その129 迷宮へようこそ

 私はとりあえず、部屋を出ることにしました。


「ん? 質問はいいのか?」

「百聞は一見にしかずといいますし。ちょっとそのへん、散歩してきます。その上でお話を伺ったほうが、いろいろとスムーズでしょう?」

「なるほど。……あっ、いや、やっぱまずい。危険だ。オレも着いて行く」

「ご自由にどーぞー」


 あんがい面倒見のいい人ですね、”賭博師”さん。


 白いドアを開くと、これまた味も素っ気もない、真っ白な空間が広がっています。

 ツルツルとした壁にツルツルとした床。

 なんつーか、背景の作画を手抜きした漫画みたいですね(あえて具体例は挙げませんけども)。


 少し歩きまわると、この空間全体が巨大な迷路になっていることがわかりました。


「なるほど。……まさしく”迷宮ダンジョン”ですな」


 ここの建築家さんは、きっとウィザードリィ系のRPGに傾倒している人に違いありません。

 それだけ、ここの構造は複雑に作られていました。

 危うく、歩いてきた道のりを忘れてしまいそうになってしまうほどに。


「刀があれば、壁に道順を刻んでおけるんですが」

「残念だが、そりゃあ無理だ。ここの壁は、どんだけぶっ壊しても自動的に修復されるようになってるらしいからな」

「なんと」


 そりゃまた、厄介ですこと。


「では、古き良き、手書きによるマッピング法を実践する必要がありますね」

「そうだな」


 そこで、はたと気が付きます。


「そーいや”賭博師”さん、メモ……持ってます?」

「持ってない」

「書くものは?」

「持ってない」

「えぇーっ。じゃ、マッピングできないじゃないですか」


 私、あんまり記憶力に自信ないんですが……。


 記憶力に頼って”迷宮”を攻略するとなると、かなりの時間がかかることが予想されます。

 こんなところでぐずぐずしていると、”ダンジョンマスター”とやらと相対する前に、ハラヘリで倒れてしまうかも知れません。

 幸いというか、《飢餓耐性》がある私たちは、餓死する心配はなさそうですけども……。


「安心しろ。この”ダンジョン”、食いもんとか雑貨品とか、その辺は問題ないように出来てる」

「はあ……」


 それなら安心ですけども。


「オレもさっき見つけたばっかりなんだがな。ここを少し進んだ先に……」


 その時でした。

 頭の上から、ばしゃりと冷たい水をぶっかけられたような感触がして。


「――ッ!?」


 ごぽ、ごぽごぽ、と、眼と耳と鼻に何か、にゅるにゅるした気色悪いものが入り込んできます。


「……ぐ、おげぇ…………!」


 何がどうなっているかは検討もつきませんが、これまで経験したことのない類の攻撃を受けていることは間違いありませんでした。

 ……あ、これまずい。

 死ぬかも。


「落ち着け、動くな! オレサマがなんとかする!」


 鈍くなった聴覚が、”賭博師”さんの声を捉えます。


「ちょっと熱いかも知れんぞ。――《火球》ッ!」


 ごお、と。

 耳元で、何かが焼ける音が聞こえました。


『ピキィ―――ッ!』


 耳に障る断末魔が聞こえて、私の頭部を覆っていた謎の物体が、煙のように消失していきます。


 ……ああ、これ。


「”魔法生物”、ですよね」

「ああ。”赤スライム”だ」

「スライム? 赤?」

「この階層のあちこちにいる”魔法生物”で、とにかく数が多い。いまんとこ、赤、青、黄色の三種類を確認してる。その色に対応した魔法に弱く、弱点以外の魔法を使うと増えるみたいだ。……んで、倒すと、これを落とす」


 ”賭博師”さんは、”赤スライム”が消失した地点に発生した、金色のコインを拾い上げました。


「……それは?」

「”ゴールド”だ」

「は?」

「さっき言いかけたが、ここから少し進んだ先に、買い物できる場所があってな。どうやら、そこを拠点にして“ダンジョン”を攻略する感じらしい」


 額に手を当てて、「あちゃー」のポーズ。

 なんとなーく、この”マスターダンジョン”を攻略するのに必要な、長い長い道のりが見えた気がしたためです。


「ひょっとしてここ、そう簡単に出られる訳じゃない……とか?」

「みたいだな」


 ”賭博師”さんが顔をしかめながら言いました。


「そもそもが“プレイヤー”を“従属”させることを目的とした空間な訳だからな」


 グ、グムーッ。

 これは困りましたねぇ。

 ここに閉じ込められたまま、仲間と連絡も取れないとなると。……きっとみんな、心配してしまいます。

 あるいは、私を見つけるため、危険な賭けに出たりするかもしれません。

 なるべくそれは、避けるべき事態でした。


「とりあえず拠点まで案内する。そこで今後の方針を練ろう」

「ええ」


 白い床の道を、少し進んでいくと、


――『冒険者の宿』


 という看板が掲げられた、両開きの扉を発見します。


「ぼーけんしゃ……」


 棒読みで呟くと、


「ここが、さっき話した『買い物できるところ』だ。食事や、寝泊まりもできる。……これと引き替えにな」


 彼女の手には、金色の硬貨が一枚。

 ”ゴールド”です。


「覚悟しといた方がいい。……下手するとこの看板、親の顔より見る羽目になるぜ」

「なんでそう思うんです?」

「オレサマたちの前に来た”プレイヤー”は、どいつもこいつも、素直に”従属”しちまったらしいからな」

「マジですか」

「大マジ」


 なるほど。

 だから”賭博師”さんは、協力者を必要していた、と。


「すでに集めた情報じゃあ、丸一年かけてもクリアできなかったってケースもあるらしい」

「は!? い、一年・・?」


 思わず、頭の天辺てっぺんから声が出ます。


「それだと計算が合わないじゃないですか。世界がこんな風になったのは、三ヶ月ほど前のことでしょう?」

「そうだな、おかしいな。……ただ、この世の中、何が起こってもおかしくないってことがわかったのも、三ヶ月前だ」


 まあ、言われてみれば、確かに。


「あるいは、この中じゃあ時間の流れが違うのかも知れねえ。『ドラゴンボール』に出てくる”精神と時の部屋”みてーに」


 ふむ。ありえる。

 やはり『ドラゴンボール』に例えるとわかりやすいですね。


「ま、……とりあえず、中には入ろうぜ、相棒」


 出会って十数分も経ってないのに、早くも相棒呼ばわりですか。

 まあ、こうなってしまってはやむを得ません。

 少しでも早く、”マスターダンジョン”を攻略できるよう、願いつつ。


 私は、二回りほど背の低い”賭博師”さんと並んで、『冒険者の宿』へと足を踏み入れました。

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