その40 一対一
闇夜を照らす炎。
私は”怪獣”と相対します。
豚は、相変わらず耳障りな鳴き声で威嚇していました。
恐らく、炎の剣を警戒しているのでしょう。
しかし、ーー
『ヴォオオオオオオオオオオオオッ!』
ああ、もうっ。邪魔!
早々に《エンチャント》を使ったのは失策だったかもしれません。
私は、豚の”怪獣”よりもむしろ、集まってくる”ゾンビ”の対処に追われる形になっていました。
寄ってくる”ゾンビ”を片っ端から斬り捨てながら、意識は豚の”怪獣”に向け続けます。
さて。
どう仕留めるか。
ヤツも慎重ですが、私だって負けないくらい慎重でした。
注意すべきは、その口から生えた、巨大な二本の牙。
水谷さんが玩具の人形のように吹き飛ばされたところから見ても、その威力は尋常ではありません。動きも、巨大な見た目にそぐわず俊敏なようでした。
やるなら、――一撃で仕留める。
恐らく、致命傷となりうるのは、頭部。
眉間の奥にある、脳。
《エンチャント》した刀なら、ヤツの脳みそくらい、たやすくフットーさせられるでしょう。
『ブギィー! ブギギィー!』
やがて、しびれを切らしたのか、豚が空高く鳴き声を上げました。
「――ッ!」
次の瞬間、弾丸のような速度で巨体がこちらに跳んできます。
「は、早ッ!」
意外だったのは、その動作にほとんど助走と呼べるものがなかった点でした。
どうやら、あの短い豚足で、思い切り地面を蹴ったようで。
……軽く物理法則無視してませんか、コイツ。
かろうじてその一撃を躱した私は、背後に校舎が控えていたことを思い出し、青ざめます。
ゴゥゥゥウン……。
ものすごい土煙を当たりに巻き上げて、校舎の一階が見事に倒壊しました。
「しまった!」
歯噛みします。
幸い、壊れたのは壁の一部ですが、これ以上学校を破壊させる訳にはいきません。
「この……ッ!」
縄張りを侵されたという、本能的な怒り。
私はほとんど反射的に、頭を壁に突っ込んだままの豚のケツ目掛けて、思い切り刀を突き刺しました。
「離れろ!」
『――ブッ? ブギィー!』
予想していましたが、怪物の皮膚は、とてつもなく硬いようです。
それでも、《エンチャント》した刀の敵ではありません。
私は、豚の怪物の尻肉を思い切り削ぎ落としました。
『ギィィィィエエエエエエエエ!』
どこか人間のような悲鳴を上げて、豚は全身をよじらせます。
反射的に距離をとると、ぴょんぴょんとウサギのように跳ねて(異常な光景でした。三メートルもの巨体が、小動物のような機敏さで跳ねるのです!)、豚がこちらに向き直りました。
ふと周囲を見回すと、事態がどんどんまずい方向に転がり落ちていっていることに気づきます。
”ゾンビ”が。
ものすごい量の”ゾンビ”が、豚の”怪獣”が空けた穴からぞろぞろと学校の敷地内へ入ってきていました。
「――不味い……ッ」
さすがに、豚の”怪獣”と数百匹の”ゾンビ”を相手にするのは骨が折れそうです。
その時。
軍用トラックが、ものすごい勢いで私の前を通り過ぎて行きました。
運転席に乗っているのは、……日比谷紀夫さん。
「“ゾンビ”どもは俺達に任せて、センパイは豚野郎を!」
「おらおら! こいよクソども!」
「よぉし。死なないていどに、がんばるぞぉ!」
「……………私たちの家から……! 出て行け!」
声の主を、目で確認する必要もありません。
康介くん。
林太郎くん。
明日香さん。
理津子さん。
少し遅れて、
「ほらッ! こっちだ!」
数発の銃声と共に、麻田剛三さん。
それに、佐々木先生や鈴木先生も。
…………。
一瞬だけ、息を整え。
「――《ファイアーボール》」
手のひらに、火球を出現させます。
それを、豚の顔面目掛けて放り投げ、
『ブギィーッ! ブギギィーッ!』
ゆっくりと、刀を構えました。
「……だ、そうなので。私たちは私たちだけで、――楽しみましょう」
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