その347 トラウマ

「もっかい! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 ぺぺると、ぺぺると、ぺぺると……。

 呪文は、やまびことなって木魂しました。


「つぎ! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 ぴろりん♪ という謎の効果音。

 なんか……ちょっと肩こりが治った気がします。


「まだまだっ! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 あれ。さっきの肩こりが戻ったような。

 時計を見ると、三分ほど時間が戻ってました。


「もいっちょ! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 《火系》の5番が発現し、”ゾンビ”たちの真ん中に火柱が上がります。

 連中に与えた損害は、アリの群れに石ころひとつ投げ込んだ程度でしょうか。


「……《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 おや。まったく同じ術が。同じ場所に。


「……んもー! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 するとナナミさん、がくりを膝をつきます。


「ぐ、……ごめん”名無し”……ハズレ引いた……」

「はいはい」


 すかさず私は《治癒魔法Ⅱ》をかけます。


「ありがと。――《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》」


 すると次の瞬間です。

 私の目の前に、ぽんと『五億年ボタン』と書かれたボタンが出現したかと思うと、ものすごい勢いで自動的に連打され、大量の百万円が足元に散らばりました。

 それを手に取ると、札束には『おれの奢りだ、とっときな』というメモが挟まっているのに気付きます。


「なんじゃこれ」

「深い意味なんかない。無視よ。――《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 彼女の指先から水がぴゅー。《水系》の一番ですねこれ。


「今度こそ……《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 お。

 なんかお腹がいっぱいになった感じ。

 魔力回復効果。これはラッキー。


「諦めないよ!! 《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 空を見ます。

 すると天高く、くじらがこちらにむけて落下しているのが見えました。

 遂に成功かと思って目を見張っていると、彼は無力にも地面に激突……する一瞬手前で消失。何ごとも起こりません。


「これもハズレか。……《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」


 その頃には私、ぼんやり計算などしています。

 もし、全ての可能性が平等にランダムならば、狙ったものが出る確率は二十三分の一くらいになるでしょうか。

 ってことは、当選率5%にも満たないガチャってこと。なかなかつらい。確率二倍キャンペーンとかないもんですかね。


 ちなみにいまの詠唱で出現したのは《水系》のⅡ。

 ナナミさん、生み出された水球をゴミみたいに地面に放り捨て、


「《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 『レジェンドガチャ開催 SSR確率二倍キャンペーン実施中』と言う旗が揚がります。

 ……何これこわい。私の心、読まれてる?


「《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 ふたたび肩こりが治りました。


「《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 また肩こりが戻った。

 いい加減にしていただきたい。


「《ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺぺると》!」」


 ぽんと、なんで自分がここにいるかわからずにいる”ゾンビ”が一匹。

 私は有無を言わさず、そいつの首をぶった切って階下に放り捨てます。


「――ぺぺるとぉー》!」


 ピンク色の象さんが得体の知れないダンスを踊って、すぐに消えました。


「――ぺぺるとぉー》!」


 ぺぺるとー、ぺぺるとー、ぺぺるとー……。


「――ぺぺぇーッ!」


 雷系Ⅱが私に向けて。回避。


「――ぺぺぇーッ!」


 またなんかきた。よけた。


「――ぺぇーッ!」


 いまさらだけどナナミさん、呪文、短くしてない? 大丈夫?

 何も起こらなかったのでたぶん時間が巻戻るやつかな。


「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」

「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」「――ぺぇーッ!」


 やっぱり、魔法の暴発が多いみたいですねえ。

 回避が難しい《雷系》を何発かもらってしまっています。

 効果を軽減しているとはいえ、お肌がちょっとぴりぴり痛い。


 話によるとこの《謎系魔法》、これまでに覚えた全ての魔法と引き換えに取得するらしく、果たしてそこまでする価値があったのか疑問です。

 これだから上位系のジョブに進む気になれないんですよねぇー。


「そろそろいい加減に……来い! ――ぺぇーッ!」


 私のガチャ運だと、試行回数的にまだまだ期待できないな、と思っていると……その時でした。


「おお……おおおおおおおおおおおお!?」


 ナナミさんの歓声に目を向けるとそこには、猛烈な勢いで広がっていく煙のようなものが。

 煙は、徐々に一つの形を為していき、やがて三人の巨人の姿となって空中に顕現していきます。

 びっくりすることに、彼らの顔にはそれぞれ見覚えがありました。


 末位まついさん、吉武よしたけさん、宇目うめさん。


 無残にも浜田さんに殺されてしまった三人。

 ナナミさんを取り合って喧嘩していた三人。


「うわっ。さいあく! あいつらが出たか……」

「あの三人の……、何がトラウマだったんです?」

「そりゃ、まあ」


 ナナミさん、ちょっと気まずげに目を逸らします。


「あんな風に大喧嘩されて、……それがあたしのせいだって言われたら、ちょっと怖いなって思うよ。あの後ずっと、あたしのせいでみんな気まずかったし」


 へえ。

 ナナミさんってあの時、わりとひょうひょうとしていたように思えたんですけど、やっぱ内心、怖かったんだ。


「うふふ。かわいいとこあるじゃないですか」

「なんだよっ。……くすくす笑うなっ、”名無し”」

「ふひふひふひふひ」

「ふひふひとも笑わないのっ!」


 三人は、私たちがいまいるビルと同じくらい巨大な身体でどすんと道路に立ち、


「おまえがなーっ……! おれの女をなーっ……! ゆるさーん……!」


 などと、のっぺりとした声で叫んで、足元の”ゾンビ”たちを蹴散らして行きました。

 不思議と彼らそのものには”ゾンビ”の敵意が向かないらしく、見たところやりたい放題。


「よぉし。何はともあれ、……作戦決行だ。いこうっ!」

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