(3)
「ふう……」
お姉ちゃんが、これ以上ないベストタイミングで電話してくれたこと。わたしはほんとに嬉しいし、ありがたいなあと思う。味方が百人も二百人もいなくてもいい。たった一人でいい。大丈夫? 無理しないでよ。手伝うから。そう言ってもらえるだけで、わたしは一人ではなくなる。むやみに暗闇の中をうろうろしなくても済む。
「うん」
迷った時は、動いたらダメだよね。夜は元々暗いんだ。足元が見えないと、どんな危険があるか分からない。そして、じっとしていれば夜は明ける。明るくなるのを待って。それからしっかり周りを見回して、行く方向を定めればいい。
「焦るな、か」
きちんと主張出来る自分がない。わたしは、それを深刻に考え過ぎていたのかもしれない。
高野森製菓でとんだごたごたに巻き込まれて。でも、わたしはただあたふたしてただけじゃなかったよね? ちゃんと情報を集めて整理して、いっぱい行動して、しっかり考えて、きっちり方針を決めて、最後に自分の意見をばしっと主張した。社長がわたしに求めていた資質がそういうものだったら、わたしはちゃんと社長のオーダーをクリア出来たと思う。ただ人の言いなりで仕事をするんじゃなく、わたしなりに工夫して精一杯がんばったんだ。
誰の無理強いでもない。わたしが決めて、わたしが実行したこと。それは、これまでお母さんやカレシや教授に振り回され続けてきたよわよわのわたしが、初めて勇気を振り絞って取り組んだ自分の改造と強化の成果だ。
初めてのトライだったから、わたしの足取りは迷走そのものだった。新しい事実やアクシデントにぶつかる度に、わたしの推論はぐらぐら揺れて、頼りなく変化し続けた。そして決戦の時のわたしの結論も、あれで本当にいいのか答えは出ていない。わたしはまだ、ふらふらあちこちをさまよってる。でも、わたしは逃げるためにうろうろしてるんじゃない! そこを間違っちゃだめだ。
わたしは、知識も経験も全然足りない。自分にはこれがあるっていう特技があるわけでもない。心の傷も全然癒えてない。それでも、わたしは空っぽじゃなくなったんだ。その場の流れに合わせてじゃなく、しっかり自分の意思を固めてイエスノーを決める。臆病なわたしでも、それが自力で出来たんだ。これからわたしは、たとえよたよたの足取りでも進撃して旗を取りに行くだろう。必ず出来ると自分の力を信じて。
「うん」
わたしはウエットティッシュを一枚抜いて、涙でべたべただった座卓を拭いた。
「ご飯、食べよっと」
お腹が空くと、発想がろくな方向に行かないね。何が死にたい、よ。死にたい人がご飯食べたいなんて思うわけないじゃん! わたしは、冷蔵庫の中に辛うじて一個だけ残っていたフルーツゼリーを食べて、ゆっくり立ち上がった。
「コンビニで何か買ってこよう」
◇ ◇ ◇
値引き売りのお握りを三つ。ミニのカップスープ。それだけ買って帰ってきた。
「うー、それでもコンビニだと高いよなー」
お姉ちゃんは、生活費をあげると言ったわけじゃない。貸すと言ったんだ。そういうところは、いくらお姉ちゃんでも甘くない。お姉ちゃんをあてにする前に、出て行くお金を最小限にしておかないと、結局干上がっちゃうからね。スーパーで、特売の時にがっつり買い込んでおかないとなー。
ネットチラシを見ながらおにぎりをもさもさ食べている間に、またスマホがぶるった。
「誰だあ?」
お、水沢さんじゃん。お姉ちゃんの電話の後で良かったわ。さっきのメンタル最悪の時にかかってたら、居留守使ったかもしれない。
「はあい、何野ですー」
「水沢ですー。あの……」
「なに?」
「会社、辞められたんですか?」
「そうなの。ちょっといろいろあってねー」
「うわ……」
「てか、どうしてそれを?」
「クレーム用の電話番号、使えなくなってて」
「へ?」
ものっそびっくりしたけど、考えてみれば当然だった、クレーム電話を受ける役のわたしが、もういないってことだもんね。
「そっか。電話が繋がんないって、学生が谷口先生に泣きついたんだ」
「そうなんですー。先生ってば、結局あの後も課題中止の通達出さなかったんですよー?」
げー。ほんとにいけ好かないおばはんだなー。あの後止まったのは、あくまでも学生の自主規制。でも課題中止のアナウンスが出なくて、課題を期日までに提出しないとならない学生が泣く泣く再アクセス、か。わたしが社に残っていたら、まだ爆撃が続いてたってことだよね。まったく、かなわんわ。
「くっそ意地悪いなあ」
「いえ、そういうことじゃないと思います」
「え? どゆこと?」
「今も激しく戦闘中で……」
「ああ、そっちが重大事で、他はどうでもいいってことかー」
「はいー。わたしたち、振り回されてます」
「そんなんでも高い給料もらえるんだから、いい商売だよね。呆れちゃう」
「あ、それで、何野さんにちょっと聞きたいことが」
「ほ? なんだろ?」
「御影さん、何かあったんですか?」
「へ?」
「いえ……あの引っ込み思案の子が、なんか急にぱりっとしちゃって」
へー。薬が効いたってことかなあ。
「明るくなった?」
「っていうか、男の子といきなり付き合い出して」
どっごーん! 全力でぶっこけてしまった。
「いでででででっ!」
「だ、だいじょうぶですかっ?」
危ない危ない。怪我した右手を座卓に直撃させるとこだった。
「なんですとーっ?」
「びっくりですよー」
ふむ。
「つーことわ」
「はい」
「のろけられてる?」
「毎日毎日かなわないですー。悔しいーっ!」
わはははははっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます