その89 邂逅

 はやる気持ちを抑えつつ、バリケードが続く道を走り、学校の正門を飛び越えて。

 そして、


「……王手ッ」


 佐々木先生と麻田剛三さんがのんきに将棋を指しているのを見て、足元から崩れ落ちそうになります。


「あ……あー、その手があったか! ちょ、待った!」

「待ったなし、ですよ」


 朗らかな笑みを浮かべる麻田さん。


「参ったな、これは……うーん。……ん?」


 そこで私に気づいたらしく、


「お、もう帰ったのか。意外と早かったな」


 佐々木先生が、軽く片手を上げます。


「元気そうじゃないか。ま、あんまり心配してなかったがね」

「……あー、いや。私、わりと死線を越えてここにたどり着いた感じなんですけども」

「なんだ、お前。じゃあ、感激のあまり抱きつかれたり、頭をナデナデしてもらいたいのか?」

「いや、それは別にいいです」

「だろ?」


 言われてみれば、そういうのって佐々木先生のキャラじゃなかったですね。


 そこでふと、将棋盤に視線を移します。


「ああ、これか? 近所の玩具屋から物資を手に入れてから、我が校には空前絶後の将棋ブームが到来しているのだ」

「あっ、そっすか」


 私がいない間は、ずっと平和だったということでしょうか。


 ……。

 …………。

 っていうか、いやいや!

 それより!


「あれ! 空を飛んでるあれ! なんなんです?」

「ん? ああ。あの”ドラゴン”のことか?」

「ええ、まあ……」

「なかなかカッコいいよな」


 二人があまりにも平然としているので、恐怖のあまり頭がおかしくなったんじゃないかと疑います。

 そんな想いが表情に出たためか、


「くっくっくっく……」


 二人の男性は、どこか子供っぽく笑い始めました。


「――?」

「その表情が見たかった。君には驚かされてばっかりだったからね」


 と、麻田剛三さん。


「……はあ?」

「心配しなくとも、あれに危険はない。むしろ、我々を守ってくれているのだ」


 守る?

 ”怪獣”が? 人を?

 混乱していると、


「君がここを去ってすぐ、一人の少女が現れてね」

「少女?」

「ずっと、君を探していたんだそうだ」

「探す……?」

「そのうち戻ってくるだろうと伝えたら、その間、ここで暮らしやすくなるよう、色々と手伝ってくれたのさ」

「はあ……?」

「詳しくは教えてくれなかったが、君の知り合いなんだろ?」


 首を傾げます。

 全く心当たりがありません。


「ま、とにかく会ってやってくれ。今は屋上で休んでいるはずだ。昨日は徹夜でバリケードを組んでくれたからね」

「しかし……」

「心配ない、とても良い子だ」


 佐々木先生がそこまで太鼓判を押すなら、それもいいですけど。


「なんだなんだ? ねーちゃん、どーなってる?」


 そこで追いついてきた彩葉ちゃんに気がついて、


「あ、彼女、新しい仲間です」


 一応、紹介しときます。


「ほう。では、君が羽喰彩葉さんかね?」

「ん?」


 よくわかりませんが二人とも、彩葉ちゃんの名前を知っているようでした。

 頭に大量の疑問符を浮かべる私達二人を、佐々木先生は急かします。


「まあ、説明はあの娘に任せることにする。とりあえず行ってきなさい」


 どうやら、先生の言うとおりにする他、選択肢はなさそうでした。



 私達が校舎の屋上に到着すると、すぐ目の前で羽根を休めている”ドラゴン”と出くわして、思わず血が凍りつきます。


「うひゃあ……」


 警戒だけは怠らずに周囲を見回すと、”ドラゴン”の数は全部で四匹。

 うち一匹は、親玉と思しき、溶岩のようなウロコを身にまとった種でした。


 ……と、そんな”ドラゴン”の口元に、少女が一人、佇んでいるのが見えます。


「ん?」


 彼女には見覚えがありました。

 水谷瑠依ちゃん。

 祖父と父親を”ゾンビ”に、母親を”怪獣”に奪われた哀れな娘です。


「瑠依ちゃん……?」


 声をかけると、まだ年端もいかない彼女は、少し驚いたような顔をして、”ドラゴン”のウロコを撫でる手を止めました。


「あなたが……?」


 念のため《スキル鑑定》。

 ……が、当てが外れました。彼女は普通の人間です。

 瑠依ちゃんは、私を見るやいなや、足早にそこから離れて行きました。


 うーん。

 じゃ、一体……?


 そのころには、私を探しているというその”プレイヤー”について、ある程度の予測を立てていました。


――”獣使い”。


 “ドラゴン”を使役する力があるとしたら、そのジョブしかないでしょう。


「ね、ねーちゃん……」


 その時、彩葉ちゃんが妙な声を発します。

 動物が、本能的に何かを恐れるような。


「あの人がそーじゃない……?」


 勘の鋭い彼女は、私よりいち早く、その”プレイヤー”を見つけたようでした。

 私は《スキル鑑定》を発動させつつ、視線を向けます。

 金髪碧眼。

 長い耳。

 日本人とは思えない容貌。


 ファンタジーの世界だけに登場する存在。――”エルフ”。


ジョブ:神獣使い

レベル:108

スキル:《時空魔法Ⅰ~Ⅷ》《幸運Ⅲ》《格闘技術(上級)》《必殺技Ⅰ~Ⅲ》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《カルマ鑑定》《実績条件参照》《火系魔法Ⅰ~Ⅴ》《水系魔法Ⅰ~Ⅳ》《雷系魔法Ⅰ~Ⅳ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅷ》《光魔法Ⅰ》《闇魔法Ⅰ》《魔眼》《魔力制御Ⅶ》《魔法バリアⅥ》《獣使役Ⅷ》《竜族使役》《調教Ⅷ》《鞭の扱い(上級)》《アメとムチ》《ネビュラ》《神獣使役Ⅷ》《神獣の加護Ⅲ》《召喚Ⅹ》


「れ、……レベル、ひゃ、108?」


 なにそれ怖い。

 私のレベルが35だから、……三倍以上のレベル差があるってことじゃないですか!

 っていうか、”神獣使い”って何? 聞いたことないジョブなんですけど。


 あかんこれ、勝てへん。


 どういう具合に土下座すれば戦いを回避できるかな、と、考えた次の瞬間。


「キミと会った時、なんて言おうかって、ずっと考えていたけど」


 少女は口を開き、ほろりと涙を流しました。


「あんがい、言葉が出ないものだね」

「えっ、えっ、えっ、えっ?」


 そして、感極まったのか、むぎゅっと抱擁されます。


「久しぶり、……本当に久しぶりだ、”先生”」


 は?

 センセイ? ティーチャー?

 誰かと勘違いしてません?

 よくわかりませんけど私、エルフの知り合いなんていませんけども。


 困惑する私をよそに、彼女はこう言いました。


「――力を貸してくれ。キミが必要なんだ。世界を救うために」

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