第二十話 爆発(樅山由香里)

 あたしは。なんで三村が鈴野にあれだけ強い怒りをぶつけるのか、よく分かんなかった。確かにあれは情けないメッセージだったけどさー。


 あたしや音沼がいなかったらぼこぼこにぶん殴りそうな形相で、三村がぎっちり鈴野を睨みつけてて、鈴野がそれにすごく怯えてる。無理やり怒りを押さえつけるような不自然さで、三村がゆっくり視線を鈴野から外した。


「俺は……俺はさ。自分を出したくても出せねえんだよ」


 両手の拳をテーブルの上に置いて、それを力いっぱい握りしめてる。その拳に血管が浮き出してる。拳が小刻みに震える。


「俺にカネがあれば、時間があれば、まともな家庭があれば。俺はあんたらと同じ生活が出来るんだよ。でも、俺にはチャンスしかねえんだよ!」


 ぶるぶると体を震わせて、三村が言葉を搾り出す。


「鈴野。おめー、わたしの分までって書いただろ?」


「……うん」

「おめー、本当に俺にそれすっこと出来るか? 自分を削ってカネを持ってこれっか? 時間を作れっか? 幸福を作れっか? 出来っこねーだろがっ!?」


 鈴野が、泣き出した。


「う、うん。うえっ。うえっ」

「だったら、くだらねえこと書くなっ!」


 ふうふうと荒い息を吐きながら、三村が怒りを言葉に変える。


「俺がこんなクソみたいな状態なのは、俺のせいか? 違うだろ! 俺は好きでこんな生活してんじゃねえよっ! ふつーの家で、生活のことなんかなんも考えんで暮らせるなら、俺だってわがまま放題言うさ。でも」


 ぐっと口を閉ざして。三村がその先を飲み込んだ。


 ああ。そうか。そうだよね。あたしがさっき兄貴に殴られてから怯えてたこと。今家から外に放り出されたら、あたしは生きてけない。自分を一切曲げたくないのに、あたしは一人で生きてけない。もし……三村とあたしが逆になったら。あたしは、四の五の言ってられなくなるんだろう。そして、三村は逆に自分のわがままを爆発させるのかもしれない。


 あたしと三村。そのままの自分でいたい、自分を変えられたくないってとこは、何も変わらない。だけど……あたしはわがままを言える。好き放題出来る。だからこそ、ほんのちょっとの抑圧が何十倍、何百倍にも感じちゃう。三村は逆だ。言いたいこと、したいことの何十分の一、何百分の一しか出せない。したくても出来ない。三村は、じっとチャンスを待つしか……ないんだ。


 三村は。自分の中で煮えたぎっていたものが収まるのをじっと待つみたいに、その後ずっと黙ってた。


「悪い。ちょっと……言い過ぎた」


 ぼそっと。そう言った三村が。ゆっくりと顔を両手で覆った。


「鈴野」

「うん……」

「本当に、おまえが俺に全部寄越してくれるんなら、俺はそれを喜んで使う。でも、それは出来ねえだろ?」

「う……うん」

「だったら、ちゃんと自分で使え。人にくれてやんな」


 三村は、顔に当てていた手を外して、さっと俯いた。あたしたちに、泣いているところを見られたくなかったんだろう。


 音沼がすうっと立って、レジカウンターに行った。何すんのかなと思ったら、ポテトのLを買って戻ってきた。


「腹減った。食いながら話そうや」


 そう言って。こそっと笑った。ああ。あたしは、こいつが笑ったのを初めて見たような気がする。


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