第2章:イザナミ/アメノイワヤ
第2章第1節:幼女降臨(1)
A
山下が去り、2人となった打ち合わせ室。
青年作家と中年編集の話題は、山下が来る前に話していたこと──国土の誕生についてだった。
「イザナキとイザナミは、天の神の命を受け、国土を作ることになりました」
「ほうほう。自分たちで作ろうとしたのではなく、言われて作るんだね」
「そうなんです。イザナキとイザナミの前に、何人もの神が登場しています。正確には何『柱』ですが、今は、単位は『人』にしておきます。おそらく、その何人かの内の誰かが、イザナキとイザナミに指示を出した」
「誰かまでは、わからないんだね?」
「複数人なのですが、おそらく、全員ではないでしょう。姿を隠した神もいましたから。いずれにせよ、イザナキとイザナミは、命を受けて国土作りに取りかかる。彼らよりも前に現れた神には、この仕事は不可能だったのでしょうね」
「だからこそ、イザナキとイザナミが選ばれたんだね」
「その時は、国土の原形のようなものが漂っている状態でした。イザナキとイザナミは、海水に矛を突っ込み、かき混ぜます。矛を引き抜くと、矛の先端から海水が滴り落ちた」
「ふむふむ」
「滴り落ちた海水が累積して、島──オノゴロ島になります。2人は、その島に降り立った。そこで、こういう会話をします」
イザナキ「あなたの体は、どのように出来たのですか?」
イザナミ「私の体には、出来ていない所が1か所あります」
イザナキ「私の体には、余分に出来ている所が1か所あります。この余分に出来ている所であなたの体の出来ていない所を塞いで、国土を生もうと思います」
「少し簡略化かつ意訳したものですが、内容としては、こんな感じになります」
「……神田くん神田くん」
「はい、何でしょう?」
「これはこれは、つまりはつまりは、子作りのことかな?」
「そうです。この後にトラブルがあって、その後に、イザナミは島を出産することになります」
「島を?」
「はい。僕は『生まれた子どもが島になった』と考えていますけど」
「それはそれは、どういう理由からだい?」
「最初に生まれた島は淡路島で、その次に四国が生まれるのですが……。その四国は『体が1つで顔が4つ』と説明されているんです。インドの神話とかだと、顔や腕がいくつもあるのは珍しくないですけど。古事記神話では、ほとんど出てきません」
「四国は、ずっと前から四国──4つの国だったんだね」
「イザナキは、性行為で国土を作ろうと提案しています。この話がある以上、生まれた子どもは、イザナミが産んだ子であるはず。ただの島であるなら、体や顔という表現になるとは思えません。以上の理由から、『生まれた子どもが島になった』と考えた方が自然かと」
「なるほどなるほど。ところでところで、さっき、『この後にトラブルがあって』と言っていたね?」
「ええ。どんなトラブルがあったのかが、気になるんですね?」
「そうそう、その通りその通り」
「では、説明しましょう。……と言いたいところですが、その前に」
「その前に?」
「この会話を、もう1度見てください」
イザナキとイザナミの会話が、大きな丸で囲まれた。
「この時の2人は、人間で言えば、何歳くらいだったと思いますか?」
「え? 何歳って……ハタチくらいかな? いや、1300年前なら、もっと若い年齢で大人だっただろうね」
「大人だと考えるわけですね?」
「それはそうだろう。だってだって、2人は子作りをするんだから。──いやいや、待てよ。そう訊くということは、おそらくおそらく、君は否定するんだろう?」
「はい。彼らは──少なくともイザナミは、幼かったと考えています」
神田が言うと、打ち合わせ室のドアが開いた。
「話は聞かせてもらったぞ」
そう言って入室したのは、スキンヘッドの大男だった──。
B
(「話は聞かせてもらった」って……この人も編集部の人? このフレーズ、編集部で流行ってるんだろうか……。て言うか、編集者なの? 傭兵とかじゃなく?)
「おやおや、鶴岡くん。どうしたんだい?」
どうやら、この大男は鶴岡と言うらしい。「彼も、うちの編集者なんだよ」とのことだ。
「初めまして、鶴岡さん。僕は神田です」
「神田……だと?」
「神田ですけど……どうかしましたか?」
「山下が『いつか、あいつがウチの看板作家になるかもしれねぇ』と言っていたのだが……」
「山下さんが、そんなことを……(マンガの話なんて、全然してなかったのに)」
「山下は、君の事を『剛田』と呼んでいたのだ」
「剛田!?(あの人、僕の名前覚えてなかったの!? わざと間違えてたんじゃないの!?)僕……神田です」
「神田君か。安心してくれ、俺は覚えたぞ。山下にも、後で言っておこう」
「……よろしくお願いします……」
「鶴岡くんはね、〈平原を望む者〉という異名を持つ男なんだよ」
「(戦場とかじゃなくて平原なんだ)山下さんや副編集長さんも異名持ち(?)でしたけど、二階堂さんにも異名があるんですか?」
「はははは。私は新人だから、まだ異名はないんだよ」
「はあ……そういうものなんですか」
「そういうものそういうもの」
「ところで、神田君。さっきの話なのだが……」
「さっきの話? ああ、僕のイザナミ幼女説のことですか?」
「そう、それだ!!!」
「っ!?」←ビックリする青年
「すまない。思わず、大声を出してしまった」
「いえ……。ところで、イザナミ幼女説がどうかしましたか? もしかして、鶴岡さんは『古事記』に興味が?」
「いや、『古事記』自体には興味ないな」
「……そうですか……」
「俺が気になったのは、イザナミが幼女だったという事だ」
「あー……。やっぱり、バカげてると思います?」
「いや、馬鹿げているなどとは思わんよ。むしろ、大歓迎だ!」
「大歓迎……?」
「鶴岡くんはね、幼女が好きな変態なんだよ」
「ロリコン!?(平原って、幼女の胸のこと!?)」
「二階堂さん、変態とはあんまりだ。俺は、幼女に手を出したりはしない。ただ、遠くから幼女を眺めているだけでいい……。そう──俺は紳士なんだ」
(いや、変態だよ)
「ちなみにちなみに、鶴岡くんは、水谷先生の担当編集なんだよ」
「水谷先生と言えば……。ヒロインはいつも、年上の巨乳キャラでしたよね? ここで連載している作品では年下ですけど」
「……俺は、幼女な妹キャラをヒロインにするよう進言したのだが……。殴り合いの末に、ヒロインは年下の巨乳キャラという事で妥協する羽目に……!」
(それって、水谷先生が殴り合いに勝ったってこと!? この大男に……?)
「『せめて、ロリ巨乳に!』と懇願したかったが…………無理だった。あの時の水谷は、鬼よりも怖ろしかった!」
(水谷先生って何者なんだ……。て言うか、マンガ家と編集者って殴り合うものだったの!? 僕も、二階堂さんと殴り合ったりするんだろうか……?)
青年が、中年編集者をチラリと見る。
(見た感じは、若い僕の方が強そうではあるんだけど……。なぜか、勝てる気がしない……)
二階堂の笑顔も、今は「君は私には勝てないよ」と言っているかのようだった。
C
「神田くん神田くん」
「ひゃいっ!?」
「どうしたんだい? そんな声を出して」
「い、いえ……。お気になさらず……」
「君はどうして、イザナミ幼女説という考えに至ったんだい? もしかしてもしかして、君もロリコンなのかな?」
「違います! 断じて違います!」
「幼女の良さを知るには、君はまだ若過ぎるようだな。君も30になれば、幼女の良さを知るだろう」
「(この人は、30でロリコンに覚醒(?)したのかな……)僕がイザナミを幼女だと考えた理由は、2人のセリフの内容にあります。もっと限定すれば、イザナミのセリフです。このセリフが、彼女が幼女である証拠なんですよ」
ロリボイスで「あのね……イザナミの体にはね……」
「ぐはっ!」
「鶴岡さん!?」
「どうしたんだい、急に?」
「いや…………『イザナミたん、萌え~』な妄想をしてしまっただけだ」
(このスキンヘッドの大男、何言ってんだ……)
「我が同志・神田よ」
「……同志じゃないと思いますけど……」
「ちょっと、これはマズイぞ。ヤバイぞ」
「何がですか?」
「幼女が……ぐはぁっ!」
「鶴岡さーん!?」
「……幼女がオトナの階段をエスカレーターでエレベーターなのは、流石にヤバイのではなかろうか」
「これ、神話ですから」
「そうか。神話なら問題無しだな!」
「神田くん神田くん。そろそろ、真面目な話に戻っていい頃合いじゃないかな?」
「二階堂さん、俺は至って真面目なのだが?」
「えーっと、それじゃあ。もう1度、このセリフを見てください」
イザナミ「私の体には、出来ていない所が1か所あります」
「これは、イザナミたんが自分の体の秘密を知ったのだろう?」
「(イザナミたん……)まあ、これは女性器の話をしているのは確実です。これに続くイザナキの言葉は、男性器のことを言っている」
「そうだな。だが何故、イザナミたんのセリフがイザナミたんをイザナミたんたらしめる証拠になり得るのだ?」
「おかしいとは思いませんか?」
「おかしい……だと?」
「いったいいったい、何がだい?」
「もしも彼女が大人だったなら……。どうして、オッパイの話をしていないのでしょうか」
「「オッパイ?」」
「はい。オッパイです」
「「オッパイ!?」」
「オッパイです!」
「「…………」」
「あの……『何言ってんだ、こいつ』って顔しないでくださいよ……。考えてもみてください。男女の身体的特徴と言えば何ですか? もちろん、生殖器は男女で大きく異なります。その他に、女性はオッパイが大きな特徴じゃないですか!」
「うむうむ。確かに確かに、神田くんの言う通りだとは思うね」
「神田君、君はオッパイが好きだったのか」
「えっ? いや、まあ……嫌いではないですけど」
「神田君、君はGカップが好きだったのか」
「どちらかと言うと、Dぐらいが好き……何言わせるんですか!?」
「ふむふむ。神田くんはDカップが好み……と」
「二階堂さん、そんなことメモしないでくださいよ!」
「そう言えばそう言えば、君のマンガのヒロインの胸も、それくらいの大きさだったよね?」
「う……」
「神田君、目を覚ますんだ。オッパイは、いずれは垂れるんだぞ!」
「そんな夢のないことを!」
「オッパイは、ただの脂肪なんだぞ!」
「違いますよ! オッパイの脂肪は特別な脂肪ですよ! こんなこと言ってると、僕がオッパイ好きみたいじゃないですか!」
「「え? オッパイ好きなんじゃ……」」
「確かに好きですけど、太ももも好き…………何言わせるんですか!」
「ふむふむ。神田くんは太ももも好き……と」
「二階堂さん、そんなことメモしないでくださいって!」
「そう言えばそう言えば、君のマンガのヒロイン、キャットガーターを着けていたよね?」
「う…………」
「神田君は、キャットガーターに興奮する変態だったのか……!」
「キャットガーターを着けた太ももは好みですけど、キャットガーターそのものには興奮しませんよ!? て言うか、オッパイはともかく、今の話に太ももは関係ありませんから!」
「そうだった。神田君、イザナミたんの話の続きをしてくれたまえ!」
「えっと……どこまで話しましたっけ? あ、オッパイのとこまでか」
「「Dカップ?」」
「僕の好みは置いといてください。──要するに、イザナミが大人だったら、オッパイについての言及があるはずです。でも、古事記神話にはない。彼女のオッパイは、膨らみ始める前か膨らみ始めたばかりだったと考えられます。人間で言えば、10歳になったかどうか……ぐらいですかね」
「しかしだな、神田君。冷静になって考えてみたが、ツルペタ合法ロリだったなら、オッパイの話が無くても不思議ではあるまい。ちなみにだが、俺は合法ロリも好きだぞ!」
「鶴岡さんの好みはともかく……。もし、イザナミの体型が標準と大きく異なるものだったなら、それについての言及がなされるでしょう。ですが、そういうことは書いてないんですよ」
「でもでも、神田くん。昔の女性たちは、現代の女性ほど肉付きはよくなかったんじゃないかな」
「そうだとは思います。しかしながら、当時の成人男性と成人女性の胸を比べたら、いくらなんでもオッパイの違いはあるはず。そして実際、古事記神話にも、オッパイの話が出てくる箇所があるんですよ」
と、その時だ──。
「お話は聞かせてもらいましたわ」
巨乳美女が打ち合わせ室に入ってきた。
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