その145 暗殺依頼
”地下三階”を攻略した私と”賭博師”さんは、現在”地下二階”にいます。
”地下二階”は、針山地獄みたいだった”地下三階”に比べれば控えめな雰囲気の階層でした。
”ダンジョン”自体に仕掛けがある訳でもなく、ひたすら硬い”メタルスラ……いえ、”鉄スライム”とでも言うべき”魔物”が大量に出現するだけの場所です。
春菜さん情報によると、”ボス部屋”が出現する条件も単純で、フロア内の各所に出現する一万匹の”鉄スライム”を倒すこと。
『ピキキィーッ!』
甲高い鳴き声を上げる”鉄スライム”を片っ端から仕留めながら、私たちは自分の力が、それまでとは段違いに強くなっていることを実感しています。
「鉄をバターみたいにぶった切るって……なんか、漫画の世界みたいですねー」
「……これでレベルも上がったら最高だったんだがな」
「確かに」
こうなってくると、どこまでも自身の強さを追い求めたい気持ちでした。
ただ、春菜さん曰く、『単純にレベルを上げただけの”プレイヤー”ほど
その日の”鉄スライム”狩りノルマを達成した私たちは、補給と睡眠のため、いったん『冒険者の宿』に戻ることに。
”地下二階”の店主さんはやはり、前の『冒険者の宿』の子供だそうで。
……ただ正直、そろそろ血縁者設定に無理が出てきているような。
三代目の”ギルガメッシュ”さんなんかもう、髭が生えてるところしか共通点ない感じですからね。
もっとこう、別のマネキン人形、用意できなかったんでしょうか?
それはともかくとして。
私たちはいつものように”竹”コースの宿をペアでとって、春菜さんへの定期報告を行うことにしました。
「どーもー」
無線機に向けて声をかけると、
『はろー♪』
と、春菜さんが応えます。
「いまんとこ、順調に狩りを続けています」
『まあ、だろーね☆ 今の二人なら”地上階”まではトントン拍子っしょ♪』
これまでのやりとりで、春菜さんは”ダンジョン”内で行っていることを完全には把握できていないことがわかっていました。
それができるのは、”ダンジョンマスター”仲道縁と、――”王”とかいう、じゃっかんウンコ野郎フラグが立っている謎の男の二人だけのようで。
「ちなみに、仲道縁と“王”は、どういう関係なんですか?」
と、少し前に尋ねたことがあります。
その時の情報によると、仲道縁と”王”は、実の親子である、とのこと。
『”王”ってジョブは、かなり特殊でねぇ♪ 特定個人の”プレイヤー”じゃなくて、その”血族”に宿るんだって☆』
「血族?」
『うん☆ もちろん、メインで力を持っているのは、”王”、――仲道銀河本人なんだけど、その力の一部は、”王の子”である仲道縁にも与えられてるってわけ♪』
その話でなんとなーく、話の大筋が見えてきたような……そうでもないような。
ま、今の私たちにできることは、とにもかくにも“マスターダンジョン”をクリアすること。
あんまり先のことを考えても、取らぬ狸の皮算用ですからね。
▼
最近ではもう、手続きが面倒(『冒険者の宿』の女将さん、なんかやたらと私たちをカップルにしたがる)というのもあって、私たちは同じ部屋で寝ることにしています。
幸い、ベッドはかなり大きめで、寝るスペースには困っていません。枕はいつも取り合いになりますが。
「あー……もー……来る日も来る日もスライム狩りとか…………ンモー」
「ボヤかないボヤかない。……明日には、次の階層に進める見込みですし」
うまく言えませんけど、姉妹がいるってこんな感じでしょうか。
まー私たち、あんまり似てませんし、どっちが姉でどっちが妹かもはっきりわかりませんけども。
「しっかし、この調子で進んで、ホントーに……」
と、次の瞬間でした。
ぱっと、それまで目の前に居たはずの“賭博師”さんが消失して、鼻息の荒い、ぶっくぶくに太った中年男性が現れます。
「……は?」
「よ、よし! うまくいったっす!」
その隣には、いかにも「デキるOL」って感じの色白美人が一人。
「ほへ?」
よくよくみるとそこは、私がいたはずの宿(竹コース)ではなく、どことも知れぬ、壁一面モニターで埋め尽くされた暗い部屋でした。
反射的に“むらまさ”を探った手が空を切り、次に、それまで着ていた服まで消失していることに気が付きます。その上、周囲がよく見えないと思ったら、メガネまで失っている始末。
服なし。パンツもなし。メガネなし。武器もなし。
……(混乱中)。
とにかく、自身の安全を確保する必要がありました。
呆然としていたのは、二秒と少しくらいでしょうか。
「――ッ!」
まず私は、反射的に中年の男に跳びかかり、その顔面に全力パンチをぶち込みます。
「……うわらばッ!」
鼻血を撒き散らしながら、太った男が数メートルほどぶっ飛びました。
「え、え、え、え!? うそッ!」
困惑する女性。
無視して、彼女に跳びかかります。
その時には私も、この二人組がさほどの脅威ではないことがわかっていました。
もっともそれが、彼女に優しくしてあげる理由にはなりません。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
悲鳴を上げる女性を、容赦なく床に叩きつけます。
首根っこを押さえて、いつでも意識を奪える体勢になってから、
「では、状況の説明を」
「お、落ち着きなさい。冷静に」
「私は冷静ですよ。冷静だからこうしてるんです。わかりませんか?」
「うう……」
有無を言わせぬ、“賭博師”さん流の話術です。
反抗する気力を失い、女性はその場でがくりとうなだれました。
「とにかく……話を聞いて……」
「そのつもりですけど」
「それと、痛いのは止めて。……痛いのは苦手なの」
女性は、本当に哀しそうな口調で懇願します。
やむなく、私は彼女の拘束を解きました。
「うっうっ……こ、怖かった……」
女性はよろよろと立ち上がり、用意していたと思しき、新品のバスローブを手に取ります。
「これで、身体を」
「はあ……」
素直にそれを受け取りました。
その後、昏倒した太めの男性の身体を揺らして、
「縁さん……縁さん、起きて」
……ん?
エニシサン?
ってことは、この太めの男が“ダンジョンマスター”?
とりあえずスキルの確認を……。
「って、んん?」
《スキル鑑定》しても、何の情報も入ってきませんねー。
春菜さんの話だと、彼も一応“プレイヤー”なはずですけど。
「……俺に《スキル鑑定》しても無駄っす。“王”なのは親父で、俺はおまけみたいなモンっすから……」
難儀そうに身体を起こしながら、縁さんが向き直ります。
「急にお呼び立てして、申し訳ありません。……ですがこうする他になかったこともご理解いただきたく」
「なんなんです、ここ。……あなたたちは?」
「それを説明するために、あなたを呼び出したのです」
……ふむ。
少なくとも、相手は対話を求めていることですし。
ここは一応、話を聞くタイミング……ってことで、いいのかな?
「ただし、言葉には気をつけて下さいね。――もし、少しでも私が騙されていると感じたら、二人の首の骨を折ります」
女性と縁さんは、そろって顔を見合わせました。
その表情にははっきりと、……怯えの色が見えます。
先ほどのやり取りを見ても、二人が戦闘者でないことはわかっていました。
こういう時は、こちら側の優位をはっきりさせた方がお得です。
「わ、わかりました」
女性は、しきりにメガネの位置を直しながら、答えました。
「私は、苦楽道笹枝といいます。……貴女に力を貸して欲しくて、……直接、私たちの事情を知って欲しくて……こちら側に呼び出したの。一時的にね」
「力を貸すって、……何に、です?」
笹枝さんは、意を決したような口調で応えます。
「あなたに、……“王”を殺して欲しいの」
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