第38話 孝行

 前回までのケイオスハウル!


 長瀬重工本社襲撃&ナミハナ奪還計画は着実に進行していた。


 ナルニア会長の私兵軍団を抑える為の人材を集める作業の一方で、佐助は自らの活動に資金を出すスポンサーとの会見も開始することとなる。


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 俺はたった一人で長瀬重工アーカム島支社の応接室に通された。


 俺達のスポンサーと会って計画の進捗について報告する為だ。


 部屋に入ると仕立てのしっかりした灰色のスーツを着たゲルマン系の男が護衛も連れずに座っていた。


 男は立ち上がるや否や俺に向けて右手を差し出す。


「ほう、君が佐々佐助か! 我が妹が大層ご執心だと噂には聞いていたが……成る程ね。腕の良い魔術師だということは分かったよ。ああ、君なら確かに妹の趣味に合うかもしれんな」


 現長瀬重工社長“ユリウス・長瀬”は開口一番にそう言って呵々大笑した。


 彼が体を揺らす度に豊かな腹肉がプルプル震える。中々どうして立派な体躯の持ち主だ。


 母親同士が姉妹というだけあってナミハナと同じ金髪碧眼で、痩せればおそらく美男子だったのだろうと想像できる。


「お初にお目にかかります。佐々佐助です。この度の協力、真に感謝いたします」


 俺はそう言ってユリウスの握手に応じる。


 大柄なだけあって力は強いが手は柔らかい。


 戦闘をする人間ではないと見える。


「ふははは、邪魔っけな父上と片付かぬ妹を纏めて始末する一石二鳥の機会だ。この私が乗らない訳があるまい。まあ掛け給え」


「…………?」


 何やら不穏な事を言い出したぞこの人。


 ひとまずソファーに座るが、はてさてどうしたものか……。


「…………」


「ああ、殺すという意味ではないぞ? 奴にはレンを甘やかしてのんびり余生を過ごすだけの楽隠居をさせてやろうと思ってな」


「要するに会社におけるナルニア会長の影響を取り去りたいと?」


「うむ。そんなところだ。だいたい親殺しをする社長が会社を継ぐなど側近共が許すまいて」


「では……」


「ああ妹を片付けるという言葉の意味だが、まあ君がなんとかしろということだな。彼女が夢追い人を続けるのも、戦士として活躍をするのも止めぬがいつまでも独身貴族を続けられては父上も隠居できまい」


「成る程、安心しましたよ」


「ふははは! 重ねて言うが血を分けた存在を謀殺するなど今の世では愚策中の愚策だ! そんな一文の得にもならないようなことはせんよ! 私は商人だ!」


「で、ですよね!」


「そう、私は商人。だがな、父上は武人だ」


「武人?」


「信じられないと思うが……」


 ユリウスさんはため息を漏らす。


「我が父上はな、殺されたがっているのだよ」


「殺され……!?」


「奴はミノとかいう国から来た武門の男だったそうだ。最初はこのアズライトスフィアという異郷で怪物を切り倒し、エクサスを乗り回し、武名を挙げて満足していた。だが鍛えあげる程、強くなる程、富み栄える程、奴は飢えた。自らを超える武人に」


 美濃……旧国名か。斎藤道三だの森長可だのやばい連中がちょいちょい居た土地だ。そういうことを言い出してもおかしくない。


「私はどうにも刀槍や闘争の才能が無くてな。父を満足させるような良い息子にも戦士にもなってやれなかった。だからだろうかな……奴は妄執に囚われ、何時しか己より強い存在を生み出す為に様々な実験を行うようになった」


「そんな……それは貴方のせいじゃ……」


 それはあんまりすぎる。


 それじゃ道具じゃないか。


 親が子供を自分の目的のための道具として扱うなんて……あんまりだ。


 口に出して言うのは失礼だけど、俺はそんなの認められない。


「まあ悪いことばかりでもないのだ。なにせこんな世の中だ。生まれつき戦う力が有るに越したことはない。半妖精の弟や、全身に魔法陣を刻み込まれた妹、彼等を父は子供として真っ当に愛したし、彼等も父を真っ当に愛した。私は彼等が羨ましかったよ。素直にあの男に愛情を注げる弟妹や母上がなあ……」


 真っ当に……か。


 矛盾している。自らを殺す戦士を求めながら、それを心から愛するなど。


 まだ息子を恐れて子殺しの罪を犯した古の愚かな王族の方が人間的な感情を持っている。


 異世界に呼ばれて神話生物と斬り合う内に正気でなくなったと考えるべきか。


「ねーねーちょっといい?」


 突然アトゥが応接室の中に現れて、俺の隣にペタンと座り込む。


 珍しくあの女神のような服を着た姿だ。礼服のつもりなのか?


「我輩、そういうの歪んでると思うわ」


「ああ、奇遇だなご婦神ふじん。私もそう思う」


 ユリウスは驚く様子も無くカラカラと笑う。


 ああ、一応何がしかの神だということは察してくれるのか。


「やっぱりそうよね! だって自分の目的の為に作った子供という時点で、そんなのいくら愛しても道具を丁寧に整備するようなものだもの」


 アトゥの歯に衣着せぬ物言いに俺は青くなる。


「アトゥ、少し黙っていろ」


「いや構わん。我が母の一人に異国の妖精が居る。こういうのにも慣れているよ。それに私が父を気に入らない理由を彼女と同じだ。こうしてはっきり言ってくれると胸がすくような思いだよ。誰も気づいていて言おうとしない。お嬢さん、何か欲しいものは無いか? 私は機嫌が良い」


「その異国の妖精さんに是非会いたいわっ!」


「ふむ、彼女も君には興味を示しそうだな。今度彼女に話をしてみよう」


「ありがとうねユリウスさん!」


「なんだか申し訳ありません……」


「構わんさ。妙齢の女性を喜ばせるのは私も嫌いではない。それにね、アトゥ女史の言う通り歪んでいるのだよ。その歪みの終着点にして執着点がナタリア、我が妹という訳だ」


「レンではないのですか? ナルニアさんの話を聞いていると、長子たる貴方の息子にこそ力を注ぐように思われますが……」


 レンだってパイロットとしてはとてつもなく優秀だ。


 ナルニアが目をつけるならむしろ彼だと思っているのだが……。


「確かにナルニアは湖猫としてのレンを高く評価している。だが生身で殴りあった時に我が息子は実に実に貧弱だ。故にそもそも敵としてカウントしていない。私の後継者としてもお小遣いの無駄遣いが激しすぎて今から不安だよ」


 そう言ってナルニアはクスクス笑う。


「彼は一種の天才ですからね。思うようにさせるのが良いと思います。それにしても生身でも戦闘能力が無いといけないなんて随分厳しいですね」


「君も何度か見ているかもしれんが、我が妹は生身で量産型のエクサスくらいは倒す。当家の戦士にはああいうことこそが求められる資質なのだ」


「ソウデスネ」


 海賊の乗ったエクサスのコクピットのハッチを素手で引きちぎっていたことや、自機のコクピットに忍び込んだ神話生物の首をへし折ったこと、俺は一生忘れません。


「現在に至るまで、ナタリアは単独で本社最奥の邸宅から五回も脱出を試みている。はっきり言って今に至るまでナルニアとナタリアの双方、そして使用人達が無傷で鎮圧できているのは執事のケイのお陰だ。我々は大変迷惑している」


「…………」


 何やっているのかと思ったらそういう仕事をしていたんですねケイさん。


 ナミハナが週一以上のペースで大暴れするなら忙しくて連絡取れない訳だ。


「今は社会も曲りなりに秩序を取り戻している時期だというのに、何時迄も古く騒がしい時代の人間が我が物顔しているようでは困るんだ。頼む。我が社の為に父と妹をなんとかしてくれ」


 こんなに俺とアズライトスフィア人で意識の差が無いとは思わなかった……!


 ユリウスさんはナミハナやナルニアみたいないわゆるアズライトスフィアらしい豪快な人々が、これからのアズライトスフィアにとっては不安定要素だと考えている訳だ。俺もそう思う。


 ただ殺して排除しようとせずに、俺達の襲撃で発生する混乱に乗じて会社の実権を奪うつもりなのが、根っこにある人の良さを感じさせる。


 少なくとも今は味方として一緒に居て問題は無い筈だ。ナミハナを助けるのは俺の仕事だし、土壇場で消されないかどうかだけ気をつけていれば良いだろう。


「俺にできると?」


「できる。何故なら君の襲撃に乗じてナミハナも動く。そして君達には二人がかりで親父を叩き潰してもらう。それでやっと親父も妄執から解き放たれる筈なんだ」


「ユリウスさん、貴方は父親を……」


 ユリウスさんはにやりと笑う。


「いや、あんなオヤジのことは別に好きでもなんでもないんだからな?」


 ツンデレだー!? 


 考えてみれば社長をやっている時点でナルニアはユリウスさんの能力を理解して、それが活かせる場所を与えているとも言える。


 有り様がどうしようもなく歪んでいるだけで二人の関係自体は悪くないのかもしれない。


「またまたそんなことをおっしゃって……分かりますよ?」


 ユリウスさんはわざとらしくにやりと笑うと、これまたわざとらしく肩を竦める。


「何のことだか全く分からん。私はただ我が最愛の妻を……紅蓮ホンリェンを軍の病院に入れたままにもできないと思っているだけだ。私が会社の全権を使って彼女の身柄を取り返す為にも権力が欲しい。とにかく欲しい」


「艦長ですか……短い時間でしたが彼女にはお世話になっております。しかも彼女が拘束されているのは俺のミスと俺の敵である虚無教団テスタメントのせいです。彼女をこのままにしておけないのは俺も同じです」


 そうだ、上手くすれば俺の指名手配を解除する切っ掛けにもなるだろう。ナルニアさんには偉くなってもらいたいものだ。


「素晴らしい! 私は何時になく機嫌が良い! その調子で君に賭けて正解だったと思わせてくれ!」


 ナミハナが信頼している相手だから、ということもあるのだろう。この人の俺に対する評価は相当に希望的な観測が含まれている。商人らしくないようにさえ思える。


 だが期待してもらっているなら、それに応えなくては男ではない。


「あら、だったら正解だと思うわよ?」


 などと真面目なことを考えていたらまたアトゥが横槍を入れてきた。


「どういうことだねご婦神ふじん?」


「だってナルニア会長をなんとかできるのってサスケちゃんくらいじゃないかしら。だってナルニア会長もサスケちゃんと同じニャルラトホテプの契約者コントラクターだもの」


 俺とユリウスさんは同時にアトゥの方を見る。


 今こいつなんて言った?


 なんでそれ言わなかった?


 言わないよなそういう奴だし!


「ご婦神ふじん、何故それを知っている? この話は我が父と私しか知らない筈なのだが……」


「ニャル界隈だと結構有名な話よ?」


 ニャル界隈ってなんだ。ニャル界隈って。


「待てご婦神ふじん、つまり君は……」


「ニャルラトホテプの化身が一柱、アトゥちゃんですっ!」


 凍りつくユリウスさん。


 俺は咄嗟に左腕の時計の中で眠るチクタクマンに助けを求める。


 残念、左腕の妖神ウォッチは何も答えてくれない。というかここ最近はレンと一緒に工房にこもりっぱなしだ。少し嫉妬してしまうくらいに。


「神霊の類だとは思っていたが……そうか。案外見ても正気は保てるものなのだな」


 多分この女が出るだけで這いよれ●ャル子さん時空に近づくからだと思いますよ。


 クトゥル●神話TRPGだったら即死です俺達。


「本当に……申し訳ございません……」


 俺は立ち上がって深々と頭を下げる。


「謝ることはない。逆にニャルラトホテプがここまで無害にしているのは誇るべきことだようん。きっとそうだ。そうに違いない」


 でもそれって根本的な問題の解決になってませんよね?


 と思ったが言わないでおこう。沈黙は金。そういえば父さんもそう言っていた。


 虚無教団テスタメントの長かもしれないなんて、アマデウスにバレたらどうなることやら。


 今は忘れよう。目の前のことだけ、この計画のことだけを考えなくては。


「と、ともかく現在の計画の進行度合いについて説明をさせていただきます。アトゥ、折角出てきたならこれくらいはやってくれ」


「はーい! 任せてちょうだい!」


 アマデウスからもらったパソコンのような機械をアトゥに準備してもらう。


「……その前に一つ聞かせて欲しい」


「いかがしましたかユリウスさん?」


「佐々サスケ……ああ、佐助と呼ぶべきか。君はこの計画が終わった後どう行動するつもりだ? 君は今、軍から追い掛け回されている身の上だ。普通に湖猫をやる訳にもいくまい?」


 来たか。まあそれはそうだ。恋人を攫ってそれで終わりなんて男に、ユリウスさんは妹を任せないだろう。


 人が良く、頭も良く、利に聡い。特に綺麗事や正しい事を上手く利益に繋げるタイプの商人だ。今後の平和になるアズライトスフィアでこそ更なる力を発揮すると見た。


 彼ならば俺の『今後の活動』に注目するのは読めていた。


虚無教団テスタメントを追いかけます。非常に身勝手ですがナミハナにもそれに付き合ってもらいます」


「重ねて言うが君は軍から重要参考人として注目されている。アマデウスも今度は君の情報を軍に売り渡すかもしれない。何せ奴は腹に一物抱えた信用ならん男故な」


「はい、ナミハナも巻き込むかもしれません。大変申し訳ございません」


「……ははん、読めたぞ。私に支援をしろという訳か。確かに私は家族に甘い男だ。今の会話で君も十分理解していただろうがね」


 流石にこの人は話が早い。と、言うよりもこの流れに誘導しているのかもしれない。自分から依頼するのではなく、俺がナミハナを利用して支援を求めるという形にさせる為にこうやってわざと家族への甘さを見せた。


 虚無教団を倒した後の俺、そしてブラックボックスだらけのケイオスハウルを上手く長瀬重工に取り込むつもりなのだろう。


 元々俺のものという訳でもないし、取引の材料になるならば技術の供与や解析の為の貸出は構うつもりはない。


 むしろすべてが終わってチクタクマンが居なくなった後に、只の魔術師となった俺が乗る為のケイオスハウルに近い機体を作ってもらいたいぐらいに考えている。


「援助していただけるならば有り難く頂戴します。虚無教団テスタメントは倒さなくてはいけません。ですがそれには志を同じくしている方の協力が必要です」


「ふはっ! ははははは! 私も妻子が虚無教団テスタメントに襲われていなければ君を妹から引き離すつもりだったのだがね! 仕方ない! 奴らは既に私の怨敵だ! 愚かな連中だよ、君だけを襲っている分には私も何もしなかったのだが!」


 こんなことを言っているが、きっと事実関係について知れば虚無教団の遺したデータとかケイオスハウルの解析と引き換えに援助を申し出たに違いない。


 なにせツンデレのお人好しだし。


「ええ、奴らは我々にとって共通の敵です。ですが軍は巨大すぎて内通者の危険が有るし、会社の戦力だっておいそれとカルト相手に割けるものではない。奴らへの対抗戦力として俺とナミハナ、もっと言えば今回の突入部隊をそのまま使うのが俺と貴方にとっての最適解かと」


「はははっ! そうか! 俺と貴方の最適解か! 私流に言えばウィン・ウィンだな!」


 ユリウスさんは大きな腹をよじって笑う。俺も笑みが隠せなくなりそうだった。


 なにせやっと俺の目的を話すことができたのだ。アマデウス同伴ではなく、俺だけを呼んだのはおそらくこういう話をする為だったと読んではいた。だからこの話こそが会談の山場になると踏んでいたのだ。


「駆け引きはさして得意ではないようだが、一応の計画性は有るし運も良い! 我が同盟者として合格だ! 君は私を、私は君を、それぞれ使いこなして存分に儲けるとしようじゃないか!」


「はい、改めてよろしくお願いいたします」

 

 俺は何時もどおりに立ち上がって握手を求める。


「この計画が終わったら、虚無教団を倒した後の君のプランも聞かせてくれよ」


「ええ! 具体案を固めておきます」


 すっかりこの動作にも慣れてしまったが、今回の握手はとりわけ心に刻まれる力強さが有った。


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 長瀬重工本社への強襲計画を進める佐助。


 旅の仲間達を始めとした様々な人と出会い、語らうことによって佐助の内面では更なる変化が進んでいた。


 そんな中、計画の要にして反攻の旗印となるケイオスハウルの改造機がついに完成した!


 彼はアマデウスと共に海底基地へと向かうが、その途中でアマデウスは佐助にある提案を行う。


 斬魔機皇ケイオスハウル 第三十九話前編「光を繋ぐ者」

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