光の少女

ボトムオブ社会

第1話 愛と強奪、死の間際に敦盛を踊(ダンス)れるのか

「あー、ラーメン食いてえな。今からラーメンを食いに行こう」って思っていたときに、最近イイ感じの関係になってる女友達から「大事な話があるの、今すぐ会えないかな?」ってメールが来たとして、ラーメンとその女友達のどっちを優先する? よく考えろ、人生は一回きりだ。当然、俺はラーメンを食いに行く。そうして俺は女友達の連絡を無視してラーメンを食いに行くのだった。

 あばよ、浮世。面倒な人間関係にさよならだ。なんだか最近いろいろあって自暴自棄になっていた。

……いや、逆だ。俺の人生には何も無くて、そんなこんなで人生はすごい勢いで浪費されてイイ歳になっちまって、人間五十年だとすればもうすぐ半分が過ぎようとしていた。人間五十年。そんなことを吟じながら敦盛を舞って織田信長は本能寺で焼け死んでいった。本当かどうかは知らん。絶対嘘だろ。だが、死の間際、どう死にゆくかを迫られたときに敦盛を踊れるかどうかで人間の価値は決まると思う。閑話休題。あと半分生きたら死ぬ。もう残された時間はそんなに無くて、死んだら何も感じなくなってただ土くれに還る。くだらない人生がくだらないまま終わってしまう。その厳然たる事実が俺を自暴自棄にし、人間関係をリセットさせていたのだ。死ぬのが怖いし、何の意味も価値も無いままに死ぬのはなお恐ろしい。


 女友達よりもラーメンを優先した俺は、公園の屋台に来ていた。

「……ラーメン、お待ち」

 無口な店主の作るラーメンは、コッテリとして腹にズシリとパンチを入れる。獣臭さは、出来合いの業務用スープではなく本物のゲンコツを煮込んでいる証拠だった。

 ずぞずぞぞぞぞ。音を立てて麺を啜ると快感が俺の脳を満たす。これだよ、これ、俺が求めていたものは!

 どんな人生だったって、こんな上等なものが食えるんだ、悪くはない。今この瞬間だけはそう思えた。しかし同時に冷めていた。この瞬間が終わればそうは思えなくなる。俺の人生が無味乾燥なまま終わっていくという思考が俺を支配するであろうことを、心の奥底ではわかっていたのだ。

 そのときだった、広い公園の中心で、不思議に光を放つ少女が俺ではない冴えない青年との邂逅を果たしていたのを目撃してしまったのだ。

「あなたが私の探し求めていた人……」

 少女の透き通った声。光る少女は、絶世の美しさを湛えていた。

「君は、いったい……」

 冴えない男が応える。

 あれは俺には手に入らない非日常か。あの眼鏡の冴えない男が、光の少女とこれから非日常の物語を始める、その始まりに立ち会ってしまったのか。あの非日常さえあれば、俺はあと半分の生に意味を見出せるのか。死が怖くなくなるのか。死んだ時にただの土くれではなくなるのか。

 そう考えたら、いてもたってもいられなくなり、俺は店主に金を払い、冴えない男の方へと駆け出していた。バレないように後ろから近づき、思い切り青年の首を絞めた。

 愛(ラブ)&強奪(ロブ)。俺は少女の愛ごと、青年の運命を奪い去ろうとしていた。

「あっ!」

 光の少女は驚きの声をあげる。

「おごごご、おごふぅ……」

 冴えない男は変な声をあげて、オチた。突然襲われて気絶して、何が起こったのかもよくわかっていないだろう。

「これは全て夢だったんだ」

 俺は気絶する男にそう言い聞かせ、怯える少女の手を取った。

「こっちだ」

 少女の手を強く引き、俺は無理矢理に少女を連れ去ったのだった。

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