第21話 仮初

「ねえ、せりちゃん」


 みなとさんの家での夕食を終え、帰路に着く。せりちゃんはわたしの少し前を歩いている。わたしの声に振り返ることはなく、歩いたまま返事をする。


「なにかしら」


「さっきの。なんで、嘘をついたの?」


「……」


 無言のまま先を行くせりちゃん。少し駆け足で歩いて追いつき、隣に並ぶ。


「ねえ、どうしてなの?」


「あなた、人の悪意に鈍感なのね」


「え? どういうこと?」


「あの人たちは嘘をついている。だからこちらも嘘をついたのよ」


 嘘を吐かれた? いったいいつだろう。魔法のことで嘘を吐いたのだからそのときだろうか。みなとさんと鳶崎さんがさっき語った魔法は嘘だった? 


「なんのために……?」


 二人が嘘を吐いた理由がわからない。嘘をつく必要がない。これから協力するのに、お互いの魔法を知っておかない理由がない。特にわたしの魔法は7回しか使えないと言う致命的な欠陥がある。知らせておかねば作戦や連携に支障が出る。


「どちらにしても今だけの協力よ。自身の手の内を明かす必要はないわ」


 そう言う割にはせりちゃんは自分の魔法の全貌を明かしていたけど。まあ、明かしたところでどうにもできない魔法だからいいのかも?


「どうして分かったの?」


「分かるわよ、人の悪意は。肌が硬ってピリピリする。それに目を見れば分かる」


 分かる、のかな。わたしには分からなかった。せりちゃんは人の悪意に触れすぎたから、そういうのが分かってしまうのかとふと思ってしまった。そうだとしたら、それはとても寂しい。


「とにかく、あの二人は信じない方がいいわ」


「じゃあ、共闘の話は?」


 そう言うとせりちゃんは口に手を当てて悩む仕草をする。信じない方がいいと言うなら共闘なんてしないほうがいいに決まっている。けれど、龍鳳院 やなぎのことがある。彼女が本当に犠牲者を気にせず動いているのであれば止めたいと思っている自分がいる。


「龍鳳院さんのところには嘘はなかったの?」


「そうね、そこに嘘はなかったわ。明確に嘘をついていると感じたのは魔法のことだけ」


「なら……」


 龍鳳院 やなぎを止めるまでは協力したい。そう思うけれど、やっぱりそれは罠に自ら突っ込むのと変わらない。


「……はぁ、あなたは協力したいのね?」


「うん……、でも、ダメだよね」


「……いいわよ。でも、それは龍鳳院 やなぎのことでだけ。終わったら一切手を切るわ」


「え、いいの……?」


 許諾されると思わなかったので唖然とする。


「何があろうと私があなたを守ればいいだけよ」


「せりちゃん……!」


 その言葉があまりにも嬉しくて、思わずせりちゃんに飛びついて抱きしめる。


「……ッ! 離れなさい! 鬱陶しいわ」


「あっ! ごめんね」


 はっとして我に返る。慌てて離れるときにせりちゃんの頬が赤くなっていることに気づいて自分の頬も熱くなった。


「ありがとう、せりちゃん」


「……お礼を言われる筋合いはないわよ。だって。これは罪滅ぼしなんだから」


 目を伏せてそう言う。罪滅ぼしはきっと有希が死んでしまったことを気にしている。確かに、せりちゃんと関わったせいで有希は死んでしまった。けれどせりちゃんと関わることを選んだのはわたしだし、それに対してせりちゃんが何か責任を感じる必要なんてないのに。


「有希のことはわたしのせいだよ。せりちゃんが気にする必要なんてない」


「……それだけじゃないわ」


「え? 他に何かあるの?」


「……なんでもないわ。早く帰りましょう」


「う、うん」


 そう言って先に進んでいく。何か言いかけていたけれど何だったのだろう。詮索されるのは嫌がるだろうからしないけれど引っかかる。

 せりちゃんに追いつこうと少し早歩きを始めたとき、目の前に黒い影が飛び出してきて慌てて足を止める。


「コヨミ、魔物が現れたよ」


 その影は少し離れたところで別行動をしていたディモだった。せりちゃんの前にもニャルが現れ、同じように魔物の出現を伝える。


「せりちゃん、行こう!」


「ええ、行きましょう」


 導き手コンダクター二体に導かれて、わたしたちは魔物のもとへ向かった。

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