その202 防御力全振りおじさんとの攻防

 対峙する二人の間合いは、五、六メートルといったところでしょうか。

 学校指定の体操服に身を包んだ凛音さんに対して、私と綴里さんはまるで戦闘に適していないスカート姿。

 なんだか専属のチアガールにでもなった気分で、少し後ろのポジションにいます。


 我々の前に立ち塞がるマスク男は、両拳を軽く胸元に挙げただけのシンプルな構えで、


「どうしたほら、――来い」


 対する凛音さんは応えず、ちょっとだけこちらを見ながら、


「綴里」

「は」

「悪い、回復してくれ」

「回復?」

「足首のとこ」


 見ると、彼女の右足に、遠目でもわかるくらいくっきりと手形が付いています。

 実を言うとこれは、とんでもないことでした。《皮膚強化》により彼女の足は刃物すら通さないほど頑強になっているはずなのです。

 綴里さんは戦慄しながら、


「嘘、――今の一瞬で」


 とはいえ、身体はほぼ自動的に動いていました。

 彼女はさっと患部に手を当てて『――《治癒、四番》』と囁くと、緑色の優しい光が顕れ、たちどころに凛音さんの傷を癒やしていきます。


「二人とも、夜久のスキルは見た?」

「え、ええ」

「やっぱり、――堅いね。まともに殴り合ってダメージを与えるのは難しそう」

「はい」


 綴里さんが事前に調べてきた”守護騎士”対策は頭に叩き込んでいました。

 故に夜久さんが覚えているスキルの効果はほとんど完璧に理解できています。


 そのうち、気をつけなければならない能力は三つ。


 《カウンター》と《不屈》。

 そして《正義の鉄槌》とされる謎の技。


 解説すると、《カウンター》は単純に、直接攻撃に対する反撃能力が飛躍的に向上するスキル。

 んで《不屈》というのは、ダメージを受ければ受けるほど攻撃・防御のための力が上がるスキル、とのこと。


 基本的に”守護騎士”の攻め手は、この二つだけとされています。

 要するに、”守護騎士”というジョブは、ほとんど自分から攻撃する手段がないのです。

 だから私たちが考えたのは、――


「じゃ、作戦通り」

「お願いします」


 安全圏から、巌を削り取るように攻撃すること。


 瞬間、凛音さんは屈むような態勢のまま、ぱっと私の目の前から消えました。

 目線だけで彼女を追うと、事前に示し合わせたとおり、夜久さんを中心に、正確な円を描きながらぐるりと半回転。

 そして、――


「――おっとッ!」


 道中で拾い上げた小石を、その顔に目掛けて投擲します。


「おいおい、武器を使うのはルール違反じゃ……」

「違うね。禁止したのは、だけ」


 夜久さんが眉間のあたりを少し押さえて、


「……卑怯だぞ」

「なんとでも良いな」


 凛音さんは不敵に笑って、手のひらで小石を二つ、弄びました。

 そして再び、《投擲》スキルによって強化された小石を、弾丸の如く投げつけます。

 この”弾丸の如く”は決して比喩ではありません。それが現実の弾丸を上回る威力であることはすでに実証済み。


「ぐっ」


 それを、十字に構えた両腕で受ける夜久さん。コートの袖が、一瞬にしてボロボロに引き裂かれました。

 とはいえさすが、防御力全振りおじさん、といったところでしょうか。

 ちらりと除く彼の肌は、傷一つついていませんでした。

 それももちろん、――彼の魔力が続く限り。

 攻撃を受ければ受けるほど、彼の魔力は失われていくことは間違いありません。


「ちっ、ユニクロの安物とはいえ、――お気にだったのにッ!」


 マスクで隠れた夜久さんの表情ははわかりませんが、さぞかし苦渋に満ちた顔をしていたことでしょう。――たぶん。


「先に言っとくけど、あと百回くらい同じこと繰り返すから。魔力が切れそうになったらちゃーんと言うんだよッ! ……死にたくなけりゃあね!」


 そして宣告したとおり、凛音さんはつかず離れずで投石を続けます。

 夜久さんはどうにか彼女に接近しようとしますが、どうも足の速さと持久力は凛音さんが少々上のように思えます。たぶん歳のせい。


 万一、フィールドの端っこに凛音さんが追い込まれるようなことがあっても、――


「凛音さん、――”跳んで”!」

「凛音さん、――”躱して”!」

「凛音さん、――”だっしゅだっしゅだっしゅきっくえんどだっしゅ”!」


 私の《激励》があるため、辛うじて接近戦をせずに済んでいます。

 正直、右往左往するしかない夜久さんをちょっと応援したくなるくらい。


 そんな夜久さんを眺めていて、ひとつ気付いたことがあります。

 どことなーく、ですけど。

 あんまり必死ではない感じ、というか。

 なりふり構わず、ってほどでもない、というか。

 手を抜いている感じではないんですけどね?


 どうも、彼も彼なりに絵面を気にしているようでした。

 まあ、それも無理はなりません。だって大の男が、女子高生三人に暴力振るってる感じなわけですから。

 ”プレイヤー”の強弱に男女差はあまり関係ないとはいえ、やはり男が女を痛めつける、というのは外聞の悪い行為であることは間違いなく。


 ”完璧に勝”たなければいけないのは、私たちだけではなかった。

 案外彼も、似た想いだったのかも。


「くそ、――ちょこまかと!」

「こっちはまだまだ余裕! 降参するなら、今のうちだよ!」

「誰が、――」


 心の引っかかりは、一つだけ。

 彼が持っている《正義の鉄槌》というスキル。

 綴里さん曰く、「そんなスキルがあるなど、いままで聞いたこともなかった」というその能力の効果、ですが……。


 今の私と綴里さんは、はらはらしながら成り行きを見守っていることしかできないのでした。

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