おまけ

〈サイレント〉と〈血に染まりし暗黒の夜桜〉と〈漆黒を奏でし者〉


 鈴木が描いたネームに目を通していた林が、ただ「ん」とだけ声を発し、あるコマを指差す。

 鈴木には、彼女が伝えたいことを理解できたのだろう。「ふむ」とうなずいた。

「迅雷の如くであるか」

「……?」

 林の視線が、鈴木ではなく、彼の隣にいる人物に向いた。

 通常であれば、打ち合わせにはマンガ家と編集者の2人がいればいい。しかし、ここにはアシスタントの黒井の姿もあった。

「このコマを省くべきか。──というような事を言っています」

「ん」と首肯した林は、別のコマに指先を運び、今度は「ん?」と言った。

 鈴木が「そこは譲れん」と答えると、黒井が鈴木に問うことになる。

「先生、今のは……?」

「『このコマは必要ですか?』と訊かれたのだ」

「あ、そうでしたか」

「ん?」

「我が眷属ならば、龍王の首すら吹き飛ばすぞ」

 通訳を求める林の視線を感じながら、黒井はまず、鈴木に通訳を求めた。

「先生、今のは……?」

「『描くの大変ですよね?』と訊かれたのだ」

 林がうなずいたので、やはり、鈴木には林の言葉が理解できているのだ。今度は、黒井が鈴木の言葉を翻訳する番である。

「うちのアシスタントは優秀だ。──というような事を……。あの、先生。その楽器を描くの、私ですよね?」

「無論」

「ん?」

 黒井を見ながら、林が首を傾げた。

 鈴木を見ながら、黒井も首を傾げた。

「『描くのが面倒な割に大して意味の無い絵を描くのは嫌ですよね?』だそうだ。意味の無いとは失礼な!」

「でも、先生には描けませんしね……」

「か、描けないのではない! 描かないだけだ!」

「描けないんですよね?」

「……描けません……」

「ん」

「『このコマも省きましょう。黒井さんも、その方が助かると思います』だそうだ」

「それはそうですけど……」

「ん?」

「先生が譲れないなら──必要だと判断する絵なら、私が描きます」

「描いてくれるの?」

「先生」

「こほん……。麒麟は立ち姿も美しいが、疾駆する姿は一層の美しさを見せる」

「その絵が読者の目を惹くだろう。──というような事を言っています」

「……わかりました」

「「普通に喋った!?」」

「黒井さん、よろし……げほげほっ!」

「大丈夫ですか!?」

「……ん」

「『普通に喋ると疲れる……』らしい」

「そうですか……」

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