その163 仲間の在り方

「やっぱりあれ、夢じゃなかったんですねぇ」

「覚えているのか?」

「ええ、――ちゃんとこっち側に戻ってきたからかな。記憶が、うっすらと……」

「なら、見たんだな」


 羽喰彩葉の最期を。

 “期間限定の”友人は、こくりと頷く。


「つまり……、


 そこで”賭博師”は口をつぐんだ。

 言うべきことは、これで全て言い終えたから。


 あとは、彼女の言葉を待つだけだ。


 許される、――とは、思っていなかった。どうしても思えなかった。

 でももし、自分が逆の立場であれば、……いや。

 それを考えても栓のないことだ。


 ”戦士”の表情はよくわからない。

 メガネが光を受けているせいで、目元がよく見えていないのだ。


 テレビ画面から流れてくる場違いに壮大なファンファーレだけが、二人の間に流れていた。


 不思議だった。


 命を助けた人間から暴行されかけたこともある。

 ”ゾンビ”に囲まれて、絶体絶命の危機に陥ったことも。

 “怪獣”に食い殺されかけたことだってあった。

 これまで、何度も死ぬような想いをしてきたというのに。


 それでも。

 今ほど何かに怯えたことはなかった気がする。


 口汚く、性格も悪く、人を惹きつける魅力があるわけでもない。

 そんな自分と、こんなにも長く一緒にいてくれた人は、目の前にいる娘が初めてだったのだ。


 しばしの黙考の末、彼女が発した第一声は、


「ふうん。そんな大切なこと、ずーっと秘密にしてきたんですかぁ……」


 いけない、と思った。

 我慢しないと。

 そういう卑怯な真似だけはできない。


 それなのに。

 気づけば目頭が、火が点いたように熱くなっていることに気づく。


「…………………そ」

「そ?」

「そうだ…………けど…………」


 そこで“賭博師”は、子供のような見た目相応に、弱々しい声を発した。


 くそ。こんなん、ぜんぜんクールじゃねえ。自分らしくねえ。


 こんな風に泣きっ面を見せるくらいなら、腹を切ったほうがマシなのに。

 それでも涙は、次から次へとこぼれ落ちていくのだった。


「だって、……そうしないときっと、一緒にはいられなくなる……。お、オレ、償いがしたかったんだ。……“賭博師”のスキルは、“マスターダンジョン”みたいなところでこそ、活用できるものだから」


 けど、それは全部、手前勝手な理屈に過ぎなくて。


「まあ、世の中には親切の押し売りって言葉がありますからねえ」

「……う、うっうっうっう。……わかってる」


 泣いたらダメだろ。

 泣くところじゃないだろ、今は。


 ”賭博師”自身、そういった手段で事態をうやむやにすることを好まない性格だったから。

 だからこそ、――どうにかしなければ、と、思うのだが。

 どうしても感情のコントロールがうまくいかない。

 それまで、ずっと溜めに溜めこんできた感情であったためだ。


「んで? 他には?」

「……他に、というと」

「ひた隠しにしていた後ろ暗い秘密的なやつ、まだあります?」

「……いや。それだけだ」

「なるほど。そーですか」


 そこで”戦士”は、ふーーーーー、と、深い深い嘆息を漏らす。


「まあ、――ぶっちゃけると私、知ってたんですけどね」

「知って……?」


 きょとん、とする”賭博師”。


「ええまあ、ある程度は」

「ある程度って……?」

「”賭博師”さんのせいで彩葉ちゃんが死んじゃったこととか。《運命の操作》ってスキルの危険性とか」

「なっ……。オメーそれ、ほとんど全部じゃねえかっ」


 混乱する。

 友達だと思っていた娘が、得体のしれない何かに変貌する瞬間だった。


「いつから……、だ?」

「えっと、どうだったかな。半月くらい前かな?」

「そんなに前から?」


 ”戦士”は苦笑交じりに、


「ええ。……だって”賭博師”さん、情報ノートの都合の悪いとこ、書き換えたりしてたでしょう?」


 その時”賭博師”の脳裏によぎったのは、


“情報その100”……君は“戦士”を裏切っている。


 という、あの言葉。


「……アレを見ていたのか」

「まーね。幸い、情報代の十ゴールドくらいなら、“賭博師”さんの手を借りずとも集められますし」

「しかし、なぜだ。……何か不信なところでもあったか?」


 すると”戦士”は無邪気に笑って、


「いろいろツッコミどころありましたけど。……最初に引っかかったのはアレですよ。『”ダンジョンマスター”の好物は、愛する妻の~』どーたらってやつ」

「…………それの何が、まずかったんだ」

「だってほら、私、一度仲道縁さんと直に会ってるじゃないですか」

「そうだな」

「その時に見た彼の身なりとか、苦楽道さんに対する態度とか見て、ふと思ったんです。……『この人きっと、奥さんとかいないだろーな』って」


 ”賭博師”は、思い切り眉間にシワを寄せる。


「そ、そっか……」

「それから、ちょくちょく暇つぶし感覚で情報を買っていったら、自然と”賭博師”さんが秘密にしたがっていたことにたどり着いていた、と。そーいう感じ」


 ホビットの少女は今さらながら、友人の想像力を低く見積もりすぎていたことを後悔していた。


 だが。

 そうなると。

 一つ、疑問が浮かぶ。


「じゃあ……だったら……」

「?」

「どうして、んだ?」

「はあ?」

「いや、だって。オレは、……オメーの友達を殺した訳だろ」

「ええ。しかもそれをコソコソ秘密にしてました」

「そんなやつと一緒にいて、……その。苦痛じゃなかったのか?」


 あるいは、一緒にいた時もずっと。

 彼女の心には、自分に対する憎悪が潜んでいたのだろうか。


「えっ、そう言われましても。を責めたところで彩葉ちゃんが戻るわけでもなし。聞けば聞くほど、酌量しゃくりょうの余地がある話ですし」

「だが……」


 それで心から納得できるかというと、別の話で。

 ここにきて“賭博師”は、この友人について本当の意味では何一つ知らないことに気づいている。


 そして、


「――ねえ、”賭博師”さん」


 名も知らぬ少女は、ひどく寂しげな表情でこちらを見た。


「自分の選択がまったくの誤りで、……その結果、思わぬ人を傷つけたり、死なせてしまうようなことは、誰にだって起こりうるんですよ」


 その眼は、彼女と相対している“賭博師”ではなく、――どこか、遠くにいる誰かを見ているようでもあり。


「でも、……」

「それに“賭博師”さん。あなた、この一件が終わったら、私との縁はこれっきりにするつもりですか?」

「えっ」


 自然、眉が八の字になって、


「お、オレは、……そういうつもりはないけども。……でも、そっちが……」

「間違いがあった時はまず、『次どうするか』を考える。……そういうものじゃないですか? 仲間の……いえ」


 ”戦士”は、小さく息継ぎしてから、


「――友達の在り方って」

「…………あ…………」


 そうだった。

 忘れていた。

 甘い。

 本当に甘っちょろいやつなのだ。こいつは。


 おさまったはずの涙が再び零れ落ちそうになって、――”賭博師”は上を向く。


 目の前の少女がその言葉を言うのに、どういう葛藤があったかはわからない。

 妹のように思っていた仲間を失ったのだから、きっとただごとじゃあない。


 ……でも。

 彼女がそう言うのならば。

 ――真っ向から応えてやらなければ。

 そう、心の底から思う。


 そこで“戦士”は、気を取り直すように、


「そんじゃ、話はこれで終わり。……行きましょう、”賭博師”さん。あんまりここで長話もしていられない」

「ちょっと待て」


 気づけば”賭博師”は、勢い込んで口を開いていた。


「なにか?」


 そして、柄にもない約束を。


「ここから少し離れるが、――千葉に『死者を蘇らせる』スキルを持つ”奇跡使い”がいるって聞いたことがある」

「――え?」

「何か、とんでもない代償を支払う必要があるらしいが。……”王”との戦いが一段落したら、オレはそっちに向かおうと思う。んで、必ず羽喰彩葉を生き返らせる。、だ」


 それは、かなり不確定な情報であったが。

 気づけば”賭博師”は、はっきりとそう断じていた。

 「絶対に」、と。


「死者蘇生かぁ」


 ”戦士”は、どこか他人事のように呟く。


「まあ、ありえない話ではないですよね。現に”賭博師”さんは死の淵から蘇ったわけですし」

「ああ……」


 二人の少女は、しばし視線を交錯させた。


「それじゃーまあ、期待しない程度に期待しときます」

「うん」


 そして、ぷいっと背を向け、部屋を後にする“戦士”。

 そんな彼女に、腫れたまぶたをごしごしやってから、続く。


 これから、自分に立ちはだかる障害がどんなものであれ。

 決してそれが、問題になることはない。


 “賭博師”を名乗る少女は、そんな風に感じていた。

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