第八話 愉快な森の仲間たち

 森はすっかり夜に包まれていた。木々が少し開けた広場の中央にある切り株に、シルクハットを被ったウサギが立ち上がる。


「えー。というわけで諸君、『教授を慰める会』に急遽ご参加頂きありがとう」


 切り株を取り囲んでいたのは、純粋そうなきらきらした瞳の小鹿、図体が大きいくせに気弱なクマ、クマの頭の上で偉そうにハシバミの実を齧るシマリスの面々だった。


 頬袋に実をたくさん詰め込んだシマリスは、もぐもぐしながらもうひとつあったハシバミの実を教授の頭に投げつけた。


「夕飯時に召集かけやがって空気読めよ! だいたい、なんで教授の友達でもないオイラたちが呼ばれなきゃならないんだ?」


 教授は実のぶつかった額をさすりながら、不服そうにウサギを振り返った。


「おいウサギ。なぜよりによってアイツを呼んだ? この時間なら夜行性のヤマネで充分じゃないか」

「ああいう勝気な性格のヤツが必要なんだよ」


 クマが自分の頭の上で息巻いている小さなシマリスを見上げながら、おろおろとした口調で言う。


「とにかく話を聞いてみようよ。なんだか教授が困ってるみたいだし。可愛そうじゃない?」

「おまえは優しすぎるんだよ! もっと自分以外のヤツに警戒心を持て! 簡単に気を許すな! そんなだから兄弟のクマたちからウスノロ扱いされて仲間はずれにされるんだ!」

「ひ、ひどい。何もそんな言い方しなくたって……」


 クマは正面にいた教授に抱きつくと、うおんうおんと泣き出した。


「は、離せクマ! 苦しい……死ぬ……っ」


 小鹿は興味津々な様子で「ねえねえ! これからどこかに行くんでしょ? ボクすっごく楽しみ! みんなでお出かけ楽しいねッ!」と切り株の周りを飛び跳ね始める。


 近くの枝で羽を休めていた初老のフクロウが、いつまで経っても収集のつかない面々を呆れ顔で見下ろしていた。


「あーじれったい。早く話をすすめんか」

「なんだいじいさん、やっかみか? 年寄りは最初っから頭数には入ってないぜ」

「誰が入るか。わしゃおまえらみたいに暇じゃないんじゃ」


 森の長老が怒ったように夜空に飛び立つと、ウサギはやれやれと肩を竦めて話を始めた。


「今日の昼間、教授が森に迷い込んできた可愛い人間の女の子を保護したんだ」


 すると、クマの頭の上で寝っ転がっていたシマリスが口を挟んだ。

「知ってる知ってる。金持ちそうな女の子だろ?」

「何で知ってんだ?」

「荒くれ者の狩人たちが、あの子から鞄を盗むところを木の上から見てたんだ」

「見てたんなら助けてやれよ」

「小柄なオイラひとりで何が出来るっていうんだよ? まあ、それでもやれるだけのことはやったけどな。狩人のアジトまでこっそりついて行って鞄の中を確かめたが、紙切れの束や寝巻きが入ってただけで、食いモンは何も無かったぞ」

「おまえ、その勇気と度胸をもっと別の方向に向けろよ。……まあ、そんなわけで、とにかくその嬢ちゃんに教授の正体がバレちゃって、現在森小屋に立て篭り中」


 シマリスが腹を抱えて笑ったので、教授はジロリと睨みつけながらウサギの言葉を引き継いだ。


「で、話を進めるとだな。今夜集まってもらったのは他でもない。狩人に盗られたミス・ジライマの鞄を皆で協力して取り戻してほしいんだ」

「ええ? 嫌だよう。狩人の兄弟、恐いもん」とクマ。

「面白そう! みんなで鉄砲見に行こうよ!」と小鹿。

「もちろん、タダで命懸けろなんて言わないよな、教授?」とシマリス。


 大学教授らしくコホンと咳払いして見せてから、教授は交渉を持ちかけた。


「菜園で育てた食物、冬篭り分でどうだろう?」


 教授が育てた野菜や果物のおいしさを知っている動物たちは、ある者は渋々とした様子を装って、ある者は滝のようなヨダレを垂らしながら、各々了解するのだった。

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