その70 ボスに逆らうな
「にーちゃぁん、こっからどこいくのぉ~?」
「良いところ。あと、そのアホみたいなしゃべり方は止めてくださ……やめろ」
「えへへ~」
いい加減、彩葉ちゃんのしゃべり方が鼻についてきたんですけど。
私が少し本気で怒り始めていることを、周りの人たちも察したのでしょうか。
「ま、向こう行きゃ、縁も切れるさ。気にすんなよ、”グリグリメガネ”」
謎のフォローが入ります。
ちなみに、道中、私のアダ名は”グリグリメガネ”に決定したようでした。
ひょっとしなくてもそれ、”臆病者の眼鏡”のクソダサデザインのせいでしょうね……。
“壱本芸大学”には、そこから歩いてすぐに到着しました。
四方を壁と金網に囲まれたその場所は、大学であった頃の面影を残しつつも、見事な要塞と化しています。
あちこちに歩哨が立っているその場所は、”ゾンビ”だけでなく、人間による略奪にも対抗することを意識した作りになっていました。
さすがにこれは、真っ向勝負を挑まなくてよかったですねー。
喧嘩ふっかけたら、あっという間に蜂の巣にされて終わり、って感じ。
廃棄されたバスを並べて作られた出入り口には、銃火器で武装している人が三人。
織田さんは気軽な調子で、彼らに手を上げて挨拶しました。
「織田班、帰りだ!」
すると、海賊のような髭を生やした歩哨の一人が応えます。
「首尾はどうだ?」
「有望なやつを一人。ついでにアホのガキ一人だ」
「佐嘉田とかいう、若いのは?」
「あー、あいつは……」
織田さんは、後ろを振り返ります。
佐嘉田さんという方は、あれから、ずっと私達の後ろを着いてきていました。
「頼んます……こんな世の中じゃ、一人で生きてけないっすよ……」
「あー……。ま、いいや。こいつも仲間入りってことで」
「マジっすか! 織田さん! あざっす!」
「……ったく」
苦笑する織田さんを筆頭に、私たちは“壱本芸大学”へと入って行きました。
……と。
『うぉおおおおおおおおおおおおっ……』
入り口付近で、首輪に繋がれた、若い女の“ゾンビ”がお出迎え。
歳は私と同じくらいでしょうか。
ガシガシと口を開け閉めしながら、その”ゾンビ”は私たちに手を伸ばします。彼女の手は私たちに届かず、虚しく空を切るだけでした。
『おおおおおおおお……』
女”ゾンビ”は、切なそうに唸り声を上げます。
「あれは?」
訪ねると、
「ボスのペットだ」
と、織田さんはつまらなそうに言います。
「俺達が最初のころに捕まえた女で、名前は……なんと行ったか。カミゾノだとか言ったか。若いが、モデル系の美人だろ? しばらくボスの愛人やってたんだが、ある日、自分から”ゾンビ”に噛まれたんだと。……話によると、もともとこいつ、同性愛者で……ん? どうした、お前……おいっ」
刀を掴んで、私はその気の毒な”ゾンビ”に歩み寄りました。
そして、知っている中でも最速の抜刀術を使って、その”ゾンビ”の脳を破壊。
彩葉ちゃんを除く全員が、驚愕の表情でこちらを見ます。
「な……ばかっ。”グリグリメガネ”、お前、話を聞いてなかったのか!」
「聞いていました。その上で判断しました。ここに”ゾンビ”がいるのは、百害あって一利なしです。違いますか?」
「狂犬めっ」
織田さんは、頭を抱えました。
「ったく。今の件、ボスに報告させてもらうからな」
「どーぞ」
「新人用の部屋がある。ここを少し行った、”クラブハウス”って書かれた建物だ。お前らは、しばらくそこで休んでな」
▼
少し意外に思えたのは、敷地内にいた人たちの顔ぶれでした。
若い娘ばかりさらってきていると聞いたので、どういう人たちがいるんだろうと思っていましたが、そこにいる人達は、”雅ヶ丘高校”と同じく、老若男女の避難民が揃っていたのです。
「……どうした?」
案内役を買ってでた赤井さんという方が、声をかけてきました。
「ああ、……いえ。普通の人もいるんだな、と」
すると、赤井さんが、ニヤニヤと笑みを浮かべます。
「なんだ。野郎と若い娘しかいないとでも思ったのか?」
「まあ……」
「なら、俺達の作戦がうまくってるってことだな」
「作戦?」
「なんつったか……ええと、ボスが難しい言葉使ってたな。情報操作とか、なんかそんなん。よーするに、俺達を殺人鬼の集団みたいに思わせとけば、回りのやつはビビるだろ? ここを安全にするには、そういうことも大事なんだと」
「ふむ……」
素直に、合理的な手段だと思いました。
「でも、女性をさらっているのは本当なんでしょう?」
「一部な。でも、回りのヤツってのはバカばっかだから、一人さらえば、勝手に話を膨らませてくれる。放っとくだけで、この辺の女は残らずみんなさらったことになる。確かにボスは女好きだが、一日に何十人も女を抱ける訳じゃない」
「そういうものですか」
「そうさ」
赤井さんは、けらけらと笑いました。
「実際、さらってきた女どもは、みんな感謝してるって聞くぜ。何日かに一度、天井の染みでも眺めながらちょっとの時間だけ我慢すれば、あとは贅沢な暮らしなんだからな。代わってもらいたいくらいだ。……ボスが、
言いながら、ちょっとだけ頬を染める赤井さん。
なんだこれは……たまげたなあ。
「ほら、ここだ」
赤井さんに導かれて着いたのは、”クラブハウス”と書かれた建物。
恐らく、元々は部室の集まりだったところでしょう。
入り口では、数人のおばさんたちが談笑しつつ、おかゆを作っていました。
「あら、赤井ちゃん。新入りの子?」
「どーだろうな。片方のやつは、ボスのペットにしてた”ゾンビ”を殺しちまったから……」
「何よそれくらい。いーじゃないいーじゃない。あれがいるせいで、安心して寝れないって子もいたんだよ。むしろ感謝したいくらいさ」
「それ、ボスの前じゃ言うなよ」
苦笑する赤井さん。
「ま、いいや。たぶん大丈夫だろ。あの織田さんだって、最初にボスと会った時、ナイフで刺そうとしたって話だ。でも、今じゃあ幹部の一員だからな。ボスは優秀なヤツに寛大なのさ。そんで、俺がみたとこ、お前は間違いなく”優秀なヤツ”に分類されるね」
「そりゃ、どうも」
「逆に、佐嘉田はもうちょっと頑張れよ。おまえ、織田さんが言ってくれなかったら、外に放り出されたままだったんだからな」
「う、うっす! 命かけます!」
佐嘉田さんが、直立不動の姿勢を取ります。
「それと……その娘だが。……どうしたもんか」
赤井さんは、苦笑しながら、彩葉ちゃんを見ました。
「ボスはロリコンじゃねえからなぁ。バカもあんまり好きじゃないっぽいし」
「えへへぇ~。バカって言われたぁ」
彩葉ちゃん、もうそろそろその演技、いいですよ。ホントに。
「……どうする? お前が飼うか?」
私は肩をすくめました。
まあ、一応、一緒に行動する許可はあっていいでしょう。
「それが許されるなら。ここに来るまで一緒でしたし、犬猫にも情は湧きます」
「そうか。じゃ、織田さんに言っとくよ」
赤井さんは、おばさん方の中でも、最も年配に見える女性に声をかけます。
「……おばさん、この子に何か仕事とか、与えられる? 野菜刻ませるとか」
「大歓迎。ここはいつでも人手不足だからね」
「じゃ、決まりだ。……あとは任せたよ」
言って、赤井さんは背を向けます。
私達が”クラブハウス”に行こうとすると、
「あ、そうだ。一応、お前らにも言っとかないと」
「なんです?」
「“ボスに逆らうな”ってことだ」
その真剣な表情に、一瞬、こちらの正体がバレたのかと思ってドキッとします。
「バカの俺が言うのもなんだけどよ。あの人は頭がいい。誰よりも、だ。ここに来るまでで、俺たちの悪いうわさを聞いたかも知れんが、それは一度忘れることだ。あの人のしてることは、全部仲間を守るために必要なことだからな。……んで、お前らは、もう俺達の仲間だ。……言いたいこと、わかるな?」
ぼんやりとした返答をしようとすると、
「うっす! あざっす!」
佐嘉田さんが、きらきらした目で言いました。
その眼はまるで、一流企業に内定が決まったフレッシュマンのよう。
「おっけ。そんじゃ、また後でな」
そして赤井さんは、ひらひらと手を振りながら、その場を去って行きました。
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