その141 ”情報その100”
”情報その100”……君は“戦士”を裏切っている。
▼
”賭博師”と呼ばれる少女がその情報を手に入れた時。
単純に、メッセージだと思った。
――お前のスキルは見え透いているぞ。
と、いう。
(ギャンブルだな。人生ってものは。まったく)
深く嘆息しつつ。
無論、この”情報”を相棒に知られるわけにはいかなかった。
今、仲間割れを起こすことはすなわち、共倒れを意味する。
それだけは避けなければならない。
この三週間、二人は多くの情報を共有してきた。
好きな食べ物のこととか。
ゲームのこととか。
服のこととか。
初恋のこととか。
初めてオナニーした日のこととか。
家族のこととか。
どーいうタイプのやつが嫌いとか。好きとか。
”終末”が訪れる前、どうしてた、だとか。
友達だと、思っていた。
頭に”期間限定の”がつく上に、本名すら知らない仲ではあったが。
▼
「……それじゃ、その
「はい。いずれ、”賭博師”さんにも会ってもらいたいですね~」
「どうかな。……聞いた話じゃその娘、安否もわからないんだろ」
「まー、そうですけど。彩葉ちゃん、わりとしぶとい人なので、きっとどこかで元気にやってますよ」
「ならいいんだが」
自然と、”賭博師”の脳裏には苦い思い出が蘇っている。
「人は死ぬモンだ。特に最近じゃ、頻繁にな」
「後ろ向きだなぁ」
「期待しなけりゃ、絶望もしないで済む」
「まあ、一理ありますが」
「オレサマなんか、二人もつるんでたヤツを死なせちまってる。そういう考え方にもなるさ」
「……麻衣さん、でしたっけ?」
「っつっても、ろくなやつじゃなかったけどな。付き合いも短かったし。……ガキが粋がって学級委員長やってるようなコミュニティがあってさ。回りの普通人は、腫れ物でも触るように接してたよ」
「ああ……そういうパターンの」
「麻衣と会ったのは、単なる偶然だ。飯と寝床を求めてテキトーにあちこち彷徨ってたら、たまたま、な。なんか、仲間の……ええと、なんとか言う女が殺られたとかで、弔い合戦に巻き込まれる羽目になっちまった」
「それで……その、弔い合戦は?」
「途中でとんずらしたよ。アホらしくなってな」
また嘘を吐いてしまった。
”賭博師”は、胸がちくりと痛むのを感じている。
恋河内百花と戦い、敗れ、一度
“戦士”はまだ、何も知らない。
それを話すということは、“例のスキル”について話すのと同義だ。それだけはできない。
(裏切り者……か)
端から見れば、そう見えるのかもしれない。
だが、それでもいい。
自分は、”戦士”と共にこの”マスターダンジョン”をクリアする。
彼女に嫌われるのは、その後でいいじゃないか。
▼
「しかし、……春菜さんの“裏ワザ”、期待した以上ですねぇ」
「まあな」
”賭博師”は、自分の足元を恐恐と眺めながら、応える。
見ると、足の裏にびっしりと針が突き刺さっているのがわかった。
痛々しい光景だが、何の痛痒も感じてはいない。
それだけ、自身の”防御力”が強化されているということだろう。
「まさか、
「……ですね」
“賭博師”と“戦士”は、ほとんど視線だけで互いの感情を理解し合う。
この三週間、寝ている時を除いて常に同じ時間を過ごしているのだ。その程度の技術は自然と身についていた。
(これだけの情報がタダな訳がない。何かウラがあることは間違いない)
いったん『冒険者の宿』に戻った二人は、一度作戦を立て直すことにする。
「とりあえず、地下三階のクリア自体は難しくなさそうですねー」
「だな」
既に二人は、“ボス部屋”にたどり着く手段についての情報も得ていた。
ここより北東、限度いっぱいまで進んだその先で、”ボス部屋出現スイッチ”というのがあるらしい。それをガチャリとオンにすることで、『冒険者の宿』付近に”ボス部屋”へ通じる扉が出現するという。
これまで、嫌というほど迷路をうろついてきた二人にとっては、さほど難しくもない課題であった。
道中に出現する”棘スライム”の攻撃で食糧が破損しないかどうか、という懸念はあるが、ゴール地点がはっきりしている分、絶望感は少ない。
「……そーいや、”賭博師”さん」
「ん?」
”戦士”は今、”ギルガメッシュの酒場”で買った焼き飯をもしゃもしゃ食べながら、いつだったか”賭博師”が書いた”情報ノート”を眺めている。
「”情報その100”なんですけど」
「……それがどうかしたか?」
油断していただけに、少しどきりとした。
「あーいや。別に大したことでは。……この、『仲間を裏切ると、ろくなことにならない』っての、なんか他の”情報”と雰囲気が違う気がして……」
「そーか? ……まあ、ハズレの情報なんてそんなもんだろ」
「そうかなぁ?」
「それより、”魔力”の補給を済ませたら出発しよう。外で仲間が待ってるんだろ」
「……ふむ。それもそーですね」
その時。
バタン! と、乱暴に『冒険者の宿』の扉が開き、
「……ううぅっ」
弱々しい足取りで、一人の男が飛び込んできた。
「……いけないっ」
”戦士”が立ち上がり、
「”賭博師”さん! 《治癒魔法》を!」
「あ、ああ……」
驚きながらも、二人は闖入者へと駆け寄る。
「くたびれた中年のサラリーマン」を体現したような背格好のその男は、”棘スライム”によるものと思われる攻撃で、全身ぼろぼろになっていた。
“賭博師”は、《治癒魔法》を使いながらも、抜け目なく男のスキルを参照する。
ジョブ:戦士
レベル:25
スキル:《格闘技術(上級)》《必殺技Ⅰ~Ⅲ》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《火系魔法Ⅰ~Ⅱ》《水系魔法Ⅰ~Ⅱ》《雷系魔法Ⅰ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅴ》《攻撃力Ⅱ》《防御力Ⅰ》
(……弱い。しかも”戦士”とジョブが被ってやがる)
内心、この男の登場が今後、どういう結果をもたらすかを値踏みする。
(面倒事にならなけりゃいいがな。……まあ、無理だろーけど)
この手の悪い予感は、決まって当たるものだが。
今回ばかりは、そうでもないようだった。
助けた男の名前は、
話を聞くと、――彼はもう、心折れてしまったようで。
今日、“ダンジョンマスター”へ“従属”することを決めたところらしかった。
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