魔術騎士ルーシディティ!
九曜
プロローグ
プロローグ 夜の戦い、夜の出会い
東京湾上に浮かぶ
未だ顔に幼いものを残した少年が、その小柄な体躯で月明かりの下を疾走していた。
「ああもうっ、しつっこい!」
心底鬱陶しそうに吐き捨てつつ、ちらと後ろを見る――と、その瞬間、後方で何かが光った。
「わひゃおうっ」
考えるが早く、彼は頭を手でかばいつつ、身を投げ出していた。直後、それまで彼がいた座標を、横殴りの弾丸の雨が通過していく。すぐさま立ち上がると、再び地を蹴って走りだし、近くの角を曲がった。
――
追うのは三騎の
駆動系と武装の静音仕様は普通によくある改造だ。合法である。だが、威力が完全に違法レベルだ。ついでに言うと、こうやって生身の人間を
「そろそろ限界だよなぁ」
もう追われはじめてかれこれ三十分はたとうとしているが、
今が夜で、
「応戦……するにしても場所は選びたいところ……」
そして、現在、昴流を追ってきているのは秘密結社"科学アカデミー"の構成員。常日頃から派手にテロ行為を繰り返しているわけではないが、目的のためには手段を選ばない連中だ。実際、昴流ひとりを捕えるために、街中で
ふと昴流は、今自分が走っている道に沿って、はるか先までコピィ・アンド・ペーストしたように壁が続いていることに気づいた。
「しめた」
昴流は小さく歓喜の声を上げた。
この東京湾上に建造された巨大な人工島は、いくつかの
走っていた昴流は制動をかけて軽く膝を曲げると、ためた力を一気に解放した。走る勢いすら縦方向に移動する力に変えてしまう見事な跳躍だ。自分の背よりも高い壁に軽々と飛び乗ると、さらにもうひと蹴り、塀の向こう側――学校の敷地内に着地した。尋常ならざる身体能力だ。
そのままグラウンドへと出る。
「……こい!」
昴流は腕のブレスレットに触れる。
途端、そこから光の粒子があふれ出し、昴流の体を瞬く間に覆った。そうして実体化したのは量子化して圧縮格納されていた
§§§
動力部はエーテルコンバータ。大気中のエーテルを取り込み、純粋なエネルギィとして利用しているのである。もとより魔術においては、自然式を捻じ曲げるほどの力をもっているのだ。エネルギィとして破格なのは当然だろう。
エーテルは魔力にのみ、つまり強い観測者効果にのみ反応する物質である。だからと言って、魔術の素養を持った人間にしか動かせないようでは話にならない。そこで使われるのが、補助機能を有した
科学者たちにかかれば魔力――超心理学的な意味での観測者効果も、突き詰めれば電気信号であるとばっさり切り捨てられ、科学的、電気的に生成してしまったのだった。それが疑似魔力である。
これをエーテルコンバータの核として封入することで、強い観測者効果をもたない人間でも動かせるようにしているのだ。
騎体制御に関しては、魔術を基礎理論としている。魔術が大気中のエーテルにはたらきかけて様々な事象を具現化させるのと同様、
推進機能のある騎体背部から脚部にかけては
さて、前述した通り、
尤も、それもルールのある競技――
§§§
昴流が手の甲にコントロールワイヤーを接続し、脚部の高速移動用のローラーを展開したところで、三騎の
各種ハイパーセンサーが正常に動作し、夜闇の中でもバイザーにはっきりと追っ手の姿を映し出す。乗っているのは戦闘服を身にまとった見るからに屈強な男たち。アカデミーのアクションサービスだろう。
そして騎体は――、
「"クファンジャル"か。ガチだなぁ……」
ナイトブラックに塗装した夜戦仕様の"クファンジャル"。中東で生まれた戦闘用の
本来
一方、昴流の"小太刀"は汎用性と拡張性に優れるため、誰にでも扱える上に好きなようにカスタマイズできる。それ故の傑作機。だが、傑作なのはあくまでも競技に用いるものとしてであり、戦闘用に作られた闇の傑作である"クファンジャル"が相手ではあまりにも分が悪い。
「例のものについて、知っていることをすべておしえてもらおうか」
リーダー格の男が言葉も簡潔に、威圧的に要求する。十分に距離があるにもかかわらず、センサーが声を拾って、はっきりと昴流のところまで届ける。
「断る。人におしえられるようなことは、僕にはない」
昴流が拒絶の意志を口にすると、男は薄く笑みを浮かべた。左右の仲間に目配せをすると、それ
を合図に三騎の"クファンジャル"は昴流の"小太刀"を半包囲するように展開した。
「でも、囲むんなら、もっとせまくしないとね。……それはむしろ各個撃破のいい的だ」
三騎に油断なく気を配っていた昴流だったが、端の一騎がわずかに隙を見せた瞬間、その機を逃さず一気にそちらへと迫った。脚部のローラーを最大稼働させる。リニアライフルの銃口を向けられるが、撃たれる前に間合いを詰めた。
腕部装甲から伸びる近接戦闘用のレーザーエッジを一閃。敵機の向こう側まで斬り抜けると、すぐさま反転した。同時、敵機も向き直っていたが、かまわず再度突っ込み、ショルダーチャージを喰らわせた。
その瞬間、敵騎体の向こう側から鈍い衝撃が伝わってきた。昴流を狙って残り二騎の撃った銃弾が当たっているのだ。
「き、貴様、俺を盾にッ」
「恨むんならお仲間を恨むんだね」
そのまま昴流は敵の体を弾除けにして、二騎目の"クファンジャル"へと迫る。そうしながら腰部にマウントしていた
相手が味方機を盾にされて攻めあぐねている一方、昴流のほうは力の限り連射し――全弾命中。そのまま一騎目を二騎目に叩きつけたところで、二騎ともダメージ過多でシールドエネルギィを使い切り、
残り一騎。
昴流はすぐにその場から離脱した。最後の一騎が肩背部に搭載したフォールディングソリッドカノンでこちらを狙っていたのもあるが、まだ近くに
昴流は、一度大きく弧を描くようにしながらその場を離れ、そうしてから騎体を左右に振りつつ最後の一騎へと迫る。
「頼むから撃たないでよね……」
撃たれれば避けざるを得ない。そうすれば専用の演習場ではないこんな場所では、周りに被害が出るのは確実だ。
敵は昴流へと砲口を向けるが、一方、昴流は狙いをつけさせまいと右へ左へと騎体を振る。やがて敵は、狙いが定まらない上、砲撃の距離ではなくなってきたこともあり、諦めたようだった。武器を切り替えるため中折れ式の砲身を折りたたみ――その瞬間、昴流は動きを直線運動へと変えた。一気に距離を詰める。
左右それぞれの腕部装甲からレーザーエッジが伸びる。敵に次なる武器を用意する暇も与えず、限界稼働のローラーダッシュで接近した昴流は、その勢いをわずかも殺さず騎体を回転させ――、
旋刃乱舞四閃!
瞬きのうちに四条の斬撃を浴びせ、向こう側へと斬り抜ける。旋回を止め、ローラーに制動をかけてもなお直進の勢いは死なず、膝を折って地面に手をつき、それをブレーキにしてようやく停止した。顔を上げれば、視線の先では最後の"クファンジャル"が強制解除されるところだった。
何かが砕けるような音がした。おそらく受けたダメージがあまりにも大きすぎて、過負荷で
時間にしてわずか数分の攻防。
昴流はできる限りの威圧的な態度で、
昴流は、体から無駄な力を抜くようにして、深々とため息を吐いた。
と、そのときだった。
「そこまでよ。ゆっくりこちらを向きなさい」
背後から明晰に聞こえたのは、少女の声だった。
昴流が言われた通りにゆっくりと振り返ると、そこには
「野試合のつもりかもしれないけど、私がここにいたのが運のつきね。申請のない戦いは違法行為よ。警察を呼ぶから、
少女は長砲身のランチャーを突きつけ、静かな落ち着いた声音ながらも警告のように告げた。
(まいったな。捕まるわけにはいかないんだけどな……)
昴流は口には出さず、心の中だけでつぶやく。
捕まるわけにはいかない。ならば、逃げるしかない。だけど、どうやって? 何せ相手は高速の空戦騎。ただ転進して逃走しただけでは、おそらく一瞬で追いつかれるだろう。そして何より、昴流の
(只者じゃない?)
しかし、昴流の口許に、その童顔には似合わない好戦的な笑みが浮かぶ。
(上等……!)
緊張に乾いていた唇を舐めて湿らせると、再び両腕のレーザーエッジを伸ばした。地を蹴ると同時、ローラーが最大稼働で回りはじめる。昴流は間合いを詰めるべく、少女へと迫った。
「いい度胸ね。この《
少女は改めてランチャーを構え直す。
が、次の瞬間、昴流の駆る"小太刀"の姿がぶれ――そして、はっきりとみっつに分かれた。
「"
少女が驚嘆の声を上げる。
驚くのもむりはない。"
みっつに分かれた姿が再び結像したときには、"小太刀"は少女の目の前にあった。
そして、
「え……?」
再度その姿が掻き消え――直後、少女の背中を鈍い衝撃が襲った。昴流が身を沈めて背後に回った後、肩背部で彼女の背を強打したのだ。……知識のない彼女には知る由もないが、これは中国武術、八極拳の技のひとつだった。
少女がよろける。足が接地していれば、たたらを踏んでいたことだろう。だが、反射に連動して姿勢制御のスラスタがはたらき、体勢を立て直した。さらなる追撃に備えて慌てて振り返るが、しかし、そのときにはもう昴流ははるか彼方だった。しかも、
「待っ……」
「ごめんなさい。今日のことは内緒でお願いします」
昴流は一度少女に向き直ると、そう叫んだ。
そうしてから近くの塀を乗り越え、学校の敷地外へと出る。少女が
そして、思惑通り通り、昴流はまんまと逃げおおせたのだった。
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