その252 ウワサの場所

 ……………。

 …………………………。

 ……………………………………………………で。


 あーでもないこーでもない、と、話し合いを続けているうちに、いつの間にやら日が傾きつつあることに気付きます。

 ”作戦会議”はすっかり煮詰まりつつありました。

 というのも、


・ものすごいインパクトがある。

・機材はスマホと、低スペックのノートPCのみ。


 この、たった二つの条件を満たす案が見つからないためです。


「やっぱりここは、すでに人気者の百花さんとコラボしてもらう、とか……」

「それも手なんですけど、――それだけじゃあダメなんです」

「そうかなぁ」

「コラボって、形だけでも双方にメリットがあるって体裁をとらないとマズいんですよ。ある程度は同格の相手じゃないと意味がない。誰かの人気におんぶに抱っこするような人、誰も好きになるわけないでしょ? まずは自分のスタイルを確立しなくちゃ」

「はあ」


 めっちゃ早口で話すやん……。

 とはいえ私、”終末”後、初めて、青春っぽい話をしている気がしました。

 案外こーいう、雲を掴むようなおしゃべりも楽しいもので。


 話している間も、すぐそばでは一輪車をキコキコやっている女の子が、その失敗体験を動画にしているのが見えています。

 明日香さん曰く「あーいうのはカンペキに身内受けを狙ったもので、あんまり参考にしない方が良い」とのこと。


 ふーん。

 思ったよりも難しいんだな、人気商売って。


 そこで私たちは、いちど話題を変えることにしました。

 これ以上ここでぐだぐだしても、時間の無駄だと思えたためです。


「ところで、百花さんとの合流なんですが……」

「戻り次第、すぐに苦楽道さんからメールが届くよう手配しています」

「エントランスで待っていた方がいいのでは?」

「百花さん、アカウントが消されたくないから、こっそりここを出たみたいです。きっと秘密の抜け道みたいなのがあるのでしょう」


 そういえば”踊り子”さんがそんなこと言ってました。

 国外に出たら、一度アカウントが消されちゃう、って。

 ……あの時は「なんだそんなことか」って思ったけど、国外に出るだけで全財産没収、って考えると結構メチャクチャな法律な気も。


 退屈を持て余し、ついにウトウトし始めた美言ちゃんを見て、


「時間が余ってしまったし、……先に、寝床を見ておきましょっか」


 明日香さんが気を利かせます。


「そういえばここの人ってみんな、どこに泊まってるんです?」

「地下です」

「え? どこって?」

「来たらわかりますよ」


 意味深に笑う彼女に導かれ、美言ちゃんをおんぶした私と綴里さんは、通常のディズニャーランドのゲストは決して足を踏み入れない場所へと向かいます。

 それは、『キャスト用』と題された専用の出入り口。

 夢の国の舞台裏でした。



「こっちです」


 明日香さんに案内されて私たち、表で見られるファンタジックな世界観、その薄皮一枚を剥いだ場所にある従業員用スペースに足を踏み入れます。

 何に使われているのか、巨大なパイプがむき出しになったその通路を少し進むと、


「…………ううっ」

 

 ものすごい少女臭……とでも表現すればいいのでしょうか。なんだか甘ったるい匂いが鼻について、むせかえりそうになりました。


「ここ、ちゃんと換気してます?」

「恐らくは」

「恐らく、って……」

「慣れることですよ」


 ディズニャーランドには、地下に物資搬入用の通路が存在する……という都市伝説を聞いたことがあります。

 なんでも、その通路は倉庫と接続されており、そこからどんどん物資が送られてくるために各販売店は品切れをほとんど起こさないんだとか。


「しかしよもや、宿泊施設まであるとは」


 といってもそれが”終末”以降、急遽作られたものであることは間違いありませんでした。

 道幅七メートルほどの、物資運搬用の長大な通路。

 その片側車線、三メートルほどを使って、ずらーーーーーーーーーーーーーーっと、ネットカフェなんかでよく見られる、簡易な仕切りができています。

 どうやら、この仕切りごとに区分けされたスペースが、今後しばらくお世話になる私たちの新たな住処、ということみたい。

 中を覗くと、簡易ベッドにもなるソファが一台。その隣に、電源に接続されたノートPC(動画編集用)と鍵つきのロッカーが一つずつ。

 ……うん。やっぱこれ、ネカフェだ。


「プライバシーは……まあ、必要最低限度ってところですね」

「高視聴率のヴィヴィアンになるまでの我慢です。なんとここの地下、例のあのディズニャーホテルにも接続されているのだとか」


 へえ。いつも予約いっぱいで泊まれないとウワサの。


「……でも案外、ここでの生活も悪くないですよ」

「ちなみに、おトイレは?」

「従業員用のものが使えますが、――有料です」

「マジか」

「ええ。だから低視聴率のヴィヴィアンはペットボトルとかにしてるみたいですね」


 闇じゃん。

 そう考えると、このむせ返るような少女臭も一部、あるいは……。

 私は素早く考えるのを止めました。光よりも速く。


「それと、シャワー室は」

「数は多くありませんが、ニャッキーの中の人たちが使っていたものが。こちらも有料ですが、わりと広くて使いやすいですよ」


 すると美言ちゃん、「ニャッキーの中の人?」と、眠たい目を擦りながら訊ねます。


「なんでもないんですよー?」

「……うみゅ」


 私たちは、”国民登録”の際に割り当てられた部屋まで彼女を連れて行き、ベットの上に少女を横たえたあと、タオルケットを被せてあげました。


「……ありがとぉ」


 お。

 この娘、一応お礼とか言えるんだ。眠いとき限定かもですけど。

 鬼みたいな形相で”飢人”にナイフを突き刺していた娘と同一人物とは思えません。


 彼女が寝息を立てていることを確認した後、私たちはしばらく過ごすことになるであろう寝床を後にします。

 というのも、つい今しがた、苦楽道さんからメールを受信したためでした。

 内容は、以下のもの。


『百花、帰還。

 ただし火急の要件あり。

 ”渡り鳥の羽根”使われたし。手持ちにない場合はすぐ返信を。

 位置はパーク中央、”アビエニア城”にあるもっとも高い屋根の上にて。』

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