デジタル


 マンガの作画作業は、デジタル化が進んでいる。

 それも当然のことだろう。何せ、デジタルは便利なのだから。

 アナログでは出来ないことを可能にしたデジタルは、多くのマンガ家とマンガ家志望の若者に、多大な恩恵をもたらしたと言える。

 神田もまた、その恩恵を受けた1人であった。特に重宝しているのは、向きを自在に変えられる機能。

 右利きである神田の場合、自分から見て左向きの顔が描きやすく、反対向きは描きにくい。ぶっちゃけ、描けない。

 そのため、左向きで描いた後、反転させて右向きの絵にしていた。

 アナログでやろうとしたら、1度絵を描いて紙をひっくり返して透かした絵をなぞって……。こんなことをしていては、手間がかかりすぎ。アナログの作家には、左向きだろうと右向きだろうと同じクオリティーで絵を描く能力が求められるのだ。

 神田には、アナログでの作業は経験がない。ルーズリーフを使ってキャラクターをデザインする程度で、原稿の執筆はデジタル。Gペンは手にしたことがあるかどうかすら微妙で、少なくとも、使用したことはなかった。

 そんな彼からすると、アナログでマンガを描くのは相当大変だろうと思える。

 なぜ、アナログにこだわるのだろうとも思う。

 アナログで作業したことはなくとも、それが大変な作業になることは想像できるからだ。

 例えば、スクリーントーン。

 広く「トーン」と呼ばれているものであるが、小さな点が連なっていたりするアレのことだ。色つけとかに使うシールである。

 アナログの場合、主にカッターナイフを使い、これを切り貼りする。切るだけでも面倒なのに、貼るのも面倒。ちゃんと貼れなきゃリテイク。貼り間違えると大変。

 気が短い人なら「やってられっか、ボケぇぇぇっ!」である。

 ところが、どっこい。

 デジタルだと、使うトーン(色)の種類を指定して、色を塗りたいところを選択するだけ。あっと言う間に、トーン貼り(塗り)の完了。ミスっても、簡単に修正が可能だ。切れ端の掃除は必要ないし、使いたいトーンの売り切れや生産終了で困る必要もない。

 インクも使わないので、ベタ塗りをする時に原稿にインクをこぼして修羅場化するというベタな展開(ベタだけに)も発生しない。

 また、デジタルの浸透により、マンガ家とアシスタントが同じ部屋にいる必要もなくなった。例えば鈴木の場合、同じ部屋で作業をするアシスタントは黒井だけ。他のアシスタントは、それぞれの自宅で作業をしている。

 地方在住の人間を、アシスタントとして採用することが可能になったわけだ。もはや、アシスタントになるために上京する時代ではないのだろう。

 他にも、デジタルは利点が多い。少なくとも、神田はそう思っている。

 デジタルは、ちゃんとデータを保存しておけば、とても便利なのだ。

 ──ちゃんと、データを保存しておけば。

「我が前に顕現するは、深淵の悪夢を司りし氷壁の魔獣」

「保存し忘れたんですね、先生」

「……はい……」

 なお、鈴木とは違い、神田はデータ保存を忘れて困ったことはない。

 データは、こまめに保存した方がいいようだ。

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