第18話 捜査? それより昆虫採集だ!⑤

 採集した中からオス二匹とメス二匹を選んで後はリリースする。


 心の赴くままに捕獲するとあっという間に絶滅してしまうので、この辺の心配りは重要だ。


 キャッチ&リリースを繰り返した結果、加速度的に増えてしまったダム湖のブラックバスのような例もあるが、それはそれ、これはこれである。


 まだまだ夏は長く、後何回も此処に来る私の楽しみを継続させるという目的の為にしていると思われがちだが、飽くまでも自然環境に配慮しているのだ。


 ヤマトタマムシを採集した後は枝切り鋏で低い所の細い枝葉えだはを切り落とす。これがヤマトタマムシの餌になる。


 私の庭にもエノキは植えてあるが、まだまだ育つまでには時間が掛かる若木で、今庭で茂っている分では四匹の餌は賄えない。


 一度、何とか人工的な餌を作れないものかと考え、エノキの葉をミキシングして寒天で固めて昆虫ゼリーっぽくしてみた事もあるが、どうもそう言った一工夫加えた物はヤマトタマムシのお口には合わないらしい。なので餌が無くなると枝葉を補充しに来なければならない。


 その度に生態調査が出来るのだから願ったり叶ったりではあるのだが。


 車の後部座席に載せた爬虫類用の大型ネットゲージにそっと餌とヤマトタマムシを入れる。


 この大型ネットゲージというのが重要で、捕獲したからと言ってそこで気を抜いてはいけないのだ。


 彼等は狭いケースに入れるとバンバン飛び回ってはケースに激突し、部位欠損ぶいけっそんになったりストレスから死亡してしまったりする。出来るだけ大きな柔らかい素材で出来た、そして何より脚を掛けて止まれる仕様のゲージに入れて優しく持ち帰るのが好ましいのだ。


 一仕事(と言っても全て貴子ちゃんの成果だが)終えて車のハッチバックを開け、二人並んで腰掛けながら、持って来た調理パンと炭酸飲料を飲む。


 調理パンは貴子ちゃんがコンビニから持ってきた戦利品。


 ここ最近、貴子ちゃんの戦利品が我が家の食卓を飾る事が多いので、とても助かっている。


 彼女の事は親御さんから頼まれている手前、多少の出費は覚悟していたのだが、全くと言って良い程お金のかからない娘なので、若干覚悟していた出費どころか収支はプラスの方向だ。


 通常、独り暮らしよりも二人暮らしの方が絶対にお金がかかるものだが、二人暮らしをした方がお金がかからないとは数学者もビックリなのではないだろうか。


 ゴクゴクとペットボトルを持ち上げて勢い良く喉に流し込む貴子ちゃん。

 暑い時に飲む冷たい炭酸飲料の美味しさは、男女共に認める所だろう。


 小造りな顎からポタポタと垂れ、短パンをその終着地点と定めて滴る汗が美しい。


 短パンと太腿の境界線で色が違っているのは、一時間炎天下の下で動き回って出来た日焼けと言う名の勲章だ。座りながら何か動作をした時に見え隠れするその二色の誘惑は未婚の中年男性には刺激が強すぎる。


 日焼けが心配だったので上着はタンクトップを避けるよう出かける前に指示したのだが、足の事は失念していた。私は男なのでズボンを当たり前のように履くが、彼女は短パンを好んで履くのだった。


 ただ、全体的に少し小麦色になって夏らしい風貌になった貴子ちゃんは出会った時よりも数倍増しの魅力を放っているので、この問題は良しとしよう。


「ねえモッさん、モッさんは昆虫学者さんなんでしょう? その仕事って私にも出来るかなあ?」

「やる気が有れば必ず出来るよ。実際には大学院で博士号を取らないと学者を名乗れないのだけど貴子ちゃんはまだ若いからね。それに大学院に行かずに昆虫を研究してる専門家って呼ばれる人達の方が本職よりも詳しい事が多いんだ。例えば沖縄に生息している天然記念物のヤンバルテナガコガネは、昆虫学者の間でその生態がまだ未知だった頃、専門家の人達は既にブリード(自家繁殖)を成功させていて、生態も把握していたからね。まあこの例はモノが天然記念物なのに何故一般人が政府から要請された学術機関よりも先に所有していたのか、みたいなグレーな議論になりがちなのだけど。博士号を取って学者を名乗りたいなら先ず大学に入って勉強、そうで無いなら独自路線で専門家。何方にしても情熱があれば大丈夫さ」


「ふうん。アタシ勉強は嫌いだから専門家を目指してみようかな。モッさん、色々教えてくれる?」

「勿論、何でも聞いてくれたまえ。じゃあ今日から貴子ちゃんを正式に私の助手として任命するよ」

「ははーっ、有り難くその任を受けまするー。アタシ、モッさん目指して頑張るよ!」

「アハハ」


 そんな感じの軽い口約束を交わして貴子ちゃんは私の助手になった。


 助手と言うよりボディーガードの気もするが。


 それと私を目指すのは正直オススメできない。


 三十過ぎてフリーターであり、独身であり、縮まる事のない世間様との感覚のズレを認識しているうだつの上がらない私を目指しても碌な事にはならないのは確かだ。


 この目標に関しては軌道修正するよう、それとなく言っておかなければならないと思う。




 私達が雑木林での休憩を終え帰り支度を始めた頃、群高新聞の片桐舞さんから電話が掛かってきた。


「群高新聞の片桐です、先日は色々とお世話になって……」

「ああ、どうも。どうかしましたか?」


「ええ、先日お約束した通りモッさんに情報を流そうとして色々調べていたんですが、少し引っ掛かる情報に出くわして。何年も前に遺伝子組み換え野菜の技術で新聞やテレビで話題になった厳島いつくしま誠一郎せいいちろう教授、覚えてます?」

「ええ、革新的な技術だったのに世間の風当たりが強くて、それから表に出なくなった人ですよね? 研究一筋で優秀な科学者だと聞いていますが」


「その厳島教授なのですが、北妻蕗村で隠居生活をしていました」

「えっ! 表舞台から降りて北妻蕗村に居たのですか」

「ええ。今回の事件との関係は無いと思いながらも、一応厳島教授の事を調べていたのですが……」

「ですが?」


「今日、北妻蕗村の自宅で死亡が確認されました……」

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