実によって。

 俺は彼女のその姿を正視することすらままならない。これが本当にシールだなんて認めたくない。


「あぅあ」


 俺が涙を流し狼狽えていると、彼女が俺の方に近寄ってきた。口を開け、延びきった髪を引きずっている。


「ああぅ」


 呆然と立ち尽くす俺の腰に、彼女は抱きついてきた。彼女は俺を思い出したのだろうか。俺のことを……

 そして、彼女は俺のズボンをひっかき始めた。泥の詰まった爪で必死にかきむしる。ちょうど股間のあたりだ。

 そこで気づいた。気づいてしまった。シールは俺を俺だと認識したわけじゃない。俺を客だと認識したんだ。

 彼女は奴隷商に売られた。つまり、娼婦まがいの事も当たり前に強要されたはずだ。だから俺にそれをしようとしている。必死に、無我夢中に。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 俺の精神は崩壊寸前だった。俺は叫びながら、彼女を抱き寄せた。もうやめてほしかった、そんな姿は見せないでほしかった。


「やめてくれ、やめてくれ」


 絶えない涙を流し、俺はずっと彼女を抱きしめ続ける。


「あああぅあ」


 シールはそれに答えるわけでもなく、煩わしそうに喘ぎ声を漏らすだけだ。

 その時、俺の脳裏にシールと別れた時の言葉が蘇った。


『次に私と会ったら。絶対に私を殺して!』


 彼女は分かっていたんだ。もし生き延びたとしても、母のようになるなら死んだ方がいい。そう思ったんだ。

 俺は彼女の顔を直視する。虚ろな目。ぽかんと開いた口。乳白色だった肌はいまは見る影もない。

 彼女は死を望んでいる。なら、俺は彼女の願いを叶えるべきじゃないのか。彼女を殺すべきじゃないのか。

 俺は彼女の首を両手で握る。細い。あまりに細い。少し力をいれただけで、折れてしまいそうだ。

 俺はシールの首を徐々に絞める。必死に自分に言い聞かせる。俺は彼女を救うことができなかった。ずっとそばにいると約束したのに、彼女を一人にしてしまった。ならせめて、彼女の最後の望みを叶えてやるべきだ。

 俺は目をつぶり手に力を入れた。すまない、シール許してくれ、と心に念じながら。


「ああぅああああ」


 その瞬間、シールの笑顔が頭を過ぎった。

 俺は咄嗟に手を離した。シールは咽せるように咳をしている。


「できない! できるわけがない!」


 表情をひきつらせ涙を流しながら、俺は嘆いた。


「どうして……何で、こんな!!」


 俺は床を殴り、壁を切り裂き。声にならない叫びを上げ続けた。

 しばらく経ってから、家の周囲に複数の気配が集まっているのに気づいた。普段ならもっと早い段階で気づいていただろう。俺は激しく動揺していたせいか、それに気づくのが遅れた。

 多分、シールを生かした理由は、俺をおびき寄せるためだったのだろう。そして、俺はまんまとその罠に飛び込み、周囲を包囲されている。

 部屋のの戸口に誰かが立つ気配。そいつは、殺気を隠すこともなく言う。


「お前がユウリだな」

「ユウリ?」


 俺はそう言うと同時に、エミリアによって折られた名刀を投げた。それはそのまま、そいつ喉元に突き刺さり、部屋は鮮血で彩られる。

 それが合図となったのか部屋に暗部らしき人間が、なだれ込んできた。

 俺は俯いたまま言い放つ。


「俺の名はファウンド」


 俺は魔剣ティンダロスのみを握りしめ、奴らを睨みつけ叫んだ。


「貴様らを狩る猟犬だ!」


 そして、俺は気が済むまで殺戮の限りを尽くした。何人殺したかは覚えていない。少なくとも、追っ手は全滅させた。

 そして、俺は結局、シールの願いを叶える事はできずに、彼女をつれてその場から立ち去った。

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