(8)

「ただな」

「うん」

「猫は、亡くなった女の子と会話を交わしたそうだ」

「会話、かあ」

「その子は、俺への謝意と、母親を探すってことを猫に告げたんだってさ」

「う……」


 ひろの口元がへの字に歪んだ。俯いて、体が小刻みに震えている。


 泣ける……だろ? 親から虐待されて誰も信じられなくなったのに、それでも死してなお母親を探し続けるなんてさ。不憫で不憫で……な。


「なあ、ひろ。最初からないものを探し続けるのと、あったものを突然失うのと。どっちがしんどいんだろう?」

「そんなの……」

「比べられないよな。比べても意味はないし」

「うん」

「だから俺は祈るしかないのさ。猫も。亡くなった子も。今度こそは幸せが見つかるように。そして見つけたら今度は絶対に放すなよ、とね」

「う……く」

「悪い……。せっかくのクリスマスが辛気くさくなっちまったな」


 ひろが、無言でかぶりを振った。


 俺たちはその後しんしんと降る雪を見遣りながら、無言で黙々とディナーを食べた。


◇ ◇ ◇


 ディナーの食器を下げ、テーブルを拭いて、その真ん中に小さなロウソクを一本点す。それからクリスマスケーキを切り分け、ティーカップにハーブティーを注いだ。ロウソクの揺れる炎を見つめながら、俺はふとひろに漏らした。


「昨日のは」

「うん」

「事情を知らない人にとっては、馬鹿げた怪談話に過ぎないよ。でも俺にとっては、自分の生き方を振り返り、今後を考える大事な機会だったのさ。たとえ、その話し相手が化け猫であってもね」

「そうか……」

「その猫」

「うん」

「るちあという名前らしい。るちあが言ってたよ」

「何だって?」

「今度は、俺たちの子として生まれてきたいってさ」

「あはは……」


 ひろがそれを聞いて、どうリアクションしていいもんだかという感じで力なく笑った。


「みさちゃんはどう答えたの?」

「答えようがないよ。俺たちは神様じゃないからな」

「だよね」

「ただ……次の子がその猫の生まれ変わりであってもそうでなくても、俺たちはその子にたっぷり愛情を注いでやろう。人を恨んで暮らすような、つまらない生き方をしないようにな」

「もちろんよ!」


 ひろが、ぐんと胸を張る。


「はっはっは! ひろがいりゃあ、一人で十人前だ。曲がりようがないがな」

「みさちゃんたら!」


 わはははははっ!


◇ ◇ ◇


 かなりスパイスの効いたディナーになってしまったが、まあそういうのもありだろう。まるっきり世間様と同じというのも味気ないしな。


 昨日の夜とは打って変わって、隼人は今日は一日中おねむのようだ。しんしんと降る雪を背景にすやすや眠っている。ねんねんころり。おころりよ。俺は眠っている隼人の側で、そう口ずさみ続ける。


 全ての人に平和と平安を。誰もがそう望む。だが実際にはそうはならない。今まさに虐げられている人がいる。見捨てられている人がいる。助けを求めている人がいる。そして、俺たちはその全てに手を差し伸べることは出来ない。

 ならば今日は。クリスマスくらいは。そういう人たちの上にも幸せが分け与えられますように。そして、幸福な時が一分一秒でも長く続きますように。月並みかもしれないが、俺は心からそう祈る。


「みさちゃん」


 小声で、ひろに呼ばれた。ん? なんだ?


「ほんの気持ちだけなんだけど……」


 お、プレゼントか。


「俺のもある。ちょっと待っててくれ」


 別室に行って、小さな紙包みをひょいと掴んでリビングに戻った。ひろのも似たようなサイズの小さな紙包みだ。それを交換して。


「じゃあ、せえの」


 二人して同時にその紙包みを開けて。顔を見合わせて苦笑いした。


「なあ、ひろ。夫婦ってのは、こういうところの発想も似て来るのかな?」

「うー、わたし的にはこれはみさちゃんにはないでしょーと思ったんだけどなー」


 悔しそうなひろ。


「まあ、堅いこと言うのは止めにしよう」

「ってかさー。これって、キリスト的にはまずいんちゃうの?」

「これくらいでがたがた言う神様なんざ、こっちから願い下げだ」

「ふふふ」

「はははっ」


 小声で笑いあった俺たちは。家内安全のお守りを二つ、隼人のベビーベッドの桟に結び付けた。


 ああ、隼人。頼むから今夜はぐっすり寝てくれよ。公園に行っても、もうあの子はいないからな。ねんねんころり。ねんころり……。



【第十四話 子守唄 了】


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