「救命制度」3
***
それから数週間後、僕はマイ・レメディー使用の承諾をする為、都内にある有名な総合病院に来ていた。勿論、両親も一緒だ。
父親は顔見知りの人間が多く、色々な人に声を掛けられている。人見知りな僕はずっと俯きがちに、両親が笑顔で会話するのを見守った。両親の知り合いに会うと、酷い疎外感を抱く。相手から「この出来損ないの親不孝者」と責められているような気がするからだ。
僕を見る皆の目が冷たく、いつだって歓迎されていないように思えた。
だから、両親と出掛けるのが嫌だった。
既に疲労困憊状態で、関係者以外立ち入り禁止の隔離病棟に案内される。
普通の病棟よりも人が少なく、白衣を着た人ばかりで一般客は見当たらない。
壁も扉も真っ白な病棟で、通り過ぎる部屋は、コンピューターが無数置かれた部屋が多い。まるでIT企業の見学にでも来てしまったみたいだ。
「こちらのお部屋です」
そう案内された部屋は、他の部屋と違い窓が一切なかった。
案内してくれた医師がIDをかざすと、自動ドアのように扉が開かれる。
慣れた様子で中へ入っていく父親の後を、恐る恐るついていく。
中もやはり真っ白だった。かなり広い一室に、ぽつりと白いテーブルとイスがある。4人掛けの椅子にそれぞれ座ると、案内してくれた医師は「少々お待ちください」と告げ去っていった。音楽も何も聴こえない真っ白なこの部屋は、静寂どころか世界から置き去りにされたような気持ちになる。
そこで、父親の低い声が響いた。
「おまえは、もっと愛想良く出来ないのか」
母親は父親の隣で、向かいに座る僕を責めるように無言でちらっと見てくる。
「さっき挨拶した永井先生は、昔から頻繁にうちに顔出してただろ。ご無沙汰しておりますの一言も言えないのか」
永井とは、一体誰の事だか。大勢来るので全く覚えていない。だけど、此処で言い訳しても面倒なだけだと思えた。
「分かった。今度はちゃんと挨拶する」
「いつもそう言ってるけどな、おまえは出来た試しがない」
だって心からそう思って言ってないし。長い説教を逃れたいだけだよ。
その思いが顔に出てしまいそうで、見られないよう俯いた。
だから長めの髪は役に立つ。
その時、ウィーンという機械音と共に扉が開き、少しふくよかな男性が入ってきた。父親はその男性を見て、ほんの少しだけ眉間にしわを寄せる。昔からの癖だ。どうやらこの先生が苦手なようだ。だけど嘘くさい笑みを浮かべながら席を立つ。
「お久しぶりではないですか、ウサミ先生。いやあ、お元気そうで」
母親も揃って席を立つので、僕も慌てて立ち上がった。
垂れ目で背が低く、髪も薄くて白髪が多い。恐らく父親よりも年上だと思う。
終始にこにこと笑顔で父親と握手をした。その笑顔に嘘くささはなく、人の心を落ち着かせるような朗らかさがあった。
「中津先生こそ、お元気そうで。マイ・レメディー開発時に何度かお会いしただけですねぇ。貴方は長年、僕を避け続けるから」
場が一瞬張り詰めるも、ウサミ先生はそれに反してずっとにこにこしている。
「僕の為に立ち上がって不本意でしょう?さ、お座りになって」
父親は難しい顔をして、こほんとひとつ咳をしながら腰を落とした。
僕は心の中で笑っていた。
父親に媚を売る大人ばかりを見てきた。こんな風に対応する人に、生まれて初めて会った。あのまん丸の体に抱き付き、仲良くなれそうですねと言いたいくらいの喜びだった。
「ハル君、だね。初めまして、ウサミです。患者さんからはウサミンとかウサちゃんとか、はたまたこの体のせいでクマちゃんとか呼ばれてるよ。ちなみに君の父親を、スネイプ先生って呼んでる人も居た。だっていつも不機嫌そうな顔をしていて、ハリーポッターに出てくるスネイプ先生に似」
「ウサミ先生、本題に入って頂けますか。私もあまり時間がないもんで」
「緊張を解すための小ネタだよ。そんな強張った顔しないで」
僕はこのやり取りを、またもや心の中で笑っていた。
勿論、バレないよう俯いていたけど。
そして、一通り説明を受けた。ずらっと専門用語を並べながらの説明が続くので、全くを持って意味不明で頭に入って来なかった。ここに来る前も同じような説明を父親から受けたり、書面でもらったりしたけど、やっぱり意味が分からない。今までマイ・レメディーに選ばれた人達は、この説明を聞いて納得したのだろうか。
何も分からないまま事が進んでいき、不安で仕方がないというのに、父親は知っている事だからか退屈そうに何度も腕時計に目をやっている。自分の子供を差し出すのにその態度は何なんだと思ったけど、このリラックスした態度は、マイ・レメディーが安全という証拠なのだと思う事にした。眼鏡を掛け、老眼なのか遠目で書面を読みあげるウサミ先生は、そんな父親を何度かチラ見している。
両親の承諾サインが済み、僕がペンを握った時、ウサミ先生が何かを思い出したようにあっと声を出した。ペンを握ったままウサミ先生を見つめると、笑顔で指さされる。
「ところでハル君、この制度に未成年が関わるのは初めてなんだけど、本当に平気?」
「え?」
「ウサミ先生――。」
父親は頭を抱え、面倒そうにため息を吐いた。
「お父さんから何も聞いてない?言っておくがこの機器は、安全を100%保証できるわけじゃない。脳を酷使するからね。未成年には、危険じゃないかな」
そこで耐え切れなくなったのか、父親が勢いよく席を立つ。
「危険だなんて言って
ウサミ先生はつぶらな瞳と笑顔で何度か頷いた。
「僕は論文を提出しただけだけどね。まあだからこそ、危険性も熟知している」
僕はこのやり取りを見ながら、握ったペンに力を込めていた。怒りで全身が火照ってきてもいる。
未成年初?それって――。
「父さん、僕を実験台に選んだの?おまけにそれを隠そうとするなんて、卑怯だよ」
そこで母親が、声を荒げながら割って入ってきた。
「何て言い方するの!お父さんに謝りなさい!」
「だってそういう事だろ」
「その態度は何なの!?」
母親は目を真っ赤にして飛び掛かってくる。叩いてくる母親を防御しながら思った。何か言って人が感情的に怒るというのは、こっちの言い分が図星だからに違いない。
ウサミ先生は慌てて止めに入ってきた。
「奥さん、落ち着いて。ハル君の身にもなって、不安に決まってるでしょう?」
父親はため息交じりに母親の肩を抱く。それによってやっと収まった。
「“実験”ではない。研究だ。おまえが将来有望ならこんな事はさせない。あり得ない事だか、万が一にでも脳に支障が出たら困るだろう。医者になるために勉強してもらいたいからな。だがおまえは――。」
父親は口を
「これは将来が有望ではないおまえの、運命だと思え」
何年振りかに涙が出た。それも両親の前でだ。
情けないし、恥ずかしくて死にたくなる。
不穏な空気が流れる中、ウサミ先生は俯きがちに咳払いをした。
「僕はこの空気が苦手でねぇ。まるでウィルスみたいに空気感染しそうだ。中津先生、奥さん、あとは僕1人で大丈夫ですから、永井先生の所にでも行っててもらえますか」
父親はまだ何か言いたげだったけど、諦めたように背を向け部屋を出ていった。母親も泣きながらその後を追いかける。
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