第13話 健太郎(五)

男は、長崎市の北隣にある長代町で育ち、中学でグレて、高校は長崎市南部の長崎海洋高校まで一時間半かけて通った。最底辺の高校だったが、二年生までに全学年を〆た。

バイクの免許も取り、先ずは地元の先輩に、ただみたいな金で譲ってもらったヴェスパに乗って毎朝通学した。その傍ら新聞配達をして稼いだ金で、二年生のクリスマスに待望のカワサキZZR400を買った。

時代的に暴走族は流行ってなかった。ただ、ひとりで遠くまで走らせるのは好きだった。そこそこいい男だったので、女には不自由したことはない。しかし、「タンデムシートに女は乗せない」という漫画の主人公に影響されてか、なんと言われようと女にニケツを許したことはなかった。

そんな溝上健太郎は、冬休みにバイトをして「行くところがないのならうちに来いよ」と言われ、別にやりたいこともないから、高校を卒業してすぐに時津建設という小さな建設会社に就職した。

時津建設は時津広嗣と欣也の兄弟が、職人も抱えずにひっそりと営んでいた個人事業だった。丁寧な仕事と、安くても文句を言わない実直さで、仕事は絶えなかった。

そこで唯一の職人になった健太郎は、会話らしい会話もせず、そこが無口な時津兄弟と合ったのか、1年間は何事もなく過ぎた。

しかし、健太郎には本当の社会人になるために、乗り越えなければならないことがふたつあった。

ひとつは女にだらしないことだった。高校のときから二股三股はざらで、常に彼に関するいざこざが絶えなかった。

卒業してからもそれは続き、ある時は現場に三人の女性が怒り心頭に達したように怒鳴り込んで来たこともある。

それでも彼は一向に懲りた様子がなく、逆にギャーギャー喚く女性に平手打ちをお見舞し、

「うるせえ。お前らとはもう会わねえ。帰れ」と、平然と言ってのけた。

もうひとつは欲だった。

彼には物に対する欲も、金に対する欲も、また地位や名誉といったものに対する欲もなかった。ただひとつだけあるとすれば、自分の誇りに対する欲だったかもしれない。

海洋高校の頭を張っていたとはいうが、その実、番長らしく威張った態度は見せたことがなかった。彼にとっては、喧嘩を売られたから買ったというだけだ。

そんな健太郎が街のヤクザ崩れの若者をタコ殴りにしたことがあった。

訳を聞いてみたら、彼がツーリングの途中、道端に当時出たはなの携帯電話を見つけたらしい。ZZRを停めて確認したが、そのまま走り去るところだった。そこに、頭の悪そうなカラーリングをしたカローラレビンに乗った若者たちがやってきて、

「貧乏人が携帯に触るなよ」と言ってきたらしい。

健太郎は無視してバイクを出そうとした。すると、そこにいた女の子が、

「そんな事言っちゃダメよ。拾ってくれようとしたんじゃん」と言いだした。

健太郎はそれもまたどうでも良かったが、自分の無実を証明できたことは嬉しかったので、ペコリと頭だけ下げてバイクを動かそうとした。

すると、その仲間で一番偉そうにしてた奴が、千円札をヒラヒラと投げて、

「これでガソリンでも入れろや」と言った。

それを聞いた途端、ヘルメットを脱ぎ、大股で車まで歩み寄り、運転席のその男をガツンガツンとヘルメットで殴った。止めに入った他のふたりの男も、血まみれになるまで殴り続けた。

「お前にガソリン代をもらういわれはねぇんだよ」

それが後で聞いた健太郎の殴った理由だった。

しかし、当時はまだ防犯カメラは少なく、何より病院送りになった本人と目撃者の女が最初から証言を拒否したため、健太郎が逮捕されることはなかった。

この時からうっすらと、「何をするにしても力があればいい」という考えが、健太郎の頭を占めだしたのだった。


十九のとき、香焚島の埋め立て工事が始まった。健太郎にしてみると聞いたこともない大プロジェクトだ。建設会社とは名ばかりの土木作業員の集まりである時津建設も、知り合いの伝手を頼って仕事にかませてもらった。毎日毎日、深原までバイクで行き、そこからチャッカーという海上タクシーのような船で香焚まで渡った。

あまりの忙しさに、さすがの健太郎も女性と会う気力もなかった。毎日疲れ果て、帰ったら寝るの繰り返しだった。

ある日、突然の大雨で作業が中断された。雨はとっくに上がっていたが、終業まであと一時間ちょっとだったため、今日の作業はお終いということになった。ただ長崎に帰るチャッカーの順番待ちも、弱小企業は自然と後回しになる。

何もすることがない健太郎は、ふらっと島内を散策してみようという気になった。チャッカーの出る本村桟橋から少し内側に入ってみた。この辺りは島でも賑わっている地域だろうか、人も多いし、活気があるように感じた。

目の前をひとりの女子高生が歩いていた。あの制服は長崎鶴西の制服だ。香焚では頭のいい生徒は長崎西部の鶴西に通うことになっている。鶴西の制服は白の勝ったセーラー服で、可愛いと評判だったから目に付いた。

その女子のセーラー服は雨上がりだからだろうか、それとも見知らぬ土地のエトランジェだからだろうか、いつも見ていたのよりもキラキラと輝いて見えた。

知らないうちにその女子の後をつけていた。その女子はピンと背筋を伸ばして、行き交う人にぺこりと挨拶をしながら、島の奥へと歩いていく。女子高生にしては歩くスピードが速いようだ。

石段をのぼる女子に続いて、健太郎が登り口に立つ。上を見上げて仰天した。見渡す限り階段が続いている。健太郎はどうしようか瞬間迷った。しかし、数秒後には階段をのぼり始めていた。その女子には不思議な魅力があった。

長い石段を女子はスタスタと歩いていく。その華奢な身体のどこにそんなエネルギーを溜め込んでいるのかというくらい、スピードも緩まず、姿勢も乱れない。恐らく汗ひとつかいていないだろう。

健太郎は空まで続くであろうその石段を、一段一段数えるようにしてのぼった。腿を手で支え、目の前の一段に足をかけることにだけ集中した。汗がボタボタと落ちて染みになっていく。なぜかその中に涙が混じっているような気になって、思わず目を擦った。

その頑張りも限界がきて、健太郎はついに足を止めた。ハアハアと声をだして荒い呼吸をする。そして「あああ」という情けない声を吐き出しながら腰に手をやり背を伸ばす。

すると目の前にあの女子高生がいた。

「つらいでしょ。でも、よく頑張ったわね」

想像した通り、息を切らした様子もなく、そして笑顔はキラキラと輝いていた。

健太郎は彼女の視線の眩しさに耐えきれず、それでも彼女から目を逸らせずにいた。

彼女の名前は土雲幹子といった。この石段の行き着くところに建っている円徳寺という寺院のひとり娘だという。鶴西高校の二年生で、古い因習の残るこの島と、特に線香臭いこのお寺から逃げ出したいのだそうだ。

健太郎も自分のことを残さず話した。そしてまた明日も来るから、会ってくれないかと聞いてみた。返事は予想外に「もちろん」だった。

次の日、午後五時半に作業が終わり、健太郎は昨日の石段を最後までのぼった。そこには古い山門があり、その傍らに白い天使が立っていた。よく見ると幹子だった。彼女の周りだけ、華やかに煌めいていた。

健太郎は恋に落ちていたのだ。

幹子も同じ気持ちのようで、ふたりは来る日も来る日もデートを重ねた。

ふたりは寺の前を横切る道路を左に進み、香焚の奥深くへとわけ行った。そこからは遠くに多岐島が浮かんでいるのが見えたり、もっと奥まで進むと、隣に島である祝島のカトリック教会が見える峠まで行ったりした。

ある日、和尚さん、つまり幹子の父親が用事でいない日に、寺の裏山にある「弘法大師が香を焚いた岩窟」までのぼった。

そこからは自分たちが作業している埋立地や、その先の深原、更に長崎市内までが見晴らせた。

そこで始めて、健太郎は幹子と唇を重ねた。

その頃、健太郎にはもうひとつ変化があった。社長である時津広嗣の長女ひとみとも付き合い始めたのだ。こちらはひとみの方が積極的で、ことある事に健太郎に絡んでいった。

ひとみは少しヤンキー気質の女の子で、そのくせ妙に恥じらいがちな女の子だった。同じ年の彼らは、話も合って、健太郎が夕食を食べて帰ったり、休日に半日だけ仕事に出なければならないときのその後などに、ふたりで休んで遊んでいた。

香焚で幹子の初キスを奪った翌日、作業から帰り、ZZRにキーをかけた時、ひとみに呼ばれて妊娠したと告られた。

いつもの健太郎なら「そうなんだ。それで、どうする? 産むわけじゃないだろ?」と冷たく突き放す場面だった。実際、これまで何人もの女性に、同じ様な言葉で堕胎を強要してきた。

しかし、その時、健太郎は泣いて喜んだ。心の底からこの女と一緒になりたいと思った。二十才になったからなのか、ひとみに今までの女性にない何かを感じたのか、それはわからない。しかし、健太郎は猛烈にひとみと結婚がしたくなった。

そのまま広嗣の所へ取って返し、風呂に入っていた広嗣に無理を言って出てもらい、土下座してひとみを妊娠させてしまったことを謝り、そして結婚の許しを請うた。広嗣は、できてしまったものはしょうがない、ひとみが了解してるのなら、文句も言えないと言って、妻の節子を呼んだ。

「ひとみが土雲の子を授かったそうだ。俺は許したから、後はお前に任せたわ。よろしく頼むよ」と言って、風呂場に戻った。

節子も大喜びで、実はひとみに相談は受けていたが、健太郎の出方が吉と出るか、そして吉と出た場合の広嗣の出方を気に揉んでいたのだ。

その夜、広嗣の風呂は普段より長かったらしい。


結婚を決め、幹子とはお終いになるかと思いきや、こちらは結婚のことは隠して付き合い続けた。実際、健太郎にとってはどちらも大事な人だった。ただ、幹子は高校生で寺の娘、何かと制約が多かった。

幹子と香焚の島を歩いていた時、うっかり久佑に出会ってしまった。その時の印象が最悪だったのか、久佑には交際を反対された。

それでも幹子は健太郎を選び、高校を出たらこの島も出ると言っていた。健太郎もそうなったらそうなった時だと、軽く考えていた。

ある時、作業現場で些細な事後が起きた。決して大事にするような事故ではなく、どこかの誰かが現場で怪我をした程度のものだった。県や町の職員がやってきて、その事故を有耶無耶にしようとした。大きなプロジェクトだから、そんな小さな事故で作業を遅らせたくなかったのだろう。事故にあった方も、お金をもらえるなら黙って仕事を休む気になっていた。そんな時代だった。

しかし、健太郎は納得いかなかった。それは携帯電話を見つけただけで、千円を恵もうという金持ちの論理と同じものだと思った。

健太郎は職員のうちの一番偉そうな男に、直に談判しに行った。本当はきちんと報告し、公表して、会社の仕事として処理しなければならないのではないか。事故で休む人も、見舞金は当然のこととして、休む期間の給料も補償しなければならないこと、それをそもそもやってない会社にやるよう指導することなどを、拙い言葉でだが主張した。

職員は適当に相槌を打ち、そんな事はみんなわかってる。そんな些細なことよりも、このプロジェクトが遅れたり、傷がついたりすることの方が問題なんだよと、まるでゴキブリでも見るときの顔をしてあしらった。

健太郎は歩み寄り、襟首をねじりながら言った。

「お前、この顔をよーく覚えておけ。いずれ潰してやるからな」

それから健太郎は、今回と同じように、些細な事故やトラブルで、県の職員に報告したが結局は作業員が首を切られたか、幾ばくかの金で黙らされるという事件を調べて回った。ひと月調べた結果、わかっただけでも八件の不祥事と呼べる事態が生じていた。中には、明らかに不当解雇と思える事案もあった。

健太郎はその資料を持って、県知事に談判に行った。それも県知事の公邸を調べて、朝、登庁する前の車の前に立ちはだかって、資料を見てもらうまでは帰らないと断言して見てもらった。

県知事は一読して、「後で知事室に来て欲しい」とだけ言った。県庁の知事室に行くと、資料を広げて、もう一度最初から説明して欲しいとお願いされた。

これを機に、香焚の埋め立て工事では作業員の労働条件に齟齬があったこと、すでに処分された数人と現在処分されている数人には、新しい基準と規定で処置し直すことが発表された。

ただし、その中でも一番大きな不当解雇、それに伴う職員と企業との贈収賄疑惑については公にしないという密約が健太郎と県知事との間でなされた。

その代わり、健太郎には今後、小さな案件だが切らさずに仕事を世話すると、当時県内でも有数の湖城建設が請け負ってくれた。

健太郎の評判は上がり、この工事の後、仕事の発注も増えだした。そして、後輩たちを職人として面倒をみることで、時津建設を大きくしていった。

健太郎の何かが変わったのだ。

香焚の埋め立て工事の他に、いろんな案件が健太郎の元に舞い込んできて、健太郎は幹子と会う機会が徐々に減っていった。そしてある日、小さな言い争いの末、喧嘩したまま別れることになったのだ。

その後、幹子が妊娠し、高校を辞めたと聞いた。連絡を取ろうと思ったが、長男の駿太郎が生まれ、仕事は溜まる一方だった。職人を都合し、何とかその週の割り振られた仕事をこなす。職人は高校時代、海洋高校の番を張っていた頃のまとめ方が適していた。自分は兄弟や家族のように接し、副番が悪さをしたものを〆る。それができる同級生を呼び、その通りに職人たちを束ねた。

香焚に戻ることはなかった。

五年後にあずさが生まれ、時津建設は市南部でも有力な会社のひとつになろうとしていた。

その頃から、健太郎の暴走が始まった。

家族のようだった会社は、健太郎の突拍子もない思い付きで嵐の海のように揺れまくった。例えば他にもガラス会社やコンクリート会社、電気電工会社や土木、造園などあらゆる新会社を立ち上げた。それどころか、人材派遣会社や広告代理店、旅行代理店や果てはレストランチェーン店や飲み屋などまで設立した。いくらかはものにならなかったが、ほとんどが長崎に根付くことになった。

その点では「暴走」も悪くはないのだが、健太郎のプライベートは手がつけられなかった。企業の役員とのゴルフや食事会、その折に手渡すお車代の額がどんどん増えていく。果ては贈収賄などまで平気で行う。

毎晩女を取り替えて泊まり歩く。変な薬に手を出す。家族に暴力を振るい出す。

そうやって、健太郎は壊れて行った。


三十才のとき県会議員に立候補し初当選を果たした。

その頃から、表面上は伝説の起業家という通り名に合わせて、自分のイメージを作っていった。育ちが悪いのは隠せない。その素行の悪かった過去を逆手に取って、「若い頃にどんなにヤンチャしても、人は変われる」をコンセプトに、柔和な笑顔を前面に押し出して、どれだけ変われたかをアピールした。

その裏では地元の暴力団を手下につけ、暴力と金の支配を完成させていった。

東南アジアに行って、女性を買ったりもした。言葉がわからない分、何かを訴えていても気にならなかった。

小学生を抱いたこともある。異常に興奮した。若々しさを取り戻せた気がした。

男とも褥をともにした。屈辱的なポーズを取らせて犯すのがやめられなくなった。

健太郎の欲望は尽きなかった。

長崎の企業は、彼に媚びへつらう事で彼らの仲間、あるいは子分と認定されるか、彼のやり方に異を唱えて、陰に日向に潰されていくか、または目につかない程度に弱小企業かのどれかだった。

時津建設を母体とした時津グループは拡大を重ね、時津健太郎も更に多くの企業の社長となり、県議会議員としては二期目もトップ当選を果たし、目前の三期目も磐石だと思われていた。

次は国政に打ってでるかと、各党の幹部連中と会合を重ねた。やはり与党のもてなし様は半端なものではなかった。

明日は午前中に東京に上って幹事長と会談をすることになっていた。長崎市一のホテルに泊まり、女を呼んで一晩を過ごした。女がないと眠れない身体になってしまったようだ。


夜中の一時頃、何か胸に違和感を覚えて目が覚めた。夜中に目覚めることはよくあるのだが、何かが違う。心臓が考えられないくらいドキドキしている。心筋梗塞程ではないと思うが、狭心症だろうかと思う。そんな年ではないが、こればかりは自分ではどうしようもない。

水を飲み、もう一度寝ようと努めた。なかなか眠れなかったが、いつしかウトウトしてきた。

夢の中で健太郎は中学生だった。その頃、好きだった少女に「好きだ」と告白した途端、「なんであんたみたいな貧乏人と」と言われ、唾を吐きかけられた。実際はそんな事はなく、即座にOKを貰い、その日に童貞を卒業したのだった。しかし、その名前も忘れてしまった少女は、氷のような視線を投げかけてきた。

次に出会った女性は高校一年生のときに友だちの家に連れてこられた家出娘だった。蓮っ葉な物言いだったが、実際は怖くて小刻みに震えていた。健太郎は「無理しなくていいよ」と言うと「何を気取ってんだい。本当はやりたくて仕方ないんだろ」となじられた。本当のところは、有無を言わせず押し倒して奪った。どこの誰かも知らない少女は、何も言わず健太郎の性欲に付き合ってくれたのだった。

次は高校三年生の健太郎が、三人の女の間で右往左往している夢だった。本当の健太郎は決して慌てず、三人とも気に入らないんなら要らねぇと言い放っていたのだが、夢ではオドオドと自信なさげな表情だった。自信がないのに三人も女と付き合えないだろうとは思うが、それは夢の中の話だ。三人が三人ともに魅力のある女性だった。その三人に蹴られ殴られボコボコにされた。腫れ上がった顔にひとりずつ小便をかけられた。

自分と関係のあった女性は全て登場した。

そこには身篭った結果捨てられた円徳寺の娘もいた。ふたりの子どもを作ったままで、後は全く無視している妻もいた。先日、女にしてやった娘もいた。

それらの女たちに、自分がしたのとは真逆の対応をされた。汚い言葉で罵られ、投げ飛ばされた。

紐で首を絞められ、水に顔を漬けられ、包丁で腹を裂かれ、雪の原の中、素っ裸で縛られ、蚊で満杯の瓶の口を目元に押し付けられ、お尻を突き上げた状態で身体を固定されたまま、異物を肛門に突っ込まれ、全ての爪と指の境目に針を突き刺され、毒蜘蛛がうじゃうじゃいる中に放り込まれ、猛スピードで走ってくる電車の前に立たされ・・・・・・。

全て自分が女性や男性にしたことだった。興味と洒落。ジョークとユーモア。興奮と快感。そんな言葉で覆ってはいたが、全てが健太郎の欲望の投影された形だった。

健太郎は重大な間違いを犯したと思った。そう思ったが、どこから間違っていたのか、どのようにしたら良かったのかわからなかった。

そして「もはやどうでもいい」とも思った。結局世の中、金と権力なのだから。金と権力があればできないことは何もない。

最後の夢は、健太郎が目隠しをされて、両手両足を拘束されている夢だった。目隠しされているのに、自分がどんな状態か客観的に見ることができる。これぞまさしく夢だ。

その健太郎に、さっきの女性たちがひとりずつ乗ってくる。ひとりずつ乗ると、三人も乗ればいっぱいになるはずの健太郎の身体だったが、なぜか次々と乗ることができた。乗ったはなから女たちが合体でもしているようだった。合体しているから体重は合算されて、もう四百キログラムは超えただろう。それでも、まだまだ女たちは乗ってくる。

健太郎はあまりの重さに吐いた。吐瀉物が目鼻を覆ったが、重みは追加された。

ついには肋骨がバキバキと音を立てて折れていった。内蔵が圧迫されて、釣り上げられた深海魚のように、胃が喉から逆流してきた。

それでも、女たちの重みの追加は止まらなかった。

もう、とうに一トンを超えた頃、健太郎だった人間の肉体は、平たい肉の板になってしまった。それでも、そう考えられる健太郎がいるのは、これが夢だからだろうか。


翌朝、泊まりに来ていた愛人が、ベッドで亡くなっている健太郎を発見した。

髪は真っ白になっていて、何か叫んでいるような表情で死んでいたらしい。

いい気味だと、女は思ったという。


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