その16 頼りになる(?)仲間たち

 四方を机のバリケードで囲った裏門前。

 どことなくそこは、中世のコロシアムのような雰囲気……に、見えなくもない?

 私は、”ゾンビ狩り”練習中のみんなが所定の位置についたのを確認してから、


「それでは、どうぞ」


 合図を送ります。


「了解。……一匹、行きます!」


 同時に、康介くんが少しだけ裏門を開きました。

 ばーんっ。


『おおおおおお……』


 うまく誘導したのでしょう。宣言通り、入ってきた”ゾンビ”は、一体だけ。

 みんなの“ゾンビ”を引き付ける技術は、この一週間ですっかり職人芸じみてきていました。


「きなさい」


 私は、鞘に収めたままの刀で”ゾンビ”の胸を一突き。ぼろぼろのセーターを身にまとった彼を挑発します。


『おおおおおおおおおおおおおおッ!』


 すると、”ゾンビ”が前のめりに飛びかかってきました。

 私は冷静に間合いを見計らって、掴みかかる手を躱し、――


「うぉりゃあ!」


 次の瞬間、“ゾンビ”の後頭部にサバイバルナイフが突き立てられます。


「ッシャア! クソが!」


 そう物騒に怒鳴りつけながら、林太郎くんがナイフをひねりました。

 ぶつっ、という嫌ぁな音がして、血が吹き出します。


「くたばれ! くたばれ! ははは!」

「林太郎くん。何度言ったらわかるんです。連中を仕留めるときは、必要最小限度の力で、ですよ」

「うっす! 次、気をつけます!」


 返り血で顔を汚しながら、悪びれなく言う林太郎くん。

 彼を除く四人が、ほとんど同じタイミングでため息をつきました。


「その返事、何度目だよ……」


 仲間想いの康介くんでさえ、さすがに呆れ始めています。


「だってさあ! 念にはさあ! 念を入れないとさあ!」

「脳を一突きすれば十分です。徹底的に破壊する必要はありません。それに、あんまり一匹の”ゾンビ”に手こずると、他の”ゾンビ”に掴まってしまいます。そのことをしっかり理解して下さい」


 理路整然と説明すると、林太郎くんはしゅんとしてうつむきました。


「では、次の方……明日香さんから」

「はぁいっ、じゃ~、行きますよぉ、センパイっ」


 元気の良いアニメ声。


「同い年なのにセンパイは止めて下さい」

「ふふふっ。それでも、センパイはセンパイですからっ」


 はあ。

 このやり取り、数十回目です。


「じゃ、康介くん、――お願いします」


 裏門が開け放たれ、”ゾンビ”を誘い込みます。

 後は同じ工程の繰り返し。

 私が”ゾンビ”を引きつけ、背後から、


「そぉーれっ!」


 明日香ちゃんが止めを刺します。


 彼女の得物は、用務員室にあったスコップ。

 さすが、大戦時には白兵戦で活躍したと言われるだけあって、その威力は絶大でした。

 突いてよし、殴ってひるませてもよし。おまけに土を掘ったりもできます。

 ひょっとするとこれ、日本刀よりも使えるんじゃないでしょうか。


「やりましたぁっ」


 深々と”ゾンビ”の頭に突き刺さったシャベルを引き抜いて、明日香ちゃんは朗らかに笑みを浮かべました。


 この一週間で、”ゾンビ”の性質について、いくつかわかったことがあります。

 一応、これまで私たちが発見した”ゾンビ”の特徴をここにまとめておきますと、


・歩くスピードには個体差がある(よたよた~早歩きまで)。

・眠ったり休んだりしている様子がない。

・脳を破壊しない限り、ずっと動き続ける。

・掴む力はすごい。人間の肉を安々と引き裂く。

・人間の肉しか興味がない(何度か見かけましたが、犬猫の存在は完全に無視されているようです)。

・唸り声を上げて、仲間を呼んだりする。

・注意力・思考力は虫並みか、それ以下。


 と、まあ、こんな具合で。


 何度か実戦を経た結果、”ゾンビ”と真っ向勝負を仕掛けるのはあまりにもリスクが高いことがわかりました。

 連中を仕留める時は、なるべく背後を取り、一撃で。

 それが鉄則です。


「それじゃー、今日はここまでにしましょう」


 みんなに告げると、全員が安堵の表情を浮かべました。

 針金で固定した机などで作られたバリケードを、慣れた手順で乗り越えます。


 時計を見ると、時刻は昼の十二時過ぎ。

 あまり根を詰めて、肝心な時に身体が動かないようなことになっても困るので、運動はいつも午前中に終わらせるようにしていました(それでも、康介くんなどは自主的に基礎体力トレーニングを行っているようでしたが)。


「フゥーウ! 今日も一日、生き残ったぜぇー!」


 林太郎君が元気よく言うと、みんなも同じようなことを思っていたのか、少しだけ笑みを浮かべます。


 その時でした。


「みんなぁ~」


 手を高く振り振り、メガネをかけた痩せぎすの青年が走ってくるのが見えます。


「みんなぁ~、聞いてくれ、聞いてくれぇ!」


 彼の名前は竹中勇雄くん。

 勇ましくて雄々しいという名前に反して、「水と野菜だけ食べて生きてきたのかな?」ってくらいガリガリな見た目の彼は、校舎の屋上から外の様子を見張る役目を請け負ってくれていました。


「どうした?」


 彼のただならぬ様相に、康介くんが首を傾げます。


「“キャプテン”だ、わかるか、近くのマーケットの!」


 “キャプテン”という名前には私も聞き覚えがありました。

 学校の近所にあるスーパーマーケットのチェーン店で、世界がこんなふうになる前は私もよく利用していました。グラム120円の豚肉が置いてあるんですよ、あそこ。


「いま、あそこの屋上に、コースケの親御さんがいる」

「なんだって!」


 康介くんが目を剥きました。

 どうやら彼、家族と離れ離れだったようです。

 ここにいる人全員の家族構成とかいちいち確認していなかったので、初めて知りましたけど。


「みんなか? 三人とも無事か?」

「ああ、妹さんも一緒だ! 良かったなあ、おい!」


 勇雄くんが、半ば自分のことのように喜びます。

 ここに避難してきた人の中には、家族の安否を半ば諦めている人も少なくありません。

 そういう状況下で家族が再会を果たすのは、ほとんど奇跡のようなものでした。


「だが、喜んでばかりもいられない」


 勇雄くんの表情に暗い陰が宿ります。


「かなり不味い状況になってる。とにかく、みんなのところへ来てくれ」


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