王の下克上

生生

第一部

第一章 正しい身体の使い方

第1話

「俺は才能ない人間の努力が嫌いだ。

 好きなものに夢中になってする努力はまだいい。

 最悪なのは、歯を食いしばってまでする無能の努力だ。悪だとさえ思っている。


だってそうだろ? そういった人間が努力して、追い抜いて、上に行ったってことは、つまりソイツより才能のある誰かを蹴落としたってことになる。

 ……それはなんて愚かな行為だろうか。


 例えば勉強。


 一生懸命勉強する奴ってのは、大抵が何か夢があるわけじゃなくて、何となく良いところに就職して、安定した生活を送りたいからだ。

 そんな事の為に努力して、才能ある人間を無能が蹴落とすのだ。


 きっとそういう無能な努力家は考えた事が無いのだろう。

 何故、難しい仕事には高い待遇が支払われているのかを。

 なに? 頑張った御褒美、だと? ったくお前は何も分かっていないな。

 そんなんに限りある財を分け与えてやれる程、世の中甘くないぞ。

 正確には難しくて多くの人間を導く仕事には才能のある人間にやって欲しいからなんだ。


 ところが才能ある人間はあまりに簡単に無能の振りが出来てしまう。

 そこで高待遇だ。もし待遇が同じなら、才能ある人間は無能の振りをして簡単な仕事ばかりを選んでしまう。

 だから高待遇で釣るのだ。高待遇で釣って、難しい仕事に励んでもらい、凡人達を導かせる必要がある。


 しかし現実はどうだ!? 現実は無能な努力家達が、お呼びでないのに重要な位置に就いている。

 結果、まず最初の被害を近くの関係者が受ける。部下が受ける。そして負担は積りに積って、結果組織が壊滅する。

 つまり無能な努力家も損害を被っているのだ。


 ついでにこういった手合いは、上に就くと先ず自らの利益確保、不当な搾取にやっきになる。それは「こんなに頑張ったんだから、報われないとイヤだ!」という精神構造から来ている。

 結果、組織が壊滅する。


 野生動物ですら生態系を考えて、腹八分目で狩りを止めるというのに、奴ら無能な努力家はそれ以下だ!


 ……とまあ、ここまで話したが、何故俺が、こんなバカ高校に進学したか、ということでいえばこれが理由ではない。

 いくら努力しなくったってもうちょっと上のランクの学校には受かるさ。

 だから本当の理由はもちろん……」


「もうやめてよ!! クズすぎるよ!」


「はあ?」


「入学式の朝の会話じゃないよ! コレ!」


 俺が一生懸命自論を展開している最中に、突然割り込み嘆いてきたこの少女は、今日から同じ高校に通う幼馴染の大鞭 蛭女だ。

 蛭女が、涙を滲ませ怒っている。我慢の限界らしい。


「せっかく王ちゃんと一緒の高校に行けることになって、楽しみにしてたのに、何? その話題!? 全然楽しくないよ!」


 そう言われても小中学からずっと一緒だ。今更そんな新鮮さを求められても。

 それに、他愛のない話でイチャイチャする勇気もない。

 しかし、コイツ今俺のことをクズと言ったな。

 ああ、確かにクズだろう。自分が怠けるだけならいざ知らず、他人にまでその怠惰を強要しようとしているのだからな。

 だが残念なことにこれは本心だ。

 もちろん本心であろうとも、こんなクズな意見で声を大きくするつもりはない。

 そう、俺は自覚のあるクズだ。

 しかし誰か一人でもいいから、賛同してはくれないだろうか。

 わずかな共感が俺を救う。

 同じクズな考えを持つ人間がいる、という事実だけで世界が色鮮やかになる。

 いや、そりゃ本当は全人類に共感して欲しいが。

 もっと言うと全人類が俺なら世界は平和になると思っている。

 やめよう。このままでは深いクズの海に溺れてしまう。


 正気に戻った俺は席から立ち上がっている蛭女を物理的に押さえた。

 目線を同じにして再び語りかける。


「泣くなよ。俺はお前を活気づける為に言ってるんだぜ?

 今日から通うこの学校には、さっき言ったような無能な努力家なんか一人もいない。それなりに生きようとする人間ばかりだ。

 みろよ、この電車にいる同じ制服を着た人間を。

 皆、目が死んでるだろ? きっといい歯車ばかりだ」


「王ちゃああん……。王ちゃぁぁん……」


 それでも蛭女は何かを諦めるように泣いている。

 こんな話をした理由は蛭女の為なのに。

 理由といえば、さっきは蛭女に遮られたが、この学校に通う本当の理由がある。



 ……テニス部がないからだ。




続く

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