その42 永遠に
「ハァ……、――ハァ……!」
状況は一進一退、といったところでしょうか。
もっとも、こっちはまだ一撃ももらっていないので、前に進んではいます。
まあ、一撃でももらったらおしまいなんですけどね☆
息を呑みます。
喉はからからでした。こんな状況なのに、くぅくぅとお腹がなります。飢餓が、全身の動きを鈍らせていました。魔法を使い続けているせいかもしれません。
ことここに到って、長期戦は危険だと思い始めていました。
万一、この状況で《エンチャント》が使えなくなったら、負けはほぼ確定するでしょう。
焦る気持ちに歯を食いしばりながら、豚の”怪獣”と向き合います。
頭に。
頭に一撃、叩き込むことさえできれば……!
『ブギギギギギギーィ!』
天に轟く鳴き声は、”ゾンビ”を集めます。
紀夫さんが軍用トラックを横付けし、簡易のバリケードを構築した結果、豚の”怪獣”が空けたフェンスの穴はなんとか防ぐことに成功したようです。
が、既に入り込んでいる”ゾンビ”の数が尋常ではありませんでした。
その多くは康介くんたちの手によって仕留められてはいるものの、油断はできません。
そして、そんな”ゾンビ”どもに気を取られていると、例の弾丸タックルが飛んでくる、という始末。
『ブギィー!』
可愛げのない面で、豚がこちらを睨みました。
こんなやつに人類が負けたら……世界はどうなるんでしょう。
豚の惑星、的な?
冗談じゃありませんね。
集中力が切れかけた次の瞬間には、豚の突進が始まっていました。
こいつ、心でも読めるんでしょうか。
突進を横っ飛びに躱すと、
「――ッ!」
私の足を、何かが絡めとります。
見ると、殺し損ねた上半身だけの女”ゾンビ”が、私の足を掴んでいました。
「しまっ……」
どうやら、豚の”怪獣”の狙いはこれだったようです。
この豚、思っていたよりも知恵が働くらしく。
私の頭に、最悪のシナリオが浮かんだ、――次の瞬間。
ぱぁん、と、火薬が炸裂する音がして、”ゾンビ”の頭が撃ちぬかれました。
「センパイ!」
見上げると、竹中勇雄くんが、震える手で拳銃を握っているのが見えます。
「大丈夫ですか!」
「ええ……」
慌てて体勢を立て直します。
「でも、あなた、なんで……」
「話は後で!」
竹中くんは叫びながら、豚の”怪獣”に銃を発砲しました。
弾は豚の”怪獣”の頭部に当たったものの、あんまり効いてない感じ。
「くそ……なんてやつだ」
「ここは大丈夫です。あなたは戻っていて下さい」
竹中くんは、女の私から見ても非力な青年でした。
私は、彼が跳んだり走ったりしているところを見たことがありません。
「細腕なのは、お互い様でしょう……?」
銃を構えながら、竹中くんが軽口を叩きます。どう見ても、から元気でした。
まずい。
内心、私は焦燥します。
彼の運動能力では、豚の”怪獣”の突進を避けられないことが明白だったからです。
その時でした。
「――!?」
剣にまとっていた炎が、一瞬だけ消えたのです。
まるで、ガス欠を起こしたガスコンロのように。
嫌な予感がしました。
ひょっとすると、そろそろ限界が近づいてきているのでしょうか。
「……センパイってやっぱり、魔法使い的なヤツだったんすね。それで色々、納得できました」
竹中くんが、ぼそりと呟きました。
私は目を細めて、その言葉を無視します。
それよりもまず、あの豚の”怪獣”を仕留めなければ。
「俺が、……あの豚野郎の動きを止めます。センパイは止めをお願いします」
「……? なんですって?」
「話をしている暇はありません! 俺に任せて!」
有無を言わせず、竹中くんが銃を連射しました。
豚の”怪獣”は、――恐らく、楽に倒せる相手を本能的に察したらしく、狙いを竹中くんに定めます。
「何を!」
私は、ほとんど悲鳴に近い声を上げていました。
豚の”怪獣”が、彼に向かってものすごい勢いで突進していきます。
竹中くんは、避けようさえしません。
代わりに、ものすごい早業で弾丸を二発。
豚の”怪獣”の両目を狙って発砲しました。
『ギギィーッ!』
そして私が見たものは。
ぽーん、と、人形のように空に舞う竹中くんの姿と。
目を潰され、その場にもんどり打って倒れる豚の”怪獣”の姿。
「な……っ!」
私は、目を見開いたまま、無力にそれを見ていることしかできませんでした。
ですが、いつまでも驚いている訳にはいきません。
竹中くんの仕事を完遂しなければ。
私は刀を構えて、倒れている豚の”怪獣”の額に、刀を突き刺します。
『ぶぎっ……ぎ、ぎぎぎぎぎ………』
あれだけ巨大だった”怪獣”の身体が、スイッチの切れた玩具のように動かなくなりました。
同時に、私の頭に、場違いにもほどがあるファンファーレが連続して鳴り響きます。
――おめでとうございます! 実績”魔物狩り”を獲得しました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが規定値に達しました!
――ジョブチェンジが可能になります!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
幻聴を無視します。
「竹中くん!」
私は、ボロ雑巾のように地面に倒れ伏した竹中くんに駆け寄りました。
「…………ごぽっ」
返事の代わりに、彼は血を吐き出します。
「……俺……やりました…………センパイ……げほっ」
「なんで、……なんであんな無茶を」
「冗談みたいだ。……なんか、頭の中で、なんども、なんども……『レベルが上がりました』………っつって。ははは、ゲームのやり過ぎかな………」
「……な、」
一瞬、言葉を失います。
考える前に、叫んでいました。
「し、自然治癒を! 自然治癒を取るんです! はやく!」
「しぜ………?」
「いいからっ!」
「それより、俺…………センパイのこと………」
ふっ、と。
少年の目から、生気が失われます。
それからも。
その後も。
彼の目に生気が宿ることは、永遠にありませんでした。
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