第14話 示された道筋
「通り魔を契約で大人しくさせる?」
道春は美紅に聞き返す。
「契約って理恵の契約の力ってことか?」
道春の質問を受けて、美紅は力強く頷く。
「そう。それが最善の道……だと思う」
「へえ」
(確かに通り魔の無力化にはそれが一番だな)
通り魔を殺すことで無力化するよりはよっぽどいい方法だ。
(そのためには、通り魔と会話する必要があるのが難点だけどな)
そう思った道春だったが、話の腰を折ることを嫌い、特に指摘せずに続ける。
「その通り魔について何か情報はないのか? 顔とか、名前とか、住所とか」
「少しは分かってる」
案外望み薄だと思っていた通り魔の情報に道春は耳を傾ける。顔については伝えようがないかもしれないが、名前や住所などはこれからの活動に大いに手助けになるだろう。特に住所を知ることが出来たら、あとはその家の付近で張り込むだけで簡単に通り魔を捕まえることが出来るからだ。
「通り魔の名前は
「……そうか。まあでも名前が分かったことは大きい前進だな」
住所などが分からなかったことは残念だが、美紅の情報はとても有用なものだった。顔に大きな傷があるのも分かりやすい。もしかしたらその傷と悲劇は何か関係しているかもしれないと考えると今後の展望も明るい。
(いや、まてよ)
顔については道春も確認できるかもしれないと考える。
(美紅が見た金森の顔を『理解』すれば確認できるか)
道春は改めて「人を理解する能力」の万能さに気付く。人が1度見聞きしたものを、なんでも確認できるのは今思うとかなり便利な能力だ。
「美紅、ちょっと手を出してくれないか?」
さっそく道春は下の名前を呼んで美紅にお願いする。あまり「人を理解する能力」について他人に話したくないため、美紅にただ手を出すように言う。
道春の「人を理解する能力」は発動したことが分からないうえに、何を見られたかも確認することが出来ない。さらには、この能力の前ではどんな過去も隠すことが出来ない。この能力を他人に知られたら、今後の関係にひずみが生じるのではないかと恐れているのだ。
「はい」
おずおずと手を道春に差し伸べる美紅。何をされるかいまいち分からないからだろう。その表情は硬い。
道春はその手を両手で優しく包む。手のひらのやわらかい感触が美紅の体温を伝えてきた。
道春はちらりと美紅を見ると心の中で能力の発動を唱える。
(『人を理解する能力』。俺は美紅が見た金森の顔を理解する)
すると、能力が発動した感触と共に道春の脳裏に1人の男の顔が浮かび上がってきた。
年齢は17歳くらいだろうか。外見からは高校生と言う印象を受けた。通り魔と聞いて大人を想像していた道春はその事実に驚く。男の右頬についている傷は一目でわかる程度には大きく、ナイフでの切り傷を連想させるようなギザギザとした傷跡だ。少し長めの黒髪をしており、後ろから見ると髪の毛の長さから女と勘違いしてしまうかもしれない。また、これは美紅が見た時に着ていたものだろうか、大きな黒いコートを羽織っている。元はフードをかぶっていたのだろう、その長い髪と共にフードが風になびいている。
――風でフードが脱げてはっきりと顔を確認出来たのはかなりの幸運だっただろう。
「おいおいまたかよ」
ついつい道春は声に出してしまう。不思議そうにこちらを見た美紅に「何でもないよ」と取り繕う。しかし、道春の心は平穏ではいられなかった。
(金森兵、あんたも三春学園の生徒なのかよ……)
黒のコートからわずかに垣間見える服。それは道春が見慣れた三春学園指定の制服の一部だった。道春に言わなかったという事は、おそらく美紅はとっさのことでそこを確認できていなかったのだろう。
「ネクタイの色が見れないから学年は分からないか」
金森が三春学園に通っているのは道春の能力のおかげで分かった新事実だ。この事実は能力を秘密にしておきたい道春には、情報の出所を明らかにできないため美紅に伝えることが出来ない。
道春は美紅にそれを伝えるのを諦めて、また別の質問に移る。今までの美紅の行動についての質問だ。
「なぜ理恵と俺を会わせようとしたり、理恵に俺が風邪だってことを教えたりしたんだ?」
「通り魔の話をはじめからあなたにしても、あなたは信じないと思ったから」
美紅は答えを用意していたかのように即答する。
美紅の答えに道春は「確かにそうかもしれない」と答える。実際、ハクが道春の家に来た時もハクの言うことは初めから信じてはいなかったからだ。周りの反応を吟味し、さらに目に見えて分かる「魔法」という異能を見たからこそハクのいう事を信じたのだ。
「私にはもう魔法が使えないから、実際に魔法を見せることも出来なかったことを考えると妥当な判断だった。それに、彼女たちが敵対していたら通り魔には勝てない」
「そうか、切り札が理恵だからな」
通り魔に対する道春たちの攻撃方法は、犯罪にならないことを考えると理恵しかいないのだ。だが、通り魔に対抗するためには弓香の持つ「スコシノキセキ」も必須となるだろう。なにせ、あっちはこっちを殺そうとしてくるわけだ。そのくらいのハンデは必須となる。
「あれ? そもそも美紅は何で2人の魔法を知っているんだ?」
それだけでなく、弓香が理恵の悲劇を暴こうとしていた事や、道春が風邪をひいていた事などを知った方法や、ちょうど弓香がいる時間に理恵にお見舞いに行かせた方法など、まだ明かされていないことが多数ある。
「私の魔法『ガンボウノジョウジュ』のおかげ。この魔法は願望を叶えるための手段を教えてくれる」
詳しく聞くと、美紅が願ったことは『道春が通り魔に殺されないようにする事』だそうだ。過去に戻ってきたのは美紅の願いを叶える手段の1つでしかなく、他にもどのタイミングで誰に何を言えばよいかなども魔法が教えてくれるらしい。ちなみに余談だが、道春が風邪をひいたのも「ガンボウノジョウジュ」のおかげだそうだ。「和解する場所を提供してくれたのはありがたいが、風邪はつらかったぞ」と道春は冗談交じりに言う。
「そうだ。じゃあ、通り魔の住所とかもその魔法に教えてもらえないのか?」
他にも、通り魔が体験した悲劇なども、通り魔を対処するにあたって有用な情報だ。魔法が万能だというなら教えてもらえても不思議ではないはず。しかし、
「それは無理だった」
否定する美紅に、道春は「なんでだ?」と疑問を投げつける。
「私の願いは道春を救う事だけ。そしてその願いはもう叶っている」
「ん? どういうことだ?」
思わず聞き返す道春。美紅のいう事が正しいなら、道春はもう死ぬ危険性がないということになる。それだったらリスクを犯して通り魔を無力化させる必要は無いんじゃないだろうか。
「言葉の通り。あなたが魔法の存在を信じて、私が未来から来たことを聞いた時点であなたの通り魔に殺される未来はなくなった」
「何が作用したかは分からないけど、通り魔に殺されなくなった事は確実」と美紅は補足する。
「それだったら何で通り魔を探そうとしているんだ?」
「放っておくと多くの人が通り魔に殺される。それは回避したい」
美紅の答えは言わずもがななことだった。道春は自分が安全になって安心したことが恥ずかしくなり、バツの悪さから美紅から目をそらしてしまう。
そんな道春の気まずい思いも、美紅が次に言った言葉で全てかき消された。
「……ただ、あなたが3日前に話していた少女については予想外だった」
道春がはっとして美紅の方を見ると、美紅はそのまま言葉を続けた。
「あの少女については私がいた未来にはいなかった存在」
美紅のいた未来にハクがいなかった。それが何を表すのか気付くのに道春は少し時間がかかった。
――美紅の未来にいなくて今いるという事は、ハクが今この世界にいるのは美紅の魔法のおかげなんだろう。
道春はハクがいなければ、超能力を受け取ることもなければ、魔法光が見えることもなく、超自然的な現象とは全くかかわりのない人生を送ることになっていただろう。そうすると、さっき美紅が言っていた道春が助かるための条件「魔法が存在することを知って、美紅がする未来の話を信じる」という条件を第1段階から達成できないという事になる。
(ハクという少女は美紅が作り出した存在っていう事かもしれないな)
そこで道春はある出来事を思い出す。それは道春が、自分は学校に行くけどハクにその間何をやっているか聞いた時のことだ。
「ずっと家で待ってるよ」
ハクはそう言ったはずだ。そして道春が聞き返す。
「それでいいのか? 退屈だと思うぞ」
「うん、大丈夫。待つのには慣れてるから」
最後のハクの言葉を聞いたとき、道春はハクがいつの間に待つことに慣れたのだろうか、と疑問に思っていたのだった。そこまで思い出して、道春はある1つの予想をたてる。その予想は荒唐無稽で、何の根拠もなく、本当にただの道春の想像に過ぎないものだが、案外的を射ている可能性のあるものだった。その予想とは、
(ハクはもしかして心が壊れる前の美紅なんじゃないだろうか)
というものだった。
待つのには慣れているというのは、何もない空間に閉ざされたときのことを言っているのだろう。ハクが美紅によって生み出されたものだと思うとこのセリフがしっくりくるのだ。あくまで道春の勝手な予想に過ぎないのだが。
「超能力って知ってるか?」
道春は美紅にそう聞いた。もし知っているのなら、自分の能力について正直に言おうと思ってのことだ。あまり美紅に隠し事をしたくなかったのもある。
道春の質問に対しての美紅の答えは否定だった。
「超能力なんて知らない。私が知っているのは魔法だけ」
「そうか。ならいいんだ」
道春のこの意味深なセリフにも聞き返してこない美紅は道春にとって、とても付き合いやすい性格をしていた。気持ちを切り替えて道春は言う。
「とりあえず、弓香とか理恵とかにもこの話をして、協力してもらえるように頼んでみるよ」
「分かった」
道春が時計を見ると始業の3分前だった。美紅にそれを伝えて、一緒に急いで教室に向かう。
(ちゃんと時計を見ておけばよかったな)
走りながら道春は後悔する。屋上は道春たちの教室からそこそこ離れており、3分でつけるかは正直微妙なところだった。
始業のチャイムが鳴ると同時に教室に駆け込んだ道春は、教室中の注目を集めることになるも、遅刻扱いにならなかったことにそっと胸をなでおろしていた。
……弓香はまだ登校しておらず、出席確認がなされなかったことをここに報告しておく。
+++++
授業も一段落する昼休み。道春は弓香に声をかける。ちなみに弓香が来たのは2時間目の終り頃で、道春が何をやっていたのか聞くと、「秘密よ!」と元気そうに返してきた。まあ何でもいいが。
「ちょっと話があるんだけど、今日の飯は何か買って屋上で食べないか?」
「いいけど、話って何よ?」
あまり人がいるところでは話したくないからわざわざ場所を屋上にしたのだが、弓香にはうまく伝わらなかったようで、首を傾げながらそんなことを聞いてきた。
「魔法についてちょっとな……そうだ、屋上を人払いしてもらえると助かる」
三春学園の屋上は基本的に開放されていて、いつでもそこに入ることが出来るのだ。そこで昼ご飯を食べている人ももちろんいるため、ちゃんと人払いしないと話を聞かれてしまう可能性がある。ちなみに裏ワザとして有名だが、夜に三春学園に潜入すると屋上で天体観測が出来るという話もあるが、やったことがないため真偽のほどは定かではない。
「分かったわ」
道春が小声で頼んだことを了解した弓香は早速とばかりに机の上に右手を持ち上げる。
「『スコシノキセキ』」
弓香は周りに聞かれないように小声で唱える。別に魔法を発動する時に魔法の名前を唱える必要はないようなので、ここら辺は気分の問題だろう。
弓香がそう言うと、いつものように青い光が右腕に灯った。幻想的なその光は魔法の発動を周囲の魔法使いに知らせる灯台となり、弓香の周りを照らす。
(いつ見てもきれいだ)
道春は心からそう思った。直接見ても不思議と眩しいと感じない魔法光は、この世にあるどんな光よりも優しく、同時にどんな光よりも激しいため、見たものを怪しく引き寄せる魅力がある。
――魔法の光というより魔性の光だな。
「これで大丈夫よ」
感慨に浸っていた道春に弓香が話しかけて来た。
「ありがとう」
(理恵の方は美紅が誘っているから、とっとと弓香と屋上に行くか)
そう考えた道春は弓香を連れて屋上に向かう。教室を出るときに後ろから「あれ、お前らどこに行くんだ? 食堂か?」と言う妙に聞きなれた声がしたが、無視して教室の扉を閉める。
(お前が理恵に情報を渡した事を忘れていないぞ、和広)
道春は八つ当たりとも言える怒りに身を任せて、いつも一緒に昼ご飯を食べている和広を置いて屋上に急いだ。
昼ごはんを買い忘れたと気付いたのは屋上についてからだった。
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