第2話入賞

 いつの間にか小麦はこの部屋に入りびたりはじめ、居着いて帰ろうとしなくなり、やがてオレたちは一緒に暮らすようになっていった。少しずつ少しずつ、日に日に彼女の荷物が部屋に増えてくさまは、気弱なオレには結構な圧迫感があった。しかし一方、マンガが売れなくてひしがれた日々を送るばかりだったどん底人生に、陽が射したように思えたのも事実だ。ある日小麦は、いよいよ布団を肩にかついで現れ、同棲・・・というよりは、居候に部屋をシェアさせる決意をオレに強いたのだった。

 そして、暮らしはじめてわずか二週間後にその事件は起こった。

 小麦は派遣のOLだ。ざっくり三ヶ月クールの仕事をもらっては、ひと月まるまる休んだりする。だから、ヒマなときは果てしなくヒマだった。

「居着くつもりなら、家事くらいしてくれよな」

「ちょっと待って。あんた、おサムライ様のつもり?女の子だからってお手伝いさん代わりに使うのは、時代錯誤なんじゃない?」

「なにが女の子だ。学生のオレより四つも上のおねーさんじゃねーか」

「みっつです。三学年ですから。それにあんたは学生じゃなく、留年中のマンガ書生ですから」

「どっちでもいいよ。仕事の割り振りはちゃんとしとこーぜ、ふたり暮らしなんだから」

「ふたり暮らしじゃありません。男ひとり暮らしの部屋に、かわいい野良ネコがなぐさめにきてあげてるだけです」

 オレは伸び放題の髪を掻きむしる。理屈ではこの女にはかなわない。

「もういいよ。マンガ描くから静かにしててくれ」

 世話になってる週刊誌編集部に原稿を持ち込む期限が、二日後に迫ってるのだ。野良ネコのわめき声につき合ってるヒマはない。オレは木製のローテーブルに向かう。ちゃぶ台、といったほうがなじむ造りのものだが。

 すると、そのトイ面に小麦も座りなおした。そしてなにを思ったか、こっちからサラの原稿用紙を奪って、勝手にボールペンで線を引きはじめる。

「なにすんだよ!大事な紙だぞ」

「あたしもマンガ描くんだもん~」

 フリーハンドでのたくった線が、四角く区分されてく。そして鉛筆の下絵もナシにペンでキャラを描き込み、フキダシをのせてく。デタラメだ。しかしこれでしばらくは、この野良ネコも静かになるだろう。オレは自前の線に集中した。

 ふた月後。作品は新人マンガ賞で「奨励賞」というチンプな賞をもらった。ただし、それはオレのものでなく、小麦が描いたほうの原稿だったが。

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