その174 魔人
「いいっすか。……親父が創りだした”キマイラ”は、俺が片っ端から無力化します。”戦士”さんは親父を仕留めるのに集中して下さい」
「でもそうすると、縁さんがマズくなるのでは?」
「王族が生み出した魔物を殺すことで、同じ王族が経験値を得ることはできないんす。それに……」
縁さんの足元から出現したのは、私と“賭博師”さんが夢に見るほどに倒しまくってきた各種“スライム”たち。
「そもそも、直接戦うのはコイツらなので。俺には報酬の法則は適用されません」
なるほど。
そんじゃ、その作戦で行きますか。
ちょうどその時、規定の百秒が経過しようとしていました。
オンにするスキルは……もう決めています。
これまで、ずーっと試してみたかったスキル。――《魔人化》。
どういう効果かははっきりわかりませんが、とにかく戦闘力を飛躍的に上昇させるらしく。
深呼吸を一つ。
――どぉん!
”王”が床を突き破って屋上に現れたのは、そのすぐ後でした。
「逃げるな、ばか者め」
「いやいや。あそこで玉砕した方がよっぽどバカでしたから」
「ああいえばこういう……」
老人は、どうやら性格的に、ありとあらゆる反論を好まない方のよう。
「こい、娘。これで終わらせてやる」
同時に、”王”が多数の“キマイラ”を生み出します。
縁さんが予想した通りの作戦。
「……!」
しかしそれは、思った以上にグロテスクな光景でした。
たまたまそこに居合わせた動物を適当にミックスしてでっち上げた、といった感じの合成獣の群れ。
『ぎえええええええええええええええええええええええええええええええ!』
『ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』
『ぐえええええええええええええええええええええええええええええええええ!』
断末魔のような鳴き声を上げるそれらは……なんというか。
『殺してくれ』と、彼ら自身が願っているかのようでした。
「”戦士”さん、手はず通りに」
縁さんが、むむむ、と頭の中で念じると、ぐわっと床が盛り上がり、その動物たちを屋上から跳ね落としていきます。
「ほほう? わしの手管に気づいたか。いいぞ、縁」
と、息子を褒める父親のような顔で、“王”。
「……やめろ! いまさらそんな顔をするなあ!」
縁さんは渋面を浮かべながら、絶叫しています。
殺し合いにまで発展して初めて見る親の顔というのは、どういう気持ちでしょう。
しかし、彼の心境に感情移入している暇はありませんでした。
「――《魔人化》。……いきます」
本邦初公開のスキルを発動。
すると、
「――!?」
ちょっとばかり予想外の出来事が起こりました。
私の手から、……まるで、岩のように硬質化した、黒い結晶のようなものが生えてきたのです。
「ひえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ気持ち悪い!」
こういう見た目を犠牲にするタイプの技って、あんまり女の子キャラは覚えないのでは?
「気持ち悪くないっすカッコいいっす汚い
いま、汚いって言いましたよね?
聖闘士の前に“汚い”って付きましたよね?
「がんばれ“戦士”さん!」
縁さんのフォローも、あんまり頭に入ってきません。
黒い結晶は、手の甲を覆うばかりでなく、私の全身、……そして、祖父の形見の刀まで覆い始めました。
そこで、さらに気づいたこと。
髪の毛です。
私の髪の毛が、いつの間にかものすっごいもっさもさになっているのです。三年くらい散髪屋行かなかったらこんな感じになるでしょうか。
……うん、いま、鏡、みたくない。こわい。
「ほほう。怪物に变化するスキルとは」
ほらー。“王”にまで「怪物」とか言われちゃってるし。
「……面白いぞ。どこまでやれるか、試させてもらう」
仲道銀河さんは、自身に襲い来る危機が大きければ大きいほど、それが喜ばしいことであるかのよう。
それに応じるように、私も刀を構えます。
《魔人化》を起動してから、刀は前のように軽く感じられるようになっていました。
「――ふっ!」
息を吐いて、”王”に向けて跳び、――と。
「えっ」
私の認識の範疇を超えた事態が起こりました。
ちょっとだけ両脚に力を入れただけだというのに。
なんか私、……今。
”王”の頭を跳び越して、遥か上空の彼方まで跳んじゃってるんですけど。
「ええええ! うそ!」
まさか、ここまで力の加減がきかないとは。
ビルを超えた向こう……大通りの道路へと飛び出しながら、
「うわうわうわうわ、落ちる、落ちる!」
……さっき、”王”が「堕ちるところまで堕ちてから」みたいに言ってましたけど、別にこういう意味じゃないですよね?
宙空に飛び上がった私には、もはや身体の制御が効かず。
着地点を見ると、ゾンビの群れが。
「ひええええええええええええええええ!」
叫びながら、彼らのどまんなかに着地。
すると、
「おおおおおおおおお!?」
聞き覚えのある声が、悲鳴を上げます。
振り返って見ると、ライフルを構えた懐かしい顔が。
「って、お前……! ひょっとして”グリグリメガネ”か!?」
元クリーニング屋だとかいうあの、
「あ、ども。ごぶさたです」
「お、お、お、お、お前何やってんだそこで! っていうか、その格好! っていうか、まわり”ゾンビ”だらけで! やべーぞ!」
私は、軽く刀を振るって周囲の”ゾンビ”の首をいっぺんに跳ねた後、
「ごめんなさい、また後で!」
再び脚に力を込めて、秋葉原の街をバッタのように飛び跳ねていきます。
……佐嘉田さん、呆気にとられた顔してましたね。あとでどうやってフォローしよう。
しかし、いちど”王”と離れられたのは良かったかも。
街を駆けながら、私はいくつか《魔人化》の特徴を把握しつつありました。
私の全身を鎧のように覆っている結晶。これには、力を込めると黒色のエネルギーを噴出させる働きがあるようです。上手く使えば、(かなり練習が必要そうですが)スーパーマンみたいに空を翔ぶこともできそう。
今は跳躍力を底上げするのが精一杯ですけどね。
私が”王”の元に戻ると、そこでは、縁さんの創りだした”スライム”と、”王”の創りだした”キマイラ”がポケモンバトルを繰り広げているところでした。
「――ただいま」
間抜けな格好を晒した手前、ちょっとだけ気まずい気持ちで帰還します。
「せ、”戦士”さん! 大丈夫っすか?」
「へーき。バトンタッチします」
言いながら、間髪入れずに”王”へと突撃。
しかし、
「……むぅッ」
老人の不敵な笑みを見て、攻撃の軌道を逸します。
できれば早期決戦……を、狙いたかったところなのですが。
攻撃を取りやめたのは、”王”の身体に数匹の鼠のような生き物が張り付いているためでした。
……恐らくこの鼠も、”王”によって改良を加えられた”魔法生物”でしょう。
ということは、それを潰してしまうと、“王”からまた望みもしない報酬をもらってしまうことになります。
それだけは避けなければ。
迷っていたのは、コンマ数秒ほど。
「…………!」
私の周囲を取り囲むように、四、五匹の”キマイラ”が飛びかかってきました。
それらの攻撃を、真上に翔ぶことで回避。
その隙に、
「退け! 怪物ども!」
縁さんの“スライム”たちに、”キマイラ”を排除してもらいます。
”王”の住処でもあったビルは今、縁さんの力の影響を受け、一つの巨大な”スライム”と化していました。
「なんだ、縁さん、けっこーやるじゃないですか!」
「はぁ、はぁはぁはぁはぁ。……ウス」
しかしこの人、さっきと比べて十キロほど痩せて見えるのは気のせいでしょうか。
限界が近いのかもしれません。この人、ただ立ってるだけでも息切れ起こすみたいですし。
とにもかくにも、今彼に倒れられるのは困ります。
異形の怪物たちが蟻のように湧いてくるビルの屋上で、まともに戦えているのは縁さんのお陰ですからね。
このままのペースで彼を酷使し続けると、まずいかも。
せめて《剣技(上級)》がオンになっていれば、鼠を避けながら、精密な動作で”王”にダメージを与えることができるかもしれません。
しかし、《魔人化》しているとはいえ、今の私は剣の素人と変わりありません。大雑把に刀を振り回すことしかできませんでした。
もう一手。
なにか、一つでいいんです。
”王”の意表を突くことができれば。
事前に準備していた
【課題:いかにして“キマイラ”の防御を避け、かつ“王”を攻撃するか?】
時間稼ぎして、新たなスキルがONになるまで待つ?
⇒時間稼ぎ役の縁さんにいつ“王”の攻撃が向くかわからない以上、その作戦は悠長に過ぎます。
ただでさえ、今の状況は“王”の気まぐれに頼っているのですから。
念話で増援のみんなに助けを呼ぶ?
⇒知り合いにスナイパーがいる訳でもなし。時間がかかりすぎます。
縁さんにもっと頑張ってもらう?
⇒無理。縁さん、今にもぶっ倒れそう。
……ふむ。
となると、考えなければならないのは、
①いまから数秒以内に実行できる手段で、
②誰の力も借りず、
③私の力だけで、攻撃を当てる方法。
と、いうことですか。
追い詰められれば、案外なんでも閃くもので。
うまくいくかどうかはともかく、……イケそうな手はあります。
「……――“王”。いえ、仲道銀河さん」
「何か」
「最期にもう一度。……降伏することを提案します」
「バカを言え」
老人は、にやりと笑いました。
「お前は、勝つとわかっている勝負を投げ出すのか?」
そう言っている“王”の言葉は、……不思議と、彼自身本気で「勝てる」と信じているようには見えませんでした。
無理もありません。
もし、……ここで私が敗れたとしても、結局のところ“王”に逃げ場所なんて、どこにもないのですから。
「わかりました」
この人は。
ここで死ぬことを望んでいる。
私は、一瞬だけ縁さんに視線を送ります。
それが合図になりました。
息も絶え絶えの彼は、小さくこくりと頷きます。
全部終わったら、美味しいものたくさん食べようっと。
そんな風に考えながら。
私は、――駆けました。
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