第25話 君に帰る時

 前回までの斬魔機皇ケイオスハウル!


 友人のシドと酒場で仕事上がりのお祝いをしていたサスケ!

 彼はこっそりトイレに行く振りをしてチクタクマンと二人きりになり、神話生物達に起きている異常な行動の真相の一端を聞き出すことになる!

 覚悟を新たに酒場へ戻ってきたサスケだったが、そこで彼が見たのは客も店員も全員が眠りこける異常な情景と、その中央で静かに微笑む邪神ニャルラトホテプの化身“ナイ神父”の姿だった!!



********************************************



 カラリ、氷だけになったグラスを揺らして好々爺然とした笑みを浮かべるナイ神父。

 人の良さそうな黒人老神父にしか見えないが、それがまた恐ろしい。


「掛け給え、Mr.サスケ。儂もこんなところで暴力に訴えかけるつもりは無い」


 俺が敵意を剥き出しにしているせいか、ナイ神父は真っ先にそう言った。

 少なくともここは穏便に済ませたいと見える。

 それはこちらにとっても有りがたいが……さて。


「……どうする、チクタクマン?」

「彼は今まで他の化身の前からも姿を消していた。何をしていたのかを聞いてみる価値は有るかもしれないが……くれぐれも油断するなよ」

「分かっているさ。ニャルラトホテプの中でもこいつはとびきり悪質だ」


 なんなら今すぐアトゥを召喚して追い詰めてやっても構わないと思っている。

 だが、こいつがアトゥの存在を知らないのが後々アドバンテージになるかもしれない以上、下手な動きもできないか。

 俺はひとまず手近な椅子に腰掛けて話し合う姿勢だけは見せる。


「ほう! ほう! 儂を知っているのかね、佐々佐助!」

「そうだな、お前が俺のことを知る程度には俺もお前を知っている……だがドリームランドにまで手を出していたなんてな」

「聞いていたよりは口が回るようじゃのう」


 ナイ神父。

 ニャルラトホテプの化身の一つ。

 高名なクトゥルフ作家ロバート・ブロック先生によれば星の智慧派教団と呼ばれるカルトを指導し、邪神の復活を目指していたニャルラトホテプの化身だ。

 もしかするとこのアズライトスフィアで虚無教団とやらと繋がっていてもおかしくない。


「では改めて自己紹介をば。儂の名はナイ神父、虚無教団の大導師グランドマスター達のまとめ役をしておる」

「虚無教団……またお前らか! どうせ帰り際にクトゥグア召喚して無闇矢鱈と街を壊すつもりだろう! 探索者みたいに!」

「ほっほっほ、この前はシャルルの罠を力づくで突破したらしいのう! 奴め正面からクトゥグアを押し返されたと知って肝を潰しておったわい!」

「あの男も知っているのか……さしずめ上司ってところか?」

「役職は対等じゃ。ただまあ、儂のほうがちぃと長生きしておるからのう」

「…………」


 やはり俺達の敵ということか。

 だが何をしに来た?

 単に話をしに来ただけではない筈だ。


「ヘイ、ファーザー・ナイ!」

「どうしたのかねチクタクマン?」

「君は随分と長い間姿を消していた。何故今更、しかもこの世界に姿を表した?」

「簡単じゃよ。アーカム計画に続く新たなる邪神復活計画を行おうと思っただけのことさね」

「ならば何故俺達の前に姿を現した? 殺しにかかるならまだ分かるが、今みたいに無駄話を続ける為だけに来た訳じゃないだろう」

「おうおう、まあ落ち着かぬか少年」


 神父はどこからかウイスキーの入ったグラスを取り出して俺に勧める。

 青白い燐光を放つウイスキーだ。

 潮の香りがする……あれを飲むのは簡便だ。


「悪いが、この世界の人間との付き合い以外で酒は飲まない主義なんだ」

「なんじゃ、今時の若い者はつまらん。かの黄金時代ジャズエイジに出回った有名な密造酒の貴重な残りじゃというのに」

「安酒ばかり飲んでいると人間が安くなりそうなのでね。お断りさせてもらいますよ」

「カッカッカ! 嫌われたものじゃのう! 佐助少年、お主あんまり友達おらんかったじゃろう?」

「ああ、俺は友達が少ない。だからどうした? 信じあえる仲間が居るならそれで良いと思うぜ」

「素晴らしい答えじゃのう。実にヒロイックな……儂好みの答えじゃ。ああ、だからこそ……儂は君の話し相手になりたい」

「話し相手? 間に合ってる。帰ってくれ」

「君も、そろそろこの世界が愉快な冒険を提供してくれる素敵な世界とは限らないと気づいたのではないかね? 理不尽な差別、死を強いる貧困、常に襲い来る神話生物、ここは弱き者には残酷な世界だ。君にだって思う所は有るだろう。平和な地球から来たんじゃからな」

「逆に聞きたいんだけど、お前らが消えたら問題が早速一つ消えることについて何か思う所は?」

「カッカッカッカッカッ! そう言われればそうじゃな」


 ナイ神父は腹を抱えて笑い出す。

 ニャルラトホテプというのはどいつもこいつも持って回った言い方をしたがる。


「要するに、俺達を虚無教団に勧誘しに来たんだろう? 戦うには損害が大きすぎると判断した訳だ」

「まあ、そうじゃのう」

「最初からそう言えって話だ。まだるっこしい」

「ほっほ、老人相手に随分手厳しい」

「ナイ神父、先に言っておくが私の相棒は気が短い。聞かれなかったから教えなかったがね」

「そういうことは先に言いたまえチクタクマン。さて……まったくお主の言う通りじゃ、佐々佐助。今日はお主を虚無教団の達人級魔導師アデプトとして勧誘したいと思って来た」

「お前達の下につけと?」

「まあ、そうなるのう。しかしそれは一時的なものじゃ。行く行くは我々と対等の立場でこの世界を守り導いて欲しいと思っておる。幹部待遇じゃな」

「守り導く? 悪いが俺は世界の趨勢に興味は無い」


 意外だが、こいつらは単純な狂信者ではないらしい。

 何かの願いや理想が有って教団を作り上げているということか?


「ほう、世界に興味が無いと。いかにも現代っ子じゃのう。だがそんなお主でもお父上には興味があるんじゃないか?」

「――――ッ!」


 何故、こいつが父さんの事を知っている?

 チクタクマンは相変わらず無表情だ。

 確かにこいつが居る前で動揺を顔に出すのは得策ではない。

 答えるべき台詞を考えてから、それを淡々と読み上げる。


「悪いが、俺の父親はもう死んだ」

「会いたいとは思わんのか? たった一人残された最後の肉親じゃろうに。では母親は? 幼くして死に別れた母が恋しいとは思わんのか? 我々と共に来たならば君の父上に会わせ、母上を黄泉路より連れ帰ることも……」

「死んだ人は帰ってこない。仮に帰ってきたとしてもそれは俺の知る人々じゃない。お前の提案には一切の意味が無く、一切の理を感じない。そんな非合理的な在り方、俺は拒絶する」


 それにしても……いきなりこんな馬鹿なことを言い出すのだ。

 本当にこいつは何がしかの手がかりを知っているのかもしれない。

 なにせ父上に会わせ、母上を黄泉路より連れ帰る……だ。

 明らかに親父については何か掴んでいる。

 もしや彼らに囚われているのか?

 俺達の知識が必要だから? まさか親父も魔術師? だとすれば俺が持っているとかいう魔眼の説明もつけられる。

 チクタクマンはドリームランドに来た夢見人は誰もが目覚めうる力だと言っていたが、それにしては俺の力があまりに便利すぎる。全自動星辰観測機なんて便利な存在がポコポコ出てきてはたまらない……いや、出てくるか。原典からして結構変な能力持っている人間って多いからな、クトゥルフ神話。


「おいおいMr.サスケ、表情を隠したいじゃろうがあまり俯きすぎていてはそれが相手にバレバレになるぞ?」


 ふと顔を上げると、ナイ神父は思索に耽る俺の表情を見て困り顔をしていた。


「…………お前の話をまともに聞く気になれないだけだ」

「いやはや、お父上の教育が良すぎるのう。今の会話だけでお主、どこまで推測したのじゃ?」

「わざと情報を与えているんじゃないか?」


 ナイ神父はまたわざとらしく大笑いをして、顔を片手で覆い俯く。


「どうかのう? ともかく。ここまで知られたからには偉大導師エクス・グランドマスターの意思はどうあれ――――――――!」


 顔を上げるナイ神父。

 その姿は既に人間のものではない。

 燃え上がる三つの瞳に耳元まで裂けた真っ赤な口。

 ストン、と俺の意志に反して俺の腰が抜けた。

 それは人間が人間である以上捨てられない根源的恐怖。

 生理的に警戒感を抱かせる独特の造形。

 ぐじゅぐじゅと泡立つ漆黒の貌、そして燃える三つの瞳が今俺はどうしようもなく恐ろしい。

 エクサスというフィルター無しで真の姿を現した邪神に立ち会うのがこんなにも恐ろしいことだったなんて俺は知らなかった。

 神話生物とは文字通り格が違う……!


「サスケ! ヘイ、サスケ! 立ちたまえ!」

「無駄じゃよチクタクマン、同じニャルラトホテプである以上、儂の恐怖からこの坊主は逃れられん」

「だったらこうすれば良い! 借りるぞサスケ!」


 俺の身体がモーター音を鳴らして立ち上がる。

 ナイス! チクタクマンナイス! 流石俺の相棒だ! お前だけはやってくれると信じていたよ! このままこいつをぶちのめすぞ!

 と思っていると、俺の身体はナイ神父に背を向けた。

 うーん……もしかしてこの邪神、対等の筈の相手に逃げるつもりか。人質になってるクラブの人を置いて! 本当に邪神は所詮邪神だな!


「そっちじゃねえよ、お馬鹿!?」


 声が出た。

 邪神と遭遇した恐怖が、怒りと動揺によって塗りつぶされたみたいだ。


「何を言うか、君の保存が最優先だ!」


 結果的には良い仕事をしたチクタクマンだが、幾らファインプレーだったとはいえ人の命は譲れない。


「ここの人を見捨てられるか!」

「おい待ち給えサスケっ!」

「「あっ」」


 僅かに俺の身体にコントロールが戻っていたのが不運だった。

 足がもつれて派手に転ぶ俺。よりにもよって邪神の目の前で。

 燃える三つの瞳が俺達を見下ろしている。

 ナイ神父が俺に向けて腕を伸ばす。

 こんなマヌケな終わり方はごめんだ!

 そう思ったまさにその時、ドアのベルが鳴って一陣の風が酒場に吹いた。


「――――サスケ様、お迎えに参じました」

「ここに入ってこられる人間が居るだと!?」

「久しいな、ナイ神父」

「貴様は――――がぁっ!?」


 ナイ神父の燃え上がる三つの瞳に銀のフォークが突き刺さり、瞬時に変形して神父の頭の中へと潜りこむ。


「それではサスケ様。邪神殺しの錬金術、しばしお楽しみ下さい」


 フォークを投げつけた白髪の老人は空中に旧神の印エルダーサインを描くと右の拳を強く握りしめる。


我希求すいあ――――銀腕の加護をあがぁとらむ!」

「うぐぉあおおおおおおおおおお!」


 ナイ神父は激痛に呻き、その場で転げまわっている。


「いやはや、この酒場も田舎者が入り浸るようになったものですな。全くもって嘆かわしい」

「ケ、ケイさん! あいつと知り合いなの!?」

「ほほほ、そんなことよりもサスケ様お怪我はしておりませんか?」


 悶えるナイ神父に背を向け、ケイ爺さんがこちらに手を差し伸べる。

 俺は彼の手をとって立ち上がる。


「大丈夫です! 助かりました!」

「ならば良し、お嬢様に怒られずに済みそうだ。サスケ様は生身での戦闘は不慣れでしょう。ここはこの爺めにお任せ下さい」


 ケイ爺さんは指をパチンと鳴らす。

 すると酒場の人々が今度は次々目を覚ます。


「あれ? おうサスケ、もしかして俺眠って……」


 シドさんも目を覚ます。

 俺はすぐに事情を説明しようとしたが……。


「キャッ!? ちょっと何あれ! 化物よ!」


 一瞬自分のことかとビビったが、ウェイトレスのお姉さんはナイ神父を指差している。本当に良かった。

 もしも俺がここで邪神扱いされてリンチをされたら、この世界の人間を守りたくなくなっちゃうよ。


「あの魔力……旧支配者だぞ! 人間に化けてたのか! 殺せ!」

「よっしゃ殺せ!」

「やってやるです!」

「すまねえサスケ! 事情の説明はこいつをぶっ殺してからだ!」


 そして彼らは懐から拳銃や杖を取り出して遠巻きにナイ神父へと攻撃を加える。

 銃弾、火球、斧、ナイ神父の全身からは黒い血液が吹き出し、彼は瞬く間に動かなくなった。

 あっけない。あまりにもあっけない。

 こんなにもあっけない筈が無い。

 ニャルラトホテプがこんなにもあっさりとやられる時は大体狙いが有る。

 ――――そうだ。

 ニャルラトホテプが死ぬ時は大体“アレ”が有る。


「皆さん、下がって下さい!」


 全身の魔力を右腕に集中させ、ナイ神父の亡骸を包み込むように魔力障壁を構成する。

 魔力が持つ悍ましい煌きが障壁の内側で溢れ、神父の遺骸が魔力障壁の内側で黒い肉塊へと変形し、膨らんだ肉塊は内側から障壁を押し始める。

 前兆である魔力の光が見えてから障壁を展開していたら間に合わなかったかもしれない。


「ったく……こうなると思ったよ!」


 ニャルラトホテプは変幻自在のトリックスター。仮に一度倒されてもすぐに別の化身になってひと暴れしてからその場を逃げ出す。だからこうやって変身を妨げてやればあいつの悪あがきを封じられる。


「よ゛く、わ゛かったね゛! 褒めてあ゛げよう゛! 」

「ふざけんな!」


 このニャルラトホテプの習性によりSAN値を失った探索者は多い。

 そうだ、卓ゲやってた時の恨みは絶対に忘れないよ。


「い゛や゛、ふざけてい゛る゛の゛は君だ。ケイのよ゛うな達人ならとも゛がぐ、邪神相手に君のよう゛な新米魔術師が封印を施せる゛とでも゛?」

「――――ぐっ!?」


 激痛。

 魔術の起点になっていた右腕が内側から捻じくれ、中に入っていた歯車やワイヤーが飛び出す。機械の義眼は熱暴走を起こし、片方が見えなくなった。呼吸が苦しい。身体が冷たい。

 ケイオスハウルに乗っている時は簡単に出せる筈の魔力障壁がこんなにも負担のかかる魔術だったなんて思わなかった。


「サスケ、呼吸を整えろ。私の言うとおりに詠唱を行うんだ。私の方を見るなよ、今は皆に見られていることを忘れるな。まるで君一人がやっているように振る舞うんだ」


 俺は無言で大きく息を吸って息を吐く。

 チクタクマンが囁く言葉に合わせて俺も詠唱を開始する。


「――――招来いあ座標連続指定しゅるたん結界移動開始るゃにんら!」


 魔力障壁がゆっくりと上空へと浮かび上がる。

 方向は指定できた。後は魔力を込め、加速させるだけ。

 最後に天高く拳を突き上げるとナイ神父を閉じ込めた結界は天井を突き破って空高くへと消えていった。

 酒場は大歓声に包まれる。


「よ、よかった……」

 

 俺は全身から力が抜けてへたり込む。

 魔術師風に言えば魔力切れってやつだ。

 怪我人が居ないかの確認や軍への通報、その他諸々の混乱に包まれる酒場。

 ケイ爺さんとシドさんはお互い頷き合うと俺を外に運び出す。

 酒場の前にあった車に俺は担ぎ込まれた。

 俺とシドさんが後部座席、ケイ爺さんが運転席だ。


「サスケ様! お気を確かに!」

「す、すいませんケイさん」

「おいサスケ! おめえ顔真っ青だぞ!」

「おかしいな、全身機械なんですけど……やっぱ具合は悪くなるみたいで」

「おい爺さん! サスケは大丈夫なのか?」

「魔力切れですな。身体に余計な負担をかけない為に補給をしなくてはなりますまいが……」

「ヘイ! 安心し給え、魔力の補給は食事と同じように経口でできる!」

「なんだこいつは!? 時計が喋っているぞ!」

「サスケ様の機体に搭載されている人工知能でございます。サスケ様の身体については彼が一番詳しいのです」

「そういうことだ! 体液の摂取、できれば輸血が好ましい。私が内部で摂取経路は操作できるからどちらかが……」

「お、おいチクタクマン……それ血液型大丈夫か」

「ウップス、これはうっかりしていた。むむ……消化管経路でも良いが強化された肝臓での分解を受けてしまう可能性が……」

「おい、時計さんよ。俺の血液は……O型で、ハイオクだ」

「グレィト! 礼を言うよMr.シド!」

「あり、がと……う」

「応ッ!」


 俺はなんとかそれだけ言ったが、すぐに意識は闇の中へと沈み始める。ナミハナが家に帰る時には無事に回復していることを祈ろう。彼女が泣くところは、もう見たくない。



********************************************



 すったもんだの末に無事にナミハナの城に戻ってきた佐助!

 ナミハナも仕事を無事に終えて城へと戻ってくる!

 佐助は彼女から新しい依頼が来たと相談されるが……?


 次回第二十六話「全人軍」


 邪神機譚、開幕!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る