6-7:クリスマスと願いと壁ドンと。
十二月、しかも中旬にもなるとゲームショップは戦場になる。
昔ほどではないものの、やはりこの時期は人気作が目白押しな上に、なによりクリスマスプレゼントを買い求めるサンタさんたちでお店はいっぱいだ。
ぱらいそも連日多忙を極めており、レジスタッフの司と葵はプレゼント包装と問い合わせでてんやわんや。
久乃も新作や問い合わせ商品の仕入れで手いっぱい。
普段は『スト4』の対戦に明け暮れるレンも、この時ばかりはカウンターに立つことが多く。
奈保だって何故かこの寒いのにビキニに紅白の上着を羽織った、曰くセクシーサンタのコスプレでお客さんを呼び込みながら、それでも時折プレゼントのラッピング作業を手伝い。
あの美織ですら買取キャンペーンの対戦をこなしつつ、販売で忙しい司たちの代わりに買取査定を行い、買取に持って来た客と「おー、このゲーム、どうだった? 私まだやってないんだよね」とゲームの話で盛り上がっていた。
……うん、約一名あまりいつもと変わらない店員がいるものの、ぱらいそも世の頑張るゲームショップ同様、忙しいクリスマスシーズンを迎えており、なかなか余計な時間を取れない。
だから、ぶっちゃけ。
第二次晴笠美織高校進学計画は、ほとんど暗礁に乗りかかっていた。
「お待たせしました。じゃあそろそろ話し合いを始めましょうか」
それでもこの状況を打開すべく、緊急対策会議を開くことになった。
日中は学校とぱらいそで忙しいので会議は夜の閉店後。
さらに美織に内緒の会議だから、司のアパートで行うことになった。
怒涛のクリスマス商戦に心も身体も疲れ切っているが、そこはそれ、皆、美織のためならばと……。
「って、ちょっと、皆さん! 何やってるんですか!」
お盆に人数分のコーヒーカップを乗せてキッチンから戻ってきた司の叱責めいた声が、おんぼろ木造アパート六畳間に響いた。
「なにって、とりあえず人数も揃ってるから『梅鉄』でもやろうかなぁって。あ、ちゃんと司君の分も代わりに進めておいたから安心していいよー」
コントローラを握る奈保が、怒る司をよそに屈託のない笑顔を浮かべる。
画面には『梅鉄』の愛称でお馴染みの、大阪・梅田地下街を舞台とした定番ボードゲームが映っている。
どこまでも増殖し続ける梅田地下ダンジョンを舞台に、止まったマスのお店で買い物をしながらキャラを強化し、プレイヤー同士で邪魔をしつつ誰よりも早く地上への階段を見つけた者が勝ちという実に熱いゲームだ。
「進めておいたから、じゃないですよ。今日は遊ぶ為に僕んちに集まったわけじゃないでしょう?」
お盆をこたつの上に置くと、司は非情にも本体の電源を切った。
「あー、なにするんだよー!? せっかく『獅子の穴』でレアグッズを手に入れたばっかだったのにー!」
ぶーぶーとブーイングを飛ばす葵。
「まぁまぁ、いいじゃねーか」
対してどこかホッとした様子のレンは、どうやら他のふたりと違って今日の趣旨をちゃんと理解しているようだ。
「いきなり『大阪のおかん』なんて貧乏神に祟られて身動き出来なかったから助かったぜ。じゃあもう一度最初からやり直し、と」
レンが本体の電源に手を伸ばそうとする。
前言撤回、こいつもダメなヤツだ。
「ダメですって。それよりもホントにもう時間がないんですから! ちゃんと店長を進学させる方法を考えないと!」
司がジロリとレンを睨む。
司に睨まれたところで怖気づくレンではなかったが、言われたことは正しいから途中で手を引っ込めた。
ただ、代わりに出たのは深い溜息と、
「でもなぁ、正直ムリゲーすぎだろ、それ」
レンらしからぬ弱気な発言。
「何言ってるんですか!? ムリゲーでも諦めちゃダメですよ!」
諦めモードなレンを司が叱咤する。
でも。
「そうは言うけどさー、あの美織ちゃんにこっちの言う事を聞かせるなんて……しかも学校に行かせるなんて出来ると思う?」
「お手上げだねぇ」
意気込む司とは逆に、葵も奈保もレンと同じく士気が低かった。
「久乃さんが調べていた『河野薫』って人も結局まだ連絡が取れないんでしょ?」
クリスマス商戦の仕入れで忙しい最中、それでも久乃は当時アルバイトしていた数名に連絡を取った。
が、どうやら河野薫は美織の印象通りの人間だったらしい。
ゲームは上手いものの、他人と積極的にコミュニケーションを取らず、どこに住んでいるのか、どこの学校に通っていたのか、連絡先も含めてまったくの不明だった。
一縷の望みを託して美織の祖父にも尋ねてみたが、やはり期待に応える返事は戻ってこなかった。
「だけど久乃さんはまだ諦めてませんよ! 今だって『こうなったらプロに調べてもらうしかないなぁ』って探偵にお願いしに行ってるんですから。だから」
「それだけどさ」
僕たちも何か出来ることがないか考えましょう、と続けるつもりだった司をレンが遮る。
「結局名前と、当時このあたりに住んでいたらしいってことしか分かってないんだろ? さすがに探偵でもそこから見つけ出すのは難しくないか? しかも残された時間は少ない。仮に見つかったとしても、学校に行く美織の代わりにぱらいそで働いてくれって結構無茶な要望だよな」
「…………」
レンの言うことも、もっともだ。
だから司は一瞬言葉に詰まった。
最初から状況は厳しかった。
それがさらに厳しさを増し、葵たちが半ば諦めてしまうのも分かる。
「でも、だったらなおさら僕たちも出来ることを考えないと!」
だけど司は諦めたくなかった。
「そうは言うけど、なっちゃんたちも色々とやったよ?」
「アメとムチ作戦、太陽と北風作戦、コソコソ作戦、ふらふら作戦……まぁ、どれも失敗に終わったけどね」
敵は難攻不落であります、と葵は敬礼をしてみせる。
「難攻不落にもほどがあるぜ。二百三高地かよ」
「死屍累々だねぇ」
「あ、そだ。もう美織ちゃんを学校に行かせるんじゃなくて、学校が美織ちゃんのところに来てもらうってのはどうかな?」
「どういう意味だよ、それ?」
「ほら、通信教育とかあるじゃん。それだったら高校に行かなくても大検が取れるし、通信教育じゃなくても久乃さんの家庭教師ならそれぐらい」
「ダメですよ!」
葵の説明を、今度は司が厳しい口調で遮った。
「なんでさ? これなら高校に行かなくてもちゃんと勉強できるし、大学受験も出来るようになるじゃん。美織ちゃんはお店から離れられないんだから、これしかないって」
ご両親もきっと分かってくれるよと力説する葵の言うことは、なるほど現状ではベストのように思える。
「でも、それだとマスターに……お爺さんに店長の制服姿を見せてあげられないです」
「制服姿って……そりゃあ見せられるものなら見せてやりたいけどなぁ」
しかし、その方法がどうしても見つからない。
レンは苦虫を噛み潰した表情で頭をかいた。
「司の気持ちも分かるけど」
「僕の気持ちなんかどうでもいいです。それよりもマスターの気持ちを考えてください!」
睨み付ける視線は、先ほどよりも強く。
搾り出した声は、さらなる厳しさを増して。
司はレンの言葉も遮った。
「マスターは店長を花翁高校に入れて欲しいと言いました。それがマスターの願いなんです。通信教育じゃダメなんですっ!」
「ちょ、ちょっと、司くん、少し落ち着こうヨー」
一応この場では年長者の奈保が司を宥めようと試みる。
「花翁高校に行かなくても、美織ちゃんがご両親と仲直りするのが一番の目的でしょ。だったら」
「でも、通信教育や久乃さんの家庭教師じゃ、ご両親は納得してくれないと思います!」
「そうかもしれないけど、大検を取れれば」
「いつ取れますか? 来年の春ですか? 一年後ですか? 二年後ですか? 仮にそれで仲直りが出来たとして、その時にマスターは……」
大声で一気にまくしたてた司だったが、その言葉を口に出す直前、目頭に熱いものを感じて言い淀む。
「僕は……今の僕を導いてくれたのは、マスターなんです……だから、そのお礼がどうしてもしたくて……」
想いがこみあげてくる。涙を我慢しきれない。
これではダメだ、諦めかけているみんなを今一度やる気にさせるには僕がしっかりしなきゃと思うのに、渦巻く感情の真っ只中に司はもう話すことすら上手く出来なかった。
その時だった。
「すみません、先ほどからうるさいのですが」
唐突に隣の部屋から壁が叩かれて、抗議の割には冷静な声が聞こえてきた。
「わわっ!? 隣りは空き部屋だったんじゃないの、司クン?」
「そのはずなんですけど……」
司の部屋はボロアパート二階の角部屋。隣りは春先に引越して来てからずっと
だから空き部屋だと思っていたのだが……。
「思いっきり人がいるじゃねーか! てか、おい!」
隣からバタンと扉を閉める音が聞こえてきて「あ、やばい」と心中穏やかではないところへ、案の定、ぴんぽーんと呼び鈴が鳴らされる。
「あちゃあ。さっきの声はあんまり怒ってなさそうに聞こえたのにー」
それでもわざわざ抗議をしに来たのだ。怒っているのは間違いない。
「ご、ごめんなさーい。隣りに人が住んでいるとは知らなくて……。これからは静かに話すので許してくださいー」
さっきまで泣きそうだった司が声を張り上げて侘びを乞う。
ぴんぽーん。
それでも隣人は、再度呼び鈴を鳴らした。
こうなるとさすがに出ないわけにはいかないだろう。
司は重い腰を上げ、部屋を出る。玄関は隣りのキッチンの横、様子を伺うべく葵たちも部屋の薄いガラス戸の向こうからそっと顔を覗かせた。
「あの、本当にすみませんでした。これからは静かにするので許してください」
扉をそーと開け、司は相手の顔も見ずに深々とお辞儀をして詫びる。
「……キミたちはバカなのですか?」
想像以上に辛辣な言葉が頭の上から飛んできた。
あっ、と誰かが驚いた声をあげるが、緊張している司の耳には届かない。
「ご、ごめんなさい。もう騒がないのでどうか」
「そうではありません」
さらに頭を下げ許しを乞う司に、ふぅと溜息が降りかかる。
「あの店長を学校に行かせる方法なんて簡単なのに、それを思いつかないキミたちはバカなのか、と言っているのです」
「……えっ?」
思ってもいない言葉に、慌てて頭をあげる。
「「「「「あー!」」」」
司だけじゃない、葵も、レンも、奈保だって同時に声をあげた。
「……さっきはもう騒がないと言ったばかりなのにこれですか。まったく、これだからぱらいその連中は油断なりません」
ただでさえ細い眼をさらに細め、顔を顰ませる相手……そしてその背後から、ボロアパートの階段を誰かが上がってくる音が聞こえてきたかと思うと
「あー! ホンマにおった!」
階段を上ってきた久乃が、こちらを指差して驚いた声をあげた。
なんでも藁にも縋る思いで「河野薫」の所在を突き止めるべく探偵事務所に赴いた久乃は、その名を告げた途端、探偵から一枚のファイルを手渡されたそうだ。
どうやらかなり前から美織の祖父から同じ依頼を受けていたらしく、偶然にもほんの数時間前に所在が判明したらしい。
つまり河野薫の履歴書がなかったのは、美織の祖父が抜き取ったから。
そして彼が久乃たちに伝えなかったのは、きっともう見つかることはないと諦めていたからだろう。
久乃はそれでもまだ半信半疑で探偵に教えられたボロアパートに向かったのだが、階段を上ったところでいきなり追い求めていた人物と遭遇した。
「探したでぇ、河野薫! じゃなくて、今は
「……本当にぱらいそはうるさいですね」
司たちには大声で驚かれるわ、久乃には指差されて呼び捨てにされるわ……黛は軽く頭痛を覚えて、眉間にますます深い皺を寄せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます