10.
~Epilogue~
僕は知っている
幸運は、全ての人に平等に与えられないということを。
僕は知っている
捨てる神はいても、拾う神はいないということを。
僕は知らない
誰かと一緒に居なければ、孤独になる気持ちを。
そして誰かを信じること、愛することも。
それでもつねに、矛盾にも心の中で叫んでいた。
誰か、誰か―― と。
その誰かは――
誰だったっけ。
最近、そんな事ばかりを考えてる。僕が変わった状況下に置かれてるせいだと思う。それは、記憶喪失。
ある日、目覚めた時に何もかもの記憶を無くしていた。自分の名前もさえも。教えてもらって分かったのは、僕はもうすぐ高校3年生になる中津 ハルという男。
目覚めた時、ケバイ女性が傍に居て泣きつかれた。これからはちゃんと面倒見るからゴメンと、何故か仕切りに謝られた。その人が僕の母親らしい。そして父親も居たが、その人の血は入っていないと説明された。母親はケバくてヒステリー、父親は不愛想で酒癖が悪い。絶望的な事に、僕はそんな両親の子だった。
医者の説明によれば、僕は最新の医療機器“
どうやら、あの機器を使って全部の記憶が無くなったというケースは、初めてのようだ。僕の脳神経が非常に危険だった為、このような結果を招いたのだろうと医者達が口にしてる。
転落ということは、自殺なのではないだろうか。その考えを口にすると、大人達が血相を変えて否定してくる。意味が分からなかった。自分の事なのに、何も分からない。
それに体に異変を感じ、不思議な現象がよく起こる。たまに、残像のような丸い物体が現れていつまで経っても消えないこと、手の甲に水の滴が落ちてきたような気がするが、実際は濡れてもないということ。後は、頭痛が頻繁にあって、たまに幻覚を見る事もある。
全てあの機器を使った後遺症だと説明されたけど、僕は説明なんかよりも治して欲しかった。医者は口を揃えて全てを後遺症で片付けてる気がする。もっと話をよく聞いてくれて、一緒に考えてくれる医師は居ないのだろうか。
それに付随して、両親と過ごして思った。大人なんて信用できない。
あんなに面倒見ると言っていた母親も、数週間だけで後はほったらかしだ。自分の面子が汚されそうになった時だけ、僕を叱って監視し出す。面倒なので、こっちもそれに合わせて大人しくはするが、心の中でしょっちゅう両親を
学校に戻れば、僕のことを知る誰かに会えるだろう。そう思っていたけど、引っ越しも転校も既に済ませたと知らされる。大人達は僕を何かから遠ざけ、必死に守っている。理由は分からないけど、そう感じる事が多い。有り難いというよりも、不信感だけが募った。
転校先の学校に通うも、今は自分探しに必至なので友達も作る気になれない。
僕は一体どんな奴?どんな生活を送ってた?どんな人と仲良くしてた?考えれば考えるほど分からなくなるし、頭痛が阻んで考える事を止められる。
友達も作らず生活してみて分かったのは、僕はきっと卑屈な性格なんだろうということ。もしかしたら、今の生活のせいでそうなったのかもしれないけど。とにかく、全てがくだらない。全てが空っぽで、意味のない事のように思えたんだ。
何故かいつも心にあるのは、絶望感だけ。
そんな僕にも、心穏やかになる時がある。たまたまテレビで観て強く惹かれた。1度足を運んでみて、更に気に入ってしまった。その場所で過ごすこと。鎌倉の寺院、ハイキングコースの中間地点にある見晴台だ。
ここに来ると何故かホッとして、心が和む。景色が綺麗なので、それが理由で気に入ってしまったのかもしれない。不思議なことに、何もしないでボーっとベンチに座っているだけで、長時間過ごす事ができた。
度々足を運んでいるので、僕のような常連が居る事にも気付く。ただ顔をじっと見たりはしないので、何となくそう思うだけだ。
だが向こうは僕を覚えていたのだろう。
この日、突然ある女の子に声を掛けられた。住まいは近くなのかとか、映画で何が好きかなど聞かれる。こんな風に人に興味を持たれたことがないので、酷く戸惑った。
奥二重の大きな目が猫のようで、綺麗な顔をしている。きっと自分に自信があるから、軽々しく人に声を掛けるのだろうと思った。だから無愛想かつ、卑屈な自分を隠さずに出した。だが予想外に物怖じせず、何なら隣に座ってきて話し続けている。
「確かに不公平だよね。――君ってもしかして、何にも悲観的で卑屈?それと、人一倍何かを起こす勇気がない。当たり?」
「まあ」
「私も同じだから、なんかピンときた」
そう言うと、笑顔で見つめてきた。その目を見続ける事が出来なくて、つい逸らし口元に視線を移す。
「私達、似てるよね」
彼女の唇が、ゆっくりスローモーションで動いているように見えた。思わず顔を顰めながら凝視してしまう。
妙な気持ちになった。胸がモヤモヤして、息苦しくなってくる。デジャブのような不思議な感覚だ。何も答えずにいると、その子は苦笑いをした後、ため息ひとつ吐いてから言った。
「とりあえず―― 映画、付き合ってくれないかな」
「あ、はい」
「うそ。断られると思ったから、ビックリしちゃった」
僕も咄嗟に頷いてしまった自分に驚いていた。何だかよく分からないけど、この子とは仲良くなれそうな気がしたのだ。おまけに、今朝からあった丸い残像は、消えていた――。
この世界は歪んでいて、嘘だらけで、救いようのない悲劇が心を切り裂く。夢も希望も努力も全て、意味がない。それに気付いた時、誰しもの心が汚れてしまうんだ。希望の光が何一つ見えないのに、なぜ人は生きるのか。
きっと、誰かのためだ。
人が生まれる確率は、1400兆分の1らしい。数字に表すととてつもない確率であって、正に奇跡のようなものだ。その奇跡を見事手にし、この世に性を受けて生まれた僕だけど、死ぬまで何も成し遂げられない気がする。
僕はあまりにもちっぽけで、誰の役にも立ちそうにないけど、1400兆分の1の確率で生まれたことを、誇ってもいいんじゃないだろうか。例えその中で優劣があるとしても、僕が生きてる事に変わりない。人に愛される存在になれれば、生きる価値があると思えるのではないだろうか。
広い家、高級車、ブランドの時計が僕を愛してくれる事はない。ただの物で、価値があると思い込んでいるだけだ。重要なのは、人なのだろう。人に愛され、愛すことが出来きたのなら、今見える世界は全く別物に映るのではないだろうか。
顔を上げ、その子に目を移した。
「名前、何ていうの?」
「林 ユミ」
「僕は中津 ハル」
「宜しくね、ハル」
見えない何かに支えられてるような気になりながら、その子と一緒に歩き出す。
汚れてしまったこの世界で、暗い心に僅かな光を灯すんだ。辛い事があったとしても、1400兆分の1の奇跡の力で、乗り越えてやろうじゃないか。
そこに愛する人が居れば、僕の人生は完璧だ。
......................................................................END
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