第4話

 事の発端は、シールの母――お前の母が死んだ時からだ。いや、殺されたと言った方が正しいだろう。しかし当時の俺達は、まさかそれが殺人だとは到底思ってなかった。

 その時の俺はまだ、機関で勇者をやっていた。任務はエリムスの保護。お前も知ってるだろうが、シールはエリムスだった。だから、シールを保護するのが仕事だった。

 エリムスは魔法を自由に使える希有な力を持っている。そのせいで、それを目当てに襲われる事が多かった。当然、シールも危険な目に何度もあった。彼女がライエン家と距離を置くようになったのもそのためだ。お前やルドルフに迷惑をかけたくないって言ってな。彼女は本当に優しい女性だった。だから、母が死んだ時もずっと自分を攻めていた。


「何で私、お母さんの症状に気づいてあげられなかったんだろ。こんなことになるなんて知ってたら、喧嘩なんかしないで、お母さんともっと話しておけばよかった……」


 シールはひたすら涙を流して、俺に問いかける。彼女と母の関係は上手くいっていなかった。だから、母が死んだ時ひたすら後悔してたんだ。

 泣いている彼女に、俺は家畜の餌にもならない慰めをした。


「お母様は多分、お嬢に気づかれたくなかったんだと思います。弱みを見せたがらない人でしたから。どんなにお嬢が話そうと、お母様の症状を把握するのは至難の技だったでしょう」

「でも、それでも死力を尽くしたかった」

「それは、今からでも遅くないと思います。お母様がしたかった事、してほしかった事。一緒に考えましょう」

「分かったわ。ありがとうユウリ」


 それで、俺とミリアは彼女の母の事を調べ始めたんだ。彼女が死ぬ間際に何を考えていたのか。何をしたかったのかを。

 だが、そこで問題が発生した。シールの母の記録が抹消された形跡が出てきたんだ。俺はシールの保護の任務に就く前、暗部に所属していた。だから、情報収集はお手の物だった。だからよく分かった。これは誰かによって情報を操作された後だってな。

 母が事件に巻き込まれた可能性があると知って、シールはとにかく不安そうだった。それで俺は本格的に調査を始めたんだ。

 そしてある人物の発言によって、俺は疑問を持ち始めた。彼女の母の死について。


「あんらぁ、ファウンドちゃんじゃなぁい。ご結婚おめでとぉ。あ、あとお母さん残念だったわねぇ」


 狂気の魔女、フロイラ。勇者機関の序列四番でありトップクラスの勇者。奴は当時からクソ野郎だった。


「何か用か?」

「久しぶりに会ったのに、釣れないわねぇ」


 奴は俺に自分の体を押しつけようとしてきた。だから、魔剣ティンダロスを引き抜いて威嚇した。


「それ以上、近づくな」

「んもぉ。そんなものだして無粋なんだから。でも、嫌いじゃないわよ、そういうのも」

「だから用件を言え。意味もなくお前がわざわざ俺のところに来るのはずがない」

「ふふん、そうかしらぁ? ほんとのとこはね、結婚式の後すぐに、親類が死んじゃった人の気持ちって、どうなんだろうって、見たくなったの。あのお嬢ちゃんはどんな顔してた? 泣いてた? 怒ってた? お母さんみたいに綺麗な青い髪をかきむしりながら叫んでた?」

「失せろ! 今すぐ」


 俺はフロイラに切っ先をつきつけた。


「分かったわよぉ。軽い冗談でしょぉ? じゃあまたねん。今の内にゆっくり愛を育んでおくといいわ」


 フロイラはそんな意味深な言葉を残して立ち去った。その時は頭に血が上っていて気づかなかったが、後でフロイラの言葉の違和感に気づいたんだ。


「うーん。お母さんが青い髪?」


 それを聞いたシールは腕を組み頬を膨らませながら、首を傾げている。フロイラはシールにも彼女の母にも会った事がないはずだ。なぜ、彼女は母の髪を青だと思ったのか。彼女の母はシールと同じで白い髪だ。


「そうフロイラは言いました」

「言いましたじゃないでしょ! 丁寧語は止めてって言ったじゃない!」


 このときの彼女はしきりに、俺の仰々しい口調を止めさせようとしていた。まあ、どうでもいいことだ。


「分かった分かった。でも、シールも青い髪になるだろ?」


 シールはエリムスとしての力を解放した時、髪が純白から海のような澄んだ青色に変わる。


「えっと、それって、お母さんもエリムスだったって事かしら?」

「そうとは言ってないが、シールにそんな変化があるんだ。お母さんにもあるんじゃないのか?」


 シールの発想は突飛だったが、一理ある話しだった。なぜなら、彼女の母の態度はあからさまに、人を避けていたからだ。彼女がエリムスならその行動も頷ける。

 しかし、もし母がエリムスだとしても、何故その姿をフロイラが見ているのか。

 この時、俺は確信した。フロイラが母の死に何かしら関与していると。

 だから、フロイラに再度話しを聞こうとしたが、彼女に会うことはできなかった。彼女の行動は機関ですら把握できていないようで、エリクマリアにいるかどうかすら定かではなかった。 




 事態が動いたのは母親が死んでから丁度、二ヶ月が経った頃だった。それは事件の全容をつかむきっかけとなる出来事だった。


「ユウリ、行くわよ!」


 シールの魔法が炸裂し、魔物の放った氷の刃が消し飛んだ。シールの魔法は『魔力無効』。全ての魔法を無力化する破格の力だった。だから、機関の要請で、勇者と共に魔物退治をすることもあった。


「あんたの相方、すごいね!」


 そう話すのはテルミア。レイドの妹で、俺が最も頼りにする勇者だ。その時はたまたま、彼女達との合同任務だった。


「相方は俺だって」


 と、俺の従者グロウが嘆く。グロウのサポートはいつも的確だったが、実際地味だったため、あまり目立ってなかった。

 魔物が倒れていく姿を見ながらテルミアが言った。


「楽勝だね! ユウリまた腕あげたんじゃない?」

「そうか? テルミアも随分強くなったじゃないか」

「ふふ、でしょぉ?」


 笑顔のテルミアは満足そうに、俺の胸を小突いた。彼女とは暗部時代からの腐れ縁だ。つき合いはかなり長い。昔は色々あったが、その話しは省略しておこう。

 すると、背後からシールが唸った。


「ムムム」


 俺は振り返る。彼女はじと目で俺を見つめている。


「どうした?」

「ムムムよ」

「なんだそれ?」

「だから、ムムムよ、ムムム! ムムムのムーなんだよ! 分かりなさいよ! この馬鹿たれが!」


 そこでテルミアが口を出す。


「あら、焼いちゃった?」

「ムーーーー! もうユウリなんか知らない」


 シールはムムムと言いながら去っていった。


「追いかけなくていいの? 奥さん行っちゃったよ?」

「大丈夫……じゃないが。彼女にはグロウがついて行ってくれる」


 その言葉通り、従者フロウがシールを追いかけていった。そして、俺はテルミアに向き合う。


「重大な相談があるんだ」

「あらあら。逢い引きの誘い? 奥さんがいるのに大胆ね」


 俺はため息をつく。


「まったく、どいつもこいつも浮ついた話しにすぐ直結させたがる。シールの母の話しだ」


 そこでテルミアの目に真剣さが戻った。


「聞こうじゃない」


 それから、テルミアに今までの経緯を話した。


「俺はフロイラだけではなく、機関の関与も視野にいれている」


 テルミアはグロウを除けば、機関の中で唯一俺が何でも話せる友人だった。

 彼女は難しい表情をしながら、ゆっくりと歩き出す。言葉を選んでいるようだった。


「フロイラはかなり、やばい部類だからなぁ。その予想が当たってたらやっかいだよ。たまたま、よく分からない事を言ったとか?」

「それならそれでいい。だが、できるだけ最悪を考えて行動したい。もしかしたらシールに危険が及ぶかもしれないからな」 

「愛されてるね。シールちゃん」

「まあな」


 テルミアは俺を一瞬見つめた後、大股で歩き始めた。


「なんか寂しいなぁ。昔の研ぎ澄まされた刃物みたなユウリはどこへやら。あんた今、幸せでしょうがないって顔してるよ?」

「テルミアがそう言うなら、そうなんだろう」


 それから、テルミアはふーんと言って歩く速度を上げる。

 それを後ろから追いかけるように歩いていると、彼女は唐突に脈略のない事を言い始めた。


「ユウリ、知ってる? 魔導具がどうやって作られるか」

「知らないな」

「魔核だよ。魔核を使うの」


 何故そんな事を話し始めたのか俺は疑問に思いながら、彼女の後を歩く。彼女が今どんな表情をしているか分からない。だが、言葉を選んで話しているのは確かだった。


「魔物の魔核を使うそうよ? 生きたまま魔核を取り出して、それを魔導石に込めるんだって。なんだか怖くない?」

「まあ、そうだな」

「それじゃあアニムって、どうやって作ってるんだろうって思うわけ。こんな莫大な力を込めるんだから、相当な魔力を持った奴よきっと」


 その時、俺は相当な魔力という言葉に、一つ思い当たる考えが浮かんだんだ。だが、すぐに常軌を逸した想像だと否定する。


「テルミアは知ってるのか?」


 俺がそう聞くと、彼女は振り向き俺を見つめた。その表情は神妙な顔つきで、何か迷ってるようにも思えた。そして彼女は言った。


「さあ? フロイラなら知ってるかもね」


 それからテルミアと別れてシールと合流した。シールは案の定、機嫌が悪かった、だが、テルミアの話しを聞いて彼女は一つの提案をした。


「お父さんに聞いてみよう」




 シールと俺は結婚してから初めて、父親の元に行った。今まで挨拶もしないでいたから、激怒されるかと思ったが、意外と彼は温厚だった。


「確かに魔物の魔核を使って魔導具を作っている」


 そうルドルフは言った。俺は不躾に気になっていた事をさらに質問した。


「人間の魔核で魔導具を作る事はあるのか?」

「そんな事ある訳がない! 何を言っているんだ君は。考えるだけでもおぞましい。あんな事は、人間にやろうとは到底思えない」


 シールがそこで、すかさずルドルフに聞く。


「あんな事って、何かひどい事でもするの?」


 するとルドルフは俺達の視線から目を逸らして答えた。


「痛めつけるんだ」

「痛めつける?」

「そうだ。肉体的な拘束をした上で、徹底的に痛めつける。すると、その痛みから逃れようと、魔核が本来より遙かに高い機能を発揮する。魔法とは肉体によらない攻撃手段だ。それを使って逃げようとしているのだろう。そうして、完全に体力が魔力に置き換わったのを見計らって魔核を取り出す」


 その話しを聞いた途端。一人の人間が俺の頭に思い浮かんだ。フロイラ。奴は人を痛めつけることに限れば誰よりも特化している。

 そして、俺の想像が最も醜悪な形で証明されようとしていた。もしそうなら、機関は今回の一件に関与していることになる。


「ユウリ」 


 シールが俺の服の裾を引っ張り、心配そうに見てきた。俺の鬼気迫る表情が彼女を不安にさせてしまったようだった。


「大丈夫だ。大丈夫……」


 不甲斐ない俺はそんな言葉しかかけられなかった。

 そして、俺はルドルフにだめ押しでシールの母の話を聞いてみた。すると、母が青い髪になった瞬間を見たことがあると言うのだ。


「随分、昔の話しだ。二人とも若かった頃、暴漢集団に襲われたことがあった。正直あのときは生きた気がしなかった。だが、あの時母さんの髪が青く光ったかと思うと、暴漢達はみんな一斉に眠ったんじゃ。彼女は魔導具を持ってて良かったと言っておった。その時は単純に幸運だったと思っただけだった。だが、今思えばそんな強力な魔導具をおいそれと持ち歩いていること事態、不自然に感じるな」


 もはや、確定ではないだろうか。突然死んだ母。彼女はエリムスの可能性が濃厚。彼女のエリムスの姿しか知らないフロイラ。魔核による魔導具の作成方法。

 全てが一つの事実を物語っている。


 アニムが、エリムスの魔核で作られているという事。


 その推測が正しいなら、機関がシールの母を誘拐し、フロイラの手によって魔核が取り出されたという事だ。そして、現存する全てのアニムが、エリムスを殺して作り出されている事を意味する。

 正義の集団が聞いてあきれる。例え、数万の人間の命を救ったとしても、その下に数千の理不尽な死があるとすれば、それは正義と呼べる代物では到底ない。醜悪極まりないシステムだ。

 となれば、機関が狙っている対象は明らかだ。現存するエリムスの中で破格の能力を誇る存在で、ライエンの血を引いた高い魔力量をもつ存在。

 俺の最愛の人、シール。

 彼女の能力をもってすれば、機関も容易に手は出せないだろう。しかも、機関の序列二位である俺が一緒にいるとすればなおさらだ。だからこそ、今まで行動を起こして来なかったのだろう。

 しかし、今後も強引な手段をとらないとは限らない。シールの母が殺されたのだとすれば、気づかない内に俺たちは追いつめられている事になる。明日にも勢力を上げてシールを捕らえに来るかもしれない。

 その夜はライエン邸に泊まった。ありがたい事に、同室で泊まる事をルドルフは許可してくれた。


「ねえ、ユウリ。お母さんは殺されたのかしら」


 部屋に入るなり、彼女は震えながら問いかけてきた。


「残念ながら……そのようだ。俺は機関がどんな組織なのか全く分かって無かった」

「怖いよ。これから私たちどうなっちゃうの?」


 顔を上げ、彼女は俺に聞いてきた。彼女は気づいているのだ。自分が危険な状況に置かれている事に。

 部屋の暖かな明かりに照らされ、彼女の透き通った肌が淡い赤に染まる。あまりに可憐で、あまりに愛おしい。その姿を見て、俺は恐怖におののいた。もし、彼女を失ってしまったら。それを想像すると、足下から崩れ落ちそうになった。

 俺はそんな恐怖から逃れるために、きつく彼女を抱きしめた。


「大丈夫だ、大丈夫だ」


 まるで、自分に言い聞かせているみたいに俺は同じ言葉を繰り返す。


「ユウリ……」


 耳元で囁く彼女の言葉で、俺は我に返る。シールの瞳を直視して、初めて俺は彼女をより心配させている事に気づいた。

 俺は頭を振う。そして確固たる覚悟で彼女を見つめた。相変わらず俺は不甲斐ない。こんな体たらくでは、彼女を救うことなんかできやしない。俺はどうなったっていいんだ。彼女さえ幸せであればそれでいい。


「俺は約束した。シールのそばにいると。どんなことがあろうと一緒にいると。俺が生きている限り絶対に君を傷つけさせはしない」

「ユウリ、ダメよ。生きていて。あなたが死ぬんなんて耐えられないわ」 


 彼女は懇願するように言った。俺はそれから決意の言葉を放った。


「分かった。俺は死なない。地獄からでも君を救いにいく」

「ありがとう。愛してる」

「俺も愛してる」


 それから俺たちは愛し合った。これからの未来、愛し合うであろう一生分を今夜だけで果たす勢いで、互いを求め合った。

 俺も彼女も、予感があったのだろう。もう会えないかもしれないという予感が。

 そして実際に、これが彼女と過ごす最後の夜だった。

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