第2章
第13話「アーサー王の復活」
美しき、花の咲き乱れる、かの地にて、アーサー王は深き眠りにつく。
アーサー王の治める王国より、ずっと、西方の地。
海の向こう、ずっと、ずっと、西の果ての、伝説の地にて。
モルガン・ル・フェイの導きにより、船は、美しい島にたどり着いた。
「おやすみなさい、アーサー。再び、眠りから覚めるその日まで」
彼女が、優しく言い、アーサーは眠る。
桜の花びらが、舞っていたような気がする。
俺が目覚めたのは、保健室のベッドの上だった。
「マーリン」
俺は、傍らにいる魔法使いを呼ぶ。
「アヴァロンって……もしかして、日本のことか?」
マーリンは、俺に問い返す。
「どうしてそう思うの?」
「アーサー王がいたのは古代イギリス……アヴァロンは、その、ずっと、西にある伝説の島だろ」
アヴァロンがこの世界に現存するという伝説はいくつか残っている。
アーサー王の墓だと言われている場所もある。
でも、もしかすると。
「地球って、丸いよな。イギリスの西の海の、そのまた西って」
「大西洋を越えたら、アメリカでしょ」
小馬鹿にするように、マーリンは言った。
「そうだけど、そのままずっと西に……アメリカも太平洋も通り越して、ずっと西に向かえば、日本、だよな」
荒唐無稽かもしれなかった。
だけど、だとしたら、俺たちが現代の日本で、アーサー王伝説の登場人物として目覚めた理由は、つくかもしれない。
「昔から、西の果てに、異界があるって、伝説があるだろ」
ゲームやアニメ、漫画やライトノベルで得た知識だけど。
ファンタジー世界や神話、伝説では、よくそういう設定になっている。
「異界、つまり、あの世は、海の向こうのずっと向こうだと考えられてたんじゃないか?」
そして、地球は丸い。
日本を中心として考えた場合は、イギリスは、ヨーロッパの一番、西の端にある。
でも、イギリスから西にずっと向かえば……。
マーリンは、答えてくれなかった。
でも、かえって、そのせいで、俺の推理は、間違ってないんじゃないかと思えた。
そして、俺は、もうひとつ、疑問に思っていることを考える。
(
思い出すことができない。
もう、すでに、美亜のことも、他のみんなのこともだいぶ傷つけた気がする。
だけど、きっと、俺は、このことを思い出さないといけない。
俺の大好きな美亜が、苦しんでいるんだとしたら……。
物思いにふけっていると、マーリンが言った。
「聖杯は、私が持っているわ」
彼女がモルガン・ル・フェイだということがわかったのだから、それは道理だ。
「じゃあ、それに、みんなの血を注げばいいんだな」
「そんなに簡単にいくかどうかわからないけどね」
「いや、一歩前進したよ。どこにあるかわからない聖杯を探す必要がなくなったんだから」
俺は、マーリンに問う。
「今、聖杯は、どこにある?」
マーリンは、自分の胸を指さした。
「魔法でいつでも外に出すことができる。一番安全でしょ」
魔法で、自分の体内に隠している、ということか。
「そうか」
マーリンは、きっと、ずっと、聖杯を守っていてくれたんだろう。
「ありがとうな、マーリン」
「え?」
「だって、おまえがいなかったら、俺はきっと、今回も何もできないままだった」
アーサー王が、マーリンの助力によって、国を治めたように、今回も、俺は、マーリンに助けられているんだと思う。
マーリンは答えない。
その表情が、どこか悲しげだったのが気になり、声をかけようとした時だった。
「どうやって、聖杯に注ぐ血を集めるの?」
マーリンが問う。
なんとなく、肩透かしをくらった気がするが、考えてたアイディアを言ってみる。
「献血みたいな方法じゃダメかな。みんなに、注射みたいなもので血をもらうんだ」
「ダメじゃないわよ。でも、そのためには、血を提供する相手に、同意してもらわないといけないけどね」
「そりゃあ、もちろん」
理由もなく、いきなり血をくれっていうわけにいかない。
きちんと説明をするつもりだった。
「同意って、聖杯に血を注ぐことそのものについてよ。血を抜くことだけじゃなくて」
「そりゃあ、そうだろ。……ん、待てよ」
じゃあ、これまで、マーリンが集めていたあの血は?
当然、相手の同意なんて得ていないよな?
「魔法の力によって、私達が争いを繰り返してしまうのは、定められた運命なの。そうした中で、流された血は、本物の戦いの血だから、意味のあるものなの」
俺がたずねる前に、マーリンが言った。
「なんだか、複雑なんだな」
それに、本物の戦いっていうのも、改めて、複雑な気持ちがする。
「魔法ってそういうものよ、アーサー」
どうにも、マーリンの言うことはよくわからないところがあるし、すっきりしない。
けれど、今は、俺にできることをするしかない。
「これから、キャメロットに言って、ちゃんと説明してみるよ」
もしかしたら、すぐには信じてもらえないかもしれない。
でも、きちんと説明すれば、もう、殺し合いをしなくてもすむ。
だったら、そのほうがずっといい。
最初に保健室で目覚めてから、まだ、そう、時間はたっていない。
放課後の部室に、メンバーがいる可能性はおおいにある。
二次元同好会キャメロットは、その性質上、毎日集まる必要はない。
運動系の部活みたいに、練習があるわけではないからだ。
でも、用事さえなければ、だいたい、放課後にはみんな集まるはずだった。
これは、他の漫画研究会とか、似たような部活も同じだろう。
キャメロットの部室には、美亜がひとりでいた。
「美亜、話があるんだ」
俺は、さっき、美亜に刺された時のことを思い出していた。
けれど、美亜は、笑みを返してきた。
「どうしたの?」
(よかった、いつもの美亜だ)
俺は、安堵し、そして、彼女の隣に腰掛ける。
どうにも言いづらいけど、これは、みんなを救うためなんだ。
俺は、軽く深呼吸して、切り出した。
「あのさ、おまえの血を、わけてくれないか」
美亜は、目をしばたたかせた。
驚いているのも当然だと思う。
だけど、美亜の返事は、意外なものだった。
「アーサー、私、あなたのためだったら、なんでもするつもりよ」
「美亜、じゃあ」
「でも、ちょっと、びっくりした」
ああ、無理もないよな。
いきなり、聖杯に、血を注ぐなんて。
「アーサーが、そういうことが好きだったなんて」
「ん?」
ちょっと待て。
美亜の言っていることの意味を、しばらく考える。
「アーサーが喜んでくれるなら、それでもいい」
「え、いや、美亜? なにか、勘違いしてないか?」
美亜の表情を見て、俺は、変な汗が出てくるのを感じる。
「だけど、他の人の前でそういうのは……」
追い打ちをかけるように、美亜が、恥じらうように言う。
助けを求めるように、視線を送ると。
マーリンは、こめかみに手を当てている。
どうも、頭痛をこらえているみたいだった。
「美亜、おまえ、さっきから何を言ってるんだ?」
「だって、血を抜くって」
「いや、つまり」
俺は、特殊性癖の人間だと思われているのか!?
(じょ、冗談じゃねえ!)
そのことに思い至り、慌てて釈明をしようとしたときだった。
誰かが部室に入ってきた物音に、振り返る。
立っていたのは、
「アーサー、今、何の話をしていたんだ?」
「槍多、俺は、ただ」
「君は、美亜におかしなことをしようとしていただろう」
「ちょ、待てよ!」
おかしいのはそっちだろうが!
俺を変態扱いしやがって!
美亜も、槍多も、どうして、そういう発想になるんだよ!?
いや、聖杯のことなんか知らないんだから、しかたないか。
だ、だけど。
「マーリンさんもいる前で、そんなことを言って恥ずかしくないのか?」
槍多が、さらに俺を非難してくる。
「違うって、聞けよ」
これ以上、ややこしくなる前に、説明しないと。
「そうじゃない。俺は、美亜だけじゃなくて、マーリンや槍多の血も……」
そこまで言いかけた時だった。
「私のだけじゃなくていいって、どういうこと?」
美亜の冷たい視線に、俺は背筋が凍りそうになる。
「だから、誤解だって!」
どうも、目的がちゃんと伝わってないみたいだ。
聖杯に注ぐための血だって言ってるのに。
あれ?
俺、ちゃんと、その話、したっけ?
マーリンに視線を向けると、憐れむような目で見つめられている。
もしかして。
これって、俺のミスなんだろうか。
い、いや、それにしたってひどすぎるだろ⁉
「見損なったぞアーサー!」
激高した槍多は、カバンをテーブルの上に放り出すように置いた。
「君は、美亜に対して、誠実な男だと、それだけは信じていた」
「待てよ、槍多!」
話がおかしなことになっている。
「君の性癖にとやかく口出しする権利は、僕にはない」
「性癖じゃねえよ!」
「だが、美亜以外の女性と……あまつさえ、僕にまで、よこしまな気持ちを抱いていたのか⁉」
「よこしまじゃねえ! 誰がおまえの血で興奮するか!」
殴っていいとこだと思ったので、俺は、槍多をぶん殴った。
すると、槍多の口の端が切れ、血がにじむ。
美亜が、小さく息をのむ。
しまった。
これ以上、美亜に余計な不安を抱かせないようにしたかったのに。
「アーサー」
槍多は、静かに怒りを凝縮するように、言った。
「僕は君を許さない」
ゆっくりと、槍多が、壁にかけられた、エクスカリバーの模造品を手に取った。
「君に、美亜の血を……流させたりしない」
槍多は、エクスカリバーの模造品を鞘から抜く。
刀身が、夕日を受け、光る。
それこそ……血で染まったみたいに。
「やめろ、槍多!」
こいつは、強い。
剣道とか、フェンシングとか、武道の有段者だ。
でも、槍多は、俺の言うことを聞き入れなかった。
「アーサー!」
マーリンがこっちに来ようとして、叫んだのがわかった。
でも、彼女の助けはまにあわなかった。
俺は、槍多の剣戟を頭に受け、一撃で倒される。
そして、いっさいの反論をすることができないまま、全身の力が抜けていった。
「アーサー」
美亜の声がする。
また、こんなことになってしまったのを、情けなく、申し訳なく思う。
「これは報いよ、アーサー」
(え?)
報い。
たしかに、美亜は……俺の彼女は、そう言ったのだ。
だけど、また、俺は、美亜に、真意を確かめることができなかった。
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