7. 朝日を迎えた花弁の行方

  

「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 剣を持つ手が緩み、力なく剣が落ちる。ニアはただ、獣のような絶叫をするばかり。


「……いたぶる趣味はない、終わらせよう。一斉射用意。――撃て」


 その様を一瞥したあと、魔術による相互通信で、周りを包囲するように陣取る狙撃部隊のゴブリン達に支持を下す。


 すぐさま、ニア達の四方八方から放たれる百を超す魔術の矢。それは、先日のエリザベートとの戦いの焼き増しのようであった。


 目前に迫る明確な『死』。しかし、彼らは動けなかった。

 死と隣り合わせである冒険者でありながら、パーティー設立以来、彼らは欠員もなく上手くいっていた、上手くいき・・・・・すぎてしまった・・・・・・・のだ。

 『死』を概念としてか理解できていなかった彼らは目の前の現実を理解できず、頭がフリーズしてしまったのだ。―― 一人を除いて。

 

矢の着弾と同時に響く轟音。そして、巻き起こる渦巻く・・・砂煙。


「……妙だな」

 

 顔に傷持つゴブリン、ヴィレ。彼はソレを見て眉をしかめる。

 魔術の矢は、貫通力特化。それにしては、響き渡る轟音や砂煙が奇妙に思えたのだ。


 そう考えていた瞬間。

 

 砂煙の中から、幾本もの魔術の矢が飛び出す。それもそっくりそのまま、いやより速く、より鋭く、射手たちの元に打ち返された。


 距離があったこともあり、大多数はその光景に驚きながらも散開し矢を避ける。が、少なくない数のゴブリンが射貫かれ、絶命する。


「……やはり、そう簡単に殺られはしない、か。最初に狙うべきだったのは、回復役ヒーラーではなく防御役ガードナーだったという訳だな……」


 ヴィレは、冷静に通信による各班長の被害報告を聞きながら呟く。


 砂煙が晴れ、彼の瞳には仲間たちをかばうように仁王立ちをする漆黒のフルプレートアーマーに覆われた巨漢の大男、クーデルが映った。彼が守ったのか全員傷一つない。


「……クーデル?」


 力なく呟くニア。


 ニアの眼前には、矢が放たれた瞬間に抱きかかえたパマを放り出し、すぐさま【鎧】を発動したクーデルだった。

 他の二人もニアと似た様に呆けている。その様をみてクーデルが叫ぶ。


「下を向くな、前を向け!! 僕たちの倒すべき敵がいる! 冒険者は死と隣り合わせ!! そんなの、わかっていたことでしょう!? 僕たちは、“人類の反撃のつるぎ! こいつ等は危険だ! 今すぐ仕留めなくてはいけない、そうでしょう!?」


 普段のクーデルからは想像できない怒声。それを聞いて、やっと三人は気を持ち直す。


――確かにそうだ、オレたちは冒険者。同僚が死んでいくのを何度だって見てきた。だけど、危なげなく過ごしていく毎日に何処か驕っていた。自分達が死ぬわけないのだと。


 ニアは悔しさに唇を痛いほど噛みしめる。

 リーダーである自分が言うべき言葉を、寄りにもよってクーデルに言わせてしまった己の至らなさに。


 クーデルは怒りに握りしめた手からは血が流れ、鎧の隙間からは血涙を流し、怒りに目を見開いているのが見える。

 愛する人を殺されたのだ、当然の反応だろう。


 しかし、彼は決してその怒りに身を任せることはしなかった。

 彼は重装戦士。パーティーに置ける、守りの要。その役目を放りだしては勝てるものも勝てない。

 

 鋼のような理性と烈火の如き怒り、それを共に持ち合わせた故にクーデルは他のメンバーと違い我を失わず、最善の行動を取れたのだ。

 

 それを理解したニアは声を張り上げる。彼の決意を無駄にしないためにも。


「クーデルはそのまま、遠距離攻撃の防御を継続! リーンは魔術で片っ端から狙撃手共を撃ち殺せ! オレとボザエッグは、リーン達に寄ってくる奴らを蹴散らす! 狙撃手共を潰してからが勝負だ!!」


「「「おお!!」」」


 気を奮い立たす様に叫ぶ面々。そこにいるのは友を殺され慌てふためいた者達ではない。一振りの“人類の反撃のつるぎ”。冒険者だ。


「行け」

 

 ヴィレの号令とともに襲い掛かるゴブリンの群れ、その数三十。そして、その間を縫うように四方八方から放たれる百を超す魔術の矢。


 それを見たと同時にクーデルは魔術による【鎧】をまとい、それを薄く引き伸ばすようにしてパーティーを包むように半透明の半球を作る。

 放たれた矢はその半球にぶつかると、小川の流れに乗る小石のように、急に動きを変えて半球に沿って回りだす。


解放リリース


 ラグールの言葉と同時に、半球を回る矢は元来た場所に放たれる。それも遠心力を加えたおまけ付きで。

 しかし、先ほどと違って返されることを想定しているゴブリン達は、危なげなくそれを避ける。


「……やはり、遠距離攻撃は無駄、か。やはり人間は侮れない。知らないぞ・・・・・、俺はその技を」


「あなたがたがどこで魔術を得たか知りませんが、言わせてもらいましょう。人間は、歩みを止めることなどないのだと! 常に進化し続けているのだと!!」


 ヴィレの言葉にラグールは叫ぶ。押し込めていた怒りが漏れたのか言葉尻が荒くなる。


 ヴィレは主に、人間から奪った書物や冒険者への尋問で人間のすべを得ていった。

 しかし、このラグールの用いた【鎧】はそもそも歴史が浅く、ここ数年前に生まれた技術だ。使い手が少ないため知りえることができなかったのだ。


――魔物に届きうる【剣】を得た人類。魔物を打ち取ることこそ出来たが被害は甚大じんだいであった。

 微弱な魔力しか持たない人間では、魔物の持つ強大な魔法を防ぐことは適わなかったのだ。

 そこで生まれたのが相手の攻撃を防ぐ・・のではなく受け流す・・・・ことに特化した【鎧】。


 魔力の流れを持つ薄い膜を作りだし、敵の攻撃を流れに巻き込ませ受け流す技。

しかし、それでも体に覆う【鎧】と違い、空間に作りあげる【鎧】は難易度も魔力の必要量も段違いである。


 故に、魔力をかき集める際の補助を行う強大な魔力媒体を持つ必要があった。ラグールの場合、この全身の身を包む重厚な漆黒のフルプレートアーマーがその素材で出来ている特注品だ。その総重量は百キログラムをくだらない。

 魔力媒体は高価で、何より重い。これもまた、この技の使い手が少ない所以なのだ。


「「グギャアアアァァァ!!」」


 ゴブリン達の断末魔が響き渡る。


 ニアたちに襲い掛かった、ゴブリンたちがバタバタと斬り伏せられ、殴り潰されていく。

 リーンの次から次に繰り出す炎の塊が狙撃手達を火だるまにする。すでに三十人ほどやられ狙撃部隊はもはや機能していない。


「教えてやる!! 人間ってやつを!! その力を!!」


 ニアは、ゴブリンを切り捨て、紫色の返り血を浴びながら叫ぶ。

 ゴブリン達は魔術を使いはするが、まだまだ技量が足りていない。力に振り回されているのだ。そこを突けば容易いとニアは冷静に分析する。


――勝てる。このまま狙撃手達をつぶせば、ラグールもより戦闘に集中できる。そうすれば、後は……。


「俺に、教える? 人間を? ……おもしろい冗談だ」


 ぞわり、と身に覚えのある感覚をヴィレから感じるニア。


 それは、あの日であった緋色の髪の少年に感じたモノと似た感覚だった。直視するのもためらうようなドス黒い感情の塊


 少年の”ソレ”は例えるなら一人の相手を刺し貫くべく研ぎ澄まされた槍のようであった。

 しかし、目の前のゴブリンから発される”ソレ”は、まるで無理やり押し込め、何重いくえにも厳重に封をされた禁忌パンドラの箱。


 ニアが悪寒を感じた瞬間に、既にヴィレは彼の懐に入っていた。驚く間もなく、首元に放たれる魔術を帯びた必殺の剣、【鎧通し】。


 それは、他のゴブリンと違い、ほれぼれするような熟練された技術で成っている武術と【剣】であった。


 しかし、ニアに見惚れる暇もなく。無理やり体をひねってどうにか直撃を避け、浅く胸を斬られる程度に済ます。


 ほっとしたのもつかの間、ヴィレは斬り下ろした体制のまま蹴りを飛ばす。それは、その不格好な一撃からは想像できないほど重く、体の芯にまで響く衝撃だった。


「なっ!?」


 ニアが蹴り飛ばされたのを見て、ボザエッグがようやくヴィレの接近に気づく。


 すぐさま拳を繰り出そうとするが、その繰り出した手首をつかまれ自身の勢いを利用され派手に地面に叩きつけられる。


 そのまま流れる様にラグールとリーンの元に行き、抵抗する間もなくなでるように斬り伏せられ、血しぶきをまき散らしながら倒れ伏す。


 わずか数秒の早業であった。


「ち、ちくしょう。な、なにが軍勢レギオンだ。これじゃあ、一人の軍隊ワンマン・アーミーだ、クソ野郎」


 圧倒的な力にニアは悪態をつきながら、痛む体をどうにか動かそうとするがピクリともしない。

 仲間たちの方を見るとうめき声が聞こえる。死んではいない。いや、生かされている。

 何をする気なのだと、先ほど感じた悪寒を思い出し恐怖に身をすくめる。


「お前たちは手を出すな。……冒険者よ、俺はよく知っている。お前たちにんげんの事を。痛いほどに、もちろん……」


 今にもニア達に襲い掛かりそうなゴブリン達を手で制し、痛みで呻くボザエッグの首を犬猫にする様に片手で掴み上げ、リーンが倒れ伏している場所に引ひきづり、放り捨てる。


お前達にんげんの醜さもだ。……そこの拳闘士よその女を殺せ。そうすれば、他の者達の命を助けてやろう」

「なっ、ふっ、ふざけんな!! 俺がそうするとでも思っているのか!?」

「ああ、そうだ。隠すことはない、生き残りたいのだろう? 自分以外の者を犠牲にしても。さあ、殺せ」


 比較的、軽傷であるボザエッグは痛みに歯を食いしばりながら立ち上がり、怒りに顔が赤くしながら、ヴィレを睨みつける。


 しかし、「なら死ぬか?」との感情のこもらない言葉に顔を青くし、歯を震わせる。 

 冒険者と言えども人の子。『死』は誰もが恐怖するものである。

 目の前に自分の命をどうとでもできる『死』の体現が存在しているのだ。仕方がないとも言えるだろう。


 ボザエッグは、葛藤かっとうするように、二、三度首を振る。そして、覚悟を決めたのかリーンに向き直る。

 

「……本当、だろうな」

「ああ、約束は守ろう」

「ふ、ふざ、……っけんな、ふざけんなよ。……ボザ、エッグ!!」


 ニアは叫び、急いで立ち上がろうとする。それを一瞥するボザエッグ。その目は何かを伝えようとする目だった。


「……俺たちは【朝日迎える、モーニング・五枚の花弁グローリー】、アサガオだ。」

「なんだ、それは?」

「いや、ただのパーティー名さ」

「……そうか、どうでもいい事だ。さあ、見せてみろ。お前達にんげんの醜さを」


 その会話にボザエッグの意図を理解するニア。

 彼は、昨日の晩の会話では心ここにあらずであったが、リーダーだ。当然、パーティー名の由来も理解している。


「リーン、いくぞおおぉ!!」

「……ん。わかっ……てるの」


 リーンは痛みに顔をしかめながらも笑顔を向ける。言葉が無くても、先ほどの会話の意味が分かっていなくても、わかっていることが一つあるのだ

 ボザエッグは、ゆっくりとリーンに近づき拳を振りかぶって思いきり、リーンの顔の横の大地を叩く・・・・・

 ボザエッグの拳が大地を砕き、ヴィレの視界を遮るようにもうもうと砂煙を巻き起こす。


「……何?」


「アサガオが意味する言葉は『固い結束』!! 生きたければ殺せ? ふっざけんなよ!! 死ぬのはお前だ、傷面野郎スカーフェイス!!――何時まで、おねんねしてんだ、ニアァァ!!」

 

「わかってらぁ!! てめえをれば、後はどうとでもならぁ!!」


  ボザエッグが拳を振り下ろしたと同時に、残る絞りカスのような力を振り絞り、ピクリともしなかったはずの体を無理やり動かす。


 彼は疾風の如く突き進む。あまりの速さに周りのゴブリン達は対応できない。ブチブチと筋肉の断裂する音を気にせず一直線に。未だに立ち込める砂煙の中に突き進む。


「……自分の命より他人の命、か。そうか、お前たちの様な人間もいるのだな。驚きだ」


 言葉と裏腹に、淡々と語るヴィレ。そこに焦りはない。冷静に、一人ずつ潰そうと、目の前で背を向けている無防備なボザエッグめがけて剣を振り下ろす。

 

「させ、ません!!」

「リーたちの絆は、誰にも、壊せ……ないの!!」


 息も絶え絶えのラグールの言葉と共に、ボザエッグが周囲に半透明の半球に覆われ、ヴィレの剣が球に沿って受け流される。

 それと同時に降りかかる、無数の火の玉。ダメージにはならないがヴィレの気をニアからそらし、明確な隙を作り出した。


 示し合わせた様な息の合ったコンビネーション。

 その瞬間を最初からわかっていた様に、ヴィレが気をリーンに逸らしたその瞬間に、ニアは砂煙の中からヴィレの背後に現れ、自慢のグレートソードを首元めがけ振り下ろす。


「獲ったあああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 全体重を掛けて振り下ろす、今までで最高の【剣】、最高の一撃。


 残像さえ残すその斬撃は吸い込まれるように、ヴィレの首もとに行き、そして――


「――魔術霧散キャンセル

――どこからか女性の声が聞こえた気がした。


 必死の一刀は、カキンっと軽い音をたて弾かれたのだった。


「え? 魔力が……消え――」


「……残念だったな」

 

 弾かれた必殺の一撃に目を白黒させているニアに考える暇も与えず、頭から股下にかけて斬り伏せる。

 ニアは赤黒い血を吹き出しながら崩れ落ち、ピクリともしない。


 信じられない、と驚愕の顔をする。目の前の光景にで立つことも、仲間の死を嘆くことすらままならない他の面々のもとに、ヴィレは、ゆっくりと歩を進める。


「お前達が進化し続けるというのなら、俺達も進化している。アレは俺たちの独自技法オリジナル・スペルだ。」


「……まあ、俺がおこなったわけではないがな」とグチるように言い放ち、彼は剣を振り下ろした。


 





 仲間達が勝利の雄たけびを叫ぶ中、赤く染まった剣を振り、血を振り取り、誰にいうでもなく一人呟く。


「アサガオ、朝日を迎えれば散る運命さだめの一日花。しくもその通り、と言うわけか」


天高く上り、変わらず生命いのちの輝きを降り注ぐ太陽にヴィレは視線を向けたのだった。

 


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