その403 女王様の望むモノ

「必要、――ですか」

「ええ。実を言うと私、こーいう大きな組織の経営とか、ぜーんぜん向いてないのね~♪」

「まあ、それはぶっちゃけ、なんとなく察しがつきます」

「でね? 残念なことに最近、”王国”の物資はすっかり枯渇しつつあるの」

「え? そうなんですか?」


 私、ぜんぜんそんなことには気付きませんでした。

 たぶんあの、”もの申す系女子”の皆さんですら。


「ヴィヴィアンには優先的に物資を提供しているからねー」

「へえ……」

「もちろんいまも、グランデリニアの人たちに頼んで、方々から物資を集めさせてる。――でも最近では、都内にある各コミュニティも力をつけていて、それが難しくなってるのよ」


 頭に浮かんだのは、雅ヶ丘周辺の仲間たちや、東京駅周辺の避難民とか。

 他にもいろいろと、強いコミュニティがあるのかもしれません。


「一つの救済案として、あの”無限湧き”の扉の先の物資を使う手を考えていたんだけれど。舞以の報告じゃ、ちょっとリスクが高すぎるって話だし」

「それは、そうですね」


 あの冒険の後も、何度か舞以さんが再調査を行ったようですが、結局また、向こう側は”ゾンビ”の群れでぎっちぎちになってるみたいですし。


「んで、苦肉の策として思いついたのが、最近”王国”に入り込んでいた”守護”を通じて、”中央府”と協定を結ぶこと。――まあ、”中央府”っつーか、ぶっちゃけると”飢人”ども、……”魔王”ね」

「え?」

「ん」

「えっ、えっ、えっ」


 私は目を丸くして、麗華さんの顔をまじまじと見ます。

 そしてもう一度、


「えっ?」

「なによ」


 女王様は少し地を出して、不快そうに顔を歪めました。


「えぇっっっっっ……と。……”守護”と”魔王”って、手を組んでるんです?」

「ん? あれ? 知らなかったの?」

「はああああああああああああああああああっ?」


 私、たぶんギャグ漫画のキャラクターみたいな表情になっていたに違いありません。”魔王”が”中央府”のどこかに潜んでいることまでは知っていましたが……この情報は初耳です。


「ってことは、蘭ちゃんとか、里留くん、トールさんも?」

「……里留、って、あなたと戦ってた男の子よね?」

「そうそれ」

「さあ? でも、知らなくてもおかしくはないわよ。だいたい、この情報はトップシークレットってことになってる。だって”魔王”と手を組むって聞いたら、”プレイヤー”から離反者が出るかも、でしょう?」

「ううむ」


 そうであることを信じたい。

 そうじゃないと私、もう誰も信じられなくなっちゃいますよ。


「話を戻してもいい?」

「は、……はい」

「それで私、ちょっと前に”中央府”に手助けを求めたのね。で、ビックリ。どうやら向こうも、協定を結ぶことを望んでいたわけ。ヤツら、どうしても《魂修復機》が必要だったみたい」

「それは、なぜ?」

「一つは、死んだ仲間の蘇生。もう一つは、”治癒”」

「治癒……?」

「”飢人”は受けたダメージを回復できないからね。行動不能になるまで痛めつけられた場合、わざと一度死んでから……」

「蘇生後、すぐさま”飢人化”させることで、万全の状態の戦力が手に入る?」

「うん」


 そんな、ゲームの裏技めいた手法が存在するとは……。

 私はちょっとだけ頭をぐるぐるして、


「でもその協定、いくらなんでもリスクが高すぎるのでは? 結果的にそれ、人類のためにもならないんじゃ」


 ここでまた「王国民が無事ならどうでもいい」などと言おうものなら、その頬を張って差し上げようかしら、と思っていると、


「わかってる」


 意外にも、その表情は深刻でした。


「でも、さっき話した通り、”魔王”ってそれほど話のわからない人じゃないと思うの」

「と、いうと?」

「あの人ね、――世界が平和になったら、若い”飢人”をみんな、元の人間に戻してあげることを望んでる」

「……世界平和、ですか」

「そう」


 それって、どの視点で語られる”平和”なのでしょう。

 話を聞きながら私、苦い顔になってます。

 先ほど攻略したアトラクションの中を歩いていた時と同様に、なんだか心がぐらぐらしていました。

 何が“善”で、何が“悪”なのか。

 わかりやすい白黒の線引きが、どこにも存在していなくて。


「……ちなみにもちろん、”魔王”と結託する見返りは、……」

「”中央府”から送られてくる豊富な物資類ってこと。つまりこの国の人たちは、”魔王”とその配下どもに喰わせてもらってるってワケね」

「ふううぅぅぅむ……」


 私、眉間を少しモミモミ。

 もう二度と、ここで出される水を飲める気がしない。


 それに、――多分ですけど、”守護”と”王国”を結びつける役割を果たしたのって、私たちですよね。

 私が”前世の私”と修行している間、明日香さんと綴里さん、”守護”に内部情報を伝えていたと聞きますから。


「で。ここまで話した理由はもう、わかってるわね? この”王国”の人口は、日に日に膨らんでいってる。グランデリニアはもう、避難民でいっぱいいっぱい」

「ふむ」


 最近、アビエニアへの移住希望者が増えている……という話は、一時間とちょっと前に聞きました。


「物資も、”中央府”から送られてくる分では底をつきかけている。我々がいまの生活を続けるには、もっともっとたくさんの戦力がいるのよ」

「……………」

「私、あなたのことは、追い出すか味方につけるか、その二択だと思ってた。……で、結局、味方につける方を選んだわけ」

「味方、ね」


 正直に言うと、私はその時、こう思っています。

 敵意のない敵ほど、恐ろしい相手はいない、と。


「あなたは……国を、”中央府”を脅かすほどの力がある。あなたがいれば、あの”魔王”にも強く出られる。もっと沢山の物資を要求できる。そうでしょ?」


 私は応えず、その場ではしたなくあぐらをかいて、大きく嘆息します。

 受け取った情報料が多すぎて、頭がパンクしそうだったためでした。


「はあぁあああああああああああああああああああああ……」

「ちょっと。そこ、汚いわよ。大丈夫?」

「へえ」

「テキトーな返事ですこと」


 この話、――どうやって仲間たちに説明しましょ。

 仲間。

 ……仲間?


 私、そこではっとして、力の入らない両手をぶんぶんします。


「あっ、そーだ! とりあえず、みんなの蘇生!」

「ああ、それな」


 すると麗華さん、その時ばかりは親切なお姉さんって感じに微笑んで、


「じゃ、さっさと済ませてしまいましょうか」

「ええ」

「それで、――どうする? ”名無し”さんは、誰から蘇らせるの?」


 まるで大好物を見るように、こちらの顔を覗き込みました。

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