第4話 《運命の三女神の未来(アトロポス)》

 久瀬昴流は更衣室で持ってきた鎧下衣アーミング・ダブレットに着替えた。


 鎧下衣アーミング・ダブレットは耐衝撃性能を高めた強化ケブラー繊維製のボディスーツのようなものだ。機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトを装着する際にはこれを着用することが推奨されている。


 ただし、あくまで推奨。機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトを常識的な範囲で運用していて、自分と対戦相手がルールやマナーを守っている限り、この鎧下衣アーミング・ダブレットがあったおかげで命拾いした、などという事態は起こらない。なので、着用しないものも多いし、公式の規格がないのをいいことにデザイン重視に改造してしまうものもいる。特に女性騎士乗りナイトヘッドの中には、自身のエンターテイメント精神とスポンサーの思惑が一致した結果、レオタード様の鎧下衣アーミング・ダブレットを着たり、もういっそビキニの水着だったりするものもいるくらいである。


 その点、昴流は正しく真面目に機槍戦トーナメントを楽しむタイプなので、こうして市販の鎧下衣アーミング・ダブレットを改造もせずに着用しているのだった。


 軽く準備運動をしてから闘技場アリーナへ出る。


 闘技場は、横幅が一キロメートル弱、縦の距離が六百メートルといったところ。壁は衝撃吸収ジェルで加工している上、建造物用対ビームコーティングも施しているので、質量兵器であれ光学兵器であれ、違法な出力強化をしていない限りは大きな傷はつかない。


(じゃあ、それ以外なら?)


 考えて――思わず昴流の口許に不敵な笑みが浮かぶ。


 一見すると客席の類は見当たらない。だが、国立の闘技場と同等の機能を備えているのなら、この壁の向こうに設置されているはずだ。客を入れるような公式の機槍戦トーナメントになると、この壁が両面モニタとなり、客席からは戦う機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトが見えるし、反対に、その余裕があるかは兎も角として、騎士乗りナイトヘッドからも客席の様子が窺えるようになる。要するに、壁が透明になるようなものだ。


 程なくして、鳥海火煉が姿を現した。


 彼女も鎧下衣アーミング・ダブレット姿だった。ローライズ気味のショートパンツに、トップスは裾や袖が短い反面、肩や首はしっかりと覆っている。足や腹部が剥き出しで露出度は高いが、どちらかと言えばスポーティな印象を受ける。


「準備はいい?」


 火煉が問う。


「もちろん」

「じゃあ、騎体を」


 彼女の言葉に昴流は無言でうなずいた。


 まずは火煉からだった。


「……きなさい」


 左腕のブレスレットに触れながら発音する。


 次の瞬間、そこから光の粒子があふれ出して彼女の体を覆うと、圧縮格納されていた騎体が実体化した。


 カラーリングはやや青みがかった白色で、想起させるイメージは雪の結晶。スマートというよりはむしろ華奢な印象すら受けるフォルムだが、増設された背部バーニアや姿勢制御用スラスタを見ればそれが高い機動性能を追求した結果だとわかる。高速移動のみならず、空中での完全静止すら可能だろう。


 空戦騎"レイピア"の高機動カスタム。

 火煉が『グラキエス』と名づけた騎体だ。


 続けて、昴流。


「さぁ、いこうか」


 その呼びかけに応じ、量子化を解かれて顕現したのは漆黒の騎体だった。


 想起させるイメージは日本刀。

 それも黒漆塗りの太刀だ。


 美術品としての美しさと、人を殺める凶器としての危うさを併せ持っている。そのふたつは正反対のものでありながら、どちらも人間の根源的な感情を揺さぶり、見るものを引きつけてやまないものだ。


 騎体シルエットは、火煉のものほどではないが、やはり細身だった。


「"刀-Katana-"……空戦騎ね」

「さて、どうでしょう?」


 昴流は曖昧に微笑んだ。


 空戦騎"刀-Katana-"を自分好みにカスタマイズしたのは確かだ。


「騎名は?」

「『巴御前』です」

「そう。マリアによく似合ってるわ」


 今度は火煉がやわらかく微笑む。


 が、すぐに厳しい表情へと変わった。視線で闘技場中央を示す。


「そろそろ時間だわ。位置について」


 ふたりは騎体を浮かせ、背部のバーニアからエーテルの粒子を振りまきつつ、滑るようにして中央へと移動した。


 機槍戦トーナメントの一騎打ちにおいては中央で百メートルほどの距離を開け、地面のあるステージなら接地した状態で、試合を開始するのが決まりとなっている。


 その位置について火煉へと向き直れば、彼女は長砲身のランチャーを手にしていた。質量兵器か光学兵器かはわからないが、どうやらあれが主武器メインウェポンのようだ。昴流も携行兵器を実体化させるが、今は腰背部にマウントするだけにとどめる。


「開始は八時ジャストに設定してあるわ」


 目を覆うバイザに時間を表示させると――あと二分少々。


「付け加えたいルールがあれば言って」

「いえ、特には」


 その昴流の返事に対するレスポンスはなかった。確認以上の会話をするつもりはないらしい。

 長い二分がゆっくりと過ぎていく。


 やがて、


『間もなく試合を開始します』


 場内に無機質な合成音のアナウンスが響いた。先刻火煉が言った通り、事前に設定しておいたものだ。


『Lance of Peace』

「「 I promise. 」」


 昴流と火煉が異口同音に返答する。


 ランス・オヴ・ピース《Lance of Peace》とは、槍先を鈍らせたり、コロネルの穂先をつけた儀礼用の騎乗槍ランスのことだ。これと対になるのがランス・オヴ・ウォー《Lance fo War》。実戦で使う殺傷能力のある騎乗槍ランスである。


 現代の馬上槍試合である機槍戦トーナメントにおいては、先のようなやり取りが必ず試合前に行なわれる。これは、これから行われるのは平和の下での試合であり、互いにルールに則って戦うという宣誓のようなものである。


 中でも、



機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトで生身の人間に対して攻撃を行わない

・上記を前提に、機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトの解除は、即ち己の敗北を認める



 このふたつの約束事が最重要視される。


 特にひとつ目に違反した場合、実際の負傷の有無に関わらず無期限の試合出場停止の処分が確実に下る。その上で被害の規模により機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトの所有禁止や追放処分などが加わることになるのだ。


 ふたりの応答を聞き、アナウンスが次に進む。


『Ready』


 昴流は軽く膝を曲げ、前傾姿勢をとる。


 そして、八時。


「Go!」


 試合の開始が告げられた。


 直後、昴流はバーニアを噴かし、超低空飛行で一直線に火煉へと迫った。


 火煉の騎体のフォルムや長砲身のランチャーを主武器として携えたことで、昴流は彼女が中~長距離の高機動戦闘を得意としていると踏んだのだ。だから、一気に距離を詰める。


 が、


「えっ!?」


 昴流は目を疑った。


 意外なことに、火煉もまたこちらに突っ込んできていたのだった。てっきり下がるものだと思っていた。


 互いに速さを重視した軽量級の空戦騎同士。一瞬後には、ふたりはまさしく騎士の一騎打ちの如く、中央で激突していた。火煉はランチャーで、昴流はレーザーエッジを伸ばした右腕で――歪な鍔迫り合い。


「思った通り、距離を詰めてきたわね。ええ、その予想も判断も正しいわ」

「……」

「でも、それはつまり、マリア、あなたの騎体が近距離戦を得意にしているということ」


 そこまで読んでおきながらなお、火煉が前に出てきたということは、まさか近距離クロスレンジでの切り札を隠し持っているのだろうか――と戦慄した昴流だったが、どうやらそうではなかったようだ。


 火煉は昴流が押し返してくる力を利用して飛び退った。


「はっ」


 昴流はすぐさまレーザーエッジで袈裟斬り、左斬り上げの電光石火の二連撃を振るうが、かすりもしなかった。火煉はランチャーを撃ちながら下がっていく。


 彼女が飛び込んできたのは、単に昴流の意表を突くためだったらしい。だが、せっかくの至近距離で何もできなかった以上、その策は奏功したと言えるだろう。


 ビーム砲を間断なく浴びせてくる火煉に、昴流もたまらず応戦する。


 昴流が腰背部から取り出したのはクロスボウだった。ただし、撃ち出されるのは矢ではない。弓のカーブを利用して発射口を五つ取り付けた拡散ビームだ。広範囲に拡散するビームが立て続けに発射される。


 ともに被弾。

 だが、散らして無理やり当てた拡散ビームと高い命中精度で的確に当ててくる収束ビームとではダメージの度合いが違った。明らかに昴流のほうが被害が大きい。


 高度を上げて立体的に距離をとる火煉を、昴流も追う。ビーム洋弓銃アーバレスト『孔雀』は再び腰背部にマウントした。


 戦域は空中へ。


 しかし、そここそが火煉の主戦場だった。何せ『グラキエス』は高機動戦用にカスタマイズした騎体だ。昴流の『巴御前』もベースは空戦騎だが、その部分には大きく手を加えていない。速度では火煉のほうに軍配が上がる。彼女がこちらに体を向け、ランチャーを撃ちつつ下がっているにも拘らず、距離が縮まる気配はなかった。


「だけど、この距離なら。……いっけえええっ!」


『巴御前』の肩部に内蔵されたビームディスチャージャーからビームが発射される。左右それぞれから三条、計六条のビームが火煉へと向かう。


 それを見るや彼女は反転し、騎体の向きと進行方向を一致させて、さらに加速した。それをビームが追う。


 ビームには追尾機能をもたせてある。火煉が追いすがってくるビームを航空機にはあり得ない戦闘機動をもって振り切ろうとするが、六条のビームはその都度軌道修正し、互いに絡み合い、交差しながら、執拗に追い立てる。


 火煉はちらと後方を確認し―― 一計を案じた。


 彼女は騎体の機動を大きく弧を描くような軌道へと変えると、闘技場の壁際を壁と並行して飛行。そこに、これで何度目になるだろうか、ビームが彼女を貫くべく襲ってきた。が、それも火煉はスピードで躱しきる。


 これまで通りならビームは再度軌道を修正して火煉を狙うが、しかし、ここは壁際。結果、ビームは次々と壁に着弾し、施された対ビームコーティングによってひとつ残らず霧散した。


「うわ、さすが……」


 昴流はその手並に感嘆する。これがキルスティン女学園が誇る三女神モイライのひとり、《運命の三女神の未来アトロポス》の実力なのだろう。


 昴流は攻めあぐね、空中で動きを止めてしまう。


 兎に角、あの速度を封じ込め、どうにかして懐に飛び込まないと勝機はない。何せ昴流は中~長距離戦は苦手だ。中距離では弾をばらまき、長距離になると弾体の追尾機能頼みの、数撃ちゃ当たるが基本スタイル。それくらい不得手なのである。


「どう、マリア」


 同高度正面、距離三百ほどのところに火煉がいた。


「正直、参ってる。速すぎて手も足も出ないよ」


 昴流は苦笑。


 高機動空戦騎とは何度か戦ったことがある。だが、ここまで速いのは初めてだった。


「で、どうするの?」

「どうしようか」


 今のところ、正攻法でどうにかなる気がしない、というのが正直なところだ。


「そう。じゃあ、今度は私からいこうかしら」

「いっ!?」

「だって、マリアの力も見てみたいもの」


 直後、『グラキエス』の背後から何かが飛び出した。


 それは高速で回転する円盤だった。

 その数十二。


 それらはわずかな時間滞空した後、一気に『巴御前』へと迫った。――どうやら自律型攻撃ユニットのようだ。


「わあっ」


 昴流が思わず驚きの声を上げる。


 円盤はそれぞれ別々軌道で、四方八方から同時に昴流へと襲いかかる。


 が――



 剣撃結界!



 しかし、確かに同時に襲いかかったはずの十二もの円盤は、『巴御前』の二本の腕、二本のレーザーエッジによって、ことごとく弾き飛ばされていた。


「"幻影ファントム"の応用ね。さすがだわ」


 火煉は素直に感心する。


 そう。あの夜マリアは、初期状態デフォルトのままの"小太刀"で"幻影ファントム"をやってのけたのだ。自分用にカスタマイズした騎体――『巴御前』ならば、"幻影"どころかそれを応用した技すら可能にしてしまうのは至極当然のことではないか。


「でも、」


 火煉はロングランチャー『氷の魔剣アイスブランド』を構えた。


「周りをよく見ることね」

「えっ?」


 昴流は首を巡らせ、自分の周囲を見回す――と、そこには先ほど弾き飛ばしたはずの円盤が、取り囲むように滞空していた。


 そして、正面には火煉の構えるランチャーの砲口。


(動きを封じられた!)


 確かにこれは牢獄だった。昴流を封じる牢獄。だが、それでも火煉の意図に完全に気がついたとは言い難かった。



 光の牢獄プリズム・プリズン



「シュート!」


 火煉の『氷の魔剣アイスブランド』の砲口から立て続けにビームが放たれた。可能な限りの数と力で押し込むつもりなのだ。


 その場で防御姿勢で備える昴流。


 が、そのビームが横をすり抜けていき――そこでようやくこの攻撃がどんなものかを悟る。円盤は確かに昴流の動きを縫うためのものだった。だが、それだけではなかったのだ。


「しまっ……」


 ビームは昴流の周囲に滞空していた円盤に当たって跳ね返る。その軌跡は水晶や宝石の中で反射を繰り返す光の如く。だがしかし、それはその実、綿密な計算によってすべて一点へと収束していく。


 一点。

 即ちこの牢獄にとらわれた囚人、昴流である。


 次の瞬間、昴流は全方向から全身を射抜かれていた。


「がはっ」


 あまりの衝撃に肺の中の空気をすべて吐き出してしまう。


「直撃のようね、マリア」

「……うん。完全に、してやられた、ね」


 昴流は苦悶の表情で答えながら、バイザーに映し出される騎体コンディションを確認する。


(シールドエネルギィ残量半分以下。もう一発は喰らえない……)


 では、どうする?


 距離をおいての撃ち合いでは、あまりにも不利すぎる。かと言って、懐に飛び込もうにも、あの機動性を活かして本気で逃げられれば追いつく術はない。せめてこの距離から一撃入れて、一瞬でも怯ませられたなら打つ手はあるのだが……


「……奥の手、いってみようか」


 昴流は確かめるようにつぶやいた。……尤も、奥の手どころか、これこそがこの騎体の神髄でもあるのだが。


 まずは、騎体のハイパーセンサと己の知覚力を同調させ、"セカイ"へと向ける。


(セカイの把握――構文の構築――記述……)


 すっと、昴流の手が天を指した。


「マリア、何を……?」


 一方、火煉は昴流のその動きに警戒感を強め、我知らず頭上を見上げた。


「招来・天ノ鳴神!」


 昴流の言葉と、頭上で何かが光ったのは同時。


 そして、次の瞬間、火煉が不吉なものを感じて咄嗟に後ろに下がり――そこを轟音とともに何かが駆け抜けていったのも同時だった。


「な、なに今の……?」


 驚愕に目を見開く火煉。


 何か――それは見間違いでなければ、落雷だった。砲塔型の遠隔攻撃ユニットの類か? だけど、そんなものを打ち上げた様子はなかった。しかも、着弾した床がかずかに抉れ、亀裂が入っている。質量兵器でも光学兵器でも、そう簡単には傷つかないはずなのに。いったいどんな威力なのか。


「あれを避けるの!? やる」


 どこか嬉しそうに声を上げる昴流は、そのときにはもう火煉へと突っ込んでいた。避けられはしたが、怯んだのも確かだ。この機は逃さない。


 火煉もいち早く動揺から立て直した。


「撃ち落としてあげるわ、マリア」


氷の魔剣アイスブランド』の砲口を昴流へと向ける。素早くセレクタを切り替え、狙撃モードへ。


「シュート!」


 矢のように細いビームが、光の尾を引きながら昴流へと飛ぶ。


 狙撃モードの弾速は、『氷の魔剣アイスブランド』から放たれるビームの中では最速。一瞬の隙を突いて距離を詰めようと猛然と飛び込んでくる昴流との相対速度はかなりものになるはずだ。避けられたものではない。


 にも拘らず――


「ぶっ」


 昴流は手を振っただけで、それを打ち消してしまった。


「なっ!?」


 火煉は驚きで言葉を失う。


 何だ今のは?


(いえ、それ以前にさっきからマリアは何をしてるの……?)


 先の雷撃もそうだ。マリアの繰り出してくる技には不可解なものが多い。見たことも聞いたこともなければ、知識の中にさえない。


 ふとよぎった疑問が、火煉の行動を決定的に遅らせる。


「捕まえた」

「!?」


 彼は目の前にいた。

 ついに昴流は火煉に届いたのだった。


 まずはレーザーエッジによる袈裟斬りと左斬り上げの、電光石火の二連撃。……開幕直後の意趣返しだ。


「くっ」


 火煉はそれを喰らいつつも、咄嗟に『グラキエス』の肩背部に搭載されているバルカン砲を起こす。同時、まるで鏡写しの像のように昴流も同じ行動をとっていた。


 互いに盛大に弾をばらまく。


「最初、火煉さんはこれを空戦騎だと言ったよね?」


 両機合計四門のバルカン砲から響く派手な銃撃音の中、昴流が語りかける。


「でも、違うんだ。じゃあ、何かと問われたら……そうだな。『魔術騎』、かな?」

「魔術騎?」

「うん、そう」


 昴流は笑顔でうなずく。


 そう。『巴御前』は機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトで魔術を使うことを念頭においた騎体だった。


 各種ハイパーセンサは昴流の知覚力と同調して正確、且つ、広範囲に渡ってセカイを把握することができる。また、騎体にはオリジナルの魔術サーキットが組み込まれていて、構文構築の補助をしている。どの騎体にも搭載されている心臓部、疑似魔力核フェイク・オドにも構文構築の機能は備わっているが、それは騎体制御に関わるもののみの、ごく簡単なものだ。しかし、『巴御前』の魔術サーキット――『ロジック・エージェント』はもっと高度で多様なそれを可能にする。


 セカイの把握においてはハイパーセンサが知覚力を増幅し、構文の構築シークェンスにおいては魔術サーキットが補助。その結果、昴流はこの騎体を通じて、普段は使えないような魔術の行使が可能になるのだ。


「マリア、あなた魔法使いだったのね」


 しかも、騎体は魔術騎ときた。そんな設計思想コンセプトの騎体など過去に例がない。だけど、言われてしまえば納得はできる。火煉は魔術に詳しくないが、雷撃は兵器によるものというよりは、自然現象的だった。さっきの対ビーム薄膜のようなのもきっとそうなのだろう。


 根競べのようなバルカンの撃ち合いに、先に見切りをつけたのは火煉のほうだった。


 バルカン砲はたいていの騎体に搭載されているメジャーな武装だ。主な用途は牽制と至近距離での威力防御射撃。だが、こうして避けることもせず足を止めて撃ち合えば、シールドエネルギィは目減りしていく。特に火煉の『光の牢獄プリズム・プリズン』を喰らっている昴流にとっては、すでに危険な域にまできている。それでも火煉が先に手を止めてしまったのは、接近戦を得意とする昴流の間合いにいるという焦燥からだろう。


 火煉は再び距離をとろうとするが、


「逃がさない。ここは僕の距離だ!」


 昴流は体を縦に回転させると、かかとで火煉機の肩口を蹴りつけた。


 地上へと叩き落される『グラキエス』。だが、バーニアを噴かしてどうにか激突は免れる。反射的に頭上を見上げれば、『巴御前』も降下してくるところだった。その場を離れる火煉。


はしれ、地ノ鳴神!」

「そこよっ!」


 着地とともに右足で力いっぱい踏みつけた床から電撃が放たれ、降下直後を狙った『氷の魔剣アイスブランド』の砲口が火を噴く。


 地電流が火煉を襲うのと、昴流が収束ビームの直撃を受けたのは同時だった。


「あうっ」

「がっ」


 口々に悲鳴が上がる。


 特に昴流はこれが致命打だった。シールドエネルギィがすべて削り取られ、維持できなくなった機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトが解除される。


 だが、


「!?」


 火煉は思わず自分の目を疑った。


 強制解除された『巴御前』が量子化し、光の粒子が爆炎のように飛び散る中から昴流が飛び出してきたのだ。しかも――向かってくる? 生身で、機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトに?


 目には獲物を狙う獣の如き光。

 口許には酷薄な笑み。


 信じがたいことだが、どうやらそのつもりのようだ。

『活歩』で滑るようにして間合いを詰めた昴流は、火煉の眼前で跳び上がると、蹴りの二連撃――連環腿を叩き込んだ。


(え? 何このダメージ!?)


 再び火煉の目が驚愕に見開かれる。今の攻撃が徒手空拳のものとは思えない、先のレーザーエッジでの斬撃に匹敵する値を弾き出したのだ。


 着地した昴流は、続けて震脚とともに突き上げの拳打、揚炮を放つ。

 直撃。


 今度は一手前の連環腿以上の破壊力だ。


「こ、これ以上は……!」


 これも魔術を使っているのだろうか。冗談みたいな話だが、機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトと生身の人間が戦って、機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトがおされている。それがまぎれもない事実だった。


 下がらなければ。


 だが、それは叶わなかった。昴流の左足が『グラキエス』の脚部を打ち、バランスを崩されたのだ。――『梱鎖歩』。火煉が後退することを読んでの一手だった。


 体勢が崩れたところで衝錘が突き込まれ、さらに右端脚と追い打ちの左端脚。


 いったいどんな膂力なのか、火煉の『グラキエス』は十メートルほど吹き飛ばされた。腰を落とすような体勢で、床の上を滑って止まる。


 そして、そこで終わりだった。


『グラキエス』が光の粒子となって散る。ダメージ超過でシールドを維持できず、騎体が強制解除されたのだ。


 にも拘らず、昴流は止まらなかった。


 尋常ならざる速度で火煉へと迫ると、眼前で制動。接触しそうなほどの至近距離から双掌打が放たれ――


「っ!?」


 火煉は咄嗟に両腕で顔を覆い、体を強張らせる。防御というよりは、危険を前にしての反射運動だった。明らかに武道の達人である昴流に対しては、何の役にも立つまい。



『戦闘行為を中止してください。両者とも騎体はすでに解除されています』



 闘技場の審判ジャッジメントAIによる警告だった。


 あまりにも遅い警告は、おそらく生身の人間が機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトを攻撃するような異常な事態を想定していなかったからだろう。双方の騎体が解除されて尚、戦闘が続行されるという想定内の危険行為が発生して、ようやく警告が発せられたのだ。


 ぴたり、と寸止めの構造で昴流が動きを止めた。


「え? あ、あれ? ほんとだ」


 恐ろしいことに、昴流は今の今まで自分の騎体が解除されていることに気づいていなかったようだ。途中から無言になっていたあたり、完全に何かのスイッチの入った状態だったのだろう。


 火煉が安堵のため息を吐く。


 これで警告がもう少し遅れていたらとか、昴流の耳に警告の音声が届いていなかったらと思うと、冷や汗が出る思いだ。


 或いは、


「ところで、随分とスレンダーだけど、それは鎧下衣アーミング・ダブレットで絞めつけているからなのかな? それとも……」

「……」


 未だ双掌打を寸止めにしたままの昴流は、それに気づいて非常に不躾な質問をしてきた。


 或いは、火煉の発育がよかったなら、当たっていたかもしれない。


 確かに火煉は同学年の少女たちに比べると、少々スレンダーだった。だからこそ、妖精めいていて幻想的な雰囲気があるのだが、おそらく本人にとってはそんなものはよけいなフォローであろう。


 火煉は無言で昴流の襟首を掴むと、


「ふっ」


 呼気ひとつ。

 繰り出されたのは見事な巴投げだった。


 がふっ、という背中から床に叩きつけられた昴流のうめき声が、広い広い闘技場アリーナに小さく響いた。


「……もともとよ」



『勝者、鳥海火煉です』

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