その258 甘い希望の味
天宮綴里にとって試練が訪れたとするのであれば、そのすぐ後であった。
四人の”姫”が、一斉に自分たちのいる浴槽にやってきて、あれこれ質問攻めにしてきたのである。
ただでさえ二~三人用のジャグジーに六人が浸かるとなると、当然そこはすし詰め。流れで肩まで湯に浸かるハメになった少年は、”語り姫”と”歌姫”に挟まれてぎゅうぎゅうになっていた。
彼は、どこか今の状況からナメクジの交尾を連想している。
控えめに言って、性に目覚めたばかりの男子中学生が夢に見る光景そのものだった。
「それで、あんたらのその”センパイ”とやら、なんだが」
天宮綴里は、ゆでだこになりつつある頭で、それでも必死に平然を装いながら応える。
「――何者だい?」
「何者か、と言われても、普通の女子高生だった人です」
「性格は?」
「ゲームが好きで、マンガが好きな……教室の隅にいたら、ずっとそこで読書してそうな。でも、ユーモアがないわけじゃなくって、話したらいろいろ、面白い考えを持っていて……」
話していると、ここ数日のなんやかやが溢れてきて、止まらなくなる。
そこでようやく気付いたのだが、自分はどうやら、彼女のことがわりと好きだったらしい。
――あなたは昨日、……仲間を見捨てたのですよ。彼らを救う力を持っていながら。本当にわかっているのですか。
夜久銀助との決闘の日、確か彼女に、そう言ったが。
自分だって、わかっていたのだ。それは小さな八つ当たりであった、と。
ずっと、矢面に立てない自分の弱さに負い目に感じていた。だから……、
「それと、――仲間のために命を賭けられるひとです」
「ふーん」
”語り姫”は、アンドロイドが物質の構造をサーチしているみたいな目で、
「殺しの経験は?」
「それは……わかりません」
そこで、割って入るように明日香が、
「一度だけ。でも身を守るため、と聞きました」
「成程」
”語り姫”は、意味深に頷いて、
「嘘を吐いている様子もないし、――聞く限りじゃ、まともそうではある。……レヴェルは?」
「確か、85だったかと」
「85? ……そりゃまた、とんでもない。……百花とか、ライカに届くくらいか。他にその領域に達してるのは……」
”歌姫”が口を挟む。
「”贋作使い”さんも、80以上、だったよね。70以上なら、”守護”の、トールさん、とか。他にも、何人か……」
「ああ、そーだったそうだった」
天宮綴里にとってそれは、驚くに値する情報である。
彼だって”終末”を遊んで過ごしたわけではない。仲間と協力し、少なくない経験点を稼いできたつもりだ。
”彼女”と”転生者”が別格だとしても、それらに比肩する”プレイヤー”がまだ存在しているとは……。
「まあ、レヴェルって意味じゃあ、あんたもかなり強い方だけれど。――だろ? ”解放者”?」
いつの間にか《スキル鑑定》で見られていたらしい。
もちろんそれはお互い様で、天宮綴里は、四人の”姫”のジョブとレベルを確認している。
”歌姫”、千駄ミズキ。
レベル52。ジョブは”吟遊詩人”。
”語り姫”、遠峰カズハ。
レベル39。ジョブは”奇跡使い”。
”笑い姫”、根津ナナミ。
レベル53。ジョブは”遊び人”。
”実況姫”、トラ山トラ子(仮)。
レベル79。ジョブは”賭博師”。
――エントランスにいた”踊り子”に続いて、初見の上位職が続くな。
”吟遊詩人”にしろ”遊び人”にしろ”賭博師”にしろ、この享楽の王国にはピッタリのジョブに思える。
「私には……大した力はありません。すべて”戦士”さんにおんぶに抱っこで、ここまで来られたのです」
”語り姫”は、「まあ、尤もか」と納得し、
「ところでその”彼女”とやら、テーブルトークRPGは嗜む方?」
「TRPG……ですか?」
「ああ。ちょうど身内でやるセッションも飽きてきたところだから、新入りを探してるとこでサ」
「そこまではちょっと、私にはわかりかねますが……。あ、でもそういえば、前に”ゾンビ”を見た時、その手の用語を口にしていた、ような……」
「1/1D8でsanチェックお願いします」とかどうとか。
たしかあれって、ダイスロールに関するTRPG用語だったような。
「ほほう。んじゃ、最低限のリテラシイはある、と?」
「恐らくは」
言いながら「こちらに都合が良いからって、適当なこと話してないだろうか」と、思う。
だが、TRPGセッションのお誘いは、かなりこちらに都合が良いコラボだと言えた。それならば、自分たちはあくまで動画の登場人物の一人に過ぎない。立ち回りによっては、あまり視聴者の反感を買うことなく、自然と知名度を上げることができるはずだ。
見ると、君野明日香がキラキラした目で「もっと推してけ」と合図を送っている。
「では、”彼女”が目を覚ました時、改めてご連絡をば」
「おっけー、頼んだよ」
すると、反対側の隣にいる”歌姫”が、ぎゅっと少年をサンドウィッチにして、
「あっ、あっ、あっ、ず、ずるい。私も、興味ある、のに」
「あんたは空気を読みすぎる。あんまりああいうのに向いてないんだ。……ゲェムに本気になれるのは、案外貴重な才能なのサ」
「そんなぁ……」
天宮綴里は、自分を挟んだ彼女らの対話……とは、まったく無関係に、親友の亮平が彼の兄と取っ組み合いの大喧嘩の末、脱糞した日のことを思い出していた。
「それに、……コイツらを使うのは、先物取引って奴サ」
「さきもの……?」
「デビュウ動画が、米国の核ミサイルをぶった斬るってのは、……これ、ちょっとした話題性があるよ。この子らはきっと、すぐに人気者になる」
確かに、言われてみれば。
それならば、
・ものすごいインパクトがある。
・機材はスマホと、低スペックのノートPCのみ。
という、先ほど明日香さんと話した条件を満たすことができるだろうし。
「うちは絵師にキャラ画を依頼するから、セッションから動画の上がりまで、ちょいと時間が掛かる。やるなら、早めに撮影を済ませちまいたい」
と、”語り姫”。
「あっ、あっ、あっ、あっ。じゃあ、私も、チャンスが、あったら、デュエットを……、おうたが、苦手でも、ミュージカル形式の、企画が、進んでて……」
と、”歌姫”。
「……そ、そんじゃ、あたしも企画あるよ。うふふふ。『異世界探検してみた』っていう……”無限湧き”のゲートに凸るの……ひひひっひ。ちょうど、強い兵隊が必要なところだったんだ」
と、”笑い姫”。
「――オレサマは……特にないけど。まあ、数字が稼げるなら、なんかパーティ系のゲームでもやるかい」
と、”実況姫”。
思いも寄らないお誘いに、天宮綴里は小さく胸が湧いていた。
――この分なら、優希の蘇生も難しくない……のか?
それは、一度でも真の絶望を味わった者にとっては、くらくらするほど甘い希望の味である。
あるいは、……それこそが、まだ顔も知らぬ女王、――志津川麗華の狙いなのかもしれないが。
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