第38話 キタツマフキ 再び③
キタツマフキの分裂が引き起こしたスタンピードは、みなかみ町全体にまで被害が膨れ上がったし、人間にとっても相当な脅威であった事は間違いない。
放射性物質がある限りキタツマフキはそちらを優先して摂取し分裂を繰り返す。それも厄介ではあるがその場合、産卵行動は取らない。
なので問題となるのは分裂して増えた個体では無い。
産卵行動を取るのは一定以上の放射性物質を体内に取り込めなかった個体で、尚且つ産卵出来るまでに成熟した個体に限られる。
産廃が綺麗に浄化されている現状、その条件下にあるキタツマフキは少なからず存在している筈だ。
そしてキタツマフキの回帰性を考えると、その様な条件下にある個体のほぼ全ては、放射能汚染された物質が無くなった発生源、すなわち遺跡周辺に集中していると思われる。
ならば消去法で考えると卵が残っているのは遺跡周辺に限られるので、最悪その周辺だけ土壌を掘り返して焼却すれば事なきを得る。
第一研究所で飼育しているキタツマフキの卵の発育状況から見ても孵化までの期間は三週間ないし四週間だと考えて良い。通常、成虫になるまで数年を要するが、キメラであるキタツマフキ幼体の成長速度は私の常識では測れない。
今なら遺跡周辺に在る卵もまだ幼虫へと孵化していない筈なので動かないうちにどうにか出来るだろう。一先ず遺跡を掘り返すのを中止して関係各所へと連絡を入れ、卵を駆逐する準備をしてもらった方が良いだろうか。
しかし遺跡から何か値打ちのある物が出る事を期待している片桐さんと真野さんは土日の連休しか時間が取れないだろうし、駆逐となるとこの遺跡もろともなんて事に成り兼ねないので発掘作業自体が一旦中止になりかねない。一旦中止ならまだ良いが最悪遺跡そのものが破壊されてしまうかも知れない。
そうなると一攫千金で第二研究所を改造してカタパルトを造る私の夢も遠退いてしまうし、ほんのりと新名所で村興しを期待をしていると思われる北妻蕗村民のテンションも急降下だろう。
取り敢えずこの土日だけは遺跡を発掘してみて、それから関係各所に伝える方向で良いのではないだろうか……。孵化までの時間はまだ余裕が有ると思えるし、少しくらい夢見る時間があっても良い筈である。
明けて土曜日。今日は昨日見つかった地下へと続く空間を優先して探索する事にした。外郭部分を綺麗にしてからと思っていたのだが卵の問題が浮上した今、そこまでする余裕は無いし財宝が有るとすれば地下なのだ。
入口部分はほとんど埋まってしまっていたので午前中いっぱいかけて土を取り除くと、人が出入りしていたと思われる空間がなだらかに地下へと伸びていた。
左右の壁面は落盤防止策なのか木枠で数メートル毎に補強されてはいるものの、長年の歳月でその木枠の殆どが腐食しており奥へと進むのは若干躊躇われたが、ここは国内でも地震の少ない群馬県である。
四方の壁も硬い事だし、まあ大丈夫だろうと楽観的な気分でゆっくりと進んで行った。先頭は言い出しっぺの私が引き受け、貴子ちゃん、片桐さん、殿に真野さんが続く。全員懐中電灯とシャベル、万が一の落盤に備えて食料と飲料水の入ったリュックを背負っての行進である。
何百年間も外界の空気が入っていなかったであろう地下空間は独特の匂いがして喉が痛い。それでも通路をゆっくり前進して行くと、二十メートル程進んだところで通路が広い空間へと繋がった。
よくもまあ北妻蕗村民の御先祖様は、こんな大きな空間を地下に造ったものだ。
「なんたい、ありゃ……」
「こんな所に……」
懐中電灯の灯りに照らしだされた空間は二十坪程の広さで、これ以後、先に伸びる道も無いので此処が終着点だと思われる。
部屋の中央には大きな台座が置かれ、その上には大量の鎧や兜や刀と共に勾玉状の宝玉が数多く散らばっている。某かを形取った二の腕程度の大きさもある彫像も数点ある。くすんではいるが金属の、それも多分黄金で出来ている物だろうと素人目にも解る代物だ。
と、こう言えば隠し財宝を発見して驚いている風に思えるが、私達が驚いたのは財宝にではない。
部屋の壁を半ば埋め尽くしジッと此方の様子を伺っている異形の蟲達。長い手足と大顎、ライトに照らし出されて紫色に輝く毒々しい身体。
地上では駆逐された筈の合成生物が、最後の砦を死守せよと言わんばかりの様相で私達を待ち構えていたのだ。
一度遺跡から撤退した私達は、キタツマフキ対策を講じるべく第二研究所へと戻って来ていた。勿論、遺跡の地下へと通じる入り口はしっかり塞いである。
成る程、彼処が最初の発生地点だろうし、キタツマフキの回帰性を考えると予想出来ない事では無かったが、卵の事に囚われていた私の頭はその可能性を除外していた。よもや成虫がまだ生きているとは思わなかったのだ。
しかし生きているキタツマフキを偶然発見出来たのは考え方によっては幸いだったかも知れない。幾つかの条件が重ならないと、あれ程多くのキタツマフキが棲息してはいなかっただろうし、それを見つける事が出来たのは遺跡調査を優先した結果である。
以前は自分の欲求を優先して失敗してしまったが、今回は逆に成功したパターンと言えよう。
「さて、どうすんべぇか。焼き払ってしまうべぇか」
「ちょっと気味悪かったし、私は触れないかも……」
「アタシは箒でペシペシ出来ますよ」
「地下空間内だし焼いて一酸化炭素を出すのはどうかと思います。多いとは言ってもオオカバマダラ程では無いし、液体窒素のスプレーで地道に仮死させて捕獲するのが良いと思うのですが」
オオカバマダラと言うのは、北アメリカに棲息する渡り鳥ならぬ渡り蝶の一種である。黒とオレンジで構成された石垣模様の翅を持ち、八月中頃からメキシコへと向かって移動を開始する。三千キロもある行程を一億匹とも言われる大群で渡るその姿は圧巻だ。
「それなら、スプレーを早く入手しに行かないとですね」
「儂が同僚に電話して持って来させるもんでね。その方が早いべ」
「はい、真野さんお願い出来ますか」
「任してくんない」
現在午後十三時なので私達が町へ降りて買い物をすると、帰って来る頃にはキタツマフキが外に出てしまっている計算になる。
麓から真野さんの同僚に持ってきて貰った方が断然早い。
これはゲームじゃ無いので、全ての事を自分達でやる必要は無いのだ。
事件終息後は今まで目撃情報も無かったので、人家付近には近付かず夜になると森へと飛び立ち、朝になると此処に戻って来るという、コウモリみたいな生活をしていたに違いない。探せば遺跡内部へと通ずる彼等が掘り進めた穴も見つかる筈だ。
折角慎ましやかな生活を送っている所に恐縮だが、新たな放射性物質を彼等が見つけてしまうと、またスタンピードが起こってしまう。
卵だけなら時間の猶予もあったが、こうなると不安の芽を摘むためにも迅速な行動が要求される。
真野さんが貴子ちゃん宅の設置電話(携帯の電波は圏外表示のため)から連絡を入れてくれたおかげで午後十六時過ぎには数十個の液体窒素スプレーと捕獲用ネット、それに灯油が第二研究所へと到着した。
持って来てくれた若い警察官はキタツマフキの生き残りを発見したと聞いて神妙な顔をしていたが、スタンピード程の数ではないと説明すると胸を撫で下ろしていた。
後三時間もすればキタツマフキが地上に出てしまうので悠長にはしていられない。
今度こそ、この騒動にピリオドを打たなくてはいけないのだ。
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