その176 勝鬨の声

 それから間もなくして、仲道銀河さんの死は秋葉原にいる全ての“プレイヤー”の知るところとなりました。


 結果。

 その地域に残ったプレイヤーは、六人。

 縁さん、流牙さん、流爪さん、鎌田さん、”賭博師”さん、……それに、私。


「他のみんなは?」

「どうやら、ここから逃げてしまったようっす」

「逃げた? ……え?」

「俺が”王”になった時点で”従属”関係は解消されましたので。みんな自由になったということっす」


 だとしても。

 いくらなんでも、ここを放り出してどこかへ行ってしまうというのは、ちょっと薄情じゃないでしょうか。


「……苦楽道さんや、その他の協力者の方も?」

「みたいっすね」


 縁さんは、寂しげに首を横に振ります。


「親父の時と同じてつを踏みたくなかったのでしょう。元より我々は、『”王”の支配を脱する』ところまでの協力関係だった訳っすから」


 ううむ。

 確かにそれはそうかも知れませんが、用が済んだらスタコラサッサというのは……。

 てっきり苦楽道さんあたりは残ると信じていたのですがねえ。


「それだけ恐れられてるんっすよ、”王”ってスキルは」

「しかし……」


 ”王”は、配下と成るプレイヤーから経験値を得ることで初めて力を発揮するジョブらしく、現在の縁さんはいわば「裸の王様」と言っても過言ではない状態のようです。


「でも、それでいいんす。誰も傷つかずに済むなら……」


 あれだけ便利な力をもう使えないと考えると、ちょっと惜しい気がしますが。だからと言って私が“従属”するわけにもいきませんからねえ。

 難しいところっすなぁ。


「その代わり、事前に作っておいた秘密の地下空間には、俺が考えられるかぎり最高の避難所を構築しておきました。あとで案内するのが楽しみっす」


 それでも、このおデブさんは前向きのようで。

 願わくば、彼が善き“王”とならんことを。



 いったん鎌田さん、縁さんと別行動をとることにした私は、目についた人を片っ端から誘導していくことにします。

 縁さんが用意した”避難場所”は、……なんと、”王”の住処の地下にあったようで。

 ラストダンジョンの地下にセーフハウスを用意するとは。あの人、思ったより大胆だったみたい。


 とか、ぼんやり考え事をしながら歩いていると、。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっす! センパイ!」


 元気印の林太郎くんと出くわしました。


「久しぶりっす! 元気っすかぁ!」


 って。

 挨拶するのはいいんですけど、あなたいま三十匹くらいの”ゾンビ”に囲まれてますよね。


「とりあえず助けますっ」

「えっ。あっ、いや大丈夫っす慣れっこっす」


 無視して、《魔人化》を起動。

 魔力の噴出にも若干慣れてきました。

 すでに《剣術》その他、身体強化系のスキルをオンにできているので、下手こいて間違った相手をミンチにしちゃう……みたいなこともなさそう。


 視界に入った”ゾンビ”の群れを、精妙な刀使いでさくさくっと始末していきます。

 与えるダメージは、全て最小限に。

 頭部に僅かな切れ込みが存在することを除けば、かなり綺麗な死体の山が出来上がっていきました。


「ひゃーすげえ! 芸術的ですらあるぜ! ゾンビ殺しのアーティストだ!」

「そりゃどうも」


 林太郎くんの褒め言葉(?)を受け流しつつ。


「作戦はどこまで進んでます?」

「わかんねーっす! 指揮してんの明智のおっさんだから! たしか今は駅近くに陣取ってるはずだから! だからそっち行って聞いてくれっ!」

「ほい」


 じゃ、細々とした”ゾンビ”の始末は林太郎くんに任せるとして。

 私は、死人の唸り声響く秋葉原の街を駆け抜けます。



 そこから、数分ほど駆けた頃でしょうか。

 ふいに、ずどーんと、額に衝撃が走りました。

 どうやら額を弾丸で射抜かれたみたい。


「……なんですとっ!」


 驚いていると、そこには織田さんの姿が。

 どうやら、撃ったのは彼のご様子。


「なにすんねんオマエぇぇぇぇ!」


 慣れない関西弁も飛び出そうってものですよ。


「なんだ、やっぱりお前か。新手の怪物かと思った」

「やっぱりってなんですか確認してから撃って下さい!」

「問題ないと判断した。敵だったら攻撃すべきだし、お前だったら、どうせ撃っても死なない」


 なんという……。

 私が二の口を告げられずにいると、


「一応、道路封鎖の構築はうまくいってる。……何人かお前みたいに妙な力があるやつに手伝ってもらっとるからな」


 見ると、道路の向こうで車の山ができていました。

 どうやら即席のバリケードを作ってくれているようで。


 手伝ってくれてるのは、誰でしょう。流牙さんと流爪さんあたり、かな?


「ほら、行けよ。この辺の雑魚は俺らに任せとけ。明智さんと会うんだろ」

「りょ」


 織田さんと別れて、さっさと明智さんの元へ向かいます。

 すると、秋葉原駅前の少し開けたところに、即席の指揮所があるのが見えました。

 そこでは、明智さんと早苗さんが、無線機に向かってあれこれ指示を飛ばしているようです。

 護衛の戦闘員はいませんでした。

 たぶん、早苗さんがいれば十分だと判断されたのでしょう。


「思ったより外から入ってくるゾンビが多い……っ、できればアキバ一帯を拠点に変えるつもりだったが、これは安全区域を予定より狭める必要があるな」


 言いながら、秋葉原周辺の地図とにらめっこしています。

 そこには、バリケードでゾンビたちの侵入を封鎖する予定の場所が、赤いペケ印で書かれていました。


「押されている場所を教えて下さい」


 訊ねると、二人はそこで初めて私に気づいたのか、一瞬だけ目を丸くして、


「……来ていたのか」

「ええ」

「”王”の支配領域が消失したと聞いたが。ヤツは確かに死んだのか?」

「はい」

「そうか」


 明智さんは、それだけ確認すればあとはもう会話する必要なし、とばかりに地図の一箇所を指差し、


「ここに行け。いま最も”ゾンビ”に押されているところだ。お前が我々を死地に誘ったのだのだから、責任をとれ」

「おいっす」

「それと、携帯用の無線機を渡しておく。随時向かうべき場所を伝えるから、思う存分暴れてこい」


 的確な指示に感謝。

 私は魔人の力を利用して、宙空をバッタのように跳ねます。

 無線機からは、


『――あー。なんか黒い岩っぽいのついてる気持ち悪い眼鏡女がいてて気持ち悪いけど、ぴょんぴょん跳ねまわって気持ち悪いけど、そいつは敵じゃない。気持ち悪いけど味方なので、間違って撃たないように。……繰り返す。気持ち悪い女は敵じゃない。間違って撃たないように』


 という、明智さんの声。

 ……なんか最近、私の容姿に対する風当たり、強くない?



 その後の私は、片っ端から”ゾンビ”をぶった切るだけの機械と化しました。

 その日だけで殺した”ゾンビ”の数は……何匹でしょうか。

 三千超えたところまでは数えてたんですが。


 日が沈み。

 世界がオレンジ色に染まるころ。


――みんな、よくやったわね!


 無線機越しの早苗さんが、いつもの台詞も忘れて、言いました。


――バリケードは構築完了! 侵入した”ゾンビ”もあらかた殲滅完了! ……まだ完璧じゃないけれど。……秋葉原は私たちの街になったわ!


 同時に。

 街のあちこちで、勝鬨の声が上がります。


 それは、人類史に残る光景……に、見えました。


 何せ私たちが知る限り、ここまで大規模な”ゾンビ”との集団戦闘は初めてでしたから。


 といっても、たかだか数キロ圏内の街を取り返しただけですが。

 それでも私たちには、それが偉大な一歩のように思えたのです。



 それからまる二日ほど、バリケード内の“ゾンビ”掃除に費やして。

 遂に、待ち望んでいたアナウンスがその場にいた全てのプレイヤーの脳内に流れました。


――おめでとうございます! 秋葉原駅周辺の安全が確保されました!

――おめでとうございます! あなたにボーナス経験値が発生します!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます…………。

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