第170話「犯人はヤス」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、謎に憑かれた者たちが集まっている。そして日々、謎の答えに迫るべく活躍し続けている。

 かくいう僕も、そういった謎解きに余念のない系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、アリバイ崩しに奮闘する面々の文芸部にも、謎とは無縁の人が一人だけいます。探偵大集合の殺人現場に紛れ込んだ、完璧なアリバイを持つお嬢さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横に軽やかに座る。先輩は顔を上げて、ずれた眼鏡を直す。そして僕に笑顔を見せながら、楽しそうに足を振った。その仕草の可愛らしさに、僕は胸をときめかせる。先輩は、明るい顔で僕を見つめ、返事はまだかなといった表情を見せる。


「どうしたのですか、先輩。初めての言葉を、ネットで見つけましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの情報を見抜く達人よね?」

「ええ。シャーロック・ホームズが、天才的な推理力で事件の真相を見抜くように、僕はネットの情報の真贋を見抜く能力を持っています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、少しでも多く書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、言葉の迷宮に迷い込んだ。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「犯人はヤスって何?」


 僕は、その説明の結果がどうなるのかを、脳内でシミュレートする。


 ぐわ~~~~~~~~~、詰んだ!!!!

 僕は、導き出された結末に、発狂しそうになる。


 犯人はヤスは、ネタバレの代名詞だ。この言葉の説明をすると、「ポートピア連続殺人事件」というアドベンチャーゲームのネタバレをしてしまう。楓先輩は、ミステリー小説を読むから、当然ネタバレは嫌いだ。つまり、犯人はヤスの説明をするとネタバレをしてしまい、僕は先輩に嫌われてしまうことになる。


 な、何という罠だ。堀井雄二は、三十年以上前に、こんな罠を僕に仕掛けたというのか。僕は、堀井雄二の輝かしい軌跡を思い浮かべながら、彼ならばそういった遠大な罠を仕掛けることも可能ではないかと疑う。

 なぜならば、堀井雄二は、それだけの能力を持った人だからだ。堀井雄二は、あの国民的大ヒットゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの生みの親という、ゲーム界の巨人なのだ。


 そうだ! 僕は、犯人はヤスの攻略法を思い付く。楓先輩に、ネタバレだと気付かれないように、無数の情報の一つして説明すればよい。そうすれば、楓先輩はネタバレだと分からないまま、スルーしてくれる可能性がある。

 針の穴を通すような作戦だが、僕の話術ならば、どうにかなるかもしれない。僕は、そういった作戦を瞬時に組み立て、楓先輩に顔を向ける。


「先輩。犯人はヤスについて語るには、堀井雄二という人物について語らなければなりません」

「その堀井さんという方は、有名な人なの?」


 楓先輩は、きょとんとした顔で聞いてくる。


「ええ。日本のゲーム界で、五本の指に入る有名人です。なぜならば、国民的大ヒットゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズ、通称ドラクエを生み出した人だからです。

 この「ドラゴンクエスト」の第一作は、一九八六年にファミコンでリリースされました。そして、現在でも続編が作られ続けています。


 では、どのぐらい国民的ゲームなのかを理解するために、ドラクエの販売本数を少し見てみましょう。第一作は百五十万本、第二作は二百四十万本。第三作は、ファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイカラーで発売されており、累計六百万本近く売れています。

 この数字から、ドラクエシリーズが、どれだけ社会的影響力を持つのか、分かると思います」


「へー、すごい作品なのね。そして、それを生み出した、堀井雄二という人も、すごい人なのね」


 ゲームにうとい楓先輩は、僕の口にした数字を聞いて、驚嘆しているようだ。その驚きの勢いを利用して、僕は一気に話を展開する。


「この堀井雄二は、ドラクエシリーズ以外にもゲームをデザインしています。たとえば、ボードゲーム風のテレビゲーム『いただきストリート』、通称いたストも、彼のゲームデザインによるものです。

 また彼は、『堀井ミステリー三部作』と呼ばれる、アドベンチャーゲームのシナリオも作成しています」

「ねえ、サカキくん。アドベンチャーゲームって何?」


 うおっと、その説明が必要だったか。僕は、慌てて付け加える。


「説明文や台詞と言った文字と、紙芝居のようなグラフィックで、推理や謎解きをおこなう種類のゲームです。ミステリー小説の犯人捜しなども、ゲームとして楽しむことができます」

「へー、そうなのね」


「そうなのです。

 それで、話を戻します。『堀井ミステリー三部作』には、一九八三年の『ポートピア連続殺人事件』、一九八四年の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』、一九八五年の『軽井沢誘拐案内』といった作品があります。

 犯人はヤスという言葉は、この中で、『ポートピア連続殺人事件』と深い関係にある言葉になります。


 この『ポートピア連続殺人事件』では、主人公は警察のベテラン刑事、通称ボスになり、部下の真野康彦に命令を出してゲームを進めていきます。このゲームは、最初にパソコンで販売され、その後ファミリーコンピュータ初のアドベンチャーゲームとなり、人気を博しました。

 そのヒットとセットになって、犯人はヤスという言葉も多く語られ、ネットでもいまだに用いられているのです」


 僕はそこで説明を止めた。「ポートピア連続殺人事件」は何種類か出ていて、部下の名前は真野康彦、間野康彦と漢字が違うが、読みは同じだ。

 これで、楓先輩が納得してくれればラッキーだ。だが、先輩は渋い顔をして、僕に尋ねてきた。


「ねえ、サカキくん」

「何でしょうか、楓先輩?」


「ボスの部下は、真野康彦というのよね?」

「ええ、そうです」


「犯人はヤスのヤスって、もしかして、この人のこと? アドベンチャーゲームには、犯人捜しをするゲームも含むと言っていたし」


 ば、ばれた。やはり、どうやっても、隠しきれない言葉だったのだ。さすが、「日本で最も有名なネタバレ」と言われるフレーズだけある。仕方がない。こうなってしまっては、すべてを明かすしかない。


「そうです、正解です。『ポートピア連続殺人事件』の犯人は、真野康彦、通称ヤスなのです。このネタバレは、当時様々な場所で口にされました。また、ラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』でも、ネタバレされたそうです。

 そういったことから、犯人はヤスというフレーズは、ネタバレの代名詞として用いられています。


 この犯人はヤスという言葉は、インターネットでは、そのものずばりのネタバレを指して用いられたりします。また、犯人が分からない事件の時に、ネタとして犯人はヤスと書いたりもします。それだけでなく、謎めいた展開の時に、とりあえず入れる合いの手としても、犯人はヤスは使われます。黒幕が身内にいるといった構図に対して、用いられることもあります。

 犯人はヤスは、こういったネタバレにまつわる言葉なのです」


 僕は、説明を終えた。そして、楓先輩の反応を窺う。先輩は、ゲームをやることはほとんどない。文芸部の部室で、満子部長に押し付けられて、古いゲームを少しばかり遊ぶ程度だ。だから、『ポートピア連続殺人事件』のネタバレを言っても、そこまで怒らないかもしれない。


 しかし、僕の当ては外れた。楓先輩は、顔面を蒼白にして、ぷるぷると震えている。いったい、どうしたのだろう? 僕がいぶかしげに思っていると、自分の机から、一つのカートリッジを出して持ってきた。


「満子が、面白いから、やれと言っていたの……」


 それは、あろうことか「ポートピア連続殺人事件」のファミコンカセットだった。僕は、この奇妙な偶然の一致に、絶望的な気持ちになる。まさか、こんなシンクロニシティが存在するとは! 僕は運命の過酷さに、悶絶しそうになる。


「サ、サカキくんに、ネタバレされてしまった!」


 楓先輩は、泣きそうな声で言う。

 えええ~~~~、それはないですよ、楓先輩。

 僕は、心の中でそう思ったけど、犯人はヤスについて聞かれた瞬間に、死亡フラグが立っていたと思い、諦めた。今回は、戦う前から、敗北が定まった戦いだったようだ。


 それから三日ほど、楓先輩は僕を、ネタバレする人として避け続けた。僕が近付くと、耳を塞いで遠ざかっていくのである。あうあう、どうしろというのですか。犯人はヤスという、ネタバレフレーズを尋ねてきたのは、楓先輩ではありませんか。


 それにしても、世の中はネタバレに満ちている。どこから、犯人はヤス的なフレーズが飛び出すかもしれない。僕は先輩に避けられた三日間、なるべくしゃべらないようにして過ごした。

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