エピソード26 「星空の下で僕は男の娘と遭遇する」

ロンドンから60マイル(約100km)以上離れた郊外の町にあるパブ。


木造で天井の低い造り、かなり古い時代から使い続けている様に見える。 部屋の隅には大きな暖炉。 並んだテーブルにはそれぞれコップに飾られた大きな蝋燭キャンドルがゆらゆらと1/fの影を揺らめかせていた。


「ディビッド」と名乗る敵の「聖霊使い」の探索から逃れる為、僕達はこのパブで朋花ほのか達と待ち合わせる事にした。 このパブはモーテルにもなっていて、僕達は今晩は此処で泊まって、明日の朝一の飛行機でイギリスを離れる事を決めている。


瑞穂と芽衣は 傷ついたエマの様子を診る為に、一旦モーテルの部屋に戻っている。 朋花ほのかと僕は一足先にテーブルについて、二人が戻ってくるのを待っていた。




朋花がテキパキ飲み物を注文してくれている。


大体こういうパブでは、先ず飲み物から注文して、それから暫く時間をおいてから料理を注文する、…という流れになっていた。 何れの場合もメニューを閉じてテーブルの上に置かないと、注文を取りに来てくれない。 …漸く僕も、こう言う場所での段取りが解る様になって来た。



翔五:「本当に、無事だったんですね。」


本当に、朋花は何事も無かったかの様に、普通に僕の目の前に座っていた。

確かに昨日の晩、彼女は拳銃で撃たれて…重傷を負った筈なのだが。



朋花:「ありがと、

…ホント解り易いね、やっぱり…私、普通の人間じゃ無いのよね。」


にっこり笑いながらも、…

朋花の顔は不安と憂鬱を隠しきれないでいる。



翔五:「…とにかく、無事で良かったです!」


僕は、その事の意味すら想像出来ないままに、…

無神経に、知った風な口を利いた。







やがて、瑞穂と、芽衣がテーブルに戻って来た。



翔五:「どうでした?」

瑞穂:「駄目だったわ、」


彼女達は胴体をまっぷたつにされたエマの治癒を試みていたのだった。

芽衣の「聖霊」には、命を作り出したり、治療したりする力がある。



翔五:「僕の右手は、あっと言う間に再生したのにな。」


超巨大ザトウムシとの戦闘で切断された僕の右腕は、…

何の跡形も無く、プラナリアなんかよりも余程完璧に、…

昔の古傷もひっくるめて再生されていた。



瑞穂:「もしかすると、芽衣の能力は「聖霊使い」には効かないのかも知れない。」


翔五:「人間にも、「聖霊」にも効くのになんか不思議だな。」

瑞穂:「そうね。」


瑞穂が、コホンと一つ咳払いする。



瑞穂:「でも、心配は要らないわ、

…ぐっすり眠っていて、呼吸も安定してるみたいだったし、

上半身と下半身も少し「くっ付き」始めてるみたいだったから、…放って置けばその内に直るでしょう。」


瑞穂:「それに、あの子、肉は食べないから…」



このパブは、ステーキが美味いと言う事で評判らしい、

何でも、銀色メイドの野崎美穂サンのオススメらしい、



瑞穂:「飲み物頼んだの?」

朋花:「うん、一応フランスの赤ワインとラガーは人数分頼んどいたよ。」


朋花が英語話せるので本当に助かる。



芽衣:「せやけど、何でステーキなんですか?

…イギリスうたら、フィッシュ・アンド・チップスのイメージが強いんやけど。」


瑞穂:「イギリスじゃ魚より肉の方が流通してるから断然肉の方が美味しいわよ。」


翔五:「僕もフィッシュ・アンド・チップスは苦手だな、…

何だか油っこ過ぎて、基本、フライの衣は全部剥がしちゃいますね。」


芽衣:「ふーん、そうなんや。 楽しみやな ステーキ。」


瑞穂:「それで、ラガーって何頼んだの?」

朋花:「解んない、わたし瑞穂ちゃんみたいにお酒、詳しく無いよぉ。」


朋花、立て肘付いて…少し膨れっ面?



翔五:「たしかBeck’s(ベックス)とかいう奴です。」


ウエイトレスが、人数分のジョッキを持って来た。

イギリスのパブでは、大抵注文したビールの専用グラス・ジョッキに入れてサーブされる。 しかも、容量がきちんと解る様にグラスに印が入れてあるので、なんだか不公平感が無い。 なぜか、こういう所だけは几帳面。



朋花:「Could you please take order?(注文しても良いですか?)」


すかさず朋花が声をかける。



ウエイトレス:「Sure, two minutes.(はい、ちょっとお待ちください)」


何故か、何時も2分と言う、、



朋花がメニューをペラペラめくる。


朋花:「スターター私が適当に選んじゃうけど、いい?…文句言わない?」


芽衣:「あっ、はい、お願いします。メニュー見てもなんや よう 分からへんから。」


瑞穂:「任せるわ、正直、今、余り食欲無いのよね。」


そりゃまあ、…あんなのや、…こんなのや、…見たばっかりだからナ、



メモ帳を持ってウエイトレスが戻って来る。


朋花:「as staetr, one prawn cocktail, one a blue mussel, one minestorone, and basket of bread to share, after that we will order steak.(最初スタータね、プラウン・カクテル一つ、ムール貝一つ、それとミネストローネ一つ、バスケット入りのパン、これみんなで分ける。 それから後でステーキ注文するね)」


ウエイトレス:「lovely, perfect. I will check steak , please wait two minutes.(良いですね、最高のチョイスです。 ステーキのチェックしてきますので、少々お待ちください。)」


芽衣:「完璧やな…(英語)、」


芽衣、尊敬の眼差し? と言うより呆然と朋花の顔を見つめている。



翔五:「結局ナニ頼んだんですか?」

朋花:「うーん良く分かんないけど、意味の分かりそうな奴頼んだ。」


翔五:「ムール貝って、まだちょっと季節早く無いですか?

…たしかrの付く月が美味しいんですよね。 今はAugustだから、、」


僕はチョット、知ったかぶりを披露して…



瑞穂:「翔五サン、それは牡蠣よ。」


…撃沈する。



瑞穂:「今は冷凍モノが出回ってるから、以前程でも無いし、…どっちにしたって、こんなグレートブリテン島の真ん中で貝の季節語ってもしょうが無いわよ。」


何故! 芽衣が そんな風に勝ち誇った顔で、…

僕を憐れむ、、、




ウエイトレス:「OK, please order your steak?(OK、ステーキの注文に来て下さい。)」


ウエイトレスが戻って来て、…

僕達を厨房の奥の「肉屋」に案内する。


パブの内には、さながら肉屋のショーケースミタイに生肉の塊が並べられてある。 勿論全部英語だが、大体知っていれば意味は解る。


リブアイ、フィレ、サーロイン、バーボン・サーロイン?

その他、羊や、豚のソーセージも並べられてあった。



翔五:「それで? どうするんですか?」

朋花:「ここで、肉を注文するの。 やってみるね。」


シェフ:「Hi(ハーイ!)」

朋花:「Hi(ハーイ!)」


シェフ:「Which would you like?(どれにしますか?)」

朋花:「Borbone Sirroin(バーボン・サーロイン下さい)」


シェフ:「How much(どれくらい食べます?)」

朋花:「200g」


シェフ:「How would you cook?(焼き加減はどうしましょうか?)」

朋花:「Medium rare (ミディアム・レアで)」


シェフ:「And which side do you have?(付け合わせは何にします?)」

朋花:「Mix salada please(ミックス・サラダお願い)」


シェフ:「Anything else?(他は何か要りますか?)」

朋花:「Garlic butter source please(ガーリック・バター・ソースをお願いします)」




翔五:「何か、手慣れてますね、」

瑞穂:「あんた、200gも食べて、未だそれ以上乳を膨らませるつもり?」


朋花:「食べなきゃやってらんないのよぉ!」



シェフ:「Next please!(次の方)」


果敢にも芽衣が挑戦!



シェフ:「Hi(ハーイ!)」

芽衣:「Hi(ハーイ!)」


シェフ:「Which would you like?(どれにしますか?)」

芽衣:「ミー トゥ、 セーム アズ ハー。(私も、彼女と同じの)」







芽衣:「いやあ、ほんま美味しかったわ、あのバーボンサーロインとか言う奴

柔らこうて、一寸、お酒の味が残ってて、…日本には無いな、あの味。」


僕は、芽衣の嬉しそうな顔を見て、…思わず微笑んでしまう。

何だか、今日の朝 死にかけてたのが嘘みたいに思えて来る。


それを見て芽衣が、照れ臭そうにハニカム、



芽衣:「そう言えば、岩城サン、やっぱり課長になる見たいやで、」

翔五:「流石ですね。」


僕達は、パブの直ぐ裏のモーテルまでのみちをトボトボ散歩する。

少し涼しくなった風が、僕の火照った諸々を癒して行く。


空には星が輝いていた。 



翔五:「それにしても、先輩も大変じゃなかったですか、急にイギリス赴任だなんて言われて。」


芽衣:「そやな、…なんや、来るまでは不安やったけど、」

芽衣:「今は、そうでもないかな。」


翔五:「先輩も、…前世の記憶とか、思い出したんですか?」


芽衣:「前世とか、よう解らんし、正直何も覚えてへんけど、…

アンタの傍に居たらなアカン事だけは、…よう解ってる。」


芽衣:「今日みたいな事も有ったしな。」


芽衣の顔は、微酔ほろよいの感じで、…何だか、少し色っぽく見える。


芽衣、急に何かを意識して、翔五から目を逸らす。



翔五:「本当にくっ付いたんですね、顔。 傷跡の一つも無い。」


僕も恥ずかしくなって、ついジロジロ眺めてた理由を、言い訳する。



芽衣:「あんまし、ジロジロ見んといて、…恥ずかしいやん!」

翔五:「あっ、スミマセン。」


芽衣、真っ赤になって俯いてしまう。





モーテルの部屋のドアが開いて、瑞穂が歩いて来た。


瑞穂:「明日の朝11時の飛行機でイタリアに向かう。7時には出発出来る様に準備しておいて。」


イタリア、…に行くのか。



翔五:「アリアは? 空港で待ち合わせなの?」

瑞穂:「あの子が昼間動けないのは知ってるでしょう。」


瑞穂:「アリアは別便で送るわ。」

翔五:「送るって、…荷物じゃ有るまいし。」


瑞穂:「まあ、室戸が付いてるから心配ないでしょ。」


室戸? あの、十字架ピアスの事か、



瑞穂:「そレデ、…!」

瑞穂:「ちょっと、問題が、…有るのだけれど。」


なんか、一瞬瑞穂の声がひっくり返った?



瑞穂:「つまり、その、部屋が…2つしか空いてなかったのよね。」

瑞穂:「翔五、…サン、どっち泊まる?」


翔五、何か…プレッシャーを、感じてしまう、



瑞穂:「私とエマの部屋か?」

瑞穂:「朋花と芽衣サンの部屋か?」


何故、そんな風に、…俯く?



翔五:「ぼ、僕、…車で良いですよ。」


何故、そんな風に、…睨むの?



瑞穂:「一応、貴方、護られてる身分…って言う物を自覚しなさいよね。」


いや、この人達と一緒に寝る方が、 身の危険を感じる…


兎に角、…瑞穂と一緒の部屋は駄目だろう。

「今日の朝の一件」も有るし、(エマは起きそうに無いし)。



翔五:「じ、じゃあ、…朋花サン達の部屋で、お願いします。」


芽衣:「ええっ! ウチの部屋来んの?…ちょう待って、ウチ先シャワー浴びて来るから、…それまで入って来んといてや。」


芽衣、何だかダッシュで部屋に帰って行く。





瑞穂:「…意気地なし…、」

翔五:「そう言う訳じゃ、無い…けど、」


瑞穂が、目を逸らしたまま、…背を向けて部屋に戻る。


…そう言う訳じゃないけど、

あんな、アリアの「夢」を思い出してしまった後では、…

とても、そんな気分には、…なれそうにない。







僕はパブの中庭で、一人ぼんやりと時間を潰す。


大きな、綺麗な中庭で、幾つものテーブルが並び、外でもビールが楽しめる様になっている。 隅っこには、子供が遊べる様に巨大チェス版が置いてあった。


何人かレストランの客が、中庭でタバコを吸いながら談笑している。



翔五:「イギリスで星空だなんて、珍しいな。」


僕は、ベンチに腰掛けて星空を見上げる。


ふと、気がつくと、…

Year9(中学2年生)位だろうか、可愛らしい女の子が、同じ様に星を見上げていた。



綺麗な髪、まるで大瑠璃揚羽オオルリアゲハの鱗粉の様な、澄み切った碧空色チェレステ


しかも、シーズーみたいに前髪を長く整えていて、殆ど目は隠れてしまっている。


イギリスでは髪の色を染めているヒトは多い、けれども まだ就学中の子供にこれほど派手な色を染める親って言うのも珍しい。 それにこのエキセントリックな髪型、学校で注意されたりしないのかな??



少女:「Do you like constellatio?(星座、好き?)」


いきなり、少女が僕に話し掛けて来た。

僕、そんなに、ジロジロ見てただろうか?


と、言うよりも、イギリスの子供達はとても社交的だ。

日本みたいに、ヒトを見れば犯罪者、変質者、危険の類い、という接し方をしない。 あくまでも紳士・淑女的に 微笑みながら挨拶を交わす様にマナーを躾けられている。



翔五:「ハロー、イエス、イッツ ベリー ビューティフル スター(やあ、そうだね、とても綺麗な星だ)」


本当の所、何て言われたのか解んなかったけど、…きっと星を見てたから、そんなにおかしな会話にはなってない、と思う。


少女は、嬉しそうに僕の方を見て、…微笑んだ。



少女:「12 ecliptical constellations are watching affectionately humanbeing always. Do you know?(知ってる? 黄道12星座って、人間の事を何時も見守ってるんだよ。)」


あはは、…

何言ってんのか、全く判んなくて。 

僕は照れ隠し笑いする。



少女?:「Nice to meet you. My name is Ian. Can I ask you?(初めまして、僕の名前はイアン。 貴方は?)」


少女?…は近づいて来て、僕に手を差し出した。

…うん イアン? …えっ!、もしかして少年??


僕は、改めてその男の子をしげしげと観察してしまう…



翔五:「あ、マイ ネーム イズ ショーゴ。(僕の名前は翔五)」


僕は、…少し緊張しながら、イアンの手を取って、握手する。


柔らかですべすべの手、

本当、女の子みたい、



中性的でスレンダーな背格好。  艶やかで美しいチェレステのショートヘア、長い前髪から見え隠れするキラキラした瞳。 端正な顔の造形。 まるで、生まれたての揚羽蝶アゲハチョウみたいで、 


もしかすると、女の子よりも可愛い…かも知れない。



翔五:「ユア ヘア イズ ベリー ビューティフル(君の髪、とっても綺麗だね)」


僕は、上手いお喋りが出来なくて、取り敢えず思いついた事を言ってみる。



イアン:「Really? Oh thank you.(本当? ありがとう)」


イアンは嬉しそうに笑って、

それから、おもむろに振り返る。



イアン:「I am leaving.(もう行かなきゃ)」

イアン:「See you Shogo.(またね、ショウゴ)」


翔五:「シー ユー(またね)」


いや、珍しいものを見た、…

あれが、イギリス版の「男の娘」。。



芽衣:「まーた、ロリにちょっかい出してんの?」


何時の間にか、芽衣が戻って来ていた。

風呂上がりなのか、さっぱりしたジャージに着替えている。


…「超乾燥しなさい」…のロゴ入りのピンクのジャージ



翔五:「違いますって、あの子は男の子ですよ。」

芽衣:「へー、嘘! めっちゃ 可愛い無かった?」


芽衣:「写メ撮った?」

翔五:「いや、撮りませんって、普通。」


芽衣:「しゃあ無いなぁ、まあ良えわ。

ちょう助けてぇや、朋花サン酔っぱらってもうて、ウチだけや太刀打ち出来でけへんのよ!」


翔五:「僕にどうしろと…」

芽衣:「ええから、はよう!」


翔五:「先輩、それより、そのジャージ熱く無いんですか?」

芽衣:「しゃあないやん、他に服無いんやもん、アンタが変な気起こさへん様に、出来るだけ色気の無い奴にしといたったんや!」







この時 僕は、…未だ、何一つ気付いていなかったのだ…


これから起こる事になる、…本当に、恐ろしい出来事に…

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